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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第二十二話「本気」

「キュル、キュルル!」


―ユウキ、オハヨウ!―


「……おはよう。リザ」


 朝になり掛け布団の上で一緒に寝ていたリザの朝の挨拶に僕は安らぎを覚えた。

 昨日の初めて魔物を殺したり罪悪感を抱いたりリウンの部屋を訪れた際に受けたカルチャーショックなどを既に通り越した衝撃を受けたりあれだけ眠っていたはずなのに意外ににも僕は眠ることが出来た。


 ちゃんとした寝床があるだけで……やっぱり眠れるんだ……


 ウェニアと会ってからの野宿生活とあのすきま風に晒され続ける城の小部と誇り塗れのベッドと比べるとこの家のベッドは天国にも等しい。

 今までの疲れもあったこともあったがお陰で安心して眠れてしまうのだ。


「………………」


「キュル……?」


―ユウキ……?―


『……ユウキ。

 よく覚えておけ。人生においてはどう足掻いても拾えぬ物もある。

 全てを救えると思うことの方こそが思い上がりだ』


 リザのことを見つめながら僕は昨日、ウェニアに言われた自分ではどうすることが出来ないことがあるという言葉が浮かんでしまった。

 リザは連れ出すことが出来た。

 でも、それは彼女自身があの地下迷宮から出たいと願ったことと僕が魔力だけ多く持っていたことやウェニアが魔物を小さくすることが出来たから出来たことだ。

 偶然が重なって条件が整ったことで僕はリザを助けられた。


「リザ…...」


「キュル?」


―何?―


 これからこの世界、いや、将来起きるであろうウェニアの忠告の様な事が起きることへの不安を抱きながらも僕はリザの爬虫類独特の鱗の感触を感じながら彼女を撫でた。


「……ありがとう」


「キュ……?」


―エ……?―


 僕は彼女がこの場にいてくれることへの感謝を込めてそう言った。

 こんな僕でも助けることが出来たこの生命がどうしようもなく尊くて仕方がなかった。

 リザがこの場にいて生きていてくれる。

 それだけで僕は何処か救われている気がしたのだ。


 本当に……あたたかいな……


 爬虫類だけあって少し冷えた朝の気温に合わせて彼女の体温は少し冷たい。

 でも、彼女の生命がどうしようもなくあたたかくて仕方がない。


「ユウキ。起きているか?」


「ウェニア?」


 僕がリザを通して生命のあたたかさを感じているとノックと共にウェニアの声が聞こえてきた。

 どうやら彼女も起床したらしい。


「入るぞ?」


「いいよ」


「では、遠慮なく」


 そもそも部屋を散らかしている訳でもないし、基本的に寝起きは悪くないので僕は彼女を止めなかった。

 というよりも、彼女の場合は止めても入ってきそうな気がした。


「おはよう」


 僕は部屋に入ってきたウェニアに『おはよう』と朝の挨拶をした。


「ああ。おはよう」


 すると彼女は二度目の『おはよう』を返してくれた。

 彼女と『おはよう』のやり取りを始めたのは僕が強化魔法の反動から目を覚ました日の翌日だった。

 目を覚ました時には反動のことで色々と大人気なく彼女に文句を言ってしまったのは罪悪感を感じている。

 元々、事前にウェニアから説明を受けていたがまさかあそこまでの苦しみとは思わなかったことからくる衝動的な文句だった。

 けれども、冷静に考えてみれば目覚めるまで彼女が看病してくれていたり、自分の命どころかリザのことを助けてくれたのが彼女だったことを思い出して自分が失礼な人間だと感じてしまったのだ。


 でも……『おはよう』が通用するから『いただきます』の概念もあると思ったんだけどなぁ……


 僕が昨日、『いただきます』や『ごちそうさま』がこの世界でも通用すると思っていたのは『おはよう』が通用したことで無意識に通じると思っていたのも大きな理由だろう。


 もしかすると、僕にとっての当たり前が他にも通用しない可能性もあるから気を付けないと……


 挨拶一つ一つにせよ、本や小麦粉などといった物の価値などこの世界は僕のいた世界と違うことが多い。

 そういったことでトラブルになるかもしれないことを僕は肝に銘じた。


「ところで朝早くからどうしたの?」


 朝の挨拶のやり取りを終えて僕はウェニアがどうして朝早くに訊ねてきたのか気になってしまった。


「ああ。リウンが朝食の準備が出来たことと今日から貴様の魔法の稽古を付けることを伝えようと思ってな」


 ウェニアの二つ目の発言に僕は呆気に取られた。


「魔法の稽古?」


「そうだ。しばらくの間、この家に滞在することにした。

 その間に貴様も魔力の扱い方を鍛えることにした」


「えっ!?

 そんなことをしている時間があるの!?

 早くしないと王国の連中に―――」


 ウェニアの申し出に僕は先ほどよりも強い衝撃を受けた。

 何故ならば彼女の発言はこれまでの彼女の戦略の根底を揺るがすものだったからだ。

 彼女は王国があの地下迷宮に再び攻略するのにかかる一ヶ月の間こそが勝負の分かれ目だと語った。

 ここで時間を潰せばそれこそ彼女が考えた勝ち目が薄まってしまうことになる。


「安心せよ。むしろ我がしようとしているのはさらに時間を短縮させることにつながる」


「―――?」


 けれどもウェニアは具体的な言葉で答えてくれなかった。


「時間の短縮て……どうしてそうなるんだ?」


 ただでさえ僕らには与えられている時間は少ない。

 それを浪費することになるのに何故ここに滞在することが時間の短縮という真逆の結果を生むのかわからなかった。


「簡単なことだ。

 道中で貴様を鍛えるよりも休める場があるこの森で鍛える方が効果的だからだ」


「どうして?」


 彼女は旅をしながら僕を鍛えるよりも休める場所があるこの森で鍛えた方がいいと言った。

 だけど、僕には何故そちらの方が効果的になるのかがわからなかった。


「成る程な……

 そう言えば、貴様はまだ学生だったな?」


 僕が納得せずにいるとウェニアは愉快そうにしていた。

 一体、僕が学生であることと何が関係しているのだろうか。


「ユウキ。

 貴様は常に部下に十分の力を出させる者と六分の力を出させる者、どちらの方がよりよい成果を上げるかわかるか?」


 未だにウェニアの真意がわからないでいると彼女は唐突に問いを投げかけてきた。


「それは……十分の力を出させる方じゃないのか?」


 僕は単純に考えれば100%の力を出させる方だと考えた。


「ふっ……アッハッハッハ!!」


「な、なんだよ!?」


 すると返ってきたのは大笑いだった。

 一体、何がおかしくて彼女はこんなにも笑っているのだろうか。


「すまん。すまん。

 いや~、やはり()()()と思ってな?」


「……『青い』?」


 彼女はからかう様に言ってきた。


「そんなことでは下の者たちはたまったものではないぞ。ユウキ?」


「……?」


 彼女は僕の選んだ答えを否定した。

 その一方的に質問をしてきた相手を食ったような態度に対してムカつきはしたが、それ以上にその理由を知りたくて仕方がなかった。


「ユウキ。上に立つ者は如何にして下の者に()()()()()()()()が大事なのだ」


「……『楽』を?」


 ウェニアは不思議なことを、いや、とてもではないが今まで彼女が見せていた果断な態度から想像できない様なことを言ってきた。


「そうだ。簡単に言うが普段から全速力で走る者と偶にしか走る者では後者の方が疲れんだろ?」


「あ……そうか……」


「だからこそ、政にせよ戦にせよ大事なのは目下の者には無理をさせず出来る限りのことをさせることなのだ。

 誰もが我の様な非凡な者ではないのだからな」


 ウェニアの質問に意図にようやく僕は気付いた。

 ウェニアが言いたいのは部下に常に100%の力を出させることは部下に無理をさせていると言っていたのだ。

 そして、部下に無理をさせることがどれだけ危険なことなのかも理解しているのだ。


「……君が他人を見下しているのか、他人に優しいのか本気で分からないよ」


「フン。目下の者に常に十分の力を出させる輩よりはマシであろう?」


「……それはそうだけど」


 ウェニアなりの帝王学、いや、魔王学と彼女の強い自負心に若干引いてしまうが彼女の傲慢には合理性と優しさが存在していた。

 彼女は他人を見下しているがそれでも道理に敵わないことはしていないので納得してしまう。

 出来ることをやらない人間に発破をかけるのは大事だけど、出来ない人間に無理をさせるのは明らかに間違いだろう。

 まだ社会に出ていない僕だから何とも言えないけど多くの修羅場をくぐってきた彼女の言葉には実感があるだろう。


「だが、ユウキ。

 貴様には少しばかり本気になってもらうぞ?」


「え?」


 しかし、そんな話をしておきながら彼女は今までと真逆のことを言ってきた。


「前々から思っていたが貴様は本気になることを恐れ過ぎている」


「っ!」


 僕の悪癖に対して再びウェニアは触れてきた。

 彼女の言う通り、僕は本気になって何かに取り組むことで上手くいかないことで馬鹿にされることを恐れている。


「……ユウキ。

 我は貴様は本気になれる人間だとは思っているぞ」


「?」


 だけど、またしてもウェニアは今話したこととは真逆になる様な言葉を僕に投げかけてきた。


「いや……正確には貴様は十二分の力を出せると言った方が正確か……」


「え?」


 さらに続けて彼女は僕が本気以上の力を出せると言ってきた。


「だがな、それは危険なことだ。

 それ故に今日から貴様を鍛えることにした」


「ウェニア……?」


 ウェニアは憂いを込めた眼差しを僕に向けた。

 彼女は常に十分の力を出させる上司のやり方を否定しているのに僕が本気を出すことを評価した。

 しかし、そのことを彼女は否定した。

 彼女が何を考えているのかが僕には分からない。


「……わかった。

 お願いするよ」


「……!」


 それでも僕にとっては彼女の申し出は願ってもないことだ。

 僕は強くなりたい。

 少しでも彼女が抱えようとしているものを軽くしたいし、リザを危険な目に遭わせたくない。


「……わかった。

 では、朝食を済ませたら始めるぞ」


「うん」


 自分にどれだけのことが出来るのかわからない。

 だけど、出来る限りのことを僕はしたい。


 後悔したくない……!

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