第十五話「弱さ」
「利用ってそんなことするわけ……!!」
ウェニアに言われた問いを僕は真っ向から否定した。
確かに結果的にあの子の親切心に甘えてしまったかもしれない。
しかし、あの子の優しさを利用したと言えば絶対にそれはない。
少なくとも、僕が僕自身の意思であの子の善良さを利用するつもりはない。
他人を一方的に利用することに恥を感じない人間は僕は自分であろうとも他人であろうとも怒りを感じるだろう。
「ならば、よいではないか?」
「いいって……
そんな訳が……」
ウェニアは僕がリウンを利用していないのならばそれでいいと言い張るがもしここで僕が少しでも自分に甘くなれば僕はダメな人間になる。
それが嫌だから、僕は引き下がれない。
「ほらまた出た……
貴様の悪い癖が……」
「……?」
「……いや、なんでもない。」
唐突にウェニアは窘める様な口ぶりをしてきた。
それは今までのどこか怒りを感じさせていたものとは異なる相手に仕方なさを感じるものの様にも感じられた。
「貴様はどうして自分を責めようとする?
貴様は必要以上に卑下しているのは理解できるが……」
「だって……
どう考えても僕が悪いし……」
今回のことで僕は間違いなくリウンを傷付けた。
そのことで何も感じないというのならば間違いなく最低な人間の証だ。
「……では、もう一つ訊くぞ?」
「えっ!?ちょ!?」
僕がそんな風に自分のしたことを許せずにウェニアは僕に近付いてきて僕の顎下に指を伸ばしてくいっと顔を持ち上げそのまま自分の視線と合わせた。
ウェニアの美しい顔が眼前ともいえる距離にあったことと彼女のその蠱惑的な振る舞いは僕の心をかき乱した。
「ウェ、ウェニア!?
一体、何を―――!?」
ウェニアの突然の行動と自分の後ろめたさもあって目を合わせてしまったことへの躊躇いもあって僕は動揺した。
一体、彼女が何を考えてこんな行動したのか理解できないのだ。
「貴様は自分を責めることを表に出すことでしか罪を感じられない弱い男なのか?」
「――――え」
ウェニアは少し微笑みながらも怪しい視線と共に僕のウジウジした態度に否定的な、いや、僕のそういった姿勢に懐疑的な言葉をウェニアはぶつけてきた。
一瞬、躊躇うことすら忘れて僕は何も考えられなくった。
思考が一瞬で消えるということを僕は初めて感じたのだ。
だけれども、その一瞬は本当に一瞬の出来事だった。
「……我は多くの人間を見てきた。
心の中では自らの罪に対して何とも思っていないのに我の前に許しを乞いただ罰から逃れようとする輩をな」
「……!」
ウェニアの目に宿るものを目にして僕は理性の世界にと強引に引き戻された。
彼女の目には底知れぬ怒りが込められていた。
もし、竜の目が存在するというのなれば怒れる竜の目とは今の彼女の目なのだろうと感じてしまえるほどにだ。
彼女が今吐き捨てた人間たちへの怒りをぶつけるように僕に語り掛けてきたのだ。
その確かな嫌悪感が込められていた。
僕は一つのことを悟り、一つのことを思うことができた。
一つはこの目は絶対に騙せないと。
彼女は恐らく、そういった人間を許せないわけではないがそれでもそういった醜さに対して絶対に認めないのだろう。
だから、彼女には上辺だけの懺悔というのは逆鱗同然なのだろう。
そして、もう一つはこの目に対して嘘を吐きたくないということだった。
それは自己保身から来るものではなかった。
こんなにも恐ろしいはずなのにこの目が余りにも美しく感じてしまえるのだ。
彼女の目を嘘という泥で汚したくないと思えてしまうのだ。
僕は彼女の目に宿る強さと美しさに惹かれていると
「……失望させるな。ユウキ」
「!?」
彼女は僕に『失望』という言葉を投げかけてきた。
それが意味することを僕は理解できてしまった。
「貴様はその様なくだらない連中とは別のはずだ。
貴様のそれは自分の為のものではなく他者の為にするものであろう。
その悔しさと無力感、そして、誇りを貴様は自らの胸に宿せる。
貴様はそれらを投げ捨てるような凡百の塵芥どもと違うはずだ」
「………………」
「失望」の裏返しは「期待」だ。
彼女が『失望』という言葉を向けてくれたのは彼女が僕に期待してくれているということだ。
迷惑ばかりをかけてばかりの僕を彼女は信じてくれているのだ。
今まで僕を買い被り過ぎていると僕は心の底では感じていたが、まさか純粋な「期待」をかけてくれているとは思いもしなかったのだ。
「それとだな。
もし自分が悪いと思うのならば本人の前で苦しい顔をせず謝れ」
「え……」
「貴様は同情されたいから謝るのか?
相手の情に縋る様な卑怯者か?
違うであろう。
ただ単に貴様は相手を傷付けたことを詫びたい一心で謝るような男であろう?
相手の甘さに付け込むような卑小な人間ではなかろう」
「僕は……」
最後にウェニアは謝る際の気構えを説いてきた。
ウェニアの言っていることはある意味正しい。
相手の優しさに付け込んで自己満足の謝罪だけをして許されればそれだけでいいと思う人間は確かに卑怯だ。
僕は……
僕は自分が嫌われたり責められることへの臆病さ故に謝罪を善しとする人間だろうか。
「違う……」
「ん?」
「絶対に違う……!!」
それだけは絶対に違う。
確かに僕の頭の中にそれらが過ることはある。
でも、僕は自分の為に謝るような卑劣なことを許せる人間ではない。
何よりも
そんな嘘だらけの人間なんかに父さんも母さんも育てたりしていない……!!
父さんも母さんも僕をそんな風に育てていない。
確かに間違いを犯すことはある。
でも、両親は僕を愛し育ててくれた。
その二人が育ててくれた僕自身がそんな卑怯な人間になることは二人を侮辱することも同然だ。
少なくとも、子供の両親に付け込んで利用するような最低のゲスなんかじゃ断じてない。
「……そうか。
なら胸を張れ」
「……!」
僕の『違う』という言葉に対してウェニアは背中を押してきた。
「今、貴様の目は少なくとも「自己嫌悪」などという安易な道に逃げて震える溝鼠のような目ではなくなった」
「……そんな目をしていたのか……僕は……」
今までそんな目をしていたのかと考えると傷付くが、それでも「自己嫌悪」が楽な方向へ自分を招くものだということは理解できてしまった。
僕は逃げていた。
自分を責めるのは簡単なことだ。
何時の間にか僕は逃げ場を作る様になっていた。
責められるのが怖くて先に予防線を張っていてびくびくする様な臆病な鼠みたいになっていた。
そうだ……
僕は特別な人間なんかじゃない……
誰かに嫌われることなんて人生の中で必ずあることだ。
それに僕は誰かに褒められるような人間などでは決してない。
それでも、僕はただの人間だ
それでも僕はただの一人の人間だ。
弱くて情けない人間であるが、断じて溝鼠などではない。
特別な才能がなかったり力がないのが何だっていうんだ。
運動神経が良くなくても勉強の成績が頑張っても上の下程度しか取れないぐらいの頭だ。
それでも僕は逃げたくないと思える。
いや、今ので思えるようになった。
それだけで胸を張れる。
でも……
リウンにはちゃんと謝りたい
それでも、いや、それだからこそ僕はリウンに謝りたい。
今だからこそ僕は確実に思える。
僕は自分を守るために「謝る」のではなく、ただ彼の心を傷付けたことに謝りたいのだと。
「悪くない目だ。
今ならば、貴様の状態の説明をしても問題ないな」
「そうだった……
なんで僕はパ―――アドを食べれなくなったんだ……?」
僕が立ち直ったのを確かめてウェニアは僕の身体の不調について何か知っているような素振りだった。
「なんだ?分かっていなかったのか、貴様は?」
ウェニアは僕が自分の不調の原因を知らなかったことに意外そうな反応をしてきた。
「……いや……何となく分かるよ……」
「………………」
だけど、それは教えてもらわなくても冷静になった今ならわかることだ。
何しろ自分の身体のことなのだから自分が分かっていなきゃいけないことだ。
色々なことがあったからな……
僕の食欲不振を通り越したこの体調不良。
その原因はよく考えなくてもストレスによるものだろう。
いきなり異世界に連れて来られ、ウェニアに出会うまでのマトモな食事も扱いもされなかった日々。
信じていた友達だと思っていた人間たちにも裏切られ憎しみと殺意に囚われていたリザに襲われ死にかけたこと。
「強化魔法」の反動以外に外傷はなかったとはいえ、初めて経験した戦闘。
そして、今回の相手の声明を奪ったことへの認識。
短期間にこれだけのことがあったのだ。
無意識のうちにストレスを溜め込むのは当たり前だったのだ。
……頑張れるのには限度があるのにな……
そんなことに気付けないほどに僕は感覚がマヒしていた。
いや、自分の弱さを忘れていた。
自分がそんな特別などころか、優れた人間でもないとわかっているのに人として当たり前のことを忘れていた。
それが普通なのにな……
弱い人間のはずなのにそれに気付くことが出来ずにいた。
元の世界では色々なものに守られていたから気付くことが出来なかった。
そうだ……それに……
僕はもう一つすべきことが出来ていた。
「ウェニア……ありがとう」
「何?」
こんな簡単なことなのに気付けなかった僕を見捨てなかったウェニアに僕はお礼を言いたかった。
きっと彼女がいなかったら僕は自己嫌悪に逃げ込んで自分だけでなく周囲を傷付けていた。
いや、現にもう傷付けていたのにそれに気付けなかった。
先ほど僕は他人を拒絶していた。
もしこれがウェニアじゃなかったら傷付けていた。
いや、表に出していないだけで内心傷付いているのかもしれない。
「あと、ごめん」
励ましや慰めなんか僕には不相応だと感じている。
それでも彼女の優しさを無下にしそうになったことで彼女を傷付けたことに僕は謝った。
「フン……
そう思えるようになったのならば別に良い」
ウェニアは僕の言葉に素っ気なく答えた。
だけど、気のせいだろうか。
ほんの少し、ほんの少しだけど彼女が照れている気がした。
「ありがとう」
彼女の照れ隠しにも思える僕が立ち直ったことに対する反応に僕は彼女が心配してくれていたことに嬉しさを感じて再びお礼を言った。
謝るて本当に難しいと思いながら書きました




