第十九話「孤独」
リウンのお母さんの先生……?
どうしてウェニアはそんなことを訊くんだ?
ウェニアの質問は予想外のものだった。
同時に今、ウェニアがリウンに向けている表情もまた今までリウンに対して向けたことのないものだ。
今までの彼女のリウンに対する態度には何処か子供を見守る大人の様な余裕のある態度だった。
しかし、今の彼女には何故か切実さが感じられる。
「えっと……
お母さんは『何時かはお母さんが先生に教えてもらったことを教えてあげる』って言ってたよ?」
どうやら、彼の母親は自らの師に教えられた知識を我が子にかつての師と同じ様に教えることを楽しみにしていたことがうかがえる。
だけど彼女のそんなささやかな願いは叶うことはなかったのだろう。
「後は……」
「何だ!?」
リウンは他にも何か自分の母親の先生について知っているらしい。
そのリウンの言葉にウェニアは食いついた。
今の彼女の姿を突き動かしているのは好奇心ではなく、切実な思いだった。
「その先生てお母さんのお母さんみたいな人だったんだって」
「!」
「え……リウンのお母さんの……?」
リウンの口から出てきたのは意外な事実だった。
リウンの母親の先生はリウンの母親にとっては先生というだけでなく、育ての親の様な存在だったらしい。
「うん。お母さんて子供の時は……今の僕と同じで一人だったんだって……」
「!?」
リウンは自らの母親と自分の境遇を重ねた。
この子はこんなにも幼いのに自らの今の状態を理解してしまっている。
そして、この子の母親の心中を察することも出来た。
ようやく出会えた愛する人と別れ、その人との間に残された我が子に愛情を注ぎ我が子の将来を考えていた矢先にこの世を去った。
自らの過去と同じ様に一人で置いて逝ってしまったこの子の母親の無念さを想像すると余りにも悲しくてやりきれない。
「お母さんの先生はそんな一人ぼっちだったお母さんのことを見つけてくれて、そのまま自分の子供の様にに育ててくれたんだって」
「………………」
「……優しい人だね」
リウンの母親の悲運な人生の衝撃に包まれながらも僕はリウンの母親の先生の話を聞いてそう言った。
どうやらその先生は孤児であったリウンの母親を引き取り養育したらしい。
同時に僕はリウンの善良さを育んだ彼の母親の愛情深さの根源が何処から来たのか理解できた。
この親子の善良さは恐らく、リウンの母親の先生から綿々と受け継がれたものなのだ。
「うん。お母さんも『先生は優しくて綺麗で他の弟子たちからも慕われていたのよ』と言ってたよ」
「え……リウンのお母さん以外にも……その……育てられた子がいたの?」
リウンの母親の昔話に出てきた『他の弟子』という言葉からの僕はリウンの母親以外にも教え子、つまりはリウンの母親の先生に拾われた子がいたことを考えられた。
「うん。お母さん以外にもお母さんと同じで一人ぼっちだった子を連れてきて育ててたんだって」
「……そうだったんだ……」
リウンの母親の先生はリウンの母親以外にも身寄りのない子供たちを養育していたらしい。
しかも、リウンの母親の口振りからその先生は非常に愛情深い人だったことがうかがえる。
「……そうか。
では……あの女ではないな……」
「……?」
リウンの説明を聞き終えてウェニアは何か納得したかのようにそう呟いた。
けれども、そこには何処か寂しさが垣間見えた気がした。
あの女……?
ウェニアの発した『あの女』という言葉。
どうやら彼女がリウンの母親の先生について追求していたのはその女性と何かしらの関係があったからと推測できる。
あれ……ちょっと待て……
その推察に対して僕はふとおかしいことに気付いた。
ウェニアは千年も眠っていたのに……いくら何でもそれはおかしくないか?
ウェニアは千年も前の人間だ。
そして、リウンの母親の先生は恐らく二十年前ぐらいの人間のはずだ。
それなのにまるでウェニアが自分と同じ生きていた時代の人間がどうして関わっていくというのだろうか。
でも、ウェニアも千年前の人間だし……
もしかするとこの世界じゃ普通のことなのか?
けれどもその質問をしている人間が千年前の人間であることやそもそも僕が生きていた世界とは違う世界の人間だからこの世界ではそういったことはあり得ない話ではないのかもしれない。
千年か……
同時にその時間の長さとそれをたった一言で表しても重過ぎる意味から何故ウェニアが今の様な表情をしたのか理解してしまった。
そうか……こいつは千年前の人間なんだよな……
思えばウェニアは千年前の人間だ。
一度は打ち砕かれた覇道をもう一度進めると野心を燃え上がらせており二度目の人生を楽しんでいるようにウェニアは振舞っていた。
だけど、それは裏を返せば本人にとってはつい最近まで存在していた身近にいた友人や知人、家族、それどころか故郷や知っている国々すらも遠い過去のものになっていることだ。
色々と規格外で王者の風格を纏い、全く僕に対して、いや、周囲に全く弱さを見せない彼女だけど、彼女の置かれている状況は常人なら発狂するものだ。
「浦島太郎」かよ……
そんな彼女の運命を僕は本人にとってはたった三年しか経っていないと思っていたのに実際の時間では数百年も経っており、既に自分の知っている人間が誰もいなくなった「浦島太郎」の様にも感じてしまった。
もしかすると、『あの女』て……
ウェニアにとって……
恐らく、『あの女』とはウェニアが何処か切実そうに求めていたことから家族の様な人間だったのかもしれない。
そしてその人を求めるということは平気そうにしているが心の底では彼女も「孤独」を感じているのかもしれない。
……元の世界に帰れれば待っていてくれるかもしれない家族がいる僕と違って彼女は……
思えば、僕は待ってくれている家族がいる。
どんなに時間がかかってももしかすると、大切な人たちとまだ会える可能性が残っている僕とは異なりウェニアはその人間がいてくれないのだ。
いや……ウェニアだけじゃない……
リザもリウンも………
ウェニアだけでなくこの世界で僕を人として扱ってくれた僕よりも強いと思えるリザもリウンも「孤独」を抱いている。
嫌だよね……
一人は……
あの一ヶ月間、僕は一人だった。
仲が良かった友達は自分たちにも累が及ぶのを恐れて離れていき、ただ一人鈴子だけが残ってくれたがその彼女も結局は僕を見捨てた。
そして、一人であの地下迷宮で死ぬ運命だった。
『ズット……一人ダッタ……』
リザの悲しみを自らの体験を理由に「孤独」がどれだけ辛いのか痛感させられている。
なのに僕は……
僕はこの中でただ一人待ってくれている誰かがいる。
そう考えるとこの中で僕は一番恵まれている。
せめて、少しだけでも……!!
こんな僕でもその誰か、家族が注いでくれている愛情の分だけウェニアやリザを支えたいと願い、そして、目の前のリウンにも数日だけの付き合いだけでもそれでも大切にしたい。
「どうした?
またそのような顔をして」
ウェニアは僕が新しい願いと決意を固めたのを見て何かしらの変化を感じ取ったらしい。
「……何でもないよ」
僕は彼女の追求にそう答えた。
これはあくまでも僕の願望だ。
それを彼女に話して彼女に恩着せがましいことをする必要などないはずだ。
「……ならば、よいが……
ところで話を変えるが一つ良いか?」
「いいよ。何?」
どうやら彼女はそこまで追求してこないでくれるらしい。
僕は自分の自己満足を語ることがなくて助かったと感じた。
我ながらどこまでも小心者だと感じていると
「貴様の世界では書物はどういったものなのだ?」
「……え?」
予想外な質問を投げかけられた。




