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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第三十六話「滑稽な王」

「あれ……?

 お姉さん……?お兄さんは?」


「……ユウキは外にいる。

 リウン、一つ無理を承知で頼みたいことがある」


「え?何?」


 我はユウキと例の男を家の外で待たせておきながら先に入り、この家の家主でリウンにあの男を家に上げる許可を得ようとした。


「実は森の中に男が一人迷い込んできて死にかけている」


「え!?その人、大丈夫なの!?」


「ああ。

 傷を負っていたが念の為に処置は済ませておいた。

 だから、その点は大丈夫だ」


「そうなの……よかった……」


 魔物との戦闘のことを伏せて我はリウンにそのことを告げた。

 此奴はレセリアとテロマ、そして、本人は否定するがユウキと同類だ。

 平気で他人の心配をしてしまう。

 だからこそ必要最低限の情報だけを伝えて、心配させないようにした。


 ……それに此奴にはユウキと異なりそういった覚悟をする必要はないからな……


 我がリウンに本当のことを伏せるのはユウキと異なり、戦う理由も意思もないからだ。

 だからこそ、これだけで十分なのだ。


「リウン。本題に入るが、その男をこの家で休ませてやってくれないか?」


「え……」


 我の申し出に対してリウンは戸惑いを見せた。

 当然の反応だろう。

 そもそも、何の面識もない人間を死にかけているとはいえ会ってから三日も経っていない人間の頼みでいきなり止まらせて欲しいと言われれば返事に困るだろう。


 それにユウキはともかくとして、我には打算があるしな


 幼気な幼子を利用とする浅ましさに我ながら愚かさを感じた。

 ユウキと異なり、我があの男を助けようとしているのは情報を得るという打算の為だ。

 そんなことの為にこんな幼子の情に縋る様な行いを我はしている。

 とてもではないが、「王」を自称する者としては滑稽なものだ。


 思えば、生前はそんなことを考えることもしなかったな……


 もしこれが生前ならば我はそんなことを考えることもしなかっただろう。

 あの時の我は利用できるものは全て利用する。

 目的の為ならばそれでよいと断じていた。


 まさか、レセリアとよく似た人間と一緒にいるだけでこうまで変わるとはな……


 我がそんなことに対して疑問を感じるようになったのは間違いなくユウキの存在が大きい。

 確かに生前にも我を慕ってくれていた男はいた。

 だが、あの男の感情は我の全てを肯定し、我のことを世界の全てだと思ったものだった。

 ユウキの場合は違う。


 馬鹿だな……私も……

 今更になってそんなことが許されるわけがないだろう


 今更になって私はユウキと一緒にいるだけでただの人間と同じになれる様な気持ちでいた。

 愛するレセリアと引き離され『世界を間違っている』と断じ、私を買った師の下で『世界を変える』力を養い、その後、奴を含めた多くの臣下たちと共に『世界を創ろう』とし駆け抜けた。

 情など捨てて。

 それなのに我はレセリアといた時の僅かな安らぎをユウキと一緒にいることで感じてしまっている。

 そんな権利などとっくのとうに自分から捨てているというのに。


「うん……わかった。

 その人、連れて来て」


「……すまないな」


 リウンは当たり前の様に許可した。

 それは此奴にとっては当たり前のことしか思っていないのだ。

 それを見て我は善良さを利用することに対して引け目を多少ながら感じた。


 ……王の責がなければこんなものか我も


 我が一人前に人間らしくなっているのは「王」ではなくなったからだ。


 いずれは捨てなくてはならんな


 この弱さを我は捨てる必要性を認識した。

 ユウキはともかくとして、我は王だ。

 周囲を利用しておいて今更その様な情に浸ることなど許されないはずだ。


「それとだ。もう一つ良いか?」


「え?何?」


 ただそれでも言っておきたいことがあった。


「昨日、何かユウキと何かあったらしいが彼奴はそのことを気にしている様だ」


「え……」


 念のために機能、ユウキがリウンにしてしまったことに言及しておいた。

 これから男を運ぶのに気まずい空気になるのは避けたいのといたたまれない気持ちになりそうだったからだ。


「別に許せとは言わぬが彼奴は悔やんでいる。

 そのことは知っておいてくれ」


「お兄さんが……?」


 卑怯な言い回しだと我ながら感じた。

 『許せ』とは確かに言ってはいないが、ただ相手が後悔していること伝えるなどして遠回しにそれを誘導している。

 しかもこんな善良であろうとする幼子相手にだ。


 此奴は他人……ユウキは臣下……

 優先すべきは後者だが


 王として我が優先すべきは臣下と民と言った庇護下の存在だ。

 だからこそ、この選択は間違ってはいないし、正しくもない。


 仮に我が他人を優先してもユウキは我を責めないだろうがな……


 同時にユウキが仮に我が目的の為に他者を優先した場合でも責めないと感じている。

 いや、正確にはそこに何かしらの正当さがあるだけで彼奴は怨まない。

 彼奴は当初は裏切った者たちを見返すと息巻いていたが、結局のところリザとの戦いで自らの善良さを思い出しそんなことを忘れた。

 奴は一度でも心を許した人間を憎み切れない人間だ。


 彼奴が許せない裏切りは……自分の為だけの裏切りなのだろうな……


 ユウキが受けた裏切りは恐らく自分の為だけの裏切りだ。

 そこには大志もなく野望もなく野心もない。

 ただその場限りだけのその場しのぎの為の裏切り。

 ユウキが悲しんだのはたったそれだけなのだ。


 彼奴は少し理由があるだけで許してしまうだろうな……


 ユウキは仮令他に思惑があろうともただそこに誰かを助ける為に自分を犠牲にするしかないというだけでそれを善しとしてしまうだろう。


 だからこそ、捨てたくないのだ……


 そのいじらしさこそが得難いものだ。

 我はそう感じて手放すことを惜しいと思っている。


「……わかったよ。

 お兄さん、気にしてたんだ……」


「ああ……」


 リウンはユウキが気にしていたことを申し訳なさそうに感じている様子だった。

 どうやらこれ以上二人の関係に亀裂が生じることはないだろう。


 これがかつての魔王のすることか……


 言葉巧みに他人の心を誘導する。

 それが成人した人間ならともかくとして幼気な子供を利用する。

 王を名乗る者として何とも浅ましいことだろうか。


 だが、それでも我は……!


 我はこの生き方しか出来ぬし、それしか知らない。

 それに既に引き返す道など我には存在しない。

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