第二十六話「意味の重さ」
「あつっ!?」
突然ウェニアが投げつけてきた燃え続けている火の玉を投げ渡され僕は手を引っ込めることも出来ず火の玉を受け取ってしまい直にその熱というよりも燃焼活動を浴びてしまい、反射的にそれを落とした。
すると、その火の玉は地面に火を点けることもなく幻の様に消えた。
「……っう……いきなり何すんだよ!?」
いきなり火を投げるという暴力何て言葉の範疇を越えた暴挙をしてきたウェニアに僕は既に熱が過ぎた後に訪れるヒリヒリとした火傷特有の痛みを右手に感じながら消防士の息子ということもあるが火関連のことに関して五月蠅いこともあるが抗議した。
火を他人に投げかけるなんてはっきり言って正気を疑うことだ。
確かにこの世界に来てからクラスの人間にやられてきたことであったがそれでもそれが当たり前であってたまるか。
「……そう簡単にはいかぬか」
「はあ!?」
そんな僕の攻撃を気に留めずウェニアはただそう言って残念そうにしているだけだった。
その態度に僕は益々、怒りが募っていく。
「仕方ない。ユウキ。
手を前に出せ」
「………………」
そんな僕の文句を受けても彼女は仕方なさそうにしていた。
「ほら、とっとと出せ。
痛むのだろ?」
「………………」
自分が原因で火傷を負わせたのにウェニアはまるで姉が怪我をした弟にその部分を手当てするから見せるような言い方で僕に催促した。
それに対して、僕もそんな弟の様に自然と火傷をして痛む手を出した。
「……ふむ。
まあ、最初はこれぐらいか」
「……これぐらいって……」
今までは死にかけたり「強化魔法」の想像を絶する反動による痛みの影響で忘れていたが、僕は三日ぶり、いや、あの地下迷宮に入るまでの間に忘れていたあの苦痛の日々を思い出した。
見た所、火傷で手が跡が残っている。
それも水ぶくれが出来たとか、赤くなったとかじゃなくて生々しい皮膚の下が見えて絶対に痕が残る様なものだ。
「ほら、少しの辛抱だ」
「辛抱って……」
彼女は何を言っているのだろうか。
男だから泣くな、我慢するなとでもいうつもりなのだろうか。
そんな風に言われても痛いものは痛い。
まさか、このまま続けるつもりなのか。
と、火傷の痛みで彼女のことを疑っていると
「ほれ」
「……え」
突然、彼女の手が光り出した。
そして、そのままその光を中心に不思議な感触が僕の右手に伝わった。
すると
「治ったぞ」
「えっ!?」
僕の手にあったはずの火傷が、いや、痛みとそこから生まれる不快感すらも最初からなかったかのように消えていた。
「何をしたの……?」
先ほどまでの痛みが矛盾した例えかもしれないが、まるで痛みを伴った夢のであったかのように火傷の痛みが跡形もなく消えていた。
そのことに驚愕するしかなかった。
「……?
回復魔法に決まっているであろう?前にリザを治療した時に見せたのをもう忘れたのか?」
「え?」
「……全く。
割と抜けているな……」
彼女はさも当然のことの様に今してみせたことをただの「回復魔法」だと言い、前に見せたのに動揺した僕に呆れた。
だけど
「違う!そうじゃない!」
「?」」
僕が驚いたのは「回復魔法」の存在に対してではない。
「これ……本当に回復魔法なの?」
それは今の「回復魔法」の治癒力の高さに対してだった。
「何?それはどういうことだ?」
ウェニアは僕のその反応が気になったらしい。
「……いや、だって……痛みが続かないなんて……」
僕はウェニアの問いに答えようとしたがあの城での一ヶ月のことを思い出して話すことが出来なかった。
炎や電撃、氷とか風とかを浴びせられた後に『回復してやるからノーカンな』と言われてかけられた「回復魔法」。
それを使われると確かに怪我は治ったけどそれでも痛みと不快感は残っていた。
それを思い出すと辛さや悲しみよりもむしろ惨めさを感じて話せないのだ。
「成る程な……
相当質の悪い「回復魔法」の使い手であるな」
「え……」
僕が話すことが出来ずにいると彼女はそう言い捨てた。
「貴様のその反応から分かったが、どうやら敵はかなり御しやすい相手だな」
「ウェニア……?」
その直後、彼女は何処か勝ち誇った顔をした。
「「回復魔法」で痛みが残るなどそれこそ不完全な証拠よ。
どうせ、初めて知り得た力に溺れてまともに鍛えようともしなかったのだろうな。
半端な知識と技量で図に乗る輩など他者の進言も聞き容れぬ狭量さを持っていると相場が決まっている」
「う、ウェニア……?」
ウェニアのクラスの連中への酷評に僕は惨めさや胸糞の悪さが何処かへと消え去り、それどころか呆気に取られてしまった。
「い、いや……でも、真面目に「回復魔法」を相手が使ってこなかっただけかもしれないし……」
逆に冷静になれた僕はフォローではなく、相手からしてみれば遊び感覚でやってきたことだからまともに治療をする気がなかった可能性があることを言及し過小評価の危険性を語った。
「それだ」
僕のそんな懸念に対してウェニアは何か違う意思があるらしい。
「貴様とその愚か者どもとの違いだ」
「え……?」
どうやら彼女は僕の語った危険性を否定したわけではなく、「回復魔法」を使ってこなかった人間のことをクラスの人間たちであることを推測したらしく僕と彼らとの違いを言及し始めた。
「ユウキ。
貴様はさっき魔法を使う際の反動のことで素直に我の言葉を聞き容れたな?」
「え?あ、うん……そうだけど、それがどうかしたの?」
彼女は然も当たり前のことを言ってきた。
専門家でもこの世界では当たり前の魔法を知らない僕がこの世界の人間である彼女の説明に耳を傾けるのは当たり前のことのはずだ。
どうして、彼女はそんなことを言及するのだろうか。
知識もないのに自分勝手に動けば危険なのは当たり前だ。
それにそれは今さっき、ウェニアが魔法の説明で言っていたことだ。
なのに彼女はそれを特別だと言うのか。
「……分からんのか?
その慢心しない性格こそが最大の強みなのだ」
「……いや、それは当たり前だろう。
それに慢心する余裕なんてないし……」
ウェニアは僕が慢心しないのは強みだと言っているが、それは僕にとっては当たり前のことだ。
そもそも「魔法の」ことにしてもあっちは王国の人間から『勇者様』とか、『英雄』とか、『救世主』とかのお墨付きがある位に魔法の能力がある。
対して、僕は魔王ウェルヴィニアという格上どころじゃない存在によってようやく初歩的なことに手を出せたばかりだ。
どうみても天と地との差がある。
それに生まれてこの方僕は才能なんてものには恵まれていない。
ウェニアの言う「目」や変わった体質はあるようだけど、慢心できる要素なんてない。
「………………」
「ウェニア……?」
ウェニアは何かとんでもないものを目にしたものを見るかの様な呆れた顔をした。
「……やれやれ、貴様のその後ろ向きな性格は筋金入りだな」
「それは……わかっているよ……」
彼女はどうやら僕がネガティブ過ぎると思って呆れたらしい。
でも、それは全て事実なのだから仕方ない。
自分でもそれは理解している。
僕にとっては周囲からの賛辞というのはどうしてもお世辞や配慮とかにしか思えないのだ。
鈴子や風香たちと比べたら劣っているのは理解しているし僕はただの付属品だ。
簡単に言えば、僕は食玩のお菓子だ。
本当はみんな、お菓子よりも玩具の方だけが欲しいのにただ親から『食べ物を粗末にするな』と言われて仕方なく食べる。
そんな存在が僕だ。
ただその場にいて、周囲の一流とただ親しかったり身内だから不公平だからだと思われて憐れみを貰って、それに対して本心では惨めなのに相手に泥を塗らない様に振舞っているだけだ。
「……見え過ぎるのも問題だな……」
「え……」
ウェニアは苦笑しながらそう言った。
「仕方ない。今はやるべきことをしてもらうぞ」
「え!?」
僕とのやり取りで埒が明かないと思ったのか、ウェニアは訓練の再開をすると言ってきた。
「ちょっと待った!!」
僕は再び訳も分からないのに火球を投げられると思って待ったをかけた。
「どうした?」
「どうしたって……その……さっきはどうしていきなり火の玉なんて投げたんだよ?」
今のやり取りで改めて彼女が意味もなくあんなことをすることはないと理解した上でどうして彼女が火の玉を投げてきたのかを訊ねた。
「……そうだな、
今のは我が悪かった」
「え……」
彼女は自分が悪いと思っていた。
いや、思ってくれていた。
そのことに僕は
「……そうなんだ」
全て納得したわけではないが、少なくても彼女のその様子を見て僕の心の中からは彼女を責める気は完全に消え失せていた。
「じゃあ、どうしてあんなことをしたのか教えてよ」
「……わかった」