第三十一話「善意の有無」
「ふ~……疲れた……」
体の節々が痛む中、僕はリウンの家に帰還した。
ウェニアは何か、調べ物があるらしく家の周辺を散策するつもりらしい。
「キュル!」
―ユウキ!―
「うわっ!?リザ!?」
リウンの家の扉を開けるといきなりリザが跳びこんできたので僕は少し体が痛むけれども彼女を受け止めた。
「キュル!」
―オカエリ!―
「っ……ただいま」
自分が痛いからと言って彼女の好意を無駄にしたくなくて僕は確りと『おかえり』に『ただいま』で答えた。
「ごめん。リザ。
今日一日ほったらかしにして」
まるで飼い主が帰ってきたことに喜ぶような飼い犬の様なリザの様子を見て彼女をずっとこの家で待たせてしまったことに後ろめたさを感じてしまった。
「キュルキュル!
キュルルル!!」
―ウンウン!
大丈夫ダヨ!!―
「……ありがとう」
けれどもリザは健気にも『大丈夫』と答えてくれた。
本当にいい子だなぁ……
出会いは殺し殺されるという最悪なものであったがリザは僕に懐いてくれている。
ただ命を助けただけなのに、その後に僕の方が命を助けられたことで貸し借りはこれでチャラになった。
それなのに彼女は僕を慕ってくれている。
この子の為にも……!!
ウェニアにも救われたけど、僕はリザにも救われている。
この子の存在はリウンと並んでこの世界には絶望だけでなく優しさもあるのだということを教えてくれる。
だからこそ、この優しさを守りたいと思える。
「あ、お兄さん。
おかえりなさい」
「ただいまリウン」
僕がリザと話していると今度はリウンが出迎えてくれた。
どうやら夕食を作ってくれていたらしい。
「お疲れ、お兄さん。
今日は疲れていると思ったから疲れが取れる「ウル」を作っておいたよ」
「へえ~。
それは楽しみだよ。ありがとう」
「えへへ……どういたしまして」
リウンは今日も丹精込めて料理を作ってくれていたらしい。
この子は僕がただ感謝の言葉だけで嬉しそうにする。
……やっぱり、一人は寂しかったんだね
この子がこんなにも嬉しそうにしているのは寂しかったからだ。
たった一人でこの森にそれも最初から一人でなく、母親がいたのにその母親がいなくなってから一人になってしまったのだ。
つまり、この子にとっての「一人」はウェニアの言うこの子にとっては当たり前ではない。
「……あのさ、リウン」
「何?」
僕は少し躊躇ってしまったがそれでも訊ねたい、いや、知っておきたいことがあった。
「森の外に……興味はある?」
「え……」
それは彼に森の外への興味があるかだった。
「それでその……もし興味があるんだったら……」
そして、本題に入ろうと思った。
「外に―――」
僕はこの子を外に連れ出したかった。
こんなことを赤の他人である僕が言うのもどうかと思うが、それでも僕はリウンを外の世界に連れ出したかった。
はっきり言えば、魔物が多くいて何時命を落とすか分からなかったり、これからウェニアが進む覇道に巻き込むかもしれない僕の判断よりも食べ物もあって魔物に襲われないこの森の方が明らかに安全だ。
それでも僕はたまに寂しさを漂わせるこの子をこの森に一人で置いて行きたくなかった。
「……嫌だ。
外は怖いもん……」
「―――そうか」
僕の質問に対してリウンは外の世界が恐いという理由で拒絶した。
「……そうだよね。
魔物が沢山いるから怖いよね」
無理強いする訳にもいかず、僕はリウンが傷付かない形でこの話を終わらせようとしたが
「違うよ!!」
「え……」
リウンは今まで見せたことの剣幕で否定してきた。
「外には怖い人たちがいるんだもん!!!」
「え……」
リウンは何かに怯える様に感情を僕にぶつけてきた。
「り、リウン……?」
「あ……」
リウンの様子に戸惑いを覚えているとリウンは我に返り自分の言動に気付きハッとなった。
「えっと……ごめん……」
「え……?」
リウンは僕の方を見ると無理やり笑顔を繕い今の自分の振る舞いを謝ってきた。
「だ、大丈夫だから……ごめん!
それじゃあ、夕食の準備を済ませるから……!!
待ってて……!!」
「リウン!?」
そのままリウンはまるで誤魔化すかの様にしてこの場を後にしてしまった。
「………………」
リウンのことを一瞬、追いかけようとしたが自分のしてしまったことに気付いて僕は追いかけることが出来なかった。
「クソっ……!!」
「キュル!?」
自分のしでかしたことに僕はそう呟くしかなかった。
リウンの触れられたくない感情に僕は土足で踏み込んでしまった。
しかも、あの様子だとあの子は単純に外が不安で怖い訳ではない。
あの子は……心に傷を負っている……
間違いなく彼は何かしらの経験から外の世界を恐れている。
それもあの子は具体的に『怖い人たちがいる』と訴えてきた。
つまり、それは
誰かの悪意に晒された証拠だ……
あの子が誰かによって傷付けられたということだ。
そうでもなければ未知に対する不安という漠然とした恐怖ではなく、あそこまで形になっている恐怖は出てこないはずだ。
それなのに僕は……!!
なのに僕はあの子のそんな過去も知りもしないで辛い記憶を思い出させてしまった。
それは傷を抉ったも同然だった。
最低だ……
意図していた訳でもないし悪意があった訳ではない。
しかし、自分に親切にしてくれた優しい子供を傷つけてしまったことに僕は心の底から悔やんだ。
あんなに優しい子を……僕は……