第三十二話「愚かさと弱さ」
「あっぅ……!!」
何気ない僕の行動でリウンを傷付けてしまってから一夜経ち、再び僕はウェニアの指導の下、魔力を手に纏わせる訓練をしている。
しかし、昨日ウェニアに言われたと言っても中々上手くいかないことに僕は焦りを覚えた。
リウン……
同時に昨日の出来事に対する罪悪感が胸の中で渦巻いていた。
あの出来事があってからリウンとは会話が出来ていない。
昨日から食事の準備や食器の片付けを終えるとリウンはそそくさと自分の部屋に行ってしまい、部屋から出ようとしてくれない。
明らかに避けられている。
クソ……
食事まで用意してくれて、寝泊まりもさせてくれて、何よりも善意を向けてくれている心優しい少年に辛い思いをさせてしまったことに僕は自己嫌悪が拭えない。
謝りたいのにあの子に避けられて出来ていないない。
いや、違う……
だけど、それは僕の臆病さが原因だ。
謝ることは強引にでも出来ることだ。
それがただの独り善がりの行為でもそれでもある程度のケジメは付けなくてはならないはずだ。
相手が許してくれないから謝らないというのは間違っている。
言い訳などすべきではないだろう。
「……おい、ユウキ」
「……何?」
僕が昨日の件で悩んでいるとウェニアが声を掛けてきた。
「何を考えているのだ?」
「え……」
ウェニアは少しきつめな声音で訊ねてきた。
「昨日よりも魔力の制御が出来ておらぬぞ?
それと今の貴様は違うことに気を取られていて心此処に在らずと言ったところだ。
一体、どうしたと言うのだ?」
「え!?」
彼女は僕が魔力を制御できてないことを言及すると共にその原因が今の僕の精神状態にあるということを遠回しに言ってきた。
「何でもないよ……」
僕は無駄だと理解しながらも隠そうとした。
ウェニアのことだ。
こんな僕の稚拙な誤魔化しなど直ぐに見破るはずだ。
それでも彼女にまで迷惑をかけたくないのと臆病な自分を守ろうとする利己心から隠そうとしてしまった。
「何でもないわけがないだろ?」
「………………」
当然ながら彼女には僕の安易な誤魔化しは通用しなかった。
彼女を馬鹿にした訳ではない。
そんなことを分かっているのにそれが出来ない程に追い詰められているということだ。
「……お前はそうやって直ぐに隠そうとするのだな?」
「……っ」
彼女の言葉がまるで僕を責めているように聞こえた。
実際、本当のことを言ったら彼女は間違いなく責めるだろう。
いや、むしろ軽蔑されるだろう。
本当のことを言っていいのかな……
僕は本当のことを言いたかったが、同時にその懺悔が本当はただ自分が楽になりたい為の手段でしかない気がして踏ん切りがつかなかった。
「……リウンのことか?」
「!?」
ウェニアは僕が何も言っていないのにもかかわらず、言い当てた。
僕は動揺を隠すということすら考えることもなかった。
「ああも貴様とリウンとの間に気まずさが漂っていれば誰にでもわかることだ」
「……っ」
僕は彼女にまでリウンと僕との間にあった気まずさを察せられていたことを初めて知った。
「……あれだけ貴様らの様子を見ていれば誰でも分かることだぞ」
「……え」
「全く、貴様は……
自惚れでは目を曇らせないが卑屈さでは必要以上に曇らせるな……」
ウェニアは僕を非難した。
当たり前だろう。あの子の善良さからすれば、どう考えても僕を避けるのは僕が原因であるのは容易に想像できることだろう。
「……とりあえず謝っておけ」
「え……」
ウェニアは呆れたようにそれだけを告げた。
「……それだけ?」
「……何だ?まだ何か言われたいのか?
貴様は被虐趣味でもあるのか?」
「……?えっと、何その趣味……?」
「……年の割にはそういったことへの知識や嗜好、興味はないのだな貴様は?」
「……!?」
ウェニアの口から出てきた『被虐趣味』という聞きなれない言葉に戸惑ったけど、その後に出てきた『年の割に』とか『そういったことへの興味』という言葉からそれがどういった意味なのかを察して僕は自分の顔が赤くなるのを感じた。
て、恥ずかしがっている場合じゃないだろ……!!
そんなことで羞恥心を感じている資格なんて僕にはない。
リウンが傷付いたのにそんなことに気を取られてしまっている場合じゃないはずだ。
「……どうせ、リウンに外の世界を見せたいとでも思ったのであろう?」
「!?どうして、それを……」
僕が気持ちを完全に切り替えるよりも先にウェニアが昨日のことを言い当てて出鼻を挫かれてしまった。
「……図星か。
やはり、そんなことだと思った」
自分の目星が当たったことと予想していた僕の愚かさにウェニアは呆れを深めた。
「あれ程言ったであろう?
貴様にとっての常識は彼奴にとっての常識ではないと。
そして、それを押し付けるのは傲慢でもあると」
「う……」
ウェニアはあの時、僕を止めた。
実際、彼女の言う通り僕は自分の独善であの子を傷付けてしまった。
彼女の忠告を僕はちゃんと理解してなかった。
「……だから、謝れ」
「……でも……」
ウェニアは重ねて僕に謝る様に促したが、僕はそれだけで済むことじゃないと考えて口答えしてしまった。
一昨日と違って僕はあの子を二度も傷付けてしまったのだ。
傷を付けた張本人が謝罪したところであの子を余計に傷付けるだけかもしれないのが怖いのだ。
「……それでもだ」
「え……」
だけど、ウェニアはそれでも謝れと言った。
「……謝れないで別れるよりもそっちの方がいい」
「……ウェニア?」
彼女は悲しそうにそう呟いた。
それはまるでそうしないと後悔すると言っているようにも聞こえた。
彼女がどうしてそう思っているのかは理解出来なかった。
でも、それは色々なものにがんじがらめになっている僕の心を動かす切欠になりつつあった。
その時だった。
「うわああああぁあああああああああぁあぁああ!!?」
「「!?」」
森の何処かから男の人の絶叫が響き渡ってきた。
一瞬、僕らは呆気に取られそうになったが
「……行くぞ、ユウキ!」
「う、うん……!!」
ウェニアが直ぐに冷静になり様子を見に行く様子だった。
僕も最初は戸惑ったが、それでもただ事じゃないと感じて彼女に導かれるままに考えるよりも先に足を動かした。




