第八話「一人」
「では、先程の続きだ。
何故、我らがあんなにも早く魔物と遭遇したかと言えば本来ならば森の中心にいる筈の魔物たちが何故かこの森ではその周辺にいたからだ」
「え?魔物て森の中心にいるの?」
新たにこの世界の常識を僕は知った。
どうやら、ウェニアが抱いている衝撃の真意はここにあるらしいが、いまいち僕の頭にはその意味が分からなかった。
「そうだ。
魔物は本来ならば森の奥や海の底などと言った魔力の濃い場所に生息しているのだ。
リザはわからんが、奴らが常に魔力と肉を求めているのは代謝となる熱源である肉の代わりにため込んだ魔力を費やしているからだ」
「……魔物てそう言う生物なのか……」
「ふむ、やはり貴様は理解力があるな。
奴らは肉を食わなくても空気中の魔力を取り込むことが出来るからなるべく魔力の濃い場所で生きているのだ」
「……!」
『喰ラウ!』
ウェニアの明かした魔力の生態を知って、僕はあの魔物たちのあの飢えに満ちたまるで永遠に飢えに苦しむ地獄の餓鬼が出すような声を思い出した。
「……だから、『喰ラウ』としか言わなかったのか……」
「……何?」
僕はリザだけが特別なのかと思ってそう呟いた。
「いや、リザと違ってあいつら吹き飛ばされたり斬られても終いには煙が出ても『食う』ことしか口に出さなかったんだよ……」
「何だと……?」
僕はウェニアにあの魔物たちの異常なまでの食べることへの執着を明かした。
あの魔物たちは不気味だった。
斬られたり、身体から煙が出ていても死ぬ寸前まで機械的とも言うべきか食べることしか考えてなかった。
「……僕がお気楽だったのかもしれない……」
思えば、リザと心を通わせることが出来たから、てっきり他の魔物にも通用すると僕は楽観していたのかもしれない。
リザは『憎い』とか、『痛い』とか人間らしさを見せてくれた。
だけど、あの魔物たちはただ食べることしか考えていなかった。
となると彼らにとっては他の生き物はただの餌にしか見えていないのかもしれない。
勝手に万能の力でも持っているとでも思っていたのかもしれない……
今回のことで僕は自分の思い上がりを自嘲した。
結局、僕も特別な力を持った瞬間にいい気になっていただけだ。
「……いや、それはわからんぞ」
「……え?」
僕が自分の調子のよさに辟易しそうになっているとウェニアはそう言った。
「我も魔物はただの凶暴な生き物だとしか考えていなかった。
だが、リザという話のわかる魔物やお前の言う奴らの感情はまだ知ったばかりの事だ。
もしかすると、奴らの方が異常でリザの方が普通なのかもしれぬぞ」
「あ……」
僕が出そうとした結論とは真逆の事をウェニアは語った。
「それと……
これはある意味、僥倖かもしれぬぞ」
「僥倖?」
ウェニアは何かいいことを思い付いたらしい。
「ユウキ。
貴様は先程の魔物と同じものとは気兼ねなく戦え」
「え!?」
ウェニアの発言は衝撃的だった。
「……良いか、ユウキ。
今回、貴様が戦った魔物はリザと異なり己の空腹を満たさんとして襲い掛かって来たのだ。
リザと違ってな。
ならば、貴様も生きるために奴らのような輩と戦えばいい」
「で、でも……」
ウェニアはリザと異なりただ腹を満たさんとしてきたあの魔物たちのような存在に対して躊躇なく戦えと言ってきた。
確かにウェニアの言う通り、僕もあの魔物たちとは分かり合えるとは思えない。
リザには『憎い』以外にも『痛い』と言った感情があったけど、あいつらには『食う』ことしか感情がなかった。
だけど、生命を奪う事に躊躇いを失っていけば僕は何時か、クラスの連中と同じ様になるのでは、いや、もっと根本的な大切な何かを失うのではと怖くて仕方がなかった。
「……貴様なら、大丈夫だ」
「え……」
「貴様は恐れを知っている。
ならば、貴様の心が腐ることはないだろう。
だから、安心しろ」
「………………」
僕はそのウェニアの顔を見てもなお、自分への不安を未だに持ち続けていたがそれでも彼女の悲しむようなことはあって欲しくないと考えながら、頷くことしか出来なかった。
「……そうか、ならよい」
そんな僕の彼女を安心させるためのその場しのぎの振る舞いにウェニアは母親が子供を叱った時に子供が反省した際に相手を安心させるために見せる笑顔をした。
「……話を戻してよいか?」
「……わかった」
話がまたしても脱線してしまった。
ウェニアと話すとどうしてこうも本来の話と趣旨が異なる方向に向かってしまうのだろうか。
「……今までの説明で分かったと思うが、あの子供……
リウンがこのような場所に一人で住んでいるのはおかしかろう?」
「……!
一人でか……」
リウンはやはり、一人で住んでいたのだ。
「それって……
やっぱり、この家には―――」
僕は当たってしまったその予想が哀しかった。
あの子はこの家の家主だ。
日本では医学や社会福祉が進歩しているから平均寿命が長く親と子供が死に別れることは少ない。
それにこの世界には魔物と言う生命の危機に関わる存在もいる。
もしかすると、リウンみたいな子供はこの世界では珍しくないのかもしれない。
「……いや、それは少し違うぞ。
ユウキ」
「―――え?」
僕がリウンのその境遇のことを不憫に思っているとウェニアは何かを否定しようとしてきた。
「違うって……何が?」
ウェニアの一連の発言から僕はリウンがこの家で一人で暮らしていると考えていた。
なのにウェニアはそれを違うと言った。
一体、何が違うと言うのだろうか。
答えが一つしかあり得ないのにどう間違い様があるのだろうか。
それ以外に答えがあるのならば知りたいと生まれて初めて僕は思ってしまった。
けれども、ウェニアの明かしたもう一つの可能性であり、真実は信じられないものだった。
「リウンはこの森の奥に一人で住んでいるのだ」
「……はい?」
僕は情けない声を出してしまった。
「ちょっと待って……
一人で……何処にだって……?」
僕の考えていた『一人で』の意味とは遥かに違い過ぎる事実に僕は確認してしまった。
「……信じられないのも致し方あるまい。
もう一度言う。彼奴は一人で森に住んでいる」
「ええええええええええええええええええええええええええ!!?」
僕の想像していた事実との乖離に僕は叫んでしまった。
僕の考えていた『一人で』とウェニアの語った『一人で』のスケールが違い過ぎたのだ。
「いや、いくら何でも嘘だろ!?」
ようやくウェニアの言っているリウンの事情を呑み込めたが、それでも俄かには僕は信じられなかった。
「……子供が……それも森の中でって……!!」
まだ十歳を過ぎたのかも怪しい子供が一人で森の奥に一人に住んでいるというウェニアの証言自体が本当なのか僕は受け入れることが出来なかった。
そんな僕の反応にウェニアはバツが悪そうな反応をしていた。
どうやら彼女もまたこのことが事実であることを信じられないらしい。
「だって、森なんだろ?
魔物だって沢山いるし、こんな食べ物が少なそうな所に住んでるって……」
僕は子供が一人で森に住むことの難しさを単純に言った。
ただでさわ僕の世界の森でも熊などの猛獣とかがいて危険なのにこの世界の森にはそれを超える危険な魔物がいる。
そんな中で子供が一人で暮らしているなど過酷にも程がある。
何よりも森の中で一人で生きることでもう一つ大きな問題がある。
『森の中で一人』。
それはつまり、この森にはリウン以外に誰も住んでいないことを示している。
これは人間にとっては寂しいとかそれ以前に命の危機に繋がることだ。
周囲に人がいなければリウンは物の売り買いが出来ない。
それでは安定して食糧を得られないはずだ。
そう、つまりはリウンは下手をすれば、飢え死にしかねないのだ。
「……貴様のその疑問も尤もだ。
だが、その答えだが……
窓の外を見れば少しは晴れると思うぞ?」
「え?外……?」
ウェニアは何処か自分でも納得していない様子で僕に窓の外を見ることを促してきた。
「……立てるか?」
「え……あ、うん……
ありがとう……」
ウェニアはベッドの近くまで来ると手を指し伸べて僕が立ち上がることを手助けしてくれてきた。
僕はその差し伸べられた手に、いや、彼女の行動に呆気に取られながらも彼女の手とその厚意に甘えて少し疲労感が残る身体に力を入れて立ち上がった。
そして、そのまま彼女と共に窓の方へとゆっくりと近づいて行った。
……やっぱり、魔王て言葉が似合わないよな……
僕の事をこうやって支えてくれた彼女のその優しさには「魔王」という肩書は似合わない気がした。
「開けるぞ」
「え、……うん」
僕が少し呆けているとウェニアは木で出来た両開きの窓をそっと押し出した。
そして、キィーと窓はゆっくりと開き塞がれていた外の世界が僕の目に映った。
「え……」
そこにはとても想像の出来ない光景が広がっていた。




