第二話「恐怖」
な、何だ……?
突然、森の影から現れたその五つの影を目に入れて一体何が来たのかと確認しようとした時だった。
「ガル!!」
―喰ウッ!!―
「……え?」
その声が聞こえてきた。
「何をぼさっとしている!!」
「……え―――?
―――あぐっ!?」
しかし、その声に気を取られたことで周囲への注意を怠った直後、目の前の影の一つが四つになりそれに気付いた瞬間、僕の左足首にまるで万力で上下同時に挟まれたような激痛が走り僕はそのまま転倒した。
「あ、があああああぁあああ!!?」
「キュル!?」
―ユウキ!?―
ギリギリと痛みが骨に伝わるような感覚と共にそのまま左足から何かに引き摺られていく感覚を感じ、無意識に僕は痛みに悶えながらも右腕に力を入れて踏ん張りながら左脚に何が起きているのかを上半身だけを起こしてそれを確認しようした。
「……ひっ!?」
「ガルル……!!」
―喰ウ……!!―
僕が目にしたのは僕の左足首に噛み付いている黒い毛皮を生やした狼の様な動物だった。
狼の様だと言ったのは僕の知っている狼と異なり、その動物は狼の様に口が大きく避けていたが、狼の様に細長い顔をしておらずどちらかと言えば丸顔であったからだ。
まるで、狼の身体に無理矢理違う肉食獣の顔を付けて、口を狼の様に裂けさせたかの様な不気味さがあった。
その獣の歪な姿に加えて、自分の身体の一部が違う生き物の口に入っているという今まで経験したことのない悍ましい状況に僕は軽くパニックに陥ってしまった。
「グルル……!!」
―喰ウ……!!―
「グル……」
―喰ウ……―
「グルル……!」
―喰ウ……!―
「グルル……」
―喰う……―
「うっ……!?」
そんな僕をさらに追い詰めるかの如く、仰向けに倒れた僕の周囲に同じ獣である三頭が今にも僕に襲い掛かろうとしていた。
残りの一頭は魔王と相対しており、どうやら魔王が加勢しないように牽制してるようだった。
早く、体制を戻さないと一斉に襲われると直感がざわめき、起き上がろうとするが最初に噛みついた一頭のせいで起き上がることが出来ず、無理に起き上がろうとするとさらにその一頭は力を強めた。
「このっ……!!」
僕は噛みつかれているのとは逆の足を使って獣を蹴ってみたが全く効果は見られなかった。
くそ……!
強化が足りない……!!
恐らくは蹴る力が弱いのだろう。
て、ことは……
魔物か……!!
先の声と普通なら蹴られても全く怯まない様子の目の前の獣の様子から目の前の獣が魔物であることに気付いた。
「ガアッ!!」
―喰ウッ!!―
「うわぁ!!?」
僕がもがいていると、獲物が弱みを見せたか、それとも群れとしての狩りの習性か、残りの四頭の中、三頭が一斉に襲い掛かって来た。
リザに襲われる経験をしていたとはいえ、今にも捕食されるという状況に僕は叫び声をあげてしまった。
「キュル……!!」
―ヤラセナイ……!!―
「ギャ……!?」
「……!?
リザ!?」
魔物の一頭が僕に跳びかかろうとした瞬間、僕の肩からリザがその魔物の顔に跳び移りそのまま小さくなった爪を魔物の顔に突き立てた。
いきなりリザに攻撃されたことで魔物は痛みにのたうち回り、他の魔物たちもそれを見て怯みだした。
「ガウ……!!」
―喰ウ……!―
「キュルル……!!」
自分の顔に乗る目障りな存在を振り落そうと魔物は顔を激しく揺らすが、リザは爪をそのまま突き立てながらしがみつき続けた。
僕を守るために。
「リザ……!!!」
未だに足を取られて起き上がれずにいて、僕よりも小さいリザに守られていることに僕は自分への不甲斐なさを感じた。
何が……『戦わせたくない』だ……!!
あれ程、守りたいと思って戦わせたくないと思っていたのにそのリザに逆に守られている。
「このぉ……!!
離せ!!」
このままではリザが危ない。
そう感じて僕は自らの脚を咥えたままの魔物に蹴りを入れ続けるが、それでも魔物は顎の力を弱めなかった。
「全く……
貴様は何をしているのだ」
「ギャッ!?」
「……!?」
何時までも離せない魔物に焦燥感を抱いていると突然、魔物は短い悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
何が起こったのかを確認すると、一頭の魔物と向かい合いながら魔王が先ほどまで魔物がいた場所に向けて手をかざしていた。
「ウェニア……」
どうやら、魔王が何かしらの魔法を使ったらしい。
僕が何時までも魔物に噛みつかれていて、立ち上がれないのを目にしてまどろっこしく感じたのか、隙を突いて助けてくれたらしい。
「グルル……!!」
―喰ウ……!!―
「グルル……!!」
―喰ウ……!!―
「グルル……!!」
―喰ウ……!!―
魔王が僕の方へと近づくと今まで僕の周囲を囲んでいた二頭と魔王を牽制していた一頭が魔王に今度は狙いを定め始めた。
「とっとと立て。
それぐらいは出来るであろう?」
だけど、魔王はそんなこともお構いなしに少し、無防備にしていた。
それはまるで、僕から魔物たちの注意をわざと惹かせるための様だった。
そして、僕の足が自由になるのを見届けるとすぐに立ち上がることを命じ
「そして、剣を抜け。
何の為にその剣を与えたと思っている」
「あ……」
続け様に僕に与えた「テロマの剣」を抜くことを指示して来た。
僕はパニックのあまり、自分が武器を持っていることすら忘れてしまっていた。
僕にとっては剣を抜くという考えが慣れていない無意識にすらなかったらしい。
言われるままに僕は剣を鞘から抜こうと柄に手をかけた瞬間だった。
「……!」
もしも……こいつらが人間だったら……
自分が相対しているものがもしかすると元々が人間だったかもしれないという不安が頭に過ぎり鞘から件を抜こうとすることを躊躇ってしまった。
「ガアァ!!」
「キュア……!!?」
「……!?
リザ!?」
そんな風に僕が臆病風に吹かれていると僕を守るために魔物一匹にしがみつき続けたリザがついに振り払われ、地面に投げ出されてしまった。
そして、魔物は先ほどまで自分を邪魔をし痛みを与え続けたリザの方へと顔を向け始めた。
それを見てもなお、僕は剣を抜く決心が今一歩のところで出ようとしなかった時だった。
「躊躇うな。
行けっ!!」
「……っ!」
そんな僕に対して背中を押すように魔王は再び発破をかけた。
「う……うあああああああぁあぁああああああ!!!」
僕は自分の情けなさを今ここでだけ消し去り、迷いを忘れる様に大声をあげて剣を勢いだけで抜いた。
初めて剣を抜いた際、力を入れ過ぎたせいで剣身が鞘の中でぶつかりかたかたと金属音を鳴らした。
剣が抜けるとそのまま魔物へと向かった。
「リザに手を出すなあああああああああああああぁあぁぁあぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「ガルゥ……」
―喰ウ……―
僕の足音や声で僕の存在に気付いた魔物はリザから僕の方へと意識を向け再び僕へと襲い掛かろうとしてきた。
恐らく、先程の仲間への蹴りが自分に対して大した痛手を与えないことを知っていることやリザよりも食べる部分が多いことで狙いを変えたのだろう。
「ガアァ!!」
―喰ウッ!!―
「……ぐっ!」
あくまでも僕のことをただの得物としか見ていない魔物の声に僕は斬ることを避けられないことを理解し、剣を不慣れながらも構えて魔物を迎え撃とうとした。
しかし、
「ガアッ!!」
―喰ウッ!!―
は、速い……!?
僕が剣を薙ぎ払おうとするよりも先に魔物の爪が僕の身体に触れようとした。
「……ッ!!」
僕は爪に触れることと押し倒されることを覚悟しつつ剣を手放さないようにした。
倒れた後に魔物に剣を確実に当てられると出来ると考えてのことだった。
「……え」
そのまま魔物の身体が迫った時だった。
突然、身体から力が抜けるような感覚が身を包んだ。
その直後だった。
「ギッ……!?」
「えっ……!?」
今にも僕を押し倒そうとしていた魔物が見えない何かに衝突したようにそれ以上僕の方へと近付けずにいた。
そして、そのまま
「ギャッ……!?」
「……あっ」
止めることをしなかったことで、いや、止められずにいたことでそのまま振りかぶったままの剣が魔物身体に当たった。
そして、そのまま紙をスッとカッターで切る様に魔物の身体が斬れてしまっていた。
いや、違う。
斬ったのは僕だった。
「ギ、ギィ……」
―ク、喰ウ……―
「あ……」
斬り落とされた魔物は前脚を一本失い、首筋に大きな裂け目が出来ながらも首を僕の方へと向けながらもその首だけでも僕に襲い掛かろうとするかの様に『食べる』という意思を発してきた。
まるで、それしか考えていないように。
そんな状況なのに僕は初めて、生きている者を斬ってしまったという事実にどうすればいいのかわからず恐怖してしまった。
だけど、それだけでは終わらなかった。
「……ガ、ガアァ……」
―……ク、喰ウ……―
「あ……」
目の前で僕に這い寄ろうとしていた魔物は糸が切れたかの様に起き上がらせていた残っていた前脚と首を含めた上半身をどさりと音を立てて受身も取らずに重力のままに倒した。
それを見て僕は
「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああああああ!!?」
何が起きたのかを理解できず、声をあげてしまった。
いや、何が起きたのかは分かっている。
それでも自分がしてしまったことを分かりたくないと思って理解するのを邪魔していた。
けれど、現実はそれを許さないでゆっくりと取り返しのつかないことをしたことを認めさせようとしてきた。
殺した……殺した……殺した……殺した……殺した……殺した……僕が……?僕が……!?
ようやく自分が何をしたのかを認め、支離滅裂になりながらも自分が生命を奪った、つまりは殺してしまったということに今まで感じたことのない恐怖と罪悪感、焦燥感、不潔感がごちゃ混ぜになったものが溶岩のように胸に押し寄せ、かけがえのないものを奪われた気分にもなってしまった。
戻れ……戻れ……戻れ……戻れ……戻れ……戻れ……!!!
自分が何を考えているのか僕には分からなかったが、僕は今までのことが夢であって欲しいと思って、そう願い続ければ時間が巻き戻るのではと錯覚したかの様に胸の中で念じ続けた。
だけど、現実はそんな夢のようにはならなかった。
消えた……?
殺したことへの恐怖と自分への不潔感が拭い去れずにいると、目の前の魔物の死体がまるで黒い霧の様になって散り、そのままそこに死があったことすらも夢であるかの様に跡形もなく消え去ってしまった。
そこまではまるで、僕の望んだ通りだった。
でも、
あ……
本当に殺しちゃったんだ……
それを見て改めて僕は自分が他の生命を殺してしまったことを自覚させられた。
あいつらと同じことを……
僕はクラスの連中と同じことをしてしまったことを自覚させられた。
あいつらに殺された魔物たちもこうやって死体は消えていった。
まるで、最初から何事もなかった様に。
あったのは興奮しきって何かしらの達成感や楽しそうな熱狂的な空気だった。
だけど、僕が今感じているのは
恐い……
生命を奪ってしまった事への漠然とした恐怖だった。
仮令、目の前から死体がなくなっても決して、消えることのない罪悪感が僕を逃がしてくれない。
何で……
こんなに違うんだよ……
気付いていたらいつの間にか僕の目から多くの水滴が伝って行って顔から落ちていった。
一体、僕はどうしてこんなに苦しいのだろうか。
あんな風に連中は何も思わないで殺すことが出来ていたのに、何で僕はこんな風に辛いのだろうか。
同じ様に生命を奪ったのにどうしてこうも違うのだろうか。
「グルル……!!」
―喰ウゥ……!!―
「あ……」
そんな風に夢か現実にいるのか分からないでいるとその声は聞こえて来た。
どうやら、魔王が先程吹き飛ばした一体が態勢を立て直して今、無防備に近い僕に狙いを定めたらしい。
僕にはその声がまるで生きている生命を奪ったことへの弾劾と報いとして、僕自身の生命を代償に奪いに来たものだと聞こえてしまった。
あぁ……仕方ないよね……
僕はその結末を受け容れようとしてしまった。
こんなことをしてしまったことへの罪悪感に耐えられず、この苦しみから解放されるかもしれない安堵にも等しい期待を僕は望んでしまった。
その時だった。
「キュル……」
―ユウキ……―
「……!」
そんな安易な道に走らせないと言うばかりにその小さくか細い声を耳にして、僕は逃避していた現実に引き戻された。
「……ぐっ……
うわぁあぁああぁぁあぁあああああああああ!!!」
僕は再び剣を構え直して魔物と向き直った。
相手の生命を奪うことが恐くて仕方がない。
だけど、それ以上に僕の背後にいるリザを守ることで頭が一杯だった。
「ガアッ!!」
―喰ウッ!!―
「……うぅ……!!」
魔物はかつてのリザと同じく、いや、『憎い』と言う感情ばかりだった彼女とは異なり『喰らう』という感情だけで生きているように思えるようにそれだけを念じて僕とリザに向かって突進して来た。
僕は魔物を殺せることが簡単に出来る事を先程のことで理解しても尚、いや、理解したからこそ僕は怯えた。
「来るな……」
「ガアッ!!」
―喰ウッ!!―
未だに剣を構え、自分とリザの身を守ろうと目の前の魔物と相対し、斬ろうとするが相手の生命を奪うことへの恐怖が僕を包み込み、相手が近付くことを拒絶した。
「来るなぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」
生命を奪うことへの恐怖とそれから逃げられない苦痛、リザを守らなくてはならないというせめぎ合いから心が悲鳴をあげたことで僕は行動とは裏腹にそう叫んだ。
「え?」
「……!?」
「ギッ!?」
突然、身体中から何か力の流れの様なものが僕の身体に走り出した。
そして、その流れは「テロマの剣」へと伝っていき、それに呼応するかのように剣先が白く輝き出した。
……何だこの光……優しい……?
その輝きが放つ光は眩しいものではあったが、同時にまるで暗い闇夜で優しく照らしてくれる月の光のような優しさが伴っていた。
そんな不思議な感覚に陥っている直後だった。
「……!?」
今までイメージでしかなかった力の流れがまるで具現化したかのように剣自体が揺れ出した。
いや、そうじゃない。
力そのものが吹き出し始めて、その反動が剣自体に伝わっているのだ。
「うわっ!?」
余りの反動に柄から手を放しそうになるが、何故か手を離してはいけない気がして、僕は謎の反動で暴れる剣を放すまいと握り続けた。
「グルル……
ガアッ!!」
―ク、ク、ク……
喰ウッ!!―
「う、うわあああああぁあ!!?」
しかし、剣の突然の発光に戸惑い足を止めていた魔物であったが、既に害がないと判断したのか、力の流れに暴走に悪戦苦闘している僕目掛けて再び襲い掛かって来た。
迎撃しように先程から謎の反動でまともに剣を構えることすら出来ず僕は無防備な姿を晒していた。
魔物が真っ直ぐに向かって来ている時だった。
「!?」
今度は身体が一気に力が抜けていくような感覚に陥った。
『この剣は確かに魔族や魔物のような魔力を持つ相手にとっては天敵に等しい上に持ち主を守護する力はある。
だがな、魔力をかなり消費するのだ』
ま、まさか……
魔力の使い過ぎ……!?
「テロマの剣」は魔力を多く消費するという魔王の言葉を思い出すと同時に魔王が僕の強化魔法を解除した際に訪れた脱力感に近いものを感じて僕は二つの意味で焦り出した。
一つはあの魔力の使い過ぎによる反動に対する恐怖だった。
僕は初めての魔法で魔力を使い過ぎたせいで身体がばらばらになるか、破裂するんじゃないかと感じるほどの激痛に襲われた。
二度とあんな事は嫌だ。
そして、もう一つはただ単純に戦闘中における魔力切れによる強化魔法の効果切れへの不安だった。
これが普通の状況ならば別にいいが今は戦闘中だ。
今、戦闘素人の僕が生きていられるのは強化魔法である程度、身体にバリアが張られているからだ。
それなのに目の前で魔物が真っ直ぐに走って来ているのにそれさえもなくなれば確実に僕は死ぬ。
ぐっ……!
こんな時に……
僕は自分の運の無さを嘆きそうになった。
モンスター映画やホラー映画とかで銃を連射し続けて弾丸がなくなった時の兵士はこんな気分なんだろう。
よりにもよって敵が今にも自分を殺そうとして、しかも、背後にはリザまでいるにもかかわらず、戦う術を失うことになったことが恨めしかった。
「ぐっ……!
ウェニア!リザを助け―――!!」
せめて、リザだけでも守りたくて僕は残りの三匹を引き付けている魔王にリザだけでも助けて欲しいと叫んだ瞬間だった。
「―――え」
「ギッ!?」
その異変は突然、訪れた。
何だ……この玉は?
強化魔法が消えて、万事休すかと思った僕の前に不思議な球体の形をしたものが現れた。
それはまつで、占い師が不思議な力を高めるために使うような水晶玉のようなものであったが、ただの水晶玉とは異なっていた。
……何だ、あの渦は……?
その水晶玉の形をしていたものの中には何かが渦巻いていた。
球体の形をしていながらまるで何かが渦巻いたことでその形になったとも見えるし、むしろただ水晶玉の中にその渦が存在しているようにも存在しているようにも思えた。
一体、これは……
そんな特異な物理法則が存在する水晶玉の中を目にしておきながら僕は自然と不安には思わなかった。
むしろ、先程の光に感じたものと同じものを僕は感じていた。
だが、その次の瞬間だった。
「……え」
突如として、ミシミシと軽くも鈍い音が鳴ると同時にそれに合わせるかの様に目の前の球体にガラスに入った様な皹が入った。
そして、その皹はコップから零れた水がテーブルへと伝わっていく様に球体の表面全てに広がっていく。
割れる……!?
その皹は亀裂となり、球体は今にも割れそうになっていた。
僕はこの時、次に何が訪れるのか分からず、佇むしかなかった。
この球体が破裂することでもたらされるのはこの辺り一帯を滅ぼす破壊か、それとも、僕らを救う活路なのだろうか。
しかし、仮令どちらにしても僕の心が救われないことを察してしまった。
そして、僕の諦めに等しい未来に対する予想は今、パリンと軽いながらも鋭い音共に訪れた球体の崩壊によって姿を現そうとしていた。
「ぐっ……!?」
「……!」
「ギィイ!?」
訪れたのは突風だった。
風がまるで波の様に球体が存在している位置を中心から押し寄せ、木も草も魔物も僕たちすらも振るわせ、木々はざわめき、僕らは吹き飛ばされないように踏ん張った。
ば、爆発なのか……?
その現象に僕は球体が招くものは破壊であると感じ取ってしまった。
この現象は僕が目の前の魔物たちを殺すことに恐怖し、逃げたいと願いながらも直ぐに終わって欲しいと思ったことで引き起こされたものなのだろうか。
僕が迷ったせいなのか……?
僕が心を殺してでも戦っていればこんなことにはならなかったと僕は考えてしまい悔やんでしまった。
僕の迷いで僕自身の生命や魔物たちどころか、ウェニアやリザすらも危うくなっている。
その絶望が身体に残されていた全ての力を奪っていった。
……あれ?
しかし、そんな絶望の最中に沈もうとしていると僕はある違和感を感じた。
……爆発しない?
目の前の球体は先程から周囲に風を撒き散らしているが、一向にそれ以上の変化を起こしていない。
爆発じゃないのか……?
風が巻き起こる中、爆発による衝撃もたらす破壊が訪れないことに僕は目の前の球体が爆弾の様なものではないのかもしれないと思い始めた。
じゃあ、これは一体……?
球体の正体が爆弾なのではという推測が外れたことで僕は未だに戦いの最中にいるにもかかわらず、そのことさえ忘れて球体の正体を探ることに気を取られてしまった。
けれども、
「……!?」
光り出した!?
球体の内部に光が生じ、それが中心へと集束し出し球体の中に光の玉が生まれた。
それは次第に大きさを増していき、球体を中から破裂させようとした。
やっぱり、爆弾だったのか!?
球体の中に現れた光の存在にエネルギーの様なものを感じて再び僕は目の前の球体が爆弾であるという不吉な予感がした。
「ウェニア!!伏せろ!!」
僕は残っている力の半分を使う様にそう叫ぶと残りの半分の力を使って殆ど力の入らない身体で後ろに向かって走った。
リザ……!!
このままではリザも爆発に巻き込まれる。
その恐怖を感じて、僕は無意識のうちに行動していた。
リザの身体は小さい、それにリザは怪我をしている。まともに爆風を受ければ間違いなく死ぬ。
せめて、僕がリザを抱え込むか、覆い被されば、少しは盾になれると考えてリザが倒れているところへと走った。
父さん、母さん、風香……
ごめん……
リザを助けようと必死になりながらも自分の命よりも他者の事を優先してしまったことに僕は果てしなく遠い故郷にいる家族へと心の中で謝った。
僕は今、リザを助けたいという衝動的な願いで家族と再会する未来を捨てたということだ。
それはつまり、異世界という行方が掴めない場所に来てしまった僕の行方が永遠に知られることもなく、家族を永遠に苦しませることに他ならない。
そのことを僕は理解しながらもリザの許へ僕は駆け寄った。
「リザ……!!」
ようやく、リザの倒れている所まで辿り着くと僕はリザの小さな身体を両手で包む様に持ち上げた。
「キュル……?」
―ユウキ……?―
「……!
よかった……」
生きてる……
あたたかい……
地面に勢いよく放り投げられながらもリザは確りと生きていた。
リザの身体に触れた瞬間、あの冷たい手と違って僕の手には小さなぬくもりが熱となって手を温めた。
その小さな熱が生きている証であること理解し、リザが生きていることが嬉しかった。
その感動と小さいながらも重いその命を守りたいために即座に訪れるであろう爆発から庇えるようにと腕の中に確りと抱え込んだ。
「ウェニア……!!
君も何処かに隠れてくれ!!」
そして、もう一人。僕は爆風から助けなくてはならない人間に対してそう叫んだ。
ウェニアは僕の恩人だ。
どれだけ偉そうで、悪趣味で、人でなしであろうとも彼女と出会うことが出来なければ僕はリザに殺され、リザもまた孤独と憎悪の中で死んでいた。
少なくても、リザの悲しみを少しでも和らげることで出来たのは僕の短い人生の中で価値があることだと思えた。
それにこの事態を招いたのは僕自身だ。
あの球体は「テロマの剣」から出て来たのだから、僕が原因に違いない筈だ。
自分自身で責任を取るつもりであるし、どうやら目の前の魔物たちはリザと違って話すことすら不可能だ。
彼らを止めることは今の僕には無理だ。
なら、彼らを道連れにしてでも止めて、ウェニアとリザを守るしかない。
それに僕は彼らの仲間を殺してしまった。
僕に出来るのはこれぐらいの事だろう。
本当は死にたくないけど……
僕は刻一刻と迫る死を感じて、本当は自分も生きたいことに気付いてしまった。
魔物を殺してあれだけ罪悪感に苛まれて、自分の全てが穢れてしまった気になり、死こそ救いだと思いながらも結局は僕は生きたいと願ってしまった。
他らの命を奪ってしまった僕にそんな資格すらあるのか分からないが僕は生きたかった。
けれども、それは叶わないだろう。
僕はリザが爆風で傷つかないようにリザをさらに強く抱きしめた。
「ユウキ」
「ウェニア!?
何しているんだ!?早くここから離れるんだ!!」
そんな風が吹き荒れ、爆風による圧力と爆炎による熱の破壊が今に来そうな中でウェニアはその黒い髪を靡かせながら悠然としていた。
ウェニアは未だにこの場から離れようとしないことに僕は何度目かの焦りを覚え、直ぐにこの場から離れることを叫んだ。
このままでは僕のせいでウェニアが死んでしまう。
そのことへの恐怖を僕は抱いてしまった。
たった三日にも満たない関係にもかかわらず、僕はウェニアに生きていて欲しいと願ってしまった。
「大丈夫だ」
「……え」
そんな僕の不安とは裏腹にウェニアは全く動揺を見せず、ただ気を抜く素振りは見せてはいなかったが、その声音と目は僕を安心させようとしている静けさが宿っていた。
彼女の姿はまるで、夏空の下で草原に佇んてそよ風を感じる少女を思わせ、一種の芸術性すらも感じさせた。
この戦闘と危機的状況を一瞬忘れさせる程に美しく見えてしまった。
「大丈夫って……」
ウェニアのその落ち着きと美しさによって、冷静さを多少は取り戻せたが、それでもあの球体が爆弾に近い何かであると思っていることから、僕は彼女の冷静さに戸惑いを覚えてしまった。
一体、彼女は何を根拠にそう断言しているのだろうか。
「あ」
ウェニアの冷静な姿に気を取られている球体の中の光が、まるで水風船の中の水の様に質量を持ったのか、球体の周囲を押し出し破裂させようとした。
けれども、不思議だった。
ウェニアにああ言われたことで僕は自然と不安がなくなっていた。
割れる……
そして、球体の表面が決壊した。
「……っ!?」
中の光は遂に外に溢れ出した。
その眩い光に僕はウェニアに『大丈夫』と言われながらも反射的に目を閉じ、そして、身体に力を入れてしまった。
そして、瞼の裏に光を感じ辺り一帯に光が満ちたと思った時だった。
あれ……?
僕はとある違和感を抱いた。




