第六話「小さな家主」
これから今までの文字量を三分割して月3のペースで投稿していきます。
申し訳ございません。
僕はこの家の家主の姿を目にした衝撃から未だに抜けていない。
子どもが家主って……
何故ならばその家の主と言うのが、恐らく小学生高学年になるかならない程度の銀髪の少年であったからだ。
「………………
どうかしたの?」
「え?あ……」
僕が衝撃から抜け出せずにいると目の前の子は小首を傾げた。
「ごめん……
えっと、君が僕たちを助けてくれたのか?」
「え?う、うん……そうだけど……」
僕は目の前の子供に気を遣わせてしまった事に謝ってから改めてこの子が僕たちを助けてくれたのかを確かめた。
するとこの子はぎこちないながらも肯定した。
この子が人見知りしやすい子らしいのこととこの子が本当に僕らを助けてくれたことがわかった。
「ありがとう」
「う、うん……」
僕は素直にお礼を言えた。
どうやら僕も多少なりに反省は出来るらしく、相手にお礼を言うことへの後ろめたさを感じずに済んでいる。
一歩前進したらしい。
でも……
こんな子が家主て……
どうしても僕はウェニアの語ったもう一つの事実を素直に受けとめられずにいた。
……これは探るべきじゃないな……
僕はこの子が家主であることに半信半疑であったが、それでも深く追求しないようにした。
こんな子どもが家主だという事は恐らく、この家にはこの子以外に人がいないということだ。
当然、大人も。
ということはこの子には親がいないということになる。
そんな複雑な家庭事情を詮索するのは失礼以前にこの子の心を傷つけかねない。
あ、そう言えば……
僕は肝心なことを忘れていた
「えっと……僕の名前は友樹。
君の名前は?」
僕は自己紹介をしていないことを思いだして自分の名前を口に出して目の前の子に名前を訊ねた。
「え……
……「リウン」……」
「そっか、「リウン」か……
えっと―――」
どうやらこの子の名前は「リウン」というらしい。
そのまま僕はこの子の名前を呼ぼうとした時だった。
僕はまたしても失念していた。
しまった……
この子の性別がわからない……
それはこの子を何と呼べばいいのかわからないことだった。
当然ながら、親戚でもないのにいきなり呼び捨てで呼ぶのは気が引ける。
だから、「君付け」か「ちゃん付け」のどっちが正しいのかわからない。
男なのか女なのかわからない……
リウンの見た目は成長期を迎えるか迎えないかわからない瀬戸際だ。
そして、尚且つリウンは中性的な顔立ちをしている。
かなり整った顔をしているが目はパッチリしており、銀髪の短髪がよく似合い、さらには子供らしく丸みを帯びており枕草子の「うつくしきもの」の表現の意味がわかる実例だ。
だから、本当に困った。
一応、男の子でも「ちゃん付け」で押し通せるが目の前のリウンは十歳前後だ。
この歳の子どもは割と子ども扱いを気にする。
旅行先でお子様の料理を出されれば不機嫌になるほどに。
もしこの子が男の子ならば「ちゃん付け」で呼んだ瞬間に機嫌が悪くなるのが目に見える。
というよりも……
何となくだけど……気品ぽいものが感じられる……
何よりもこのリウンという名の子供には何処か気品のようなものを感じた。
ウェニアの様な威圧的な強さを感じさせるものとは異なり、よく古文の教科書に出て来るような高貴な方といった言葉が似合うようなものであった。
「……どうしたの?」
「え、あ、ごめん」
言葉が続かず悩んでいるとリウンは不思議そうな顔をして僕のことをまたしても気遣ってきた。
どうやら年上の人間がいきなり話を止めてしまったことに心配しているのだろう。
やはりこの子は優しい性質を持っていると思えて来る。
「えっと、君のことを何て呼べばいいのか分からなくて……
悪いとは思うんだけど、君てその……男の子?女の子?」
僕は失礼を承知で本人に性別を訊ねた。
割と子供ならこういったことを気にする。
男の子なら女の子扱いされるとカッコよさを求めることから馬鹿にされた気分になり、女の子なら「レディ」として扱われないと思って不機嫌になる。
僕が情けなくとも年下のリウンの顔色を窺っていると
「………………」
うわ……
ショック受けてるよ……
やっぱり、この子いい子だ……
リウンは何とも言えない顔をしていた。
どうやら機嫌を悪くするよりも僕の質問に対して悲しみを受けていた。
その顔を見て僕は罪悪感を感じた。
「……男だよ」
「ご、ごめん……
えっと、リウン君……」
しばらくショックから抜けられずにいたけどとても素直な子らしく質問に確り答えて自分が男の子であることを教えてくれた。
僕は傷付けてしまった事を謝った。
「いいよ別に……
それと普通にリウンて呼んでよ」
「え……?」
「その呼ばれ方恥ずかしい……」
むしろ、僕が君付けで呼んだことが恥ずかしかったらしく呼び捨てで呼んで欲しいと言い出した。
「アハハ……ごめん」
その照れてる姿が可愛らしく思えて自然と僕は笑っていた。
僕に弟がいるとすればこんな感じなのかもしれない。
風香で慣れているからそう思えるのかもしれないな……
僕はリウンの様子を見て妹の風香を思い出した。
たまに腹が立ったり、生意気だったり、喧嘩することもあるけれどもそんなことも含めて可愛くて仕方がない。
だから、相手が弟でも割と抵抗がないのかもしれない。
「意外だな」
「……?
何が?」
僕がリウンのその子供特有の愛らしさを微笑ましく思っているとウェニアが会話に入って来た。
「貴様がその様に笑えるとはな」
「え……」
ウェニアが僕が和んでることが意外だったらしい。
「貴様と出会ってから三日は経ったが貴様はリザと話す時以外は常に辛気臭さを出しているぞ」
「あ……」
ウェニアの指摘を受けて僕は自分がこの世界に来てから他人と話して初めて笑っていることに気付いた。
なんで僕、こんなにも笑えるんだろう……?
一か月もあれだけ酷い目に遭わされ、終いにはクラスの大半どころか仲の良かった友だちにすら見捨てられ、さっきなんか命を奪ったのに僕は今、笑っている。
そんな自分が信じられなかった。
「……大丈夫?」
「え……あ……」
僕が再び悩み出すとリウンはまたしても僕を心配し僕の顔を覗いて来た。
本当に優しい子だ……
恐らく、この子がこんな風に心配してくれているのは本心からだろう。
そうか……
きっと、僕も色々と疑い過ぎていたんだよな……
この世界に来てから僕は色々と人間の汚い部分ばかりを見て来た。
だから、無意識のうちに他人は信用できないと勝手に思っていたのかもしれない。
……こんな子供まで疑うなんて……
けれども善悪で量れない魔王であるウェニアや人間ではないリザを除いて初めてこの世界で偽りのない優しさを見せてくれたこの子供、リウンのことすら疑うのは間違い馬鹿だろう。
そうだよね……
僕の世界でもいい奴もいれば悪い奴もいる……
そんな当たり前の事なのに……
僕は危うくこの世界に住む全ての人々に偏見を抱きそうになった。
一部、いや、もしかすると大多数の人間かもしれないが、それでこの世界の全ての人たちの事を勝手に決め付けるのは早計だ。
少なくても目の前のリウンという少年のことまでもを僕は疑いたくない気持ちがある。
また、大切なことを知れた……
あまり経験したくないことだけど自分の置かれた状況から僕はまた一つ大切なことを知れた。
こんな小さな子供に教えてもらうとは情けないがそれでも大切なことだ。
「あ、そうだ。
ウェニア。ここってどこなんだ?」
「……ああ、そうだったな。
それはだな―――」
「……ん?」
僕は改めてこの家が何処にあるのかを訊ねようとウェニアに訊ねるとウェニアは目を逸らし言い淀み始めた。
その今まで見たことのない彼女の姿に僕は奇妙に思えた。
「森の中だよ」
「え」
ウェニアが僕の質問に答える前にこの家の家主がそう答えた。
「……森の中……?
嘘だろ……!?
だって、君は―――!!」
それを聞いて僕は驚きを感じた。
余りのことに僕は考えるよりも先に言葉が出そうになったが
「―――っ!」
「?」
慌てて口を閉じた。
今、僕が言おうとした言葉は他人の僕が無暗に言ってはならないことだ。
この少年は明らかに人の手が加えられていないようなこの森の中に住んでいると言った。
しかも、この家の家主として。
それは決して一人立ちという柔な言葉で言い表せないことだ。
いけない。いけない……
子どもにこんな事を訊ねるべきじゃないのに……
危うくリウンの心を傷つけかねないことを言いだしそうになった事に僕は反省した。
それに家主って言ってももしかすると、兄弟がいるのかもしれないし……
近くに大人がいるだろうし……
この家が森の中に存在するのだとしても、それは決してリウンが森の中で一人暮らしをしている訳じゃないはずだ。
もしかすると、ここは森の中に在る小さな集落なのかもしれない。
「……リウン。
すまないが、しばらく此奴と話がしたい。
少し、席を外してくれぬか?」
「……ウェニア?」
ウェニアはリウンに対して少しばかりこの部屋から出て行くことを伝えた。
「うん。わかった」
「……すまぬな」
そんな不躾な要求に対してリウンは悪い顔一つ見せずに素直に部屋から出て行った。
「……優しい子であるな」
「……うん」
そのリウンの素直さを見てウェニアまでもが茶化すことなく褒めた。
もしかすると、ウェニアもまたリウンの穢れが全く見えない善良さを良いものと受け取ったのかもしれないし、ウェニアは子供に優しいのかもしれない。
そんな色々とウェニアの新しい一面がまたも垣間見える出来事だった。