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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第七話「誓いの意味」

「ところで話って?」


「ああ、実はな。

 この家がある場所についてだ」


「……やっぱりか」


 ウェニアが持ち出してきた話の内容を知って僕は納得した。

 恐らく、ウェニアはこの森の中に存在するこの人家について説明しようとしているのだろう。


「こんな森の中に住んでるのは明らかに奇妙だよね……」


 僕は素直に自分が感じたことを口に出した。

 この森は明らかに危険だ。

 元々、森の中で暮らす事態が不便なのにこの森には魔物もいる。

 そんな危険な魔物がうようよしている中で暮らすなんて命が幾つあっても足りないだろう。


「そうだ。

 森は危険な場所だ。

 ……だが、()()()()少しおかしいのだ」


「……?」


 ウェニアは僕がこの世界において森が危険な場所であることを認識するのを確かめるとその後にどこか含みがある言い方をした。

 その言い方だとこの森だけが危険なように聞こえるように思えたのだ。


「『この森は』て……

 まるでその言い方だと普通の森は危険じゃないように聞こえるんだけど」


「いや、普通の森も十分危険だ」


「え、でもそれだと益々意味が分からないんだけど……」


 ウェニアは僕の考えを否定した。

 そうなるとウェニアの言い方には違和感が生まれる。

 ウェニアは最初に『この森がおかしい』と言った。

 それはこの森が限定的に危険だと言っていることと変わらない。

 となると、一体彼女は何を奇妙に感じているのだろうか。


「貴様は魔物と遭遇した場所を覚えているか?」


「……それは……」


 未だに命を奪ったことへの罪悪感から僕は二の句が継げなかった。


「……すまんな。

 聞き方が悪かった。

 では、ここが森のどの辺りかはわかるか?」


 ウェニアは僕が未だに陰鬱になっていることを察して言い方を変えてくれた。


「……森の近く?」


 僕は先程、リウンが語っていた「森の中」と言う言葉から常識的に考えられる答えを口に出した。


「……いや、違う。

 ここは森の奥深き地だ」


「え!?」


 ウェニアの口から出て来た事実に僕は衝撃を受けた。


「だが、それ故におかしいのだ……」


「……そ、そうだよね」


 ウェニアはその事実に対しておかしいと述べた。

 当たり前だ。

 森の深いところに人が住むなんて、しかも魔物がたくさんいる場所にだ。

 常識的にそれはあり得ないはずだ。

 どうやら、このことはウェニアですら「おかしい」と感じる程らしい。


「何故、魔物たちが森の中心であろうこの辺りよりもその周辺にたむろっていたのだろうか」


「……え?」


 けれども僕が感じていた疑問と彼女が感じていた疑問は違うものであったらしい。


「ちょっと待って……?

 それて魔物の生息地が違うってこと?」


 僕は足りない頭ながらも自分なりにウェニアが抱いていた疑問を何とか想像して彼女がこうまで「おかしい」と悩んでいたことを訊ねた。


「そうだ。

 何せ、我らが魔物に襲われたのはそのためだからな」


「な!?」


 ウェニアは冷静な振る舞いをしていたがどこか不可解なことへの探究心を垣間見せながら僕らが魔物に襲われた理由を打ち明けて来た。


「じゃあ、僕らが魔物に襲われたのって……

 この森のせいなのか!?」


 自分が他の生命を奪わざるを得なかった原因の一つであろう事実が明らかになったことに僕は声を荒げた。


「そうだ。

 本来ならば、あの道筋ならば魔物の群れに遭遇するとしても後二日はかかるはずだったのだ」


「!?」


 だけれども、ウェニアはさらに衝撃な告白をして来た。


「最初から魔物と遭遇することは想定済みだったのか!?」


 ウェニアが最初から魔物と遭遇することを想定したことに僕は驚愕した。

 まさか、最初から魔物と戦うことになるのが折り込み済みになっていたとは思いもしなかったからだ。


「当たり前だ。

 そもそもこの世界……「ザナ」で魔物と遭遇せずに済むことは稀だ。

 それも我らは旅人だ。

 魔物と遭遇することは否応なしに避けられぬことだ」


「ぐっ……!」


 ウェニアの語るこの世界の常識に僕は何も言い返せなかった。

 確かにウェニアの言う通り、この世界では魔物は野生動物に等しいものだ。

 僕の世界でも熊などの大型のものとは遭遇することは稀だけど、カラスなどの野鳥も野生動物の一つとも言える。

 それらと合わずに済むなんてことは絶対に無理だ。

 加えて、僕らは彼女の言う通り旅人だ。

 遭遇する可能性はかなり高まる。

 それでも僕は自分がしてしまったことに対しての苦しみもあって頭ではわかっていても感情がそれを許すことが出来なかった。


「……すまなかったな」


「え……」


 そうやって僕が割り切れずにいるとウェニアはそう言った。


 ウェニアが……謝った……?


 ウェニアが頭を下げた。

 その事実に僕は呆気に取られてしまって、今まで心の中に感じていた屈折した感情が一気に鎮まった気がした。

 けれども


 ……いや、ダメだ……!


 それよりも優先すべきことがあることに気付いた僕は


「……謝らないでよ」


「……何?」


 彼女の謝罪を拒絶した。


 ……さっき、約束したばかりなんだ


 ウェニアが先程見せた姿と僕自身が感じ取った彼女の本質から僕は彼女が何もかも自分で全て背負おうとしていることを理解してしまった。

 何よりも元々僕は自分が元の世界に帰るためにウェニアの野望に従うことを決めていた。

 それがどれだけ危険なことかを理解しながら。

 当然、その中には殺し合いだってあるはずだ。

 つまり、遅かれ早かれ僕は今回のことのような苦しみを味わっていたはずだ。


『貴様は我が何を言おうにも自らのことを責めるのだろう。

 だが、それは恥じることではない。

 貴様のその後悔やら葛藤やらも我が背負う。

 故に貴様は我の野望を支えよ。

 これは王命だ』


 最初から……背負うつもりだったんだよな……


 恐らく、ウェニアは最初から僕のこの罪を背負うつもりだったのだ。

 そして、その際に僕が少しでも苦しまないように何か言葉をかけるつもりだったのだ。

 だけど、彼女の予定よりも早くその時が来てしまったのだ。

 それで僕が苦しんだことに対してウェニアは自分に責任があると考えて少しでも僕を救おうとしているのだ。


「……あの魔物たちを殺したのは僕だ。

 それで勝手に苦しんでいるのも僕だ。

 だから、君が謝らないでくれ」


 彼女が僕のせいで謝ることが耐えられなかった。

 彼女は既に大きなものを背負っている。

 そんな彼女にこれ以上、余計なものを背負って欲しくない。

 それにあの魔物たちを殺したのは間違いなく僕だ。

 そもそもそうしなきゃいけなかったのは僕が僕の意思でウェニアに付いて行くことを決めたからだ。


 僕は……僕の意思で……!


 最初は彼女の掌の上で転がされていた気がして嫌だった。

 それは僕の心の中に在るくだらない復讐心という感情に僕が飲まれて、他人を思いやることを忘れて自分が歪んでいたのか自覚すらしていなかったからだ。

 でも、今は違う。

 僕を助けるために怪我をして、リザの同行を許してくれたり、僕が卑屈になると背中を叩いてくれたり、僕が苦しんでいると不器用ながらに優しさを見せてくれている彼女のことが放っておけない。

 何よりも彼女は王国が語る「極悪非道の魔王」なんかじゃない。

 ちゃんと他人の痛みを理解して自分の痛みを決して表に出さない強さを持っている。

 そんな彼女が僕の分まで罪を背負うなんて僕は絶対に許せない。


「……それに僕の認識が甘かったんだよ……」


 何よりも今回の件で覚悟が足りなかったことが露呈した。

 元々、生命を奪う時が何時か訪れるのを僕は知っていたのにその事への認識が甘すぎた。


「ここで言い訳したらそれこそ、自分が本当の意味での人でなしになっちゃうよ」


 ここで生命を奪ったことを正当化したらそれこそ僕は生命を奪うことへの躊躇いを失ってしまう気がした。


「それに約束したから……

 君が背負うものを少しでも減らしたいって……」


 僕は先程したばかりの約束すら放り投げそうになった。

 このまま彼女の優しさに甘えれば結局さっきのはただの口だけのものになってしまう。

 そんなのは嫌だ。


「これだけはやらなきゃと思った事だけはやらせて欲しいんだ」


「………………」


 これは僕が決めたことだ。

 なら最後までやり通さなきゃいけないし、そうしないと後悔することになる。

 後悔することなんてしたくないし、卑怯者になんてはなりたくない。


「それと……

 ごめん」


「え……」


 何よりも僕の方が彼女に謝りたかった。


「今の言い方は……自分でも酷いと思った……ごめん……」


 僕は彼女を責めるような言い方をしてしまった。

 終いには彼女に謝罪までさせてしまっている。

 きっとウェニアは傷ついていないのかもしれないが、それでも僕は酷かったと感じて謝りたかった。 


「……そうか。わかった」


 ウェニアは一連のやり取りに対して何も言わなかった。 

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