第三十九話「森の魔女」
「う……ここは……?」
「……ようやく、起きたか」
「……!?誰だ!?」
ユウキが助けた男がようやく意識を取り戻した。
男は最初生きていることに戸惑っている様子であったが、我と言う他人がいることを確かめるなりに警戒し出した。
「……そう警戒するな。
森で貴様が死にかけていた時に助けた者の連れだ」
「……森……そういえば、俺は……
!魔物は!?」
我がこの男が目覚めるまでの経緯をかいつまんで言うと、男は自分が死にかけていたことを思い出し、どうして自分が生きているのかを訊ねてきた。
「だから、言ったであろう。
貴様を助けた者がいると」
「……助けた?
あの森の中でか?」
男は自分が森の中で魔物の牙から助けられたことに対して半信半疑だった。
「とりあえず、落ち着け。
今、貴様が生きていることが何よりの証拠であろう?」
「そういえば……」
どんなに理詰めをするよりも最も説得力のある証拠として我は男が生きているという現実を突きつけた。
「……そうか、君たちが助けてくれたのか……」
「まあな。
ただ我がしたのは治療だけだ。貴様を魔物から助けたのは我の連れだ」
「そうなのか……」
男は冷静さを取り戻し自分が生きていることと助けられたことを理解したらしい。
その後、我とユウキが助けたことに対して我は大部分の手柄をユウキにあることを教えた。
「……教えてくれ。
どうしてあの森の中に君たちはいたんだ?
魔物がいるあの森に」
「……普通はそう思うよな」
男はやはり、森の中で魔物に襲われたにもかかわらず助けられたことに未だに強い疑問を抱いていた。
普通ならばそう思うだろう。
魔物が生息している様な地域に人間が立ち入ることなど稀で、さらに偶々助けられたなどそれこそ奇跡に等しいだろう。
本来ならば我らがこの森にいること自体が異常だろう。
加えて、この男はまだ勘違いしていることがある。
「ただ旅をしていてこの森の中を移動していただけだ。
それと一つ勘違いしているようだが、ここはまだ森の中心部だぞ」
「何だって!?」
この男はここが森の外だと思っている。
だから、さっきから『あの森』と言っているのだ。
当たり前だ。
誰が好き好んで魔物が多くいる森などに居を構える。
やはり、この時代での感覚でもリウン、いや、この家の周辺は異常か……
今のやり取りでようやくこの時代でもこの家の周辺の状況が特異的なものであるのかを把握することが出来た。
「じゃあ、ここは……いや、君は「森の魔女」か!?」
「?」
ここが森の深部であることを理解すると男は動揺しなが我に対して恐れと敬意を込めた目を向けて「森の魔女」という聞き慣れない名前を訊ねてきた。
「何だそれは?」
千年も眠っていた我にとっては間違いなく関連性のないであろうその名前に対して探ろうと我は訊ね返した。
「違うのか……?」
「違うも何も我はただの旅の者だ。
この家も家主の厚意で借りているに過ぎん。
それと少なくとも、その家主も「魔女」という異名には当てはまらないだろう」
我はこの森に住んでいないこと、この家には「魔女」と呼ばれるに相応しい者がいないことを伝えて否定した。
「何なのだその「森の魔女」とは?」
恐らく、この森の謎を解く鍵となる「森の魔女」について訊ねた。
「……この森に住んでいる魔女のことだ。
俺が子供の頃からよく『森には美しくも強大な魔女が住んでおられる』と村の長老から聞かされていた。
少なくても、この森の周辺の村や町ならば知っている話だ」
……どうやら、一種の伝説の様なものらしいな
男は森に住んでいる魔女は村の老人たちから聞かされていたものでそれはこの辺りでは有名なものだと説明した。
大方、よくある子供などの聞き分けのない人間を森に入れさせない為に作った教訓なのだろう。
「一つ訊ねたい。
その魔女のことをその者らはどの様に思っている?」
「え……」
ただその割には男の反応や村の長老たちの語りには妙な違和感が感じられる。
そもそもそんな伝承を作らずとも森には魔物がいることさえ教えれば、十分危険だと理解してはいる人間を少なくても済むだろう。
それなのにどうして「魔女の伝承」まで加える必要があるのだろうか。
……どうして、恐怖よりも畏敬の方が勝る
ただ恐ろしいものに対する感情ではなく、何か大樹や巨岩の様な大きなものに対する感情が僅かながらに感じ取れた。
つまりは畏敬の念が「森の魔女」には込められていた。
「……強い力を持つ魔女がいて、魔物たちを従えているけど、偶に人間を助けてくれる慈悲深い存在だって言われてるぞ」
「……人間を助けるか」
男の説明に我は前半は兎も角として後半には納得がいった。
恐らく、その魔女は我の師の様に気まぐれに人間を助ける隠者の様な存在なのだろう。
ただ、魔物を従えているというのはユウキという例外を除けば、不可解なことだ。
それにユウキのあれにしても、あれはあくまでも魔物と言葉を交わせるだけで従えているわけではない。
となると、「超越魔法」の使い手か?
あるとすればその魔女が「超越魔法」を使う存在であることだ。
恐らく、我の師程ではないが力のある魔女なのだろう。
まさか、あの本が全て魔女のものか?
あの本の量もそれが理由ならば得心がいく。
魔物を駆使する。
それ程の魔導師ならば、あれ程の本、いや、魔導書すらも保有しているのも当たり前だ。
待て……リウンは確か、あれは『母の本』と言っていたな……
となると、件の魔女はリウンの母親ということか?
あの大量の本は元々、母の所有物であるとリウンは言っていた。
そうなると「森の魔女」とはリウンの母親である可能性がある。
しかし、そうなると一つ妙だ……
何故、未だに「超越魔法」が残っているのだ?
既に術者がいないにもかかわらず、この森に強力な魔法の様なものがかけられている。
本来ならば、それはあり得ないことだ。
如何に「超越魔法」だとしても、術者がいなければ効力は直ぐに切れる。
にもかかわらず、リウンの発言から母親は既にこの場にいないことが理解出来る。
まさか、リウンが?
我はこの森の特異性を作っているのは一瞬、リウンだと考えた。
……いや、奴の魔力はそこまでのものではないな
しかし、直ぐにその考えを捨てた。
リウンの魔力は「超越魔法」を行使できる程のものではない。
そもそも「超越魔法」は世界に「理」を布くものだ。
「超越魔法」はその効果は他の魔法を時によっては支配するが、半端な者が行使しようとすれば、大きな代償を受けることになる。
そのことからリウンがこの森をを支配しているとは考えられない。
「それとだ。
貴様は何故、この様な森、いや、正確にはここまで奥に来ていたのだ?」
我は一度「森の魔女」とリウンの関係、森の特異性についてはいったん考えるのを止めて、この男がわざわざ森の奥まで来たのかを訊ねた。
「……娘の為に薬草を探しに来たんだ」
「何だと?」
それは余りにも当たり前であるが、我にとっては羨ましきことであった。