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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第三十八話「募る澱み」

「あ……その……」


 リウンに話しかけられて咄嗟に出てきた謝罪、それは決してこの子に具体的な理由を込めて言ったものではなかった。

 今の謝罪はこの子に対して向き合えていないことに対する謝罪だった。

 今のは謝ったのではなく、謝ってしまったのだ。

 そして、また自分はどうすればいいのか分からなくなってしまった。

 謝りたいことはたくさんあったが、僕は今の謝罪で本来謝るべきことを謝れなくなってしまった。

 本当に僕は馬鹿だ。


「……大丈夫だよ、お兄さん。

 僕は気にしていないよ?」


「っ!?」


 だけど、リウンはそんな僕のことを許そうとした。

 今の謝罪が完全に僕が自分自身の為だけのものだったというのにだ。


 ダメだ……!せめて、嘘は吐かないようにしないと……!!


 嘘と偽りの謝罪などしたくなかった。

 このままなし崩し的に許してもらうことなんて僕は嫌だ。


「いや、リウン。

 その……今の謝罪はその違うんだ……」


「え?」


 こんな風に馬鹿正直に言わなくてもいいのかもしれない。

 でも、この子は正直な心で僕に接してくれた。

 だから、向き合いたい。


「え?それってどういうこと?」


「えっとそれは……」

 

 だけど、僕は何といえばいいのだろうか。

 謝りたい気持ちはあった。

 でっも、先に出た謝罪はリウンに向き合えなかったことへの謝罪だった。

 そして、それをした理由は一つだった。


 ずるいなぁ……自分の汚い姿を見られたくないからって……


 リウンに汚い自分を知られたくないのが理由だった。

 「殺意」のままに敵を殺しておいて、そんな自分をこの子の優しさに縋ることが情けなかった。

 同時にこの子に怖がられることが恐かった。


 風香は……

 こんな僕でも『お兄ちゃん』って呼んでくれるのか?


 そして、連鎖的に僕は実の妹に拒絶されることへの恐怖まで抱いた。

 風香は僕と同じ世界の人間だ。

 少なくても僕と同じ価値観を持っている。

 だからこそ、怖くて仕方がなかった。

 僕が僕自身を怖がっているのだから風香が怖がることだって考えられる。

 そもそも僕だって、魔物を嬉々として殺してクラスの連中に嫌悪を抱いていた。


「お兄さん/お兄ちゃん……?」


「っ!?」


 リウンの声に風香の声が重なって聞こえた。

 ようやく気付いた。

 僕がリウンのことを気にしているのはよく風香が僕を心配してくれていた優しさをこの子が持っているからだ。

 風香はよく僕が周囲の目を気にして卑屈になっているといつも心配してくれていた。

 僕の悩みを知らないけどそれでも彼女は彼女なりに心配してくれていた。


 ぼ、僕は……


 リウンが風香と重なり完全に僕は至高の袋小路に追い詰められた。

 これから先、こんなことは沢山あるはずなのに本当の自分を他人に見せることが怖くて仕方がない。


「……リウン。

 今のは咄嗟に貴様に声を掛けられて反応が出来なかったことへの詫びだ」


「え……」


「ウェニア……?」


 奥が追い詰められているとウェニアが話に入ってきた。


「此奴はこの男を助ける為に魔物を倒して生命を奪ったことに罪悪感を抱いて疲れている」


「え!?」


「っ!」


 ウェニアは僕が魔物を殺したことをリウンに明かした。

 そのことにリウンは驚いている。


「それに貴様に対して負い目も感じている。

 だから、急に貴様と向かい合うことが出来ずにいるのだ」


「う、ウェニア……!?」


「……そうだったんだ……」


 だけど、ウェニアは嘘になっていない嘘を吐いた。

 確かに彼女の言う通り、僕は魔物の生命を奪ったことに恐怖し、リウンにも後ろめたさもあるし、どう向きえばいいのかわからない。

 だけど、本当に僕が自分に嫌悪を抱いているのはそういった外因的な理由だけではない。


「……すまないが、一刻も早くこの男を休める場所を作ってくれないか?」


「……わかった」


「あ……」


 ウェニアは怪我をしている男性のことを持ちだし、リウンに休める場所を提供する様に指示し、リウンもそれに従った。


「じゃあ、お兄さん。

 また後で」


「あ……リウン……」


 リウンはそのまま去って行ってしまった。


「ウェニア……」


 僕はウェニアの方へと顔を向けた。

 それは戸惑いからくるものだった。


「……今日はもう休め」


「え……でも……」


 そんな僕の恩知らずな態度を見てもなおウェニアは僕を気にかけてくれた。

 ウェニアがリウンに嘘を吐いたのは僕の為の行動も含まれているはずだ。

 それなのに僕はまたしても独り善がりな価値観を見せてしまった。


「……この男のことは我に任せておけ。

 だから、休め」


「……ごめん……わかった……」


 ウェニアは僕に休む様に促した。

 それは命令であり気遣いだった。

 彼女に対して僕は『ごめん』と言うしかなかった。

 そのまま僕は部屋へと向かった。


 ああ……クソ……本当に……


 部屋に向かう僕の胸の中に自分に対しての苛立ちが渦巻いていた。

 リウンに謝れなかったこと。隠し事をしてしまったこと。結局ウェニアに全部押し付けてしまったこと。


 どれだけ卑怯なんだ………


 自分の汚いことを隠し汚いことをやらせ、謝ることも出来ない。

 本当に最低だ。

 そして、僕は忘れていたことがあった。


「キュル……!キュル!!」


―ユウキ……!オカエリ!!―


「あ……」


 部屋に入った瞬間にリザが僕を出迎えてくれた。

 僕は彼女がいることを忘れていた。

 彼女は僕が外でしてしまったことも、今の僕を知らないで明るく僕を待ってくれた。


「………………」


「キュル……?」


―ユウキ……?―


 僕を心配してくれているリザに対しても僕は不安と恐怖を感じていた。

 リザすらも、いや、そもそもリウンも風香も僕を恐れてはおらず、全ては僕の心が生んだ被害妄想だ。

 だけど、殺意のままに行動してしまったことや、それを言えない臆病な自分をさらけ出すことが怖くて仕方がなかった。

 でも


「リザ……僕……」


「キュル……?」


 もう耐えられなかった。


「……殺しちゃったんだ……自分の意思で……」


「キュ、キュル……?」


―ユ、ユウキ……?―


 僕は自分の心の中に存在する罪の意識を漏らした。


「う、うわああぁああああああぁああぁああ!!!」


「キュル!?」


―ユウキ!?―


「あああぁあああああああああああ!!!」


 もう我慢できなかった。

 リザに縋る様に僕は見っともなく泣きじゃくった。

 自分の意思でどうやっても言い訳できない罪を犯したこと。

 そんな自分を隠そうとして嘘を吐き続けたこと。

 自分は何もせず他人に汚いことをやらせたこと。

 そして、そこから救われようとリザに打ち明けることしか出来ないことに僕は段々と自分がもっと嫌いになっていった。


「キュル……」


―ユウキ……―


 リザは僕を否定することも肯定することもなくただ心配してくれるだけだった。

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