第三話「歪なもの」
まともに直視すれば目が潰れてしまうのではないかと思えるほどの光の拡散に僕は反射的に目を閉じていたが、僕はとある違和感を抱いた。
痛く……
いや、熱くない……?
それはこれだけの光の中にいるにもかかわらず全く熱さが感じられなかったのだ。
周囲の温度が球体が割れる前の温度と全く変わっていないと僕は感じてしまったのだ。
あれだけの光が辺りを包んだのだから、周囲には同時に熱も広がっているはずだ。
光に熱は付き物の筈だ。
それなのに火傷どころか周囲には高熱すら感じられなかった。
明らかにおかしい。
風が止んでいる……?
さらに新たなことに気付いた。
それは先ほどまで巻き起こっていた風が止んでいることだった。
先ほどまで森の木々を揺らしていてざわめきを鳴らしていた風が消えていたのだ。
そう言えば……爆風が来ていない……
覚悟していた爆風も爆炎も来ていないことに僕は困惑した。
『大丈夫だ』
このことを言っていたのか……?
目蓋の裏に既に光の気配を感じなくなり落ち着いた僕はウェニアのあの言葉の意味が確かなものであったことを理解した。
そして、そのまま僕は既に光が存在しないことを知覚しながらも恐る恐る目を開いた。
「……え」
そこに広がっていた光景に僕は呆然とした。
「グウゥ……」
魔物の群れが倒れ、苦しそうに呻いていた。
け、煙……?
さらには何故か燃え尽きた焚火の様に魔物たちの身体からまるで煙が上がっていた。
その光景に僕は理解が追いつかなかった。
な、何で!?
周りには何も起きていないのに!?
周囲には焼け跡どころか焦げ跡すらも付いておらず、森はの木々は依然と存在していた。
何よりも僕は火傷すら負っていない。
それなのにどうして目の前の魔物たちから煙が生じているのだろうか。
僕はその違和感を知るために苦しみの声が聞こえて来るのを覚悟で魔物たちの声に耳を傾けた。
けれども、聞こえて来たのは
「グ、グウウウゥウウ……!!」
―ク、喰ウウウウゥウゥゥ……!!―
「……え」
まるで壊れたラジオの様に『喰らう』という言葉をぎこちなく発しているような声だった。
それは苦しみと言うよりもただ何かを食べることにしか執着、いや、それしか考えていないような永遠の飢えの様にも思えた。
その姿に僕は不気味なものを感じた。
「そ、そうだ……!!」
僕は魔物たちの惨状を目にして、自分の腕の中に隠していたリザのことが気になってしまった。
あの光はどうやら魔物に何かしらの影響を与えるものらしい。
となると、リザにも苦しみが与えられている可能性がある。
「リザ……?」
リザは僕の腕の中で静かにしていた。
僕は恐がりながらもリザに呼びかけた。
ただでさえリザは怪我をしている。
もしその状態で目の前の魔物たちの様に被害を受けていたらただじゃすまない筈だ。
全く、何も変わらないリザの姿に僕が不安を感じている時だった。
「キュル……?」
―ユウキ……?―
「っ!?
リザ!!」
リザは小さな声で僕の存在を確認した。
リザは無事だった。
未だに声は弱々しかったが、よく確認して見るとお腹はゆっくりと動き小さいながらも呼吸していることが見受けられた。
そして、他の魔物たちとは異なり、あの光の影響を受けてもいなかった。
よかった……
でも、それだとこの状況は一体……?
リザの無事を確認し、安堵と喜びを感じることは出来たが、それと同時に僕は疑問を抱いてしまった。
それは同じ魔物の筈であるリザと目の前の魔物たちの違いだった。
僕や周囲の木々が無事であるという点からあの光はどうやら魔物だけに作用するらしい。
しかし、それならばどうしてリザには何も影響がないのだろう。
僕が庇ったにせよこれは明らかにおかしい。
……!そうだ、ウェニア……!!
あの光がもたらしたこの状況とリザの無事でウェニアのことを考える余裕をなくしてしまったことに罪悪感を抱きながらも僕はこの場にいる筈のもう一人の人物の姿を探した。
「何を慌てている?」
「……!」
その不遜な声は僕の背後から聞こえて来た。
「ウェニア……!!」
「……どうした?その様な嬉しそうな顔をして」
何時も通りウェニアは偉そうだった。
僕はウェニアも無事であったことに嬉しくなった。
てっきり僕はあの光が魔物たちの様にウェニアまでもを苦しめたのかと思ったがそれはどうやら杞憂だったらしい。
「よかっ―――
―――あれ?」
ウェニアとリザの無事を確認し終えて安堵したのが理由なのかあの球体が現れる前のものとは異なる脱力感が訪れて来た。
それはまるで、残っていた体力が失われそのまま眠りへと誘うかのようなものだった。
だ、だめだ……
ま、まだ、リザが……
僕は怪我をしたリザを安全な場所で治療をしなければならないと思いながら襲い掛かる眠気を振り払おうとした。
でも、その眠気は目蓋の支えを失わせそのまま僕を眠らせようした。
「……安心しろ。
それは苦しみが伴う眠りではない」
ウェニアは相手を安心させるような声で僕を言い聞かせた。
それを最後に僕はゆっくりと眠りへ落ちた。
「此奴の叫びに剣の力が呼応することになるとはな……」
ユウキが魔力だけでなく体力と気力も消耗し眠るのを見届けて私はこの状況を招いた要因を口に出した。
あのババアめ……
やはり、とんでもないものを造りおって……!!
我はあの光を生み出した「テロマの剣」の造り主に対して忌々しく思った。
この剣を鍛えたのは我の師だ。
この剣には持ち主の魔力を著しく消耗させる欠点は存在するが、持ち主を絶対に死なせないようにする加護を施す機能以外に、使い手の想いによって魔力を増幅させて力として具現化する機構が存在する。 しかも、その感情が強ければ強いほどにその力も相応なものとなる。
……命を奪ったことへの恐怖がここまでとは……
剣が暴走とすら言える力の拡散を見せたのはユウキの他の命を奪ったことへの恐怖が常人よりも強かったことが引き金だった。
さらにそれに加えて、ユウキのリザを守りたいと願いから来る戦いから逃げられぬ義務感もそれを倍増させた。
その相反する感情のせめぎ合いが強力な衝動となり力を暴走させたのだ。
「だが……
暴走と言えども本人の願いを最低限叶えるものとは……
律儀なものだ」
「グルル……」
我は律儀にユウキの命を奪いたくないという無意識の願いの一つを反映させた剣の機構に悪態を吐いた。
魔物たちは剣のもたらした光によって多少の痛手を負ったが、脚が覚束ない中で再び立とうとしていた。
さらにはそこから敵意、いや、得物を喰らおうとする飢えも捨て去っていなかった。
……リザと此奴らの違いは……
我は未だに獣性を残す魔物たちをかつて同じ様にユウキを襲っていたリザと重ね合わせながらも両者の違いについて考察しようとした。
リザはユウキの何かしらの力でその凶暴性が消えたとされる。
正確には今まで持っていた憎しみを捨て去ったとユウキは言っているが。
我はそこに多少懐疑的になったが、実際にリザがユウキに恩を感じ、魔物でありながらユウキと共存できるようになったことから原理は分からなかったが、それが事実であることは認めた。
いや……今は考え込んでいる場合ではないな
「グルル……!」
何時までも考え込んでいても答えが出そうにない追究に耽りそうになったが、今にも立ち上がりそうになり唸り声をあげる魔物たちの様子を見て、我は今はその疑問に蓋をしようと決めた。
「フッ……
この我が食いでのことしか、いや、飢えしか頭になさそうな獣相手に退くことになるとはな」
かつて魔王と恐れられ敵なしとさえ謳われた身でありながらも、知性の欠片すらも見せない獣如きに背を向けることなった我が身を見て自らの衰退ぶりを我は自嘲した。
この程度の獣ならば容易く屠れるが……
我は背後にいる臣下を見て矜持よりも戦略を優先する意思を固めた。
我には自らの矜持よりも優先すべきものだ。
この新しき臣下は我を信じ付いて来た。
ならば、この様な無駄な小競り合いで死なせるなど王としての我の矜持が許せぬ。
我は少しばかりの魔力を使い、自らの身体に「強化魔法」を施し、強化された体躯を駆使して右脇にユウキを抱えリザを左手に確りと持って森の道を進んだ。
「グルル……」
我らが逃げ出したことに魔物たちが当然の如く気付き、未だに身体から黒い霧のようなものを立ち昇らせながらも今すぐにでも追いかけようとしていた。
「ガアッ!」
我らが大分離れた地点に辿り着くと同時に苦痛よりも飢餓感が勝っている、いや、飢えしか知らないのか一斉に奴らは我らを追いかけ始めた。
臣下二人を放っておけば奴ら等容易いが……
未だに眠っているユウキと意識が戻らぬリザに視線を向けながら我は魔物との戦いの容易さを頭に浮かべた。
今の我は慢性的な魔力不足だ。全盛期の力はおろか、師の下から離れた時以下の力しか持っていない。
それに加えて、よりにもよって今我の魔力不足を補うことの出来るユウキが魔力の消耗で疲労している。
これはあの魔力の激しい消耗による激痛一歩手前の状態だ。
ユウキがこのままでいられるのは「テロマの剣」の持ち主の生存を最優先とする機構によるものだろう。
この状況でユウキの魔力を使えば、ユウキは再びあの苦痛に苛まれることになるだろう。
仮に勝利したとしても此奴らを守り切れるか分からぬしな……
我がユウキの魔力を使用することを厭う理由の一つにはそもそも魔力を使用したとしてもユウキとリザを守り切れるかが不確かだからだ。
今の我の勝利はこの二人の臣下を守ることだ。
だが、仮に魔物たちを全て屠ったとしてもこの二人を守り切れるかと言えばそれは不可能だ。
遺憾であるが、今の我では二人を庇いながら戦うのは困難だ。
ならば、今は退くのみよ
我は魔力を使っても我の勝利である臣下二人を守り抜くことが出来ないことを改めて理解した。
それならば、ユウキの魔力をわざわざ使う必要もないと判断し、逃走のみを考えることにした。
「グルル……!!」
背後から四つの獣の唸り声が響いて来た。
あそこまで食い意地に染まってるとむしろ健気にすら思えて来るな
「テロマの剣」の光によって倒れるほどの苦痛を受けてそれが癒えてすらいないにも拘わらず我らの事を執拗にも追いかけて来るその様に我は憐れみすらも抱いてしまった。
奴らにはただ自らの飢えを満たすことしか頭にないのだろう。
獲物との距離が永遠に縮まらぬ追蹤だと言うのにな……
その姿に輪をかけて滑稽なのは先程から奴らの声の大きさが同じであることに奴らが気付いていないことであった。
奴らと我らの距離は変わっていないのだ。
つまりは、今我が出せている速さと奴らの脚が殆ど同じ速度であることを意味している。
それはこのままでは両者の間の距離が縮まることも広がることもないと言うことである。
フッ……
この魔力で出せる速度がこれで幸いしたな
使えた魔力の量で出せた「強化魔法」による跳躍力とユウキを抱える筋力の増加が逃走の条件を最低限を満たしていたことに我は運が向いていることを感じた。
今、我が使える魔力はユウキの身体を考えればこれが限界だった。
それでもこの魔力量だけでも逃げ切るは出来ると我は確信した。
魔物は空気中の魔力を得ることも出来るがその場合だと休息している必要がある。
そして、例の魔物たちは走り続けている。
このままいけば体内の魔力を使い果たし、一気に弱体化するだろう。
その時を狙うも善しか……
我はあわよくば、背後の魔物たちが疲労した瞬間に殲滅しようとも考えている。
奴らが衰弱した状態ならば今残っている魔力だけでも十分可能だ。
仮にあの魔物たちを倒せば、奴らの魔力をわがものとして少しはユウキに魔力を依存する状態から抜け出せる足しにはなるだろう。
尤もこの状況を維持できればの話だが。
「……ユウキ。
生きるには割り切ることも必要であるぞ?」
我はユウキの生命を奪うことへの恐怖に対して、怒りは感じなかったが憂いを増した。
ユウキにとっては先程の魔物殺しは本人にとっては初めて知覚した「殺し」なのだろう。
生きとし生ける者は誰しも一度ならず、無意識に生命を奪っているものだ。
ただそれを意識するかしないかの違いなのだ。
生ける者にとっては当然の業に対してユウキは苦しめられている。
ある意味では究極の不公平とも言えるだろう。
『殺すことを楽しんじゃいけないだろう!!』
あの時のユウキの叫びは此奴にとっては当たり前である価値観そのものなのだろう。
そして、同時に平和な時代と国で生まれたユウキが叫ぶと言うことは
……許せないものを見たのだな……
此奴にとっては決して許せないものを見せつけられたのだろう。
「何て哀れで虚しくて痛々しくて―――」
ユウキの弱さとも言える愚かな甘さに我は哀れみと報われない虚しさと生きている事自体が針の森を進んでいるかのような傷だらけの心と考え、最後に
「―――歪ながらも美しいものよなぁ……」
それでも誰かを守るために足掻き続けようとした姿に歪な美しさを感じてしまった。
「フフフ……
これは善きものを得たな」
千年の眠りの後に我は善きものを得た。
「貴様は我の所有物だ。
誰にも渡さぬし、誰にも壊させぬ」
久しぶりに愉快な宝物を手に入れたことに我は悦びを感じ独占欲すらも抱いた。
これ程までに脆いながらも強く、卑屈ながらも真っ直ぐで、意地汚いながらも美しいものは中々ない。
我に気に入られたのだ……
楽に死ぬことは叶わぬぞ?
この胸の高鳴りに我は焦がれた。
ユウキの生を見ることに今まで予想していたもの以上の悦びを我は見出した。
そして、その悦楽を邪魔する者はだれであろうと許さぬと決めた。
「アッハハハハハハ!!
レセリアに何と詫びればよいかな……」
同時に我は悲しくもなった。
我はユウキの葛藤の中に見せるとうとう差を善しとした。
それはまさに我がレセリアに感じていたものと同じものだった。
「テロマの剣」のあれだけの暴走。
ユウキは確かに証明してみせたのだ。
あれは間違いもなくユウキの心の叫びだ。
他者を苦しめること、苦しんでいることを知覚すること、苦しみを我が物とすること。
そして、それらのことから逃げようとしないのは間違いなく強さだ。
かつて我の為に涙を流してくれたレセリアのものと同じものだ。
なのに我はそれを確かめられたことに悦んでしまった。
レセリアと同じ尊さを持つ小僧の苦しみに。
そのことに我はレセリアを遠回しに傷付けていると考えてしまうのだ。
何故、逃げぬのだ……
同時に我はユウキが我が許から離れようとしないことが辛い。
恐らく、ユウキは我とこのまま一緒にいれば苦しみ続けることになる。
なのにユウキは逃げようとしない。
あの時の啖呵がその証拠だ。
逃げ出せば後悔することになる。
それを嫌うから我の許を離れない。
まさに愚か者だ。
「我が許を離れることを許すが……
その時が来たならば貴様自身の意思で決めろ……」
我は仮にユウキが我が許を離れる時が来るのならばそれはユウキ自身の意思で決めることを望んだ。
これはただの我欲であり意地だ。
宝の方から離れるのならば許せるが盗人に渡すのは許せぬのだ。
レセリアを思い出させることがこれ程までにして我を悩ませるとはな……
我がこうまでして一人の人間の葛藤に頭を悩ませているのは全てユウキがレセリアと似ていることが原因だ。
仮にこの小僧がただ自分の為だけに涙を流すようならば我はその時点で殆ど興味が失せていただろう。
そうレセリアと違っていたのならば我はこうまでして執着しなかった。
レセリアは常に泣いていた。
それはテロマも語っていたことだ。
あの時代において我の為に涙を流すことがどれ程の危険を招くことかを理解しながらも泣いてくれた。
そして、それが意味する悲しみも我は知っている。
ただ悲しむことならば誰にも出来る。
だがそれを忘れれば楽になれるのにそれを捨てられずにいる。
その弱さを我はこのレセリアに似たこの小僧に見つけてしまったのだ。
なのにその悲しみを我は善しとし、その悲哀に心を高鳴らせてしまっている。
その悲しみがあることを我は嬉しく思ってしまっている。
「まさに魔王だな。
アッハハハハハハ!!!」
他者の苦しみに、それも最愛の妹を思わせる人間の苦悩を善しとするその性を自覚し、我は周囲からの自分へと向かう憎悪と恐怖、嫌悪が正しいものであると笑ってしまった。
「まさか……
死後にそれを知ることになるとはな……」
生前はその名はただの我への恨み言程度にしか感じなかったが、今の我の心境によってそれこそが我の本質であると自覚させられた。
「だが……それがどうした?」
しかし、それを理解しても尚、我はこの「魔王」の名に込められた悪意や敵意に怖じ気付くつもりはなかった。
「この身は既に穢れている」
我への憎しみや恨みなどとうの昔にそれ相応の罪を犯してきたことによす悪果など知っていることだ。
「生を受けた時から呪われていることなど知ったことだ」
生まれた瞬間から母から祝福されず父からはいない者とされ、周囲から疎まれていることな幼き時から知っている。
「この程度のことで我が覇道を捨てるとは片腹痛いわ」
我を罵りたければ罵ればいい。
我を蔑みたければ蔑めばいい。
我を恐れたければ恐れればいい。
我を憎しみたければ憎めばいい。
我を恨みたければ恨めばいい。
「我が野望はそんなもので消せるような小さき火ではないわ」
既に我が胸の内に燻り続ける大火はそのような風で消せる代物ではない。
「我を愛してくれたたった一人の妹との日々が在る限りはな」
世界の全てが敵に回ろうとも我を唯一憐れんでくれた。
憐れみなど強者が弱者に対する施しにするものという言葉がある。
だがそれでもレセリアが私に手を差し伸べてくれたことは嬉しかった。
我が地獄に等しかった一時を生き残ることが出来たのはレセリアが与えてくれた憐憫と情愛、そしてレセリアとの絆があったからだ。
レセリアが与えてくれた美しいものと比べれば周囲からの憎悪など痛いどころか痒くすらない。
魔王と呼ばれ様ともあの光輝を忘れぬ限りは我は止まらぬ。
「リザ……いざとなれば貴様が―――」
我は傷を負っているリザに対して仮にユウキが我が許を去る時のことを託そうとも思っている。
魔王である我にもレセリアを彷彿とさせる、いや思い出させてくれたユウキのことを苦しめることは躊躇してしまうのだ。
随分と身勝手なものだな……
我はユウキに対して最初どの様な道を歩んでいくのかを愉しんでいた。
それなのに今となってはレセリアと似ているだけで逃げることを望んでいる。
我はユウキが初めて命を奪い去ることのことも愉しみにしていた。
まさかここまでレセリアと同じ強さと脆さを併せ持つ人間がいるとは思いもしなかったのだ。
『どうした、レセリア?
その様な神妙な顔をして?』
両親や村人たち隠れて我に食べ物を持ってきて我と二人だけで食事をするために持ってきた食べ物に対してレセリアは何処か敬虔な聖職者のように感謝しているようで悲しそうな顔をしていた。
『さっきまで生きてたから……』
我の問いに対してレセリアは泣きそうな顔をして答えた。
あの時、レセリアが我に食べさせてくれたのは鶏だった。
レセリアは我に少しでも食事を与えたいと願い、自らが忌み嫌った「聖女」の名を借りて村人の一人に食べ物を求めたのだ。
その際に村人は「聖女」であるレセリアはへの捧げものとして雄鶏をその場で屠殺し解体し肉にし焼いて渡したらしい。
それにレセリアが気を良くすると思って。
それをレセリアは我に食べさせたのだ。
レセリアは我の飢えを少しでも満たしたいとしたことで雄鶏を殺してしまった事に悲しみを抱いたのだ。
それも自らが最も憎む「聖女」の名前を使って。
レセリアはあの歳で自らの手が血で濡れていることを理解していたのだ。
その村人が聖女に貢献したという実績欲しさに生命を奪ったことにレセリアは我の為だけに罪を犯したのだ。
れでもレセリアは愛する我の為に罪を犯し続けた。
いや、レセリア自信がそう思っているだけで実はただ業を積み続けたと言うべきだった。
その点でもユウキは似ているな……
誰かの為に自分が業を背負っていき、それが罪だと勝手に思う。
誰もが見向きもしないことに気付き勝手に自分が罪深いと考えてしまう。
それ程までに辛いことを理解しながらも苦しんでいる誰かに手を差し伸ばしてしまい、その度に業を重ねる。
そんな所が二人は似ていると思ってしまった。
思えば……
我に王としての在り方を示したのは……
レセリアであったな……
我に王としての力と知恵を授けたのは我が師であったが、王としての在り方を教えてくれたのはレセリアであった。
王とは自らの政の為に嫌でも血を流さなくてはならぬものだ。
それが暴政であれ、圧政であれ、仁政であれ、必ずや誰かが血や涙を流すものだ。
王などと言うものは所詮そう言ったものだ。
それを我に教えたのは生まれながらにして聖女と持て囃され本人は望んでもいなのに捧げものを与えられ続けたレセリアだった。
レセリアは虫一匹すら殺せぬ程に大人しい娘だったのと同時に慎ましい娘でもあった。
生きる以上の何も望まない。
その「生きる」ということの難しさも知る娘でもあった。
それ故に周囲が自分の為にする多くの善意が苦しかったのだ。
そして、誰よりも自分がしていることを見渡すことも出来た。
我はレセリアのその尊さを通じて王の在り方を知った。
名君であろうと、凡君であろうと、仁君であろうと、聖君であろうと、賢君であろうと、暗君であろうと、暴君であろうとそれは王の欲の形が顕れたに過ぎない。
臣民は王の心のままに従う。
レセリア程生まれ持った力や地位に嘆いた人間はいないだろう。
そして……我もまた……
我もまたレセリアを苦しめた一人だった。
あの子は平穏を望んだ。
我が戻って来ただけであの子が笑顔を取り戻すのはそれで十分だった。
それなのに我はあの子の意思を無視して、世界を変えることを、いや、壊すことを望んだ。
『姉さん……私は姉さんが帰って来てくれただけでいい……!!
これから一緒に暮らそう!!』
我が再び村を離れレセリアに別れを告げた際にあの子は泣きながら我を踏み止ませようとした。
既に妻となり、母となっていたのに村人の前で自分さえも犠牲にして我との平穏を望んでくれた。
しかし、我はそんなレセリアの願ったささやかで尊い願いを退け覇道を歩んだ。
その十年後、そのレセリアの息子が我が宿敵になったのだ。
我が甥は母である我が最愛の妹の為に我を止めようとした。
『えっと……
勇者テロマによって倒された忌むべき魔王として語られているけど……』
千年後の世界にも語り継がれるテロマの英雄譚とそれと共に語られる巨悪。
我が憎まれるのは当たり前だ。
我は王であると同時に侵略者にして征服者だ。
我が蹂躙した先々で数知れないな血が流れ、数多の国が壊れ、制度が消えたのは紛れもない事実なのだから。
何よりも我は一代限りの王であり敗者だ。
敗者が歴史の中で悪の権化とされるのは歴史の必定だ。
しかし
母を愛する息子とその伯母である妹を愛する姉の戦いがこうも高尚な物語になるとはな……
ただの親族同士の意地の張り合いが歴史の表舞台では脚色されていることに我は愚かしさを感じた。
テロマはただ母の為に我を止めようとしていただけだ。
それなのにテロマは「正義の為に戦った勇者」としてされている。
そんなテロマの代役として……
救世主を呼ぶとは愚かな……
テロマは救世主や英雄や勇者と言った柄ではなかった。
ただ母を想う孝行息子に過ぎなかった。
あの戦いへの動機もただ母の涙を止めたいが為のものだった。
それを「ディウ教」や時の為政者共が奴の戦いを聖戦に仕立てたのだ。
漠然としたものの為に戦う程、彼奴は惰弱な者ではないわ……
テロマは世界や正義等といったものを拠り所にするような人間ではなかった。
偽りのテロマの代役として呼ばれたユウキのいた世界の住人など我にとっては敵にすらならないだろう。
愚かな者たちよ……
物語の中でしか語られぬテロマに理想を求め続け彼奴の強さの源も知らずに英雄の再来等と浮かれる世界に我は哀れみを感じた。
森に抜ける頃には奴らもへばるであろうな
考えに浸るのを止め我は後ろからただ追いかける、いや、食することしか能がない魔物たちを迎え撃つ時分を予測した時だった。
「!?」
突然、身体に違和感が走り出した。
「ぐっ……!?」
次の一歩を踏もうとした瞬間足を踏み外し体勢を崩した我はユウキとリザを叩きつけないように避けられない転倒した。




