第二十四話「危険地帯」
「ねえ、ウェニア?」
「どうした?」
「いや、何で森の方に入っていくんだ?」
リウンの作ってくれた朝食を食べ終えてから僕はウェニアに言われるままに魔法の稽古のためにリウンの家の周辺から外側の森に歩き続けている。
ちなみにリザは安全地帯であるリウンの家に留守番をさせている。
「もう忘れたのか?
この森、いや、あの家の周辺では魔法は一切使えぬと言ったであろう?」
「あ……そうだったね」
「だから、家を出るんだね」
「そうだ」
昨日、ウェニアが言っていたことを僕は失念していた。
この森はこの世界では普通ではあり得ないらしい「強化魔法」すらも消えるという魔法が使えないという特異性があるらしく、そう考えればあの家の周辺では魔法の稽古なんて当然ながら出来ないだろう。
だから森に向かうのは分かる。
でも
「魔物は大丈夫なのか?」
今までリウンの家という安全地帯にいたことで忘れたけど森は魔物の巣窟だというのがこの世界の常識らしい。
もし、リウンの家にある『魔物を寄せ付けない』という何かしらの作用が働いているところから出たら、魔物の襲撃に遭うのは間違いないだろう。
「安心せよ。
その点も把握している。
それに離れるといっても直ぐに戻れる場所で行うつもりだ。
魔物が現れれば戻ればいいだけのことだ」
「……強引過ぎない、それ?」
確かに単純なだけに一番有効な方法かもしれないけどただ逃げるだけというのは不安だ。
「まあ、仮に出て来たとしてももう一つの目的があるのだから好都合だがな」
「……え?まだ他に何かあるの?」
未だに安全に対する不安を拭い去る答えを貰っていないのに他にもウェニアはわざわざ魔物が出る危険な場所へと向かう理由があるらしい。
というよりも魔法の稽古を行うこと以外にも魔物が出ることに対して何か目的があるらしい。
今までリスクのあることをなるべくなら避けてきた僕にとってはただの自殺行為にも等しいことであるが、彼女にとっては『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という心境なのだろう。
「で、もう一つの目的って?」
魔物に出くわしたら安全地帯まで逃げるという以外の対処法は期待できないことから僕は彼女にそのもう一つの目的のことを訊ねた。
「ああ、それはな。
貴様に魔物との戦闘にも慣れてもらおうと思ってな」
「……はあ?」
帰ってきたのは予想外の答えだった。
「もし魔物から逃げ切れぬ時は貴様にも戦ってもらう」
「はあ!?」
改めてウェニアの明かしたわざわざ魔物が現れる危険地帯に向かう理由の一つは僕にとっては信じられない、いや、信じたくないものだった。
「何をそんなに驚いている?」
「い、いや……だって……!?」
先日、魔物を殺した時のことを思い出して僕は恐怖に震えた。
斬った瞬間は呆気なかったが、それでも消える死骸を見た瞬間に自分の何もかもが穢れてしまった感覚に僕は陥ってしまった。
世界中の全てが『お前は許されない』、『穢れている』と責めている様に聞こえてしまった。
それを再び経験しなくてはならないのだ。
「では、あの誓いは嘘だったのか?」
「え……」
僕が魔物と戦う、いや、魔物を殺す恐怖に対する忌避感に駆られているとウェニアはそう訊ねてきた。
「貴様は昨日『強くなる』と言ったな?
それと『言い訳したくない』とも。
なのに貴様は戦うことから逃げるのか?」
「そ、それは……」
ウェニアの言う通り僕は彼女に対してなけなしの覚悟で『強くなる』と言った。
自分の犯した罪からも逃げないとも言った。
それなのにいざその場面に出くわしそうになったら二の足を踏んでいる。
彼女に失望されるのも無理はないだろう。
「……ユウキ。
よいか?別に『背負え』とも言わぬし、『忘れぬな』とも言わん。
だが、逃げることだけはするな」
「え……」
僕は自分の臆病さから詰られると思っていたがウェニアは予想と反して諭す様に語り掛けてきた。
「ユウキ。貴様が争いのない国で生まれ育ったのは我にもわかる。
しかしだ。この世界で生き残るには少なからず死と隣り合っていくことになるのだぞ?
それはわかっているな?」
「……うん」
彼女が僕が平和な環境で育ったことを理解しながらも、同時にこの世界においては死とは常に隣り合わせであることも言及してきた。
「だがな……
貴様も分かっているがもしその場で「死」と向き合うことから逃げた時には貴様は一生後悔することになだろ?」
「!」
ウェニアの言う『逃げるな』という意味が今になって理解した。
そう、逃げることへの後悔というのは
ああ……そうだよね……
戦わないって……守ることから逃げるってことだよね……
大切な何かを守ることを放棄することへの後悔に他ならない。
そして、改めて気付いた。
きっと僕は自分の弱さが原因で守ることから逃げた途端に永遠に逃げたことからの後悔で一生苦しめられることになるだろう。
「それにな、ユウキ。
仮に貴様が戦うことに向き合って戦い続ける中で貴様を『穢れている』等と抜かす輩の言葉などは歯牙にもかけぬことだ」
「え……」
ウェニアはまるで僕の心の中のもう一つの恐怖ともいえる被害妄想に近い感情を見透かしたかのように言った。
「はっきり言うが守るべき者の為に戦うしかない人間のことを穢れている等と言って何もしないでいる輩の方こそ腐っていると我は思っている」
「……ウェニア?」
「其奴らは人が何のために戦うのかも知らず、己らがそういったことをせずに済んでいるのは自分たちが他人にそれらのことを押し付けていることを無自覚でいる様な輩だ」
ウェニアの様子がおかしかった。
心の底から彼女は嫌悪感を示している。
「それと貴様にもう一つだけ忠告しておく」
ウェニアはその嫌悪感を引っ込めると同時に僕に強い眼差しを向けた。
「貴様は絶対に言い訳をする様な生き方はするな」
「え?いや、それは分かっているけど―――」
他者を攻撃することに対して言い訳などしたくない、というよりも出来ない僕にどうして彼女はそんなことを言うのだろうか。
「……そうだな。
今はわからなくてもいい」
「―――?」
けれどもウェニアは答えを濁すだけだった。
「よし、着いたな」
「え?ここが?」
ウェニアのその曖昧な答えに気を取られているのと変わらない歩いても歩いても木ばかりの森の風景の影響で何時の間にか彼女の言う目的の場所に着いたことを僕は初めて知った。
そこは少し開けた程度で周囲は殆ど他の森と変わらない風景だった。
魔法が使えるってことはここは危険地帯だ……!!
魔法が使える。
それは既にリウンの家の周辺の様に安全が確保された場所ではなく何時魔物が襲ってきてもおかしくないということを意味している。
「よし始めるぞ」
「う、うん……!!」
魔物と戦うことに対する心の準備は出来ていなくてもそれでも僕は魔法の稽古だけでもしようと決めた。
後悔はしたくないから……




