第四話「魔王の昔語り」
「つまりは貴様らは我を倒すために「ザナ」に呼び出されたと言うことか?」
「あ、ああ……」
僕は魔王に知っていることを包み隠さずに話した。
いつも通りに高校での朝のHRをしていたら、突然教室全体が光り出して、一瞬のうちにあの王城にいたこと。
その呼び出された王国側によると、今、この世界の人間は目の前の彼女と他に五体いる魔王率いる魔物たちの侵略によって滅亡に瀕しているらしいこと。
そして、彼らが僕らを呼び出したのはある預言を当てにしたことを。
ちなみにその預言は
『魔の権勢強まりて
外なる力現れる。
古の王、蘇りて剣と共に駆け抜ける。
世界は再生する』
と言う内容だった。
どうやら、この預言に縋って王国の人々やザナの人々は勇者を求めたらしい。
つまり、『外なる力』とは僕たち異世界人らしい。
『古の王』に関しては勇者のことらしく、『剣』とは聖剣らしい。
そして、最後には悪が滅びて平和が訪れるらしい。
何というか、不確かな預言に縋るしかないと言うのは少し哀れさを感じる。
ただし、僕に対する扱いの酷さからその同情も吹っ飛んだけど。
「ふっ……いかにも姑息な人間が考えることらしいな……」
「……?」
魔王はどこか呆れと嘲笑、そして、怒りを込めたかのおゆにそう断じた。
もしかすると、魔王は自分との戦いに無関係な僕らを巻き込んだことに憤りでも感じているのだろうか。
ただ死にかけた僕に底意地の悪い言葉を投げかけて来たことからこいつにはそう言った道徳的な無縁だろうし、期待しない方がいいとは思うが。
「……それと何だ?
魔王が五体だと?」
「うっ……」
その話題になった瞬間に魔王は不機嫌に、いや、完全に怒りを露わにした。
「我が眠っている間に魔王を僭称する者が五体も現れ、それを我が率いているだとぉ?
王の名を名乗るだけでも不届きだが、我の威を借るなど万死に値する痴れ者どもがぁ!!」
魔王は激怒した。
その怒声は静まり返ったこの地下迷宮の空気に響き渡り、雷鳴の如く轟いた。
まさに怒髪天を衝く。
僕はその気勢に思わず、身動きが取れなくなった。
そんな修羅場の中にいたのに僕は
「……『眠っていた』?」
なぜか無意識にその言葉が気に止まってしまった。
「あ、あの~……」
「なんだ?」
「いっ!?」
恐る恐る僕は本人にその言葉の意味を訊ねようとするも、今、絶賛ご機嫌ななめな魔王様に僕は怯んでしまった。
不用意な発言をしたら殺されそうだ。
だけど
「あの……『眠っていた』でどういう事ですか?」
敬語になってしまい、おっかなびっくりであるが確かに僕は言った。
魔王はまるで今の世界に全く関わっていないように語った。
それが僕には信じられなかった。
この自分以外の王様を決して認めそうにないこの女が。
「言葉の通りだ。
我は先ほど、目覚めたばかりだ」
「え?」
さも当然のように魔王は僕の疑問を否定しなかった。
さらには
「千年の眠りとは案外、一瞬の出来事らしいな」
「せ、千年……?」
魔王が眠っていた期間に僕は衝撃を受けた。
それは単に魔王が眠っていた期間のスケールに対してもだけど、僕の聞いていた話とは少し違っていたからだ。
確か王国が言っていた通りなら魔王陣営が暴れ出したのは百年前、つまり、それだと彼女は九百年眠っていたと言うべきだ。
それなのに魔王は千年と言ったのだ。
い、いや……もしかすると、嘘を吐いているんじゃ?
だが、相手を信用できない。
もう人間が正義とか、魔族が悪とかの決めつけはしないが、相手が自分にとって不利な証言を隠したり、嘘を吐く可能性も考えられる。
ここで相手を疑わずに信用するのは危険過ぎる。
あの契約に関しても生命の危険があったからしただけだ。
……ちょっと、待った。
なんで僕がそんなことを気にする必要があるんだ?
しかし、ここで僕は自分の推測に関して無駄なことに気づいた。
少なくとも、魔王が僕を利用しようとしてもそれは僕には関係ない。
むしろ、利用してくれると最初から言ってもらう方がまだ救いがある。
仮にあるとすれば、こいつが僕を世界征服に利用すると考えられるが、それがどうした。
そもそも僕にはこの世界の人間に対する義理はないし、むしろ、あの王国に関しては恨みすらある。
クラスの面々に関しても愛想が尽きているし、どうして僕が魔王を警戒する必要があるのだろうか。
あるとすれば、土壇場で捨て駒にされることだろう。
「……貴様、また我を疑っているな?」
「……!」
そんな僕の疑念をまたもや見透かしたように魔王は笑った。
それはまるで新しい玩具を見つけたかのように。
「ふむ……意地のなさは玉に瑕であるがある程度の危機を把握できるらしいな」
魔王は僕のことをジロジロと品定めするかのように見た後に褒めているのか貶しているのか解らない評価を下した。
「貴様。名を何という?」
その後、魔王は僕に名前を訊ねた。
「……雪川……友樹……」
僕は名乗った。
「ん?変わった名だな?
ユキカワと言うのが名前で姓がユウキか?」
「え?」
魔王は意外そうな顔をした。
そこには今まで彼女が纏っていた王として側面がなかった。
まるで、その見た目の若さから思わせられる年頃の女の子ようであった。
「い、いや……友樹が名前で、雪川がその……姓だよ」
そんな魔王の様子に戸惑いながらも僕は答えた。
よく考えてみれば、この世界には日本や中国のような文化や文明を持つ国はないのだから、そう思ってしまうのは無理はない。
それにこの世界では苗字と言うものは庶民は持っていないらしく、名乗る場合は『~村』とか言うものになるらしい。
だから、僕が苗字を持っているだけで生意気だとか言われて兵士にもいじめを受けていたほどだ。
恐らく、目の前の魔王も僕のことをそう思っているに違いない。
「……なんと、かの国と同じなのか」
「……へ?」
魔王はただ驚いていた。
僕はあまりの意外さに驚いた。
「く~……生前、この世界の半分を手に入れたと言うのにかの国を手に入れる前にテロマに敗れたのは……
死ぬ前は悔しくなかったのに、今になって悔しく思うとは……!!
やはり、人生と言うのはいいものだな!!」
そして、魔王は次にとても悔しそうながらもどこか嬉しそうな顔をしながら一人語りを始めた。
「かの国……?」
僕は彼女の思ったことも気になったが、口に出したその言葉も気になってしまった。
どうやら、彼女の口振りからするとこの世界にも東洋の文明と文化が存在するらしい。
「そうだ!東の果てにあるとされる大帝国!
いづれはその帝国すらも我のものにしようとしたのに生意気な甥が来おってなぁ……
生涯の宿敵とは言え、憎くて仕方がないぞ!!」
先ほどまで見せていた威厳はどこに行ったのか、魔王は子供のように悔しがり始めた。
「えぇい……!
レセリア譲りの小奇麗な顔をして小生意気に育ち負って……!!
しかも、中身も妹そっくりではないか!!」
「……え?」
魔王はなぜか勇者と自分の妹を比べ始めた。
そう言えば、魔王は勇者テロマの母、レセリアの双子の姉で勇者は伯母と甥の関係だったと語られている。
僕としては肉親で争わなくてはいけないことにどこか悲しみを感じていたのだが、目の前の魔王は全くそんなことを気にかけてもいなかった。
それどころか、妙に勇者、と言うよりも勇者の母のことを褒めちぎっている。
「あ、あの~……」
「ん?どうした?」
僕は魔王の奇妙な反応が気になってしまった。
「……なんで、そんなに……その……自分の妹を……
憎くないんですか?」
魔王を倒したのは勇者テロマだ。
そして、その母親は魔王の妹だ。
それなのに自分を殺した相手の母親に対しての態度と言うのに、なぜか敵意が感じない。
「……憎む?
どうして愛おしい妹を憎む必要があるのだ?」
「……はあ?」
魔王の口から出て来た予想外過ぎる言葉に僕は思わず言葉を失った。
さらには
「ああ……レセリア……
ああ……レセリア……
千年も経った世界にお前がいないことが解ってしまう……
折角、二度目の生を歩むと言うのにお前の存在がないだけで我は悲しい……」
愛おしそうに切なそうに妹の名前を呼びながら魔王は残念そうにしていた。
先ほどまで見せていた傲慢さと厳かさがまるで嘘のように見えてしまった。
ただこれだけで解った。
こいつはシスコンだ。
「い、いや……だって……お前を倒したのは―――」
僕は彼女がどうしてそこまで妹相手に愛情を抱けるのか理解できなかった。
僕にも風香と言う大切な天使がいるが、仮に風香の子どもが殺しにかかってきたら兄としての愛情を持ち続けられるかと言えば、ノーだろう。
余りの魔王の言動に僕は半信半疑だ。
「……そうだな、あやつの息子であったテロマだった。
全く、やりづらかったわ……」
「―――へ?」
今度は黄昏た目をしながら魔王は言った。
たった一言。
たった一言ではあるが、その『やりづらかった』と言う言葉からどうしてか妙に哀愁が漂ってきた。
なんとなくだけどあれは手間のかかる子供を世話する大人のようである。
「全く……何度も何度も叩き潰しても我の覇道の前に立ち塞がりおって……
あやつが傷つくレセリアが悲しむ……全くもってやりづらかったわ……」
「………………」
魔王の初めて見せた慈しみに満ちた顔に僕は呆気に取られた。
この傲慢を地で行く存在がこんな表情を見せるとは思いもしなかった。
それほど魔王にとっては妹は大切な存在なのだろうか。
「……ん?ちょっと待てよ……それじゃあ、お前はわざと勇者を殺さないようにしていたように聞こえるんだけど……」
僕は魔王の語った心情に違和感を感じて思わず訊ねてしまった。
勇者テロマは伝説によると、何度も魔王に挑むが敗れてその度に強くなって最後には魔王ウェルヴィニアを倒してあの王国の祖になったとされているが、今の魔王の語り方だとまるでわざと勇者を殺さなかったようにしていた気がした。
我ながらそれは馬鹿げたことだと思うが。
こいつは少し怪しいが伝承によると悪逆非道だし、自ら魔王を自称し、性格までも傍若無人ぽいし、王としては兵を率いているのだからそんな味方を危険に晒すようなことはしないだろうし。
「……いや、恥ずかしいことながら……妹可愛さにあやつを殺せなかった」
「……はあ?」
魔王は否定せず、肯定した。
「ちょっと待った!?
相手はお前を殺しに来たんだろ!?
どうして殺さなかったんだよ!?」
衝撃的な事実を知って僕は思わず狼狽した。
魔王は自分を倒しに来た勇者を何度も何度も見逃したと告白したのだ。
しかも、それはドジったのでもなく、殺し切れなかったのでもなく、故意に見逃したと言っているのだ。
それでは魔王の部下たちが浮かばれない。
「仕方なかろう。
レセリアを泣かせたくなかったのだから」
悪びれることもなく魔王はそれだけを呟いた。
「いやいや!?
相手はお前を殺しに来たんだぞ!?
普通、殺すだろ!?」
いくら何でも自分の妹の子どもだからと言って殺さないと言うのはおかし過ぎる。
僕らの世界にも正当防衛と言うものがある様に殺されるぐらいなら殺してしまうのも無理はないと言うのは人間どころか、どの生物にも共通する本能のはずだ。
と言うか、形振り構っていられないだろう。
しかも、こいつは魔王が。
勇者に殺された部下だって沢山いるはずだ。
それは無責任じゃないのか。
こいつが本当に魔王なのかすらも疑わしく感じて来た。
「いや、まったくその通りだ……
その甘さゆえに最後には我は身を滅ぼした……
思えば、レセリアこそが我が覇道にとっての障害だったな……」
自らの最期を思い出しながら魔王は己の過ちを認めた。
まさか、この世界の人間の救世主が勇者ではなく、その母親とはだれも思わないだろう。
魔族も人間も魔王のシスコンが世界を変えたとか考えたくもないだろう。
「……だったら、世界征服なんてやめれば良かったじゃないか」
思わずそう言ってしまった。
きっと、魔王の妹だって自分の姉と息子が争うなんてことは望まなかったはずだ。
もしかすると、魔王の一方的な片想いかもしれないけど、大切な妹とその息子を苦しめるかもしれないのにどうして戦うのかが僕には理解できなかった。
「……それはできぬ」
だが、魔王はそれを否定した。
「レセリアにも泣きつかれたが、どうしてもそれだけはできなかった」
「……え」
魔王は切なそうに自分の野望を止めるつもりがないこと、最愛の妹であっても止めることが出来なかったことを明かした。
「ちょっと、待て……泣きつかれたって……」
魔王が語ったことが本当ならば、勇者の母は魔王となった姉に直談判したことになる。
しかし、それは果たして本当なのだろうか。
魔王と言うのは王だ。
それも魔族の。
さっきの大トカゲの件でも理解できたが、魔族や魔物は人を襲う。
これは紛れもない事実だ。
そんな魔王に対面することが出来たのだろうか。
「……我が覇道に乗り出す前にな……
一度だけ生まれ故郷の村に帰ったのよ……
その時のことだ……」
「……故郷?」
魔王は少し悲し気にそう言った。
僕は一瞬、なぜ魔王が人間の村に帰ったのか理解できなかった。
同時にある疑念が頭に浮かんだ。
……待てよ?なんで勇者の母とこいつは姉妹なのに勇者の母が人間でこいつが魔王なんだ?
この姉妹は双子だ。
姉妹の生まれだ同じなのに種族が違うことに僕は疑問に思った。
故郷に帰ったて……それじゃ、まるで故郷を飛び出したようにも……
疑問が次々と浮かんでくる。
魔王が故郷に帰ったと言う発言にも違和感があった。
「……全く。村で妹と今生の別れをしてから10年後にテロマと再会した『母が泣いてるからもう止めるんだ!!』と言いおって……」
僕の疑問など知らずに魔王の明かす更なる事実。
勇者が魔王と戦い続けた理由。
それは自分の母を泣かせている伯母を止めるためだったとのことらしい。
それを語る彼女は妙に人間臭かった。
「お前……」
僕は目の前の魔王の人間らしさに戸惑いを覚えた。
今の彼女には王国が語っていた魔王、支配者、暴君と言った側面は見られなかった。
それどころか、妹を大切に想う一人の姉にしか思えない。
「……どうして、そこまで世界が欲しかったんだ?」
そんな彼女の様子を見て僕は訊きたかった。
そこまでして、どうしてこいつが世界を征服しようとしたのか理解できなかった。
大切な妹を傷つけてまですることとは思えない。
「知れたことよ。
我が魔王だからだ」
答えになっていない答えを魔王は答えた。
「世界が我を恐れるのならば、我が世界を征すのみ。
世界が脆弱ならば、我が支配するのみ。
世界が我より輝くのならば、我は欲するのみよ」
「………………」
魔王は迷いなく宣った。
変わらずに傲慢にも、尊大にも、不遜にも。
それらの言葉が全て彼女のためにあるのではと思えてしまうほどであった。
だけど、真っ直ぐだった。
なぜそこまで偉そうに言えるのか僕には理解できなかったが僕は彼女に圧倒された。
「さて、一つ貴様に訊かねばならないことがある」
「……?」
魔王は突然、僕の方に意識を向けて来た。
そのまま見つめながら
「貴様は何を望む?」
「……え?」
僕にそう問いかけて来た。
「少し物足りないが貴様は我が臣下となった。
なれば、我が覇道が成就した暁にはその功に対して報いねばなるまい。
さて、何を望む?」
「僕は―――」
いきなりのその問いに僕は一瞬だけど口が止まってしまった。
要するに何でも願いを叶えてくれると言う魅力的な言葉なのだ。
普通ならば、色々と願望を持つだろうから迷うだろう。
でも、僕は一瞬、戸惑っただけだ。、
既に僕の心には他に譲れることもない望むものがあったことからすぐに口が動き出し
「―――元の世界に帰りたい!」
それだけを望んだ。
僕はあの平穏な日々が好きだった。
既に高校生活に対しては希望も未練もない。
だけれども、家に帰れば僕のことも大切に育ててくれた両親や少し生意気だけど、それでも大切な妹が待ってくれている。
せめて家族の下には帰りたい。
栄誉や栄華、栄光なんかよりもそっちの方が価値がある。
そんなささやかな願いこそが僕の望みだ。
だけど
「……すまん。
その望みは叶えられるか分からん」
魔王は目を伏せてそう言った。
現実はそんな淡い望みすらも打ち砕いた。
この魔王、割とめんどくさいかもしれない。