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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第一章「王との契約」
20/151

第十九話「生きることの難しさ」

「当たり前であろう?

 こやつは我が軍を起こす前に我が旗下に加わったのだ。

 これは十分に功に値する。

 それにこやつが案内したことで我らは軍を起こす目処が立ったのだ。

 これらのことには報いねば、王の名が廃る」


「そ、そうか……」


 魔王は理路整然に大トカゲの功績を称えた。

 確かに未だに戦力も整っていないのに戦力として加わるのはかなり貴重だ。

 例えるのならば、三国志の劉備の関羽や張飛や簡雍、曹操の夏侯惇や夏侯淵、曹仁や曹洪、日本の戦国時代なら織田信長の前田利家や丹羽長秀、佐々成政、池田恒興、豊臣秀吉の蜂須賀小六や豊臣秀長のような存在だ。

 割とこういった人間の存在は重要だ。

 それに僕としても大トカゲの存在はありがたい。

 何よりも大トカゲが案内してくれたことで軍資金を調達できたのは紛れもない事実だ。

 これは大手柄だ。

 考えてみると、この魔王は口調がきついだけでそこら辺のブラック企業の上司よりもホワイトなのかもしれない。


「あれ?ちょっと待て。

 その理屈だと僕はどうなるんだ?」


 しかし、ふと思った。

 僕の功績もまぐれながらも、大トカゲとは殆ど結果は同じ筈だ。

 そうなると僕にも褒美が在ってもいいのでは。


「何を言う。

 貴様には「テロマの剣」と「魔法を扱える術」を授けたではないか?

 もう忘れたのか?

 それに貴様の世界に帰還させる術を助けることも確約したであろう?」


「え……マジかよ……」


 しかし、魔王は既に僕には「テロマの剣」と魔法を扱えるようにしたこと、帰還の手伝いをすることが褒美であるとした。

 僕はそのことに少しがっかりした。

 確かに後者二つは嬉しいが、そもそも「テロマの剣」は僕が大トカゲに貰った品だし、何よりも僕は刀剣マニアでもないのであまり価値を感じないのだ。

 例えると、カードゲームのレアカードをそれを集めていない人間にプレゼントしたようなものだ。

 何と言うか、釈然としない。


 自覚してなかったけど僕も割と欲張りだな……


 今の自分の姿を改めて考えてみると僕は自分の強欲さを自嘲してしまった。


「ほう?何だ?

 貴様も欲が出て来たか?」


「………………」


 魔王に図星を突かれて僕は急に恥ずかしくなった。

 他者がものを貰ったからと言って、それが羨ましくなったからと言って不満を漏らすなんてことが恥ずかしいことだということは他の誰よりも僕は理解しているつもりだった。

 それなのに僕はそれをやってしまっている。

 それが恥ずかしくないはずがないのだ。


「よいぞ?」


「え?」


 しかし、魔王はそんな僕の自分の浅ましさへの自虐をよそにしてそれを善しとした。


「他者を羨むのはまあ、多少は恥かもしれぬが、そこまで気に病むことはない。

 嫉妬やら羨望やらを抱かないのは一握りの人間だけだ。

 逆に言えば、貴様は健全なのだ。

 胸を張れ」


「あ……」


 魔王は迷宮で語った人間の営みを見守るような口調で僕を諭した。


「むしろ、貴様をそう思わせて来た無自覚な輩こそ、責められるべきだな」


「え!?いや、それはいくら何でも……」


 一方的に嫉妬しているのにそれを居直って相手の方が悪いと思い込めるほど、僕は厚かましくなくて、魔王の言葉に戸惑ってしまった。

 それを見て、魔王は


「ハッハハハハ!!

 やっぱり、貴様は生真面目だな?

 だが、その悔しさを忘れるなよ?」


「え?あ、うん……」


 僕が逆恨みに等しい嫉妬を言われるままに正当化しなかったことに対して腹を立てることなく愉快そうに笑い飛ばした。

 ただ羨ましがることだけを大事にしろとだけを伝えている様だった。


 向上心を持てと言うことかな……?


 確かにテストの点が他人より低いことに対して、最初から勝てないと諦めて腐る人間よりは努力している人間の方がマシなのは一応、僕も理解している。

 ただその努力が笑われることに恐怖しているのが僕の意気地なしな所だけど。

 よく、『他人からの言葉なんて気にするな』と言った言葉があるけれど、僕みたいな弱い人間はどうしても気にしてしまうものだ。


 ……せめて、クラスの連中みたいにはならないようにしよう……


 きっと、僕も力を得たら増長してしまう時があるのかもしれない。

 でも、それだけは何というか、嫌だ。

 なるべく出来る限りのことをしようと思った。


 ……我ながら小市民的だな……


 目の前に魔王という規格外の大物がいるせいで多少惨めさも感じるけれども、だからといってそこに恨みは感じはしない。

 目の前のこいつは何故か鈴子たちと違って僕は嫉妬できないのだ。


 この時点で無意識のうちに勝てないと諦めているんだろうな……


 そもそも競う必要もないけれど、なんとか勝てそうな相手だけにしか対抗意識を燃やさない自分が情けなくなってきた。


 いや……所構わずに嫉妬するような人間にはなりたくはないけど……


 ()()()()()()()()

 自分の小物さと人生と人間の心を感じて僕はそう思った。


「……ちょっと、待った。

 一ついいか?」


「どうした?」


 ようやく、気持ちに整理がついた時だった。

 僕はあることに気付いた。


「褒美を取らせるのはいいけどさ……

 大トカゲに何をあげるつもりなんだよ?」


 それは大トカゲへの褒美だった。

 大トカゲは人間じゃない。 

 どちらかと言えば、動物に近い。

 動物に宝石を与えても動物にとってそれが喜ぶべきものだろうか。

 『猫に小判』。『豚に真珠』といった言葉がある様に動物は貴金属や装飾品といったものへの関心は低い筈だ。

 確かに大トカゲは学習能力の高さで宝の価値は知っていても、それを大トカゲが欲しいと思うだろうか。


「ふん、安心せよ。

 それ位は心得ている」


「え?じゃあ、何を……?」


 魔王は既に僕の言わんとしていることなど百も承知と理解しており最後まで聞かなかった。

 しかし、尚更僕は気になってしまい魔王が一体、何を大トカゲに与えるつもりなのかを訊ねてしまった。


「まあ、見ておれ」


 魔王はそんな僕の疑問に対して行動で示すと言った風に大トカゲの方へと向き直り


「いいか。我が今から与えようとするものはある種、貴様にとっては()()()()()()()()()()かもしれぬ……

 それでもよいか?」


「ガル……?」


―え……?―


 ()()……?


 魔王は大トカゲに向かって褒美と言う言葉とは真逆に位置するかもしれない「恥辱」という言葉をぶつけた。

 一体、魔王は何をしようとしているのだろうか。


「だが、これだけは約束する。

 恐らく、我が貴様に与えるそれは貴様に一時の平穏を与え続けることになることをな」


「ガル……?」


―平穏……?―


 こいつ、一体何を……


 魔王はそう約束した。

 それは噓偽りがない様に見えた。

 少なくとも、僕が交わした契約や魔法を行使した時と比べると裏はなさそうだ。

 本気で魔王は大トカゲの功績に報いようとしている。

 となると、今の魔王の言っている言葉は限りなく言葉通りのものなのだろう。


「さあ、どうする?」


 魔王は大トカゲに褒美を受け取るか、固辞するかを訊ねた。

 それは魔王なりの誠実さにも思えた。


「………………」


 大トカゲは再び迷った。

 続け様に出された魔王の問いにきっと大トカゲも戸惑いの連続なのだろう。

 矢継ぎ早に求められる自らの選択。

 それも恐らく、その全てが自らの運命に関わっていく内容だ。

 そんな重大なことばかりを投げかけられ続けるなどその重圧は計り知れないものだろう。

 けれども


「ガル……!」


 大トカゲは何かを決心した様に強く鳴いた。

 それはつまり


「そうか……

 よかろう!貴様に褒美を与える!」


 大トカゲは平穏を望んだことを意味している。

 大トカゲは自らの意思で再び自分の進む道を決めたのだ。


 ……いいなぁ


 僕はその姿が眩しかった。

 大トカゲは自ら進んでその道を選んだ。

 それなのに僕はどこか魔王に言われるままにしか行動していない気がしたのだ。

 ただ後ろめたさばかりが残って、情けない選択ばかりを僕はしている。

 そんな僕と比べると、大トカゲがかっこよく思えてしまった。


「しばし、じっとしておれ」


「……?」


「ガル……?」


 魔王は大トカゲにそう言って手をかざしだした。


 あれ?

 この光景……


 僕は魔王の奇妙な仕草を見て何か見覚えがある気がした。


「あ!?」


 直ぐに僕はその既視感の正体に気付いてしまった。

 そして、その直後だった。


「ガル……!?」


 突然、大トカゲの周囲に12個の青い炎が発生しそれらが円を描くように移動し始めた。

 最初に炎が30度ずつ移るとそれらは円を狭める様に円の内側へと進み、再び30ズレると前に進んだ。

 そして、30度移ってまたそれの繰り返しかと思った時、今度は12時、3時、6時、9時の三の倍数の方角に炎が集約し大きな炎となった。

 それは僕が初めて魔王と出会った時に魔王が僕の手を握り、契約を交わした際に出て来た魔法陣と同じ動きだった。


「これが褒美だ」


 魔王がそう呟くとそれらの炎は消え去り、炎が辿った路が光り出し大トカゲの身体を光が包み込んだ。


 やっぱり、魔法か……!?


 そして、僕が見覚えがあると思った魔王の仕草。

 それは魔王はあの宝の海で見せた宝の海を自らの創り出した異空間に収納した時のものだったのだ。


「グッ……!

 お前、何を……!?」


 辺り一帯に眩い光と強い風が溢れ大トカゲの姿が見えなくなり僕は思わず魔王に突っかかってしまった。

 どう見ても魔王が大トカゲに何かしらの魔法を施そうとしているのは見える。

 大トカゲは僕らを信じて付いて行くと言った、

 それに大トカゲのお陰で軍資金を手にすることが出来た。

 何よりも僕は大トカゲに生きて欲しいと願った。

 だから、大トカゲの安否が一刻も早く知りたかった。


「案ずるな……

 もうすぐ、終わる」


「……え?」


 魔王は僕の方へと振り向くことなく自身に満ち溢れた横顔を見せた。

 その表情を目にして僕は言葉が続かなかった。

 確かに不敵な笑みを浮かべているが、それは決して何かを傷付けたりする時にする様な目じゃなかった。

 それを見て、何故か僕は魔王がしようとしていることに疑念を抱くのを止めてしまった。

 僕が考えるのを止めると


「これでよい」


「……?」


 魔王は手を降ろした。

 すると、先ほどまで迸っていた光や風と言った数多くの力の流れが一瞬に止んだことを僕は肌身に感じた。

 僕はそれを受けて、大トカゲがいた方へと目を向けた。


「……え?」


 しかし、そこに大トカゲの姿はなかった。

 あれ程、大きくて恐竜に見間違えたり、僕の世界で偶然人目に付いたらUMA扱いされそうな巨大な爬虫類の姿が煙になって消えたかのように見当たらなかった。


「お、おい……

 あいつは何処に行ったんだよ……」


 僕は不安になって訊ねてしまった。


「お前、『案ずるな』て言ったよな?

 何処にいるんだよ?」


 魔王は先程、心配する必要はないと豪語した。

 けれど、あの強大な力が渦巻いた魔法の中へと消えていった大トカゲの姿を見つけることが出来ず、僕は縋る様に求めた。

 考えられるとすれば、「亜空間魔法」だが、こいつは創り出した空間の中に『生き物は入れられない』と説明した。

 一体、大トカゲは何処へと行ったのだろう。

 一刻も早く、僕は大トカゲの安否を知りたかった。


「ははは。

 貴様も案外、いや、そうでもないか。

 そそっかしいのだな?」


「はい……?」


 魔王はまるで僕のことを揶揄う様に笑い飛ばした。


「よく見てみよ」


「よく見ろって……

 ん?」


 魔王に言われるままに僕はもう一度、視線を目の前に戻してみると先ほどは気付かなかったものに気付いてしまった。


「ミュ……?ミュ……?」


―エ……?エ……?―


「ん!?」


 そこには一匹の小さなトカゲがいた。

 その小さなトカゲは辺りをきょろきょろと見回し、困惑しているように見え、実際に例の声で戸惑っていることが裏付けされた。

 この小動物染みた小さなトカゲは間違いなく大トカゲだ。


「お、おい……

 まさか……」


 僕は目の前に存在する事実を目にして何が起きたのか僅かながら察することは出来たが、それが余りにも信じられないことであったために未だにそのことを受け容れられず、魔王に恐る恐る訊ねてしまった。


「些か、あの巨体では不便だと思って小さくさせてもらった」


「はあ!?」


 魔王は躊躇いなく僕の思っていた通りの答えをそのまま答えた。

 こいつは今、普通じゃあり得ないことをやってのけたのだ。


「どうやって、あの大きさの大トカゲをこんな肩に乗せやすい大きさに変えたんだよ!?」


 僕が大トカゲの存在に気付けなかったのはサイズの固定観念で現実を認識できなかったからだろう。

 あの恐竜と見間違えるほどのサイズの大トカゲをこいつは栗鼠と同じくらいの大きさに変えたのだろう。

 いくら魔王がある世界でもこれはあり得ないはずだ。


「あ~、成程、貴様はこの事()知らなかったのか」


 そんな僕の狼狽ぶりを見て魔王はやれやれと言った感じと少し愉快そうな感じが混ざった表情をした。


「……おい、待て。

 まさか、これもこの世界では「常識」なのか?」


 今まで見て来た魔王の態度と『も』と言う接続詞から目の前で魔王が起こして見せた魔法はこの世界では当たり前のものであるということを僕は予測してしまった。

 しかも、先ほどの魔王の説明から「超越魔法」ではないことから、今のは通常の魔法らしい。

 つまりはこれはこの世界においては()()()()()でしかないらしい。


「……ふむ。どうやら、この世界と貴様のいた世界にはそれぞれ異なる「理」があるらしいな」


「……?

 どういうことだ?」


 そんな僕の反応を見て、魔王は何か深く考え込みだした。


「先ほど、我が説明した「魂」や「魔法」、「魔族」、「幻想種」……

 そして、「魔物」。それらを貴様は知らなかったであろう?」


「……え?まあ、それはそうだけど……

 それがどうしたんだよ?」


 魔王は今、気付いたらしい事実に説得力を持たせるために僕の世界には馴染みがなかったり、概念が異なっていたり、名前だけしかないものであったり、そもそも言葉すらもないこの世界に存在する固有名詞を羅列した。


「ほう?あまり、驚かないのだな?」


「……違う世界なんだから僕の知らないことがあっても仕方ないだろ?

 それにこの世界に来てから色々とそういった異常現象とかを見て、ある程度は慣れたよ」


 しかし、そんなことは当たり前だ。

 テレビやインターネットが普及した現代では実感が湧かないけど、僕たちの世界でも外国どころか日本国内の食文化や言語、風習はそれぞれ違っていることでまるで別世界に思うことだったあるはずだ。

 それが「異世界」となれば、さらに深みを増す。

 僕はこの世界の「常識」を知らないのは当然だ。

 魔王は僕が余り驚かないことには意外に思ったらしいが。


「……成程な。

 では、「魔法」を含めた貴様の世界になかったものは貴様の「理」としては存在していたか?」


「……あ」


 けれども、僕は失念していた。

 確かに文化には違いがあるのは人間社会ならば当たり前だ。

 だけど、それが「理」、つまりは「法則」となれば別の意味になってくることを。


「……()()()()()()()()()……」


 「異世界」だと思って僕はあまりに大き過ぎる違いの意味を理解していなかった。

 僕のいた世界でも言語や歴史、文化は違ってもそれでもそこら辺に存在する「自然法則」は普遍だ。


「そうだ。

 ならば、この世界(ザナ)と貴様のいた世界の「理」。

 その双方の違いが意味するものはなんであろうな?」


「それは……」


 この世界でも僕のいた世界での「自然法則」は共通しているところが多くある。

 しかし、それでも異なる部分があるということはそこには何かしらの意味があると魔王は考えているらしい。


 「元素」の概念が存在するのに何か大きな違いあるんだよな……


 僕は「元素」の存在からこの世界が僕のいた世界と大して変わらないと考えていた。

 となるとこの世界と僕のいた世界との最大の違いは


「「魔力」かな……?」


 「魔力」の存在だ。

 「魔力」を始めとした「魔法」、「魔族」、「魔物」、「幻想種」。

 それら全てには「魔力」が大きく関わっている。

 となると、この世界が僕たちと違う歴史や科学、文明を辿って来たのは僕たちの世界にはなかった「魔力」の存在があるからじゃないからだろうか。


「……やはりか。

 だが、そうなると一つ解せぬことがある」


「……?

 それって?」


 やはり、魔王は僕が考え付いたことはとっくのとうに解かり切っていたらしい。

 しかし、そんな魔王でも理解できないことがあるらしい。


「何故、異なる「理」の世界の貴様が「魔力」を持っているのだ?」


「え」


 魔王は不思議そうに訊ねた。

 それを受けて僕は一瞬、その意味が理解できなかったがその直後にその疑問の意味を理解してしまった。


 そう言えば、そうだ……


 僕たちの世界には「魔法」も「魔力」も「魔物」も存在しなかった。

 なのに僕やクラスの連中は何故か「魔力」を持っており、連中に至っては「魔法」を使えている。

 これは明らかにおかしい。

 仮に僕たちの世界に「魔力」が存在するのであれば、「魔法」も存在することになる。

 しかし、僕たちの世界ではオカルトなどの非常に存在が不確かな概念くらいしか似たようなものがない。

 神話や童話などでは度々出て来るが、それでも実際の歴史や出来事とは異なることからそれは怪しい。

 仮に「魔力」や「魔法」が僕たちの世界に存在するならば、今でも「魔法」は世界中の至る所で確認されているはずだ。

 なのにこの世界に来てから途端に使えるようになるのは明らかに不自然だ。


 「魔法」を使える手段がなかっただけか……?


 考えられるとすれば、先程までの僕みたいに魔法を使うその土台が出来上がっていなかっただけなのかもしれない。

 それが現状で考えられる予想の中で最も説得力があるものだろう。

 となると、僕らの世界にも「魔力」は存在していることになる。


「「魔法」を使う手段がなかっただけじゃ……?」


「……やはり、そうなるか」


 僕は考え付いたことをありのままに口に出した。

 魔王は珍しく、何か納得がいかないような肯定をした。

 それはまるで、この違いがただそれだけで終わらない根本的なものだと疑っている様だった。


「……で、今回の大トカゲのことだけど……

 どうして、こいつをこんなに小さくできたんだ?」


 色々と疑問が残る議論だったけれど、それでも僕は今目の前で起きた大トカゲのサイズが小さくなった原理が知りたかったので魔王に訊ねた。

 大きさの変更なんて、少なくても今の科学的に無理だ。

 そもそも、人間を含めた生物は極論で言ってしまえば、身体は全て元素で出来ているし、一種の設計図に等しい。

 皮膚も内臓も、骨も血液もそのパーツだ。

 そんな設計図をただ縮小しただけではどこかしらに不具合が発生して生命活動を維持できないはずだ。

 だから、医学はそんなデリケートな生命を救うために発達したはずだ。

 それなのに見た所、大トカゲは小さくなった点以外には全く問題点が見られない。

 一体、どういった原理何だろう。


「……そうであったな。

 では、その問いに答えよう。

 それはこやつが「魔物」だからだ」


「……「魔物」だから……?」


 僕が本来の話題に戻すと魔王は未だに考え込んでいたが、すぐに僕の質問に答えた。

 ただその答えの意味がこの世界の知識が欠けている僕には意味が分からなかった。


「……そうだな。

 そもそも貴様は「魔物」がどういったものなのかも知らなかったな。

 簡単に言えば、「魔物」とは肉体が魔力化した生物のことを言うのだ」


「えっ!?

 「魔物」で種族みたいなものじゃないのか!?」


「この世界の生物は身体が魔力化すれば、魔物になるのだ。

 仮令、どのような生物であろうとな」


 イメージしていたものと異なる事実に僕は驚くことしか出来なかった。

 僕は魔物は僕の世界でいう「哺乳類」や「爬虫類」、「鳥類」みたいな生物の分類の一つだと思っていた。

 今の魔物の説明ではまるで


「なんか、()()みたいだな……?」


 何かしらの「病気」みたいに思えてしまった。

 何でそう思えたのか自分でも分からない。

 しかし、生物がその分類問わずに「魔物」になるのならば、それは答えになっていないが『身体が魔力化する』という「症状」が出た「病気」と言っても過言ではない気がしたのだ。


「……「病」だと?」


「……?」


 「病気」という僕の例え方を耳にして魔王は何時もの様に悠然と構えるのではなく、驚きに満ちた顔をした。


「え?だって、生きているならどんな生物でも魔物化するんだろ?

 それって、つまりはウィル―――、病原菌に感染したりして、身体が壊れたりするのと変わらないんじゃ……?」


 魔王のその表情を受けて、僕は思ったことを伝えた。

 病気にも多くの種類があるのは僕も知っている。

 その中には普段の不摂生による生活習慣病やウィルス性のものや細菌性の感染症、公害等といったものある。

 けれど、一つ確かなのはそれらは全て人間だけでなく、生き物全てを苦しめ最終的に死に至らしめるものが大半だ。

 少なくても、その生き物にとっては平等とも言えるこれらの恐るべき脅威と魔物化は「平等」という点においては同じに感じた。

 僕は魔物は独自に進化を遂げた生物だと思っていた。

 けれど、それは違っていて何かしらの影響によって異常を来たして変化した生き物だったという事実に僕は衝撃を受けてしまった。


「初めてだ……

 その様な考え方は……」


「え……?」


 魔王は未だに呆然としていた。

 それ程までに僕の例え方は衝撃的だったのだろうか。


 あれ?

 待てよ……生き物ならば……?


 その時、僕は恐ろしいことに気づきかけてしまった気がした。

 そして、それを僕の理性と心は気付いてはいけないと警告すらもしている気がした。


「……!?」


 けれども、僕の頭にその考えは浮かんでしまった。


「な、なあ……?

 「魔物」て身体が魔力化した生き物なんだよな……?」


 僕は恐る恐るその事実を確認した。


「……そうだ。

 だから、我はあやつのことを小さくできた。

 元より肉体らしい肉体ではなく、魔力が意思を持ったような存在だからな」


 魔王は否定せず、同時に大トカゲのサイズを小さくできた仕組みを明かした。

 どうやら、魔物には肉体らしい肉体はないらしく、内臓などといった存在もあやふやらしい。

 だから、身体の縮尺を操作しても異常を来たさないらしい。

 そう言えば、クラスの連中が魔物を惨殺しても死体は残ることなく消滅していた。

 これで魔物の概念は大体理解できた。

 しかし、それを知ってもなお、今、僕が疑問に思っていることは恐ろしいことだった。


「じゃあ……

 ()()()……魔物になったりするのか……?」


 知らない方が幸福だと無意識に警鐘を鳴っているのを僕は感じていた。

 けれど、僕は知らなくてはならないと感じた。

 魔物になることがこの世界に生きる全ての生き物に関わるのならば、当然ながらそれは人間も入るはずだ。

 よく文明や自然を区別して人間を自然から独立した存在だと思っている人間だと言う人もいるけれど、人間も所詮は生き物で自然の一部だ。

 だから、人間も十分、魔物になる要素はあるはずだ。

 僕は恐る恐る答えを待った。

 それが僕の杞憂に過ぎないと祈りながら。


「……それを知って、どうする?」


「……!?」


 僕の問いに対する答えを魔王は明らかにしようとしなかった。

 けれど、それが意味することは理解できてしまった。


 「……黙っているつもりだったのか……!?」


 魔王は僕が気付かなかければ、このことを明かすつもりはなかったのだ。

 魔王は否定しなかった。

 それはつまり、()()()()()()()()ということだ。

 この女は僕の想像が間違いであれば、即座に否定したはずだ。

 けれど、そうしなかった。

 つまり、僕の考えが事実であるということだ。


「こんな重要なことをどうして、隠そうとしたんだ……!?」


 僕は今でも魔物を殺すことに躊躇いを抱いている。

 いや、それは大トカゲの声を知ったことや大トカゲと解り合えたことでさらに深まった。

 そのうえ、魔物の真実を知ったことで僕はどうしようもなかった。

 違う動物に等しかった魔物ですら殺すことが怖いのに、その中に人間であったものまで含まれるとならばそれは違う意味のことになってしまう。


 それは()()()だろ……!!


 魔王に僕は協力すると言った。

 それは当然、戦争も含まれるはずだ。

 どんなに言い繕っても「殺し」は「殺し」だ。

 そこにどんな理由があってもそれだけは変わらない。

 けれども、僕が最も恐れているのは、いや、許せないのは


「僕にそのことを自覚させないままやらせるつもりだったのか!?」


「……!?」


 知らないうちに罪を背負わされることだった。

 結局の所、僕が元の世界に戻るにはこの魔王を手伝う必要がある。

 その際には汚いことに手を染めなくてはならないことだって理解している。


「……どうして、自覚する必要がある?」


 魔王は心底信じられないといった表情をしていた。


「……お前を手伝うってことはお前の進む先にはたくさん血が流れることになるだろ……?

 それぐらいのことだって、僕にはわかるよ……」


「……後方で支援するという在り方もあるが?」


「大差ないよ……

 どれだけ距離が離れていても関係ない……

 相手の生命を奪うことに距離なんて関係ないよ……」


「………………」


 魔王は実際に戦場で戦うのではなく、後方で事務でもやらせようと持ち掛けて来たが僕はそれを断った。

 王に仕えるということは要するに政治に関わることだ。

 そして、結局の所、そこには戦争などの国がやらなきゃいけないことで生死が関わってくる。

 でも、それは直接的なものだけではなく、間接的なものだってある。

 そして、それは


「……お前が守るべき民だって、そういった犠牲の上で成り立っているんだろ?」


「……なっ!?」


 政治に直接関係ない民衆にだって同じことだ。

 責任の重さや軽さは関係ない。

 けれど、王や政府、兵士が戦うのは何よりも民の安全や暮らしを考えてのことなのが大前提のはずだ。

 勿論、目の前の魔王の様に覇道云々と言った理由で戦争を引き起こす奴だっている。

 それでも、軍や政府の在り方は結局の所、国やそこに住む民を守る存在であるのは間違いではないはずだ。

 自分たちの生活を守るために誰かの血が流れる。

 それが見えるか、見えないかの違いだ。

 そこには距離も立場も責任も関係ないと僕は感じてしまっている。


「それにさ……

 僕は元の世界に帰るためにこれから、色々と酷いこともしなくちゃいけないし、協力するしかないだろ……?

 十分、悪党だよ……僕は……」


「……貴様」


 何よりも僕は元の世界に戻るために色々なものを犠牲にしていくはずだ。

 その過程で失われる数々のものに僕は間違いなく関わってくる。

 それなのに直接殺していないからと言って、自分は悪くないとどうして思える。


「それにお前、言っただろ……?

 僕は『背負わなくてもいい罪まで背負うとする』って……

 だから、今のうちに知っておいた方がいいだけなんだよ……」


 結局の所、僕の性格じゃ自分に言い訳なんてできるはずがない。

 後で真実を知って、その罪悪感に押し潰される可能性だってある。

 だから


「……結局、僕も自分が可愛いだけなんだよ……」


 僕は先に知っておきたかった。

 後で知って後悔するよりもある程度の覚悟をしておいた方が良かったのだ。

 それが何の意味のない独り善がりな考えだと理解しながらも僕は()()()()()()()()()()()()()()()



「……そうであったな。

 貴様はそういう男であったな……」


 魔王は一瞬、困惑したが目を瞑ると自分が指摘した僕の性質を思い出し仕方なさそうに微笑んだ。


「だが、それを聞いて、益々貴様に興味を抱いたぞ」


「……?」


 今までの困惑など何処に行ったのか、魔王は


「貴様がどう()()()()()()のかをな?」


「……!」


 興味深そうに再び僕への期待に満ちた目を向けてそう言った。


()()……()()()()……?」


「……このことはなるべくなら、心に刻んでおけ」


「……え?あ、ああ……」


 魔王の言葉に僕は戸惑いを抱きながらも頷いた。


 『()()()()()()』……か……


 辛うじて僕はまだ死と巡り会っていない。

 しかし、何時かはその時が来る。

 それがただの魔物なのか、魔物となって人間なのかは分からない。

 けれど、この世界で生きていくのならば、いや、そもそも生きている時点でいつの間にか訪れるのかもしれない。


 ()()()()()……()()()()……


 改めて僕は感じた。

 ()()()()()()()()()

 それは生きていくかではなく、生きていくうえでしなければならないことの難しさのことだ。

 きっと、こんなことを考えること自体が馬鹿なのかもしれないし、考え過ぎなのかもしれない。


 無駄なことかもしれないけどね……


 僕は心の中で自嘲した。


「ミャー……」


―アノ……―


「あ……

 ごめん、放っておいて」


 そんな風に魔物の真実を知った後に僕は悩んでしまい、当事者である大トカゲのことを放置してしまっていた。

 いや、もう既に大きくはないけど。


「え~と……」


 一つ、僕は困ったことに気付いてしまった。


 ……何て呼べばいいんだ?


 そう、僕は大トカゲの名前を知らない。

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