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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第三十話「出来ること」

「よしここまでだ」


「ぜぇ……ぜぇ……」


「……おい、確りしろ」


 ようやく剣術の稽古が終わったが僕は終わったことに対して何も反応することが出来ず、ただうつ伏せになって息を切らし続けるだけだった。


 まさか……剣がこれだけ疲れるなんて……


 ウェニアがどうやら事前に用意していた木刀を渡されてその後に彼女にそれを素振りをする様に指示されてそうしたが百回するだけでも腕がパンパンになる程大変なのにそれを十回繰り返す様に言われて、それが終わると今度は彼女に片手で木刀を突くように指示されてそれを何度も繰り返して何回やったのかすら忘れて息継ぎだけでなく身体のあちこちが痛くて仕方がない。


「まさかこうまで体力がないとはな……」


「う……やっぱり……ない方?」


 自分の体力のなさを実感しながらも首だけを動かしてウェニアの感想を耳にして改めてそれを他人に指摘されて僕は予想していたがショックを受けた。


「ああ。

 正直に言えば、今まで我が見てきたどの弱卒よりもひどい」


「うぅ……」


 元々運動の類が苦手であったがまさかここまで酷いと断じられるとは思わず泣きそうになった。


「お、おい……そんなに落ち込むな」


 ウェニアは『落ち込むな』と言うが、よりにもよってウェニアに言われたのがショックだった。

 彼女は良くも悪くも本当のことしか言わない。

 その彼女が言うのだから僕は本当に最底辺らしい。


「まあ、落ち着け。

 あくまでもこれは弱卒としての意味だ」


「……それがどうしたってん言うんだよ……」


 ウェニアは柄にもなく慰める様にことばをかけてくるが、既に言いきっている時点で手遅れだ。


「つまりはだな。

 新兵としては酷いということはないということだ」


「え?」


 ウェニアはよく分からない理屈を言ってきた。


「あの……それは一体、どういうことで……?」


 彼女の言葉の真意を知りたかった。


「そもそも訊くが、貴様は今まで武術の類を習ってきたのか?」


「え……それはないけど……」


 ウェニアは僕に『武術を習っていなかったか?』と訊ねてきたので僕はそれに否と答えた。

 そもそも僕が普段から武術を習っていたらクラスの連中に馬鹿にされることもなかっただろう。

 割とだが、子供時代からの習い事が少なくても子供にとっては重要かといえば牽制の意味合いが強いだろう。

 人は何だかんだで無意識のうちに自分よりも弱い人間を狙う性質がある。

 要するに武術というのはそういった悪意から自らを守り無駄な戦いを回避する手段の一つと言えるかもしれない。


 て、自分で思ってて空しいな……


 結局のところ今の僕の考えは自分で自分が弱いことを認めていることも同然だった。


「ならば、これぐらいは普通であろう?

 それともまた貴様は自分が特別だと自惚れるのか?」


「うぐっ!?」


 幸か不幸かウェニアのその一言で僕は卑屈になりそうだったのを止めてもらえた。


「それとだ。

 どうやら貴様のいた世界では肉体的な強さがそこまで命に直結する訳ではないらしいな。

 ならば、貴様が新兵同然なのも当たり前だ」


「命に直結……?」


 いきなりそう言われてもそれが意味することが理解出来ず一瞬僕は戸惑ってしまった。


「あ……!そうか……この世界じゃ……」


「そうだ。貴様はこの世界では当たり前の魔物の脅威を知らん。

 我が貴様の世界にとっての当たり前を知らんようにな。

 だから、貴様がこの世界で最低限必要な生きる術や戦う術を知らんのも当たり前なのだ」


 この世界は弱ければ死ぬ。

 それを僕は二度も身を以て経験している。

 だから、この世界じゃ武術はその人の人間形成とか嗜みとか、趣味ではなくただ最低限生きるための方法なのだ。


「それにどうやら貴様のいた世界では文明の利器に溢れているらしいのだから貴様が我が知るどの弱兵よりも劣るのも無理はない。

 気にするな」


「う……」


 ウェニアにそのことを指摘されてぐうの音も出なかった。

 『最近の若い者は直ぐに機械に頼る』とかの根性論は嫌いだけど、その機械を含めた文明の利器という自分を守る多くの要素がないのだからこの場合は当てはまるだろう。

 文明の利器を失った時点で今までそれらに頼ることで考えずに済んだことが出来なくなったことからその埋め合わせをしなくてはならないだろう。

 それに僕が失ったのは文明の利器だけではない。


「……この世界って……その……治安って悪いの?」


 それは文明の利点の一つである「治安」だ。

 日本では警察が不祥事を起こすとTVやネットで叩かれたりするけど、少なくても犯罪が原因で命を落とす人間は僕の周囲では皆無だ。

 それは確りと法律とそれを行使する警察が機能している証拠だ。

 だから、僕は自衛の手段である武術関係を身に付けないで済んだのだ。


「やはりか……

 貴様のいた世界ではそちらの方も進んでいたのだな」


「……そうかもしれないね」


 彼女の反応に僕はそう返すしかなかった。

 実際、彼女の言う通りかもしれない。

 警察などの治安を守る存在がいてそれが機能するのならば一般人は自衛する必要はなくなる。

 何よりも他ならないひ弱な僕が生きてこられたのが大きな理由だ。


 生命を奪うことや戦うことが怖く思えるのは……それだけ贅沢ってことだよね……


 僕は戦わなくては生きてはいけないこの世界にいるのに戦うことを怖がっている。

 それはきっとそういうことから無縁でいられた世界で生きてきた余裕から生まれたものだ。


 でも……それがないんだ……!


「ん……?」


 僕は既に弱いままでいられる理由である余裕がないことを再認識させられたことで腕を立てて自分の足で立とうと決めた。


 罪悪感とか、迷いとかが簡単に切り捨てられるものじゃないのはわかっている……

 でも、弱いままじゃいけないんだ……!!


 きっと十年以上身に染みついた価値観や感受性は変わらない。

 でも、だからといって弱いままでいることが許される訳じゃない。

 弱さを言い訳にして何もしないよりも少しでも強くなるための努力をした方がいい。


「いてて……」


「ほう?立てるのか?」


「うん。このままじゃ嫌だから」


「そうか」


 きっと本当の戦いはこれよりももっと辛い。

 こっちが苦しかったり痛かったりしても誰も待ってくれない。

 だから弱いままじゃいけない。

 少なくても自分の意思で痛みや苦しみには負けたくない。

 それぐらいしか今の僕には出来ないことだ。


「立ち上がったか……

 では今日はここまでだ。

 こんな所で完全に倒れられたらそれこそ元も子もないからな」


「……わかった」


 僕がふらつきながらも立ち上がるとウェニアは今日の訓練が終わったことを告げた。


「今日はもうゆっくりと休め」


「うん」


 最期に彼女は労いの言葉を掛けてくれた。

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