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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第五話「痛みと誓い」

「んん……」


 身体に疲労感とだるさが残っているのを感じながら僕は目を覚ました。

 ただここ最近の中では比較的に心地の良い目覚めであると僕は思った。


「……え」


 それもその筈だった。

 何故なら僕はベッドの上で眠っていたのだ。

 この三日間、僕は殆ど地べたに横になる野宿で過ごすのが普通だったのだ。

 だから久しぶりに心地のいい目覚めを感じられたのだろう。


「ここは……」


 辺りを見回すと優しい色をしたレンガ造りの壁と木製の子供が使いそうな机やいすなどまるでイギリスの田舎町を思わせるような内装の部屋だった。


「……!そうだ!

 ウェニアとリザは……!?」


 辺りを見回して少し冷静になって僕は慌ててウェニアとリザを探そうとベッドから乗り出そうとした時だった。


「キュー……」


「……!リザ……!」


 ベッドの近くでリザが身体をうつ伏せにして小さな寝息を立てながらキャビネットの上で小さな寝息を立てて眠っているのを見つけることが出来た。


 ウェニアは運んでくれたのか……?


 森の中から何時の間にか何処かの人家に移動したことに僕はウェニアが僕らを運んでくれたと推測した。


 また……助けられちゃったのか……


 またしてもウェニアに迷惑をかけてしまったことに僕は後悔した。


 僕……

 ()()()()()()()()……


 そして、僕は自らが気を失う前にしてしまったことに再び罪の意識を感じた。

 僕はリザを守るためとは言え、生命を奪ってしまった。

 いや、そもそも僕があの時戸惑い、脚を取られなけらば逃げることも出来たはずだ。

 結局、僕の躊躇いは周囲を危険に晒すことになってしまった。


「リザ……」


 キャビネットの上でスヤスヤと眠っているリザを見て僕は罪悪感を抱いた。

 それは生命を奪ったことに対してでもあるが、リザに怪我をさせてしまった事に対してもだ。


「ごめん……」


 リザは僕を守るために傷ついた。

 リザを戦わせたくないのに結局、戦いに巻き込んでしまい危険な目に遭わせてしまった。

 それなのに僕はリザを傷付けた相手を殺した自分自身を救おうとしている。

 そんな自分の情けなさを僕は許せなかった。


「ああ……

 畜生……やっぱり、怖いよ……」


 本来ならリザのことを心配しなくちゃいけないのに僕は自分が他の生命を奪った事への恐怖に震えている。

 その震えを止めようとしているのに寒気が止まらない。

 本当に恐くて仕方がない。


「どうした?

 兎が震えている様だぞ?」


「あ……」


 僕が情けなくその寒気からが逃れようと弱い自分を隠せないでいるとその人をからかういつも通りの声が聞こえて来た。


「ウェニア……」


 それは紛れもなくウェニアの声だった。

 僕は彼女の存在に注意を向け、何時の間にか彼女の身体を見て怪我をしていないのかを確かめていた。

 どうやら彼女には目立った怪我はないらしい。

 そのことに僕は少しだけだけど安堵してしまった。


 いや……

 そんなことを考える資格もないよな……


 ウェニアが無事であったことに僕は安堵した。

 けれど、そもそも僕が確りしていればウェニアもリザも危険な目に遭うこともなかった。


「あの……ウェニア……僕―――」


 僕は彼女に謝ろうとした。


「―――あ、あれ……」


 だが、どうしてもその先の言葉を出すことが出来なかった。

 今回、リザが怪我をしたのは明らかに僕のせいであるし、その後の球体もきっと僕のせいだ。

 それにこの家まで運んだのも彼女の筈だ。

 そんな風に多くの迷惑と負担をかけたという事実に僕は謝ることも感謝することも出来ずにいた。

 と言うよりも僕はウェニアとまともに目を遭わせることも出来なかった。

『目は口程に物を言う』と言う言葉があるけれども、それが本当にそうだと言うことを僕は生まれて初めて知ることになった。


 言わなきゃいけないのに……


 言うべき言葉を分かっているのに言えないでいる自分の卑小さを僕は苦しかった。

 知っていたことだけどやはり僕は自分が嫌いだ。

 こんな風に人として当たり前の事すら僕は出来ないでいる。

 こんな当たり前のことすら出来ない自分が嫌いだ。


「気にするな」


「え……」


 僕が臆病風に吹かれて何も言えずにいるとウェニアはそう言いだした。


「ウェニア……?」


 ウェニアのその言葉が僕は逆に恐く感じてしまった。

 きっとその言葉は言葉通りに今回のことを『気にするな』と伝えているのだろう。

 けれどもその言葉に含まれた感情はどのようなものだろうか。

 ただ僕を心配しているのかもしれないし、本人が気にしていないだけかもしれないし、もしかすると僕のことを完全に見放しての言葉なのかもしれない。

 人は相手に期待し無くなれば無関心になる。

 その際に接し方も上辺だけは平穏としたものとなる。


 だめだ……

 そんなこと考えちゃ……


 たとえどうだとしてもウェニアが僕を助けてくれたのは紛れもない事実であるし、ウェニアには迷惑をかけっぱなしだ。

 そんな相手に対して少なくても感謝の言葉位言わなくてはいけないのに僕は我が身可愛さにウェニアを疑ってしまっている。

 自分の臆病さが原因で自己保身に走ってしまっている。


「……それが正常だ」


「……?」


 僕が胸を押さえようとしているとウェニアは唐突にそう告げた。


「……よいか?

 貴様は生命を奪ったことに恐怖を覚えたのであろう?

 それは当たり前のことなのだ。

 安心しろ」


「……!?」


 彼女は僕が胸を押さえ声を出せずにいるのを見てその原因が魔物の命を奪ったことへの恐怖によるものだと思ったらしい。

 確かにそれもその理由の一つだ。


「違う!!!」


「ん?」


 でも、本当の理由は違う。

 僕はそんな高尚な言葉で自分を偽りたくなくてそれを大声で否定した。


「僕は……

 君に見捨てられたくないからって……

 ありがとうもごめんも言えないことが許せないだけなんだ……」


 僕はこれ以上言い訳がしたくなくて情けない自分の本性を曝け出した。

 結局、リザが死にかけたのもウェニアに迷惑をかけたのも全部僕が弱かったからだ。

 命を奪うことを躊躇ってしまったのが今回の結果の筈だ。

 それなのに結局僕はそんなことも分かっているのに見捨てられたくないからと言って最低限の感謝の言葉すらも伝えられない。

 そして、それを隠すことも出来ず、勢いのままにそれをぶつけることしか出来ない。

 情けなくて仕方がなかった。


「……『()』か……」


「え……」


 醜い姿を晒した僕に対してウェニアは意外なことを気にしている様だった。


「……成程。

 それが貴様の素か」


「……?」


 ウェニアは納得するかのようにそう呟いた。


「……貴様。案外マトモじゃないか?」


「え……」


「それが貴様の本質だ。

 自らの本質を自覚している分、貴様は至極マトモだ。

 もし貴様が真に卑怯者ならばそんなことは言えまい」


「え、でも……」


 ウェニアは僕のことをそう擁護するが結局僕が臆病者であることには変わりがない。


「はあ~……

 よいか、ユウキ?

 そもそも他者に迷惑をかけないで生きる人間が何処にいる?

 人間と言う生き物は社会を成す獣だ。

 いや、獣にせよ群れが存在する。それを人間が勝手に社会と言っているに過ぎんがな。

 それはわかるな?」


「え……

 あ、うん……

 それはわかるけど……それはどういう……?」


 関連性が全く見受けられない話に僕は思わず困惑してしまった。


「わからんか?

 群れをなす獣は弱い自分を守るために群れを成すのだ。

 それぞれが己の失敗を補い合い負担を分け合うことで生存の可能性を上げる。

 要するにどの様なものであれ集団で動くには大なり小なり負担をかけているのだ。

 そう気落ちするな」


「だけど……」


 ウェニアは人どころか動物すらも群れを作るのは弱く尚且つ自らの失敗を誰かに助けてもらう為であると語り、僕が迷惑をかけたのも自然の摂理なのだから仕方ないと語った。

 だけど、そんな優しい言葉でも僕の心は晴れなかった。

 どれだけで理屈で弁護されたり擁護されても自分を誤魔化せないのだ。

 やってしまったことには変わりがないのだから。

 そんな風に僕が何時までもウジウジしている時だった。


「馬鹿め」


「あ、痛!?」


 僕の額にいきなり痛みが生じた。


「何するんだよ!?」


 見てみるとウェニアが僕に対して手を出し指を伸ばしていた。

 どうやら今の痛みは彼女のデコピンだったのだろう。

 いきなりのことに僕は勢いのままに抗議してしまった。


「お?

 何時もの調子が戻ったらしいな?

 これは僥倖」


「え……あ……」


 ウェニアは僕のそんな様子に対していたずらに成功した子供のような無邪気な笑顔を見せた。


「全く。貴様は馬鹿だな」


「な、なんだよ?」


 ウェニアは何時もの僕をからかうような調子で僕の事を馬鹿だと言ってきた。


「そもそも迷惑をかけているのは貴様だけではあるまい」


「……?」


 ウェニアの言葉に僕は首を傾げた。

 一体、どう言うことだろう。

 少なくてこの三日間で一番迷惑をかけていたのは僕の筈だ。

 と言うよりも僕以外に迷惑をかけていた人間はいない筈だ。


「他ならぬこの我自身が貴様らに迷惑をかけているのだ。

 一々、気にするな」


「え!?」


 ウェニアの衝撃的な発言に僕は一瞬何を言っているのかが分からなかった。

 むしろ、僕はウェニアに助けられぱなっしだ。

 何時何処でウェニアが僕に迷惑をかけたと言うのか。


「迷惑って……

 そんなの―――」


 ウェニアの言葉に全く思い当たる節が存在しなかったことから僕は否定しようとしたが


「我が野望に付き従う。

 これ程までに大きな迷惑はあるまい」


「―――?!」


 ウェニアはそんな僕の言葉など聞くこともないと言わんばかりに立て続けに胸を張って言った。


「よいか?

 そもそも我の野望など貴様らにとっては旨味がなかろう?

 それなのに貴様は我に助けられたと言うだけで我に従っているのだ。

 それと比べれば貴様の言う迷惑など羽根の重さ程もないわ」


「………………」


 ウェニアは高らかに笑った。

 自分の野望を他人にとっては迷惑だと一蹴し僕の悩みや迷いなど小さいものだと笑い飛ばした。


「故に言うぞ。

 もし貴様が悔恨の念に駆られると言うのならば最後まで我に従え」


「え……」


 ウェニアは立て続けにそう命じて来た。


「貴様は我が何を言おうにも自らのことを責めるのだろう。

 だが、それは恥じることではない。

 貴様のその後悔やら葛藤やらも我が背負う。

 故に貴様は我の野望を支えよ。

 これは王命だ」


 ウェニアは何時も通りに傲岸不遜に僕に命じて来た。

 僕が迷うこともウジウジすることもいい。

 けれども自らの野望を助けろと命じるだけだった。


「……本当にいいの?」


 僕は改めて訊ねてしまった。


「相も変わらず臆病だな、貴様は?

 あっははははははは!!!」


 ウェニアはそんな弱気を笑い飛ばした。


「だがな、ユウキ。

 臆病であることは悪いことではない」


「……?」


 ウェニアは僕の事を臆病と笑いながらもそれを悪いとは言わなかった。

 何故、臆病であることが悪いことではないのか僕には理解できなかった。


「……よいか?

 何かを恐れることは誰でもあることだ。

 それが本来ならば普通の事なのだ」


「……君もか?」


 ウェニアは恐怖心は誰の心にもあることだと言うがそれだとウェニアにも恐怖心があるのか、と気になり僕は訊ねた。


「……いや。

 我には恐ろしいものなどない。

 だが、それは()()()()()なのだ」


「……()()?」


 返って来た言葉に僕は首を傾げてしまった。

 何故、ウェニアは異常なのだろうか。


「よいか、ユウキ?

 我の様な恐れを知らぬ者は異常なのだ。

 万人が倣う事が出来ることではないからな」


 ウェニアは少し自嘲気味に自らが異常であると断じた理由を明かした。

 自らが恐がらないと彼女は主張しているが、その在り方を彼女は異常だと感じているらしい。


「……もしかすると、君って他人の感情には共感できないのか?」


 自らを「異常者」だと主張するウェニアに僕はもしかすると彼女は他人の感情を理解することが出来ないのではと感じた。

 よく歴史上の偉人や天才には多くの奇人や変人が多かったりすることがあったらしい。

 常人とは違い過ぎる価値観が彼等にあったのかもしれない。

 そのことから僕はウェニアが他人の感情を理解できるのかを知りたかった。

 少なくても妹への愛や、母親という言葉に対して何かしらの感情を込めるウェニアが感情を理解できないとは思いたくなったからだ。


「……いや。それはわかるさ。

 他者の悲しみ怒りも喜びも楽しみも憎しみも後悔も安らぎも愛しさもな。

 そうでなくては王など名乗らんよ」


 ウェニアの答えは僕が否定したかったものではなかった。


「じゃあ、さっきのは……?」


 他人の感情を理解できるのにウェニアがどうして自分を「()()()」だと断じるのか。

 僕には彼女には十分人として大切なものが思えるのに自分を卑下するかのように言うのか知りたかった。


「……我はそれらのことを知りながらも突き進むのだぞ」


「……!」


 ウェニアのその一言でそれがどういう意味なのかを僕は理解してしまった。


「……我はな。

 そんな他人の憎しみや嘆きや幸せを理解しても尚、踏みつけるのだぞ?

 自らが前に進むためにな。

 その様な人間の何処に正常さを感じる?」


「そ、それは……」


 ウェニアは自らが異常である理由を明かした。

 ウェニアの言う通り、ウェニアは自らの覇道と野望の為に多くの人々の感情や日常、平穏を踏みつぶしている。

 しかも、その自覚を持ちながら。

 それに対して恐れを抱かないとウェニアは語っているのだ。


「我が進んだ先にはそういった者達の夢の残骸が重なっているのだ。

 それを造ることに我は恐れを持たぬのだぞ?

 それを正常と言えるか?」


 ウェニアは重ねて自らの異常さを口にする。

 まるで自分が心のない獣だと言わんばかりに。

 きっとウェニアの進んだ先には多くの屍や悲鳴と憎悪が築かれていたのだろう。

 その光景を想像して僕は一瞬怯むけれど


「分からない……

 ……でも、()()()()()()()()()()()()()()?」


「……何?」


 ウェニアが持つ人としての大切なものを否定したくなくて自然とそう言っていた。


「……君の言う通り、君のしたことは許されないことだと思う……」


「………………」


 ウェニアは王だ。

 一般人の僕とは善悪の基準が異なることがあるだろう。

 それでもウェニアが自らの野望の為に多くの生命を奪ってきたことは許されないことだろうし、その被害者達にとっては許せないことである事に変わりはない。

 どれだけ高尚な言葉で言い繕うが、それが間違っていることには変わらないだろう。


「……だけど、君は……

 人並みに()()()よ……」


「我が……()()()……だと?」


 だけど、そのことを自覚している時点で僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思えてしまう。


「だって、本当の悪人なら君が踏みつけて来たものの価値すら感じないだろう」


 これがどちらかがマシかという比較論になってしまうけれど僕はウェニアの方が世の中のそこら辺の悪人よりは優しいと思えてしまう。

 少なくても僕のクラスの中であんな風に残酷に魔物たちを殺していた連中と比べればウェニアは()()()


「君は恐れないだけで十分人としての心を持っているよ」


 ウェニアは確かに恐れないだろう。

 でも痛みは知っている。

 その痛みをウェニアは感じている。

 それでも踏みつけられた側からすればたまったものじゃないのは理解している。

 だけど、邪悪は感じられない。


「……仮に貴様が我に踏みつけられる側になればどう思うのだ?」


「……!

 そ、それは……」


 僕の指摘に対してウェニアは逆に僕自身が踏みつけられる側になったらどうなのかと訊ね返してきた。

 それはつまり、ウェニアが僕を犠牲にする時が来たのならば今の様な口が叩けるのかということだ。


『ゆうちゃんのことは私が守るから……』


「……っ」


 ウェニアの問いに僕は鈴子やクラスの友達にすら裏切られた時のことを思い出しどう言えばいいのか分からなくなってしまった。

 ウェニアの言う『踏みつける』というのは相手を蹂躙することだけでなく、味方に犠牲を強いることでもあるはずだ。

 実際にウェニアはそれをテロマを殺さないように戦えと部下に命じて殺させている。

 そんな状況に陥った時、僕はあの時と同じ様にウェニアを憎むのだろうか。


「分からない……

 でも……悲しいとは思うよ……」


 実際にそうなった時のことを考えれず僕は悲しいとだけ答えた。

 人間と言うのはなんと都合のいいのだろうか。

 僕は自分が嫌なことをなるべく想像しないように無意識に頭を動かしているのだろう。

 一度、裏切られておきながら僕はこんなことすら考えられないのはおかしいと思う。


 でも……

 何か知れないけど……

 こいつに裏切られても憎めない気がするんだよな……


 自分でも楽観的だと思うけれど僕はウェニアに裏切られても憎めない気がした。


 ……こいつに助けられたからかな?


 その理由に対して僕はウェニアに命を救われたことへの恩が根底にあると感じた。

 一度、ウェニアに拾われた命だからこそ、ウェニアの為に使いたいとでも僕は柄にもなくそう感じているのだろうか。


「そうか……」


「あ……」


 僕のそんな矛盾だらけの答えを聞いてウェニアは何とも言えない表情をした。

 その顔を見て僕は胸が痛んだ。


 何か言ってあげたい……

 でも、何を言うべきなんだ……?


 ウェニアのその悲しみとも切なさとも言えない感情を湛えた表情に何と声をかけるべきか悩んだ。

 そもそも僕みたいな人間が彼女に気に掛けるような資格があるのだろうか。

 自分が生命を奪うことへの恐怖でウェニアやリザを危険な目に遭わせるような情けない男が。


 いや……違う……


 僕が言うべきなのは上辺だけの憐れみなんかじゃない。

 ウェニアの心を慰める聖人染みた言葉でもない。


()()()()()


「……何?」


 僕は見つけた言うべき言葉をウェニアにぶつけた。


「君が僕をその……

 捨て駒にするってことは……

 えっと、まあ……君が追い込まれたりした時だよね?

 じゃあ、えっと……じゃあ、そうならないように僕が強くなってそんなことが起きないようにするよ」


 僕が見つけ出したのは「約束」だ。

 ウェニアはきっと止まらない。

 いや、止まれない。

 自らの行動で多くの人々が傷付く事を知りながらもその事に痛みを感じながらも彼女は進む。

 ならば僕が出来ることがあるとすれば少しでも彼女が苦しまないように()()()()()()()()()()だ。


「それと……

 君が出来るだけそんなことをしないように君の力に僕はなりたい」


「………………」


 自分自身を満足に守ることすら出来ない僕がこんなことを言うのは分不相応だろう。

 それでも僕は彼女の力になりたかった。

 助けられたり守られたりするだけじゃ嫌だから。


「……言うではないか?

 その臆病な心でその誓いを果たせるか……

 楽しみにしているぞ」


「……うん」


 ウェニアはこんな情けない強がりを「誓い」と形容した。


 でも……

 殺すことには慣れないよ……


 だけど、きっと僕は何かを殺す度に後悔するだろう。


 ……少なくても、ウェニアたちを危険な目に遭わせるのは絶対にしちゃいけいないな……


 本当は生命を奪うことが恐くて仕方がない。

 あれはあんなにも恐いことなんだ。

 もうクラスの連中を見返すとかそんなことはどうでもいいと思えるほどに恐い。

 むしろ、そんなことの為に生命を奪っていく自分が許せない程に辛い。

 だけど、ウェニアに助けられたのに彼女を見捨てて逃げることの方が何百倍とか何千倍とか、何万倍とかそんな言葉で表現できない程に恐い。

 自分の小さな見栄や恨みなんかよりも僕はリザを守ることやウェニアが背負っていく苦しみを少しでも減らす方を選びたい。

 だから、僕は


 ……これぐらいは我慢しないと……


 この辛さや苦しみを理由に足掻くことを止めないことを決めた。

 僕のこの苦しみは全て僕だけのものだ。

 それが原因で今回の戦いの様な事が起こってまた誰かを傷付けたくなどない。

 僕の苦しみに誰かを巻き込むのだけは我慢できない。


「それと……ありがとう」


「そうか……」


 僕は最後に未だに胸に不安を抱きながらもある程度気持ちの整理が終わらせて先ほどは言えなかった言葉を言った。

 きっとウェニアにとってはこんな言葉よりも優秀な部下の方が欲しいのかもしれないけどそれでも助けられたことに僕は感謝したかった。

 仮令、それが僕の自己満足でも僕は言いたかった。


「……あれ?

 そういえば、ここってどこなんだ?」


 僕は気持ちに区切りがついたことでここが何処なのかを訊ねた。

 見た所、ここは何処かの民家だろう。

 吹き抜けに風が入りこみ、寒さに身体を震わせるしかなかったあの城の部屋と比べればこの部屋の素晴らしさはまるで天国と言っても過言じゃない。

 この心地よさに余りにも身に染みてくる。

 けれども同時に僕は不安も感じていた。


 この家の人は……

 僕らのことをどう思っているんだろう?


 この世界、「ザナ」に来てから僕はこの世界の人々に酷い扱いを受けて来た。

 それは魔力が高い=「魔族」だという認識からくる偏見からだ。

 そして、この場にいる二人と一匹はまさにそれに当て嵌まる。


 僕はよく分からないけど……

 ウェニアは魔王だし、リザに至っては魔物だし……


 城で魔族扱いされた僕。

 「魔王」ウェルヴィニア。

 そして、小さくなりただのトカゲにしか見えないとは言え魔物のリザ。

 明らかにこの世界では素性が知られればやばい組み合わせだ。

 そう考えると仮令、親切な人間であろうと僕らの身の上を明かしただけで豹変してくる可能性だってあり得る。

 それにここが何処かの町や集落だとすればもっと危険だ。

 個人や一つの家族ならば未だしもそれが他人同士に頼らざるを得ない集落と言う集団ならば冷静さを保つのは難しい。

 人は一人だけならば自分の恐怖や不安を抑えられることは出来るだろう。

 だけど、それが不特定多数となれば難しくなる。

 一人でもパニックになればその不安は伝播していってしまう。

 それを僕はこの目で実際に見ている。


 ……それに集落や町でそんなことが起きて少しでも逆らったりした瞬間に孤立する……


 人間は社会の中で生きる動物だということを歴史や倫理の授業で聞いたことがある。

 実際、そうだろう。

 社会で孤立するということは人は自給自足でもしない限りは生きていけない。

 それにいじめでもそうだけど、人は大きな集団の中で一定の集団が力を持ったらその集団に目を付けられた瞬間に孤立する。

 そして、仮に敵意のない集団の人々もその一定の集団に自分が目を付けられないように渋々したがわざるを得ない。

 正しく、村八分だ。


 親切な人でも……

 弱かったそうせざるを得ない……


 僕はそれを知っている。

 何故なら僕もそんな弱い人間の一人だからだ。

 実際、他人がそんな目に遭っているのにそれに対して声をあげられる程僕は強くない。

 

 それなのに自分がそんな目に遭って恨むなんて本当に情けない……


 未だに僕の心の中にはクラスの連中に対して許せないという気持ちが強い。

 その中には直接僕の事を痛めつけていた人間なら未だしも、僕を命欲しさに見捨てた大半の連中すらもいる。

 もし自分がその立場だったらそうしていたかもしれないのにだ。


 ……本当に勝手だ


 自分がするであろうことをした相手を僕は恨んでしまっている。


 強くなりたい……


 そんな裏切りを絶対にしたくないと心の底から僕は強くなりたいと願った。


 僕みたいに苦しむ人間を作りたくない


 これだけ苦しい思いを僕は誰かにして欲しくないしさせたくない。

 だから、僕は


 ウェニアの力になりたい……!!


 ウェニアの進む道で捨てられていく石を少しでも拾っていくことを決意した。


「安心せよ。

 少なくとも貴様が思い詰めるようなことはないぞ」


 そんな僕の杞憂を見透かしてかウェニアはそう言ってきた。


「……それはどういう?」


 僕の心配していた事態にならないのは喜ばしいことではあるけれど、何故それがないと言い切れるのかを僕は知りたかった。

 ウェニアのことだから何か確証があるとは思うのだけれどもやはり気になる。


「ああ、それはな―――」


 とウェニアが答えようとすると


「……入っていい?」


「……!」


 コンコンコンとノックの音と聞き慣れない幼い声によってウェニアの話は止められた。


「―――お、噂をすれば影とやらだな。

 ()()()()()が何を遠慮しておる。

 何よりも貴様は我らを助けたのだぞ?

 気兼ねなく入るがよい」


 ウェニアは尊大ながらも相手の事を立てる様に言った。


 ……あれ?()()……?


 僕はウェニアのその言葉に違和感を抱いた。

 どうやら今、ドアをノックした声の主が僕らを助けてくれた人物らしい。

 しかし、その声は『家主』という肩書の割には幼く聞こえた。


「……わかった」


 その声の主は少し弱々しそうに答え部屋に入ろうとした。

 ただ今の言葉の間にはウェニアの偉そうな態度に対する戸惑いと呆れが込められている気がした。

 僕はそのことに対して申し訳ない気持ちになったが、同時に未だに事情が呑み込めないことがあった。 そして、ドアが開くと


「え……」


 この家の家主の姿が僕の目に映った。 

 その瞬間、僕はある程度予測出来ていたこととはいえ僕は自分の目を疑った。


 こ、子供……?


 何故なら、()()という肩書に対してその人物の見た目は明らかに年相応ではなかったからだ。

ようやく、少しヘタレ部分が解消されたと思いきや簡単には取れないこの主人公。

まあそれでも……一応の成長は見せるんですが

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