第三十七話「嘘の理由」
「………………」
未だに胸の鼓動が収まらない中、僕は気を失っている男の人の様子を見た。
見た所、この人は二十代後半らしく血が付いて破れている服装を見る限り、よくファンタジーものに出てくる農民の人と似た格好をしていることからこの人は所謂一般人らしいのが見て取れた。
この人はどんな人なんだろう……?
ふと僕はこの人がどんな人なのか気になってしまった。
この世界に来てから僕は魔王であるウェニアやこの森に住んでいる不思議な少年であるリウン、そして、あの王国の城の中の人しか見ていないのでこの世界の一般人を見るのは初めてだ。
ウェニアの様な規格外やリウンの様な善良さの固まりやそして、僕を人として見てくれなかったあの王城の人たちの何れかに似ているのか気になってしまった。
個人的には後者ではあって欲しくないところだ。
なるべくなら人の善性を信じたい気持ちが未だに僕にはある。
それに……大切な人の名前を呼んでいたんだから悪い人ではないよね……
もう一つ僕がこの人のことを信じてみたいと思っているのは僕がこの人を助けたいと必死に思った誰かの名前を死にかけているのに呟いたことだ。
少なくても、この人にはその人に対する愛情がある。
僕も家族のことを最期に思い描いていたしね……
そのことを他ならない僕は理解している。
リザに殺されかけたり、剣の暴走で死を覚悟した時に僕は大切な家族のことを考えていた。
だからこそ、この人を悪い人だと思いたい。
「ユウキ。大丈夫か?」
「あ……ウェニア……」
僕が未だに殺意のままに殺したことへの自己嫌悪とこの人の善性を信じたいというぐちゃぐちゃな感情に浸っていると、ウェニアがリウンの家から出てきた。
「リウンはその……大丈夫って言ってた?」
彼女が戻って来たことから僕はこの男の人を家に上げる許可を得られたのかを訊ねた。
ただでさえリウンにはお世話になっているし、何よりも僕はあの子のこと傷付けてしまっている。
だからこれ以上厚かましいお願いをして彼の心を傷つけてしまわないか不安だった。
仮令、人助けでも実際に負担するのはリウンだし……
どんなにその場で誰かを助けたとしてもその後の治療の場所や食事を提供するのはリウンだ。
例えるのなら捨て猫を拾ってきて『世話をちゃんとするから飼いたい』と言って世話をするけど、餌代などを他人に請求するのと変わらない。
これがまだ子供が大人に対して言うのならいいが、大人が大人、もしくは大人が子供にしたら負担するのはたまったものじゃない。
だからこそ、僕はリウンにこれ以上の負担をかけることが後ろめたかった。
「ああ。リウンは『いい』と言ってくれた」
「え……」
けれども返って来たのはある程度は予測できていたが、予想外な答えだった。
「……何か卑怯な手は使ってないよね?」
僕は自分でも馬鹿で失礼だと感じたがそう訊ねてしまった。
リウンの様ないい子は我慢しやすい。
そんな人の良さに付け込むような真似をしていないか不安だった。
「いや、使った」
「……っ!」
やはり、彼女は使ってしまっていたらしい。
「……何か問題あるか?」
彼女は悪びれることなくそのことに問題があるのかと訊ねてきた。
その問いは単に訊けば開き直っているようにしか聞こえない内容だった。
だけど
「……いや……」
僕は敢えて彼女のその開き直りに乗った。
確かに彼女の発言は他人を利用することを何とも思わないものに思える。
こいつがそんなことを分からないはずがないんだよな……
でも、ウェニアがそんなことが分からない訳でも、分かろうともしない人間じゃないことを僕は理解してしまっている。
何故なら、彼女は自分を『痛みはわかるが、それでも歩き続ける人間』だと公言した。
いや正確には自嘲している。
本当に他人のことを虫けらのように思うのならむしろ、言い訳がましく言うよな……
本当に狡賢かったり卑怯な人間ならこんな露悪的な態度を見せないはずだ。
ただ自分に正直なだけかもしれないが、それでも聡い彼女ならばこんな態度は取らないはずだ。
それに
何もしてない僕が口を挟むべきじゃないよ……
何もしない、何も出来ていない僕が偉そうに言うべきじゃないだろう。
確かに子供のリウンを利用する様なことをしたのは許されることじゃないけれど、彼を説得ないしは何もしていない僕がそれを『間違っている』と言うのは傲慢だ。
ウェニアはウェニアなりに出来ることをしたのに……
僕だけが正しいみたいに振舞うのはだめだよ
自分だけを正当化し、他者を責めるのは歪んでいると僕は思う。
だから、ウェニアにこれ以上何も言いたくなかった。
「そうか……では、入るぞ」
「わかった……」
僕は彼女に言われるままに一緒に男性に肩を貸しながらリウンの家に入った。
すると
「あ、お兄さん……」
「リウン……」
リウンが待っていた。
どうしよう……なんて声をかけたらいいんだろ……
僕は彼を見た瞬間に次になんて言えばいいのか分からなくなってしまった。
改めてリウンと顔を向き合わせて、僕はリウンとどう向き合えばいいのか益々分からなくなった。
それは彼を傷付けたことや更なる負担をかけさせてしまうことだけではなかった。
この子の真っ直ぐさを見てると……
今の自分が汚くて仕方がない……
僕は自分の「殺意」で生命を奪った。
そんな血塗られた手を持つ僕がこの子に対してどんな顔をして話をすればいいのか本当にわからない。
『外には怖い人たちがいるんだもん!!!』
それにこの子は外に出るのを恐れているのは『怖い人たちがいる』と言っていた。
もし、この子が僕のあの一面を知れば、間違いなくこの子は僕を恐れる。
……ダメだ……
綺麗なものがあると……余計に自分の汚さが目立つ……
今まではこの男の人を一刻も早く助けなければいけないという一心で殺意のままに動いた自分の汚さを自覚しないで済んだ。
だけど、今はリウンという事情を知らない人間が存在することで改めて自分の凶暴さを認識させられた。
「お兄さん?」
「あ……」
自己嫌悪に駆られているとそんな僕のことを心配したのかリウンが声を掛けてきた。
それを見て僕は
「え、えっと……ごめん……」
「え?」
何といっていいのか分からず、つい咄嗟に謝ってしまっていた。




