第五話「誘いと王の姿」
「分からないって……どういう意味だよ……?」
魔王に僕の望みを話した直後に帰って来たのはそれが叶えられるか分からないと言う答えだった。
「どういう意味も……言葉の通りだ。
叶えられるか分からない約束をすることなどできぬからそう言ったまでだ」
魔王は躊躇いなく言った。
だけど、魔王の向ける目には切なさがある気がした。
僕は人間を見る目があるとは自信を持って言えない。
だけど、この魔王の目は「嘘」を吐くつもりはないと物語っている様であった。
「千年も前に世界の半分以上を支配し各地の魔導書を漁ったが、「異世界」に関する魔術は全く目にしたこともないのだ」
「そんな……」
魔王の独白に僕はさらに絶望しそうになった。
確かに王国の人間たちも最初、僕たちに『帰らせろ』と言われると『送り方を知らない』と言ってきたのだ。
そして、なあなあで魔王を討伐していく内に帰還の方法が見つかるかもしれないと言う希望的観測を抱いていたが、かつて世界の半分以上を征服した魔王が知らないと言ったことでその望みすらも奪われそうになってきた。
「……そもそも、貴様らはどうやってこの世界に来たのだ?」
魔王はどこか訝し目に興味津々で訊いて来た。
どうやら、こいつは支配欲や征服欲だけでなく知識欲も半端ないらしい。
「い、いや……詳しいことはわからないんだけど……
なんか女神様の力を借りてるらしいんだって……」
化け物扱いされたことで詳しいことは知ることはできなかったが、最初のお姫様や王子様の発言から「女神ディウ」と言う女神の力を借りて僕たちが召喚されたことは分かった。
ただそれは王国側の発言が全て正しいということが前提だが。
理由としては僕自身が魔族じゃないのに魔族扱いされたり(ただこれは僕の私怨であるのも否めないが)、ウィルヴィニアが今回の五大魔王の件に関わっていないにも関わらず彼女のせいにしたり(ただこれもウェルヴィニアが嘘を吐いている可能性もあるが)と言う王国の怪しさを感じさせる証拠が二つもあるからだ。
そもそも本当に女神様が人間の味方なら世界を憂いている時点で積極的に関わってくるはずだし、僕が魔族じゃなく人間であることも証明してくれるはずだし、今回の件にウィルヴィニアが関わっていないことを王国側は知っているはずだ。
つまり王国側は嘘を吐いている可能性がある。
もちろん、僕が王国側にいい印象を抱いていないのがそう言った思考を生むことに繋がっている可能性もあるが。
「……女神?
ディウ教の女神のことか?」
「あ、ああ……確かそうだったはず……」
魔王はその名前を聞いてかなり訝し目な顔をし出した。
「フッ……まさか、千年も経ったと言うのにその名を聞かされるとはな……」
僕が肯定すると魔王はうんざりし出した。
どうやら魔王は宗教に対して良いイメージを持っていないらしい。
いや、魔王だから当然なのだろうか。
「詰まる所、貴様らはディウ教の秘術やらなんやらで呼び出されたと言う訳か……
それに加えて、帰還の当てもディウ教が握っていて貴様らは戦わざるを得ない……
全く、どちらが邪悪か分からんな?」
魔王は王国のやり方を皮肉った。
いや、皮肉ると言うよりもどちらかと言えば嘲笑している。
やっぱりこいつは悪趣味だ。
人の不幸がそこにあってもお構いなしに自分が笑えれば笑う。
僕が魔王に対する苛立ちと帰還が困難であることに落胆を感じていると
「ククク……だがな、貴様は運がいいぞ?」
「……え?」
魔王は何か企んでいるような笑みを深めながら僕にそう言った。
そして、
「臣下よ!
我が覇道に続け!!
されば、貴様の望みも叶うやもしれん!!」
自身に満ち溢れた声と不遜な顔で魔王は高らかに僕に宣った。
「ど、どういうことだよ……」
あまりの魔王の勢いに僕は戸惑いながらも同時に希望を抱いてしまった。
魔王は確かに僕の願いが叶うと言った。
そこに僕は微かだが望みを抱いてしまったのだ。
ただ同時になぜか嫌な予感もしてきたが。
「決まっているだろう。
我はこの世界を全てこの手に収める!!
つまりはこの世界のどこかに貴様を帰還させる手立てがあるやもしれん!!」
「……はあ?」
魔王が何を言っているのか本気で解らなかった。
いや、解りたくもなかった。
「ちょっと、待った……
何を言っているのか分からないんだけど―――」
思わず僕は再び訊ねてしまった。
「世界を全て支配するのだから、世界の全ては我のものとなるのだ!!
だから、安心しろ!!」
「―――いやっ!?全然、安心できないよ!!?」
余りにも常識外れな魔王の言葉に僕はそう返すしかなかった。
何を言っているんだこの魔王様は。
こんなの『金魚すくいで金魚を全て手に入れるにはどうすればいいのか?』と言う問いに対して、『屋台ごと買えばいい』と返すようなものだ。
それに世界征服なんて何十年、いや、何百年かかると思っているんだ。
「僕は人間だ!そんなに待ってられない!!」
目の前の魔王はきっと、魔王だから寿命に余裕があるだろが人間の僕にはそんな余裕はない。
それに先ほど、この魔王自身が言っていたことを考慮したら、今いる「五大魔王」と言う連中はこいつの部下じゃない。
つまり、こいつは0から世界を征服しようとしている。
仮に国を作ったとしても普通の国が一代で世界を支配するなんて無理だ。
そう言うのは二代目や三代目がやるものだって高校程度の世界史の知識を持つ僕でも理解ができる。
魔王のどこからそんな自信が湧いてくるのか理解ができない。
「だったら、なおさら臣下として尽くせ。
尤も、貴様一人の働きがどれ程のものか知らんがな」
「なっ!?」
理不尽な魔王の物言いに僕は絶句した。
僕は確かにこいつと契約した。
命を救ってもらう代わりに魔力を与えることと臣下になると言う条件で。
今さらになって、僕はそのことに後悔してきた。
「……それとも、人間に助けを求めるか?」
「……それは……」
だが、その後悔などどうでもよくなる一言が次に出て来た。
「我は別に無理矢理、貴様を我が覇道に付き添わせるつもりはない。
覇道とは即ち、互いの志などを一緒にするのではなく我の後に臣下が付いてくるだけのものだ。
いつでも、降りてもよいぞ?裏切られるよりはマシだからな」
魔王のその言葉は苛烈だった。
突き放す様にしながらも寛容に思えて、寛容に思えて突き放すかの様だった。
僕は自由か臣従の二択を迫られた。
「……付いてくよ……」
だけど、僕の答えは既に定められていた。
仮に魔王が僕を騙そうとも少なくともまだ魔王の方が僕を人として見てくれている。
遠回りになろうとも、僕は同じ人間なのにあんな目に遭わせる王国よりはまだ偉そうでムカつくけどこの女の方がマシだ。
「そうか……では、行くぞ!
我が臣下よ!!」
魔王は僕の答えを受けて勇んでどこかへ向かうことを宣言した。
「……行くって……どこに……?」
魔王の相変わらず変わらないテンションに引き気味ではあるが訊ねた。
「決まっているだろう!!
我の威光を借りて王を騙る愚か者どもを潰しにだ!!」
「……え?」
魔王はさも当たり前のように言った。
いや、腹が立つのは分かるけれどそれは無謀だろう。
「い、いや……流石にそれは無理なんじゃないのか?」
目の前の魔王の実力は分からないけれども、少なくとも相手も魔王を名乗るのだから実力は相当なもののはずだ。
それに加えて、この世界の人間が魔族に敗北し続けていると考えるとあちらには兵までいる。
質は分からないけれど、数は圧倒的に上だ。
どう見繕っても勝ち目が見当たらない。
「いや!今すぐにでも行く必要がある!!」
それでも魔王は決定を覆るつもりはないらしい。
「な、なんで……」
一度死にかけた身としては僕は慎重になっている。
二度とあんな目に遭うのは御免だ。
理不尽な差別と仲間を見捨てる味方、そして、無謀な勇気は僕はとても嫌いだ。
今の魔王は明らかに無謀過ぎる。
なんとかしてでも止めなければ。
「決まっている!人間どもに先を越されないためだ!!」
「……え?ど、どういうこと……?」
しかし、魔王の意外な理由に僕は驚いた。
僕はてっきり、こいつが向こう見ずな思い付きで動いているのだと思っていた。
だけど、今の魔王にはそんなものはない。
あるのはあくまでもそれしかないと言う決意の表れだった。
少なくとも、クラスの連中が抱いていた慢心ではなかった。
「いいか?我が世界を制覇しようと軍を起こそうにも一からでは時間がかかる……
それは解るな?」
「あ、うん……それは……まあ……」
魔王の説明に僕は肯くしかなかった。
確かに今から軍を作ろうにしても傭兵団とかなら未だしも強大な軍を創るにはそれなりの資金がいると思うし、それを賄うにも国位の予算が必要だ。
だからと言って、国を創るなんてそれこそ非現実的だ。
それでは何十年もかかる。
「だから、奴らの国と軍ごと奪い取ればいい」
「……はあ?」
魔王はとんでもないことを言った。
「所詮、奴らは力の強い魔族に過ぎんし統治能力も人間を虐げている時点で杜撰だろう。
頭である「五大魔王」と言った有象無象を潰せば奴らの軍は一瞬にして瓦解する」
魔王は冷静に最大限の侮辱を以って断じた。
確かに彼女のその指摘は一理あるのかもしれない。
王国側が説明したとおりだと連中は何度も城塞都市を攻めあぐねているらしく、理由としては魔物同士の統制が取れていないかららしい。
「……それに我の名前を使っているのも幸いする」
「あ」
魔王はまさに野心に満ちた笑みを増した。
「故に真の魔王たる我が偽王共を全て薙ぎ倒し、それを世界に宣言すれば奴らの軍は自ずと我に恭順する」
魔王の言っていることは恐らくその通りだろう。
「魔王ウェルヴィニア」の名を五大魔王が使っていると言うことはそれだけの影響力が彼女にはあると言うことだろう。
それに名前の威を使っている集めていると言うことは五大魔王の力を頼んで魔族たちは軍として参加している可能性もある。
その五大魔王を全て倒し、それが復活したウェルヴィニアとなれば全ての魔族が彼女の支配下に降る可能性もある。
「……いや、だけど……」
しかし、それはできたらの話だ。
人間、つまり、僕のクラスの連中が五大魔王を倒す前にウェルヴィニアが五大魔王を倒すにはいくら何でもタイムリミットが短すぎる。
ウェルヴィニアがどれだけ強いか分からないけどクラスの連中は質だけじゃなく数も多いしバックには王国がいる。
そして、それは五大魔王の陣営にも言えることだ。
あっちは人間側を圧倒していることから数も質も上だろう。
対して、ウェルヴィニアは0からの出発だ。
五大魔王VSクラスの連中VSウェルヴィニア。
その三つ巴の仲では圧倒的にウェルヴィニアが不利だ。
そんな戦力差に僕が躊躇していると
「……それに貴様を捨てた連中を出し抜いてみたくないか?」
「……?!」
魔王は愉快そうに問いかけて来た。
「貴様の苛立ちを見ていれば理解できる。
貴様、捨て石にされたな?」
「……それは……」
魔王は全てを見通す様に僕の絶望を嗤う。
大トカゲと言う名前的に強そうじゃないと考えて狩ろうとしたクラスの馬鹿たちと輪を乱すまいと言う建前で止めようともしない優等生たち、僕のことを何だかんだで支えてくれて信じていたにも関わらず僕のことを見向きもしないで逃げ出した幼馴染や友人たち。
そして、僕のことをわざと攻撃して囮にして出口を塞いだことを全てが黙認した時の苦しみ。
僕の胸には裏切られたことに対する苦しみ、怒り、憎しみ、悲しみが渦巻いていく。
魔王は僕のこの感情を見抜いてそれを嬉しそうにしている。
まさに悪魔の誘惑とも言える。
「……中々、愉快だぞ?
己が捨てたと思っていた他愛のない石が己の道を大きく塞がれた時の人間の顔は?
……それを見てみたくないか?」
それはとても魅力的だった。
それは内容についてもそうであるが、語る魔王もまたそうであった。
それは決して、魔王が蠱惑的とかそう言う意味ではない。
魔王のあまりにも楽しそうな顔がとても楽しそうだった。
きっと、こいつは僕のことも玩具のように見ているのだろう。
しかし、それでも魔王のその世界を賭けた悪戯に僕には魅力的に思えた。
こいつに付いてくのが単純に面白そう。
たったそれだけの理由だった。
「……で、どうするんだよ?
時間はどれぐらいあると思っているんだよ?」
僕は半分だけ乗り気になってしまった。
よく考えてみれば、王国側に行ってもまた捨て石にされるだけだし、扱いもぞんざいになるし、むしろ、生き残ったら生き残ったらで魔族扱いもさらに増すだろう。
だったら、まだこいつに賭けた方が面白そうな分だけいい。
恐らく、こいつの思惑通りなんだろうけど、この賭けに乗ってやるのも悪くはない気がした。
「奴らは一度、この迷宮で死にかけたのだろう?
恐らく、一月ほどは来ないはずだ」
「……一月かぁ……」
それを耳にして僕はどこか複雑な気持ちになった。
魔王の言葉には説得力があったし何だかんだで先のことを考えてくれているところに安心感を覚えた。
ただ同時にその言葉通りなのが虚しさと怒りを感じた。
確かに連中は逃げていった。
そうなると、訓練やら修行を終えて万全の態勢じゃない限りは臆病風に吹かれて慎重になるはずだ。
これは死にかけた僕だから分かる。
だけど、その期間の中で果たして僕が生存しているとでも考えているのだろうか。
そうだと考えていたらどれだけおめでたいのだろう。
あの大トカゲもそうだけどこの迷宮は恐ろしいところだ。
迷宮は余りにも複雑だ。
しかもこの部屋の出口をご丁寧にも封鎖してくれて僕には逃げ場がなし迷宮の出口も知らない。
それにここには水も食料もない。
それで生きていると考えるのならばどれだけ楽観的なのだろうか。
災害時にレスキュー隊が二次災害を恐れるのは当たり前だ。
それでも必ず助けようと限界を尽くして可能性を探り出そうとする。
それは僕の父さんがその証明だ。
しかし、連中は僕を捨て石にしたのだ。
『友樹。
父さんもヒーローじゃないんだ。
助けられないことだって沢山あるんだ……』
レスキュー隊は自分たちを犠牲にしてでも助けたいにも関わらず助けられないのに対して、連中は自分たちだけが助かりたいだけに僕に自己犠牲を強要したのだ。
何よりもレスキュー隊は民間人や仲間を見捨てない。
仮に連中がレスキュー隊を引き合いに出したらぶん殴ってやる。
「……お前、本当に趣味が悪いな……」
ふと僕は魔王に言った。
この魔王は僕の心の中にある苛立ちを見通してそれを煽った。
自らの野望を達成するための手駒を得るために。
「ほう?先ほどは気概が全くないただの愚か者とは思っていたが……
中々、わかるではないか?」
魔王は僕が自分の目論見に気づいたことに理解しながらも愉快そうだった。
気概がないのは事実だ。
僕自身、なぜ僕のような鈍くてとろい人間が父さんの息子なのかすらとつくづく思うほどだ。
ただ結局のところ、僕はこいつの玩具と同じらしい。
「……まあな……
この世界に来てから色々と疑うことの大切さを知った……
それだけのことだよ」
たとえ、幼馴染や友人であっても裏切る時には裏切る。
だったら最初からすべてを疑って生きた方がマシだ。
それが善でも悪でも。
「では、どうする?
この迷宮の外まで出たいと言うのならば魔力を与えたことへの褒美として力を貸してやろう。
その後は好きなようにするがいいさ」
僕が疑ってかかっていることを理解しながらも魔王はそれさえも愉しむように選択肢と言う逃げ道を与えてきた。
恐らくこいつは嘘を吐かないだろう。
なにせ嘘を吐くことなどしないでこいつは生きていられるかだ。
こいつには恐怖などと言うものがないように見える。
それに加えて自分以外のものを全て見下してもいる。
こいつが嘘を吐くとしたら気まぐれだろう。
そのくせ、それら全てを必要と見てもいる。
きっと逃げても何もしないだろうけど。
「……お断りだよ。
たとえ迷宮から出てもこの世界でお前に頼らないで僕が生き残って元の世界に帰れる方法なんてないよ。
最初からわかっているんだろ?」
最初から選択肢なんてあるようでない。
慈悲深く見せて全て打算的。
この場で逃げてもこいつはただ僕に興味を失うだけ。
何の痛手にもならないだろう。
「ククク……アッハハハハハハ!!
いいぞ、いいぞ!!解っているではないか?
これは中々、愉しめそうだな」
魔王はおかしいほどに高笑いした後に僕に蛇のような眼を向けて来た。
やはり、どこまで行ってもこいつの掌の上らしい。
こいつが傲慢で嫌な奴とは思っていたがここまでとは。
「そりゃ、どうも……」
僕は呆れてそう言うしかなかった。
ま、確かにこいつには助けてもらった恩があるし……
まだ王国と違って実際に害を加えられていないし……
いいかな……
少し後悔しながらも僕は納得しようと思った。
どんな理由があるにせよ、この魔王様は僕の命の恩人で王国やクラスの連中は僕を裏切ったのは紛れもない事実だ。
どちらを頼るとしたら心情的にも魔王の方が遥かにマシだ。
それに魔王の言っていることが正しければ王国はどこか怪しくも思える。
だったら、僕はこいつに付いてく。
たったそれだけだ。
「さて、行くぞ……ユウキ!」
「……え?」
魔王は唐突に初めて僕の名前を呼んだ。
そして、何かを企むようで何かを求めるようで何かを貫く様な眼をしながら
「これから世界を手にする王の姿を見せてやる!!!」
「あ、ああ……」
高らかに宣言した。
不覚にも魔王のその鮮烈な姿に僕は見惚れてしまった。
彼女は魔王と言うのにまるで眩しかった。
言うなれば、それはもう一つの太陽の様であった。