第三十五話「傷」
力の暴走……いや、無意識の願いの反映か……
魔物を一瞬にして葬った「テロマの剣」の力に我はそれを招いたのがユウキの心の中に生じた強い感情だということを感じ取った。
あの時、ユウキは我にこの男の治療を任せた際に自らは戦うことを選んだ。
自分にはそれしか出来ない。
だからこそ、それを選んだのだろう。
だけれども、決してそれは戦いや殺しによる恐怖を乗り越えた訳ではない。
その結果、心の中で生まれたとある感情とその恐怖とのせめぎ合いに「テロマの剣」は呼応して力を示した。
それもユウキのとある感情に。
殺意が……あったか……
魔物が全滅したこと、いや、魔物が一気に即死したことから考察できる力の具現化の要因となった感情。
それは「殺意」だ。
それもただの「殺意」ではない。
それも……混じり気の少ない……
こんなにもいともたやすく、それもユウキよりも格上の魔物を簡単に葬っていることから、ユウキの殺意がかなり純粋なものであったことが伺える。
あの剣は魔力を帯びているものをその性質を問わずに斬る刃を有するが、想いを現象化する力に関しては所有者の魔力の質と量が問われる。
しかし、それでも「殺意」に特化することで殺傷力と言う点では今の所有者では倒すことの出来ない相手でも殺める事が出来る。
まさに今のユウキの状態がそれだ。
「………………」
ユウキ……
ユウキは今も傍にいて我とこの男のことを守っていたが、明らかに精神的に追い詰められているのが見て取れる。
あの時、ユウキに直ぐに指示を出したのはそうしなければ殺意を認めたことによる罪悪感に押し潰されそうだったからだ。
……おまえは決して、そうじゃない……
きっとユウキは今、自分がしたこととそれを促した自分の感情に対して自分を責めている。
そして、そんな自分の存在価値を心の中で貶めている。
でも、それは違う。
お前は……穢れてなどいない……
ユウキがしたことは生き残る為に、そして、それは我とこの男を守る為にしたことだ。
もし、それが「罪」だというのならばそれは我の「罪」だ。
今回のことは我が治療に関する魔法を使えて、ユウキがそれを使えなかったことにもある。
たったそれだけの違いで今回の役割が異なった。
それだけの理由だ。
それなのにたったそれだけの理由でユウキだけが咎められのは許せないのだ。
レセリア……お前が私に示してくれたのは……そう言うことだろう?
レセリアが王の在り方を教えてくれた時と同じだ。。
今は私の代わりに誰かが手を汚すか、犠牲になった。
あの時には私はただ這い上がり生き残ることだけしか考える余裕がなかった。
そんな私にレセリアが見せてくれた涙。
怖がりながらも、罪悪感に駆られながらも、ただ私の為に自分の手を汚してくれた。
そして、その手を差し伸べてくれた。
だからこそ、王として私はユウキの悲しみを背負いたい。
だから、誰にもユウキを穢れているなど言わせぬ……!!
ユウキは誰かを守る為に殺意を抱いた。
それを否定すると言うのならば、王が民を外敵から守ることや親が我が子を害するものに対して牙を剥けることすら否定するも同然だ。
少なくても前者は私がしようとしたことで、後者は私が受けられることが出来なかったことだ。
前者を肯定することが自己正当の言い訳に値すると言うのならば、敢えて私は後者を否定せず受け入れる。
羨ましいからな……
親に身を守ってもらうどころか、捨てられた私にとっては後者はどれだけ手を伸ばしても手に入れることであり羨むことではあった。だが、たったそれだけだ。
何故、自分が得られないからそれらを「無価値」と断ずることができるだろうか。
私は人間が他者を守る為に手を血で濡らすことを否定するつもりはない。
だから、ユウキの行いと想いを私は受け入れる。
それに……ユウキがこうなったのも……
元はと言えば我が原因だからな……
何よりも今回、ユウキがこういった行動をせざるを得なかったのは私があの男の悲鳴を聞いて『使える』と考えたのが理由だ。
この男を利用すれば周辺がどうなっているのか把握できるからな……
そもそも我がこの男を助けようとしたのは「人助け」の為ではない。
この男からこの周辺の地理を知る為だ。
こんな森の奥まで人間が来るということは……案外、この周辺に集落があるのかもな……
森、それもこんなにも魔物が多い危険地帯に人間が一人でいるということはこの男は間違いなくこの周辺の事情を知っているはずだ。
この男が旅人であろうと、この辺りの住人であろうと間違いなくこの辺りの地理は理解しているはずだ。
少なくても、リウンの家から旅立つ際の今後の方針の役に立つ。
我がこの男を助けたのはあくまでもこの男から情報を手に入れる為だ。
せいぜい、役に立てよ。
貴様を助ける為に支払った代価は安くはないのだからな
この男を助ける為に我はユウキを傷付けた。
その理由は戦略の為とはいえ、それだけでも今の我にとっては大き過ぎる代価だ。
赤の他人である此奴よりも臣下であるユウキの方に我は価値を感じているのだ。
だからこそ、今は死ぬことを許さぬ……
これ以上の損失と負債は抱えるつもりはないからな
この男が死ねばユウキの傷は「無意味」になる。
そして、死ねばさらにユウキの傷はさらに深いものとなる。
だからこそ、此奴は助ける。
そうしなければ我の気が済まぬ。
そう言えば……この時代では治療に関する知識が浸透しているのか?
我はこの男の傷の周辺に毒性を消滅させる「浄化魔法」を行使しながらこの世界ではどれだけ治療に関する知識が浸透しているのか気になってしまった。
ユウキの話だとユウキのいた世界の連中は「回復魔法」しか使っていなかったらしいが、それが本当ならば危険だ。
もし身体の中に毒のある物質が残っている状態で傷を塞げばそれが増殖し死亡する可能性があった。
『よいか、ウェルヴィニア。
よく「回復魔法」を施した後に死亡する者が多いが、それは「病原体」という毒を浄化していないから起きることなのだ。
身体の体力を強める「回復魔法」と毒を消す「浄化魔法」。
それらを適切に行うことで初めて治療となるのだ』
あの婆は教えた知識の中で特に役に立ったものの一つだ。
お陰で我の率いる軍の戦傷による死亡率は低く、戦線に復帰する者は多く、練度が自然と高まり精兵ばかりとなりその死亡率の少なさから「不死身の軍団」と恐れられた。
よし、消毒は終わった……
後は傷だな
かつての時と同じ様に消毒を終えて我は傷を塞ぐのとこの男の生命力を高めるために「回復魔法」の行使を始めた。
「回復魔法」はあくまでも体の能力や生命力を一時的に高めるための措置だ。
だからこそ、身体を蝕む毒を失くさなければ意味がない。
しかし、そうなると……ユウキはどうして「回復魔法」だけで生きていられたのだ?
ユウキの世界の住人は「回復魔法」がどういったものなのかを理解しないでユウキに施していたらしい。
そうなると、ユウキが無事でいられるのかがよくわからなくなる。
……もしかすると、糞婆の知識が間違っていたか?
いや、最新の術式か?
考えられるとすればユウキが例外か、それとも「回復魔法」の知識が間違っているか、「回復魔法」と「浄化魔法」のそれぞれを行えるものであるといった可能性がある。
……今はそんな時ではないか
けれども、今はそんなことを考える時ではない。
「よし、ユウキ。
この男をリウンの家まで運ぶぞ」
「う、うん……」
ある程度の処置が終わり、我はこの男をリウンの家まで運ぶことをユウキに告げた。
 




