第一話「目を閉じて開いた先には」
更新するの遅れて本当に申し訳ございません。
「ん……?」
二度と目に入れることもないと思っていた、いや、正確には知覚すらもしないと思っていた「視覚」と言うものを感じて我は不思議な気持ちに浸った。
「……勇者との死闘は……一炊の夢であったか?」
次に我が視界と言うものを再び感じて怪訝に感じたのは先ほどまで繰り広げられていた勇者との戦いが跡形もないことへの奇妙さであった。
我が勇者と斬り合ったことで生じた柱や壁、床の無数の疵。
我が配下の囲いを突破して勇者の仲間たちが合流したことで形成が不利になったことで我は魔獣となり暴れたのだが、その形跡すら見当たらない。
一瞬だけ、目を瞑っていたはずなのだがこれは一体、どういうことなのだろうか。
死を迎えた時は眠りに落ちるよりも容易いとは思っていたが、これではまるで全てが夢の様だ。
「……もしや、我が魔王で世界を征服しようとしたのも夢なのか?」
あまりにも唐突な出来事に我は一抹の不安を覚えた。
あれだけの人生を夢だとされたら我はただただ虚しい。
確かに苦しみもあった人生であった。
だが、同時にあの世界を駆け抜けようとした疾走もまた捨てがたきものであった。
それを夢と言われても納得がいかない。
「……ここはどこだ?」
よく見ると、我が目を覚ましたこの場は勇者と戦っていた地ではない。
我は確かに神殿で戦っていたが、このような陽の光も差さない場所ではない。
湿った空気と冷えた空気からここが地下なのが窺える。
今までの戦いの痕跡が何一つないことに我は
「……魔王でなければ我は何者だ?」
たった一つの存在価値にすら自信を持てなくなってきた。
生まれた時から双子の妹と異なり忌み嫌われ、村人には石を投げつけられ、母には見向きもされなかった我はただ「魔王」と言われるだけだった。
我は「魔王」のはずだ。
だから、母や村の住人にも、世界の全てから憎悪されたはずだ。
「……ん?」
自分の存在自体にもすら不安を覚えていた時だった。
我はそれを感じ取った。
「……なんだ、この魔力の量は」
どこからともかく、多大な魔力が流れてくるのを感じ取った。
「これでは「幻想種」と同じではないか?」
今、流れてきている魔力の量はこの世界で最も尊く偉大で忌々しい種族が生まれながらに所持するものと同じだ。
となると、これは相当な「魔族」ないしは「魔物」が近くにいることを物語っている。
そして、同時に
「……ほう?これは……」
―生きたい―
「強い生への願望だな……」
我の心に魔力と共に流れて来た『生きたい』と言う願いが響き渡った。
「ふむ……」
我は手を確認しながら自らの魔力を確認した。
物足りなさを感じていたが、やはり今の我は全盛期の一%にも満たないほどに弱体化している。
それに手駒が足りない。
使い魔も得られる。
「ククク……好都合だな……」
「ぐっ……」
「シィー」
目の前の巨大なトカゲのような魔物に強烈な一撃を貰って僕は壁に叩きつけられた。
今まで経験したこともない痛みだった。
骨が何本か折れた気がする。
「クソ……」
僕は自分を殺そうとしている魔物よりも自分を見捨てた同級生や勝手に呼び出しておいて戦いを強要させておいて戦えないからと言って存外に扱った王国への憎しみと怒りを込めて悪態をついた。
死にたくない……
こんな訳の分からない世界に勝手に呼び出されて元の世界に戻ることもできないのに死ぬなんて真っ平ごめんだ。
くそっ……!動けよ……!
僕は怪我と痛みで動けない身体に言い聞かせるように無駄だと思っても見苦しいともわかっていても乞う様に念じた。
まだ、親孝行もできていないのに……
風香とももう一度会えていないのに……!
普通の一般家庭に生まれ育った僕にとっては家族は大切な存在だ。
この世界の時間とあっちの世界の時間が同じかは分からない。
それでも僕がこんなところで死んだら、それこそ親不孝なんてものじゃない。
生きたい……!
僕はそれだけを想った。
すると
―ほう?中々の魔力の持ち主だが……この実力のなさはなんだ?―
「……なんだ?」
突然、声が聞こえて来た。とうとう、幻聴まで聞こえて来たらしい。もう本当にダメなのかもしれない。
その声はとても偉そうだった。
そして、僕がこの世界に来てから何度も聞かされた言葉もその声は言った。
『何じゃこやつは!?
魔力だけありおって!!』
『魔物の類に違いない!!』
『そうだ!そうだ!』
呼び出された王国の人間からは謂れのない罵倒を浴びせられて、皆がいい暮らしをしているのに僕だけが酷い扱いを受けた光景。
『うわ、本当に役立たずだな』
『言っちゃ悪いて……』
『少し、勉強ができるからって調子乗ってだけじゃね?』
この世界に来てから不思議なスキルの恩恵や秘めたる才能とやらの影響で優越感に浸った同級生に僕は散々な屈辱を受けた光景。
『私、ゆうちゃんのことを守るから』
そして、魔物が魔力を狙う性質上から、今、目の前にいる魔物が強すぎることから囮に使われた僕のことを見捨てた幼馴染の守れもしない約束。
それらの記憶が走馬灯のように駆け巡った。
「うざい……」
何で死にたくもないのに死にそうなのに嫌なことを思い出さなきゃいけないんだろうか。
ただでえ、今まで辛かったのになんで辛い思い出だけを思い出して死ななきゃいけない。
思い出せるのならば、家族のことを思い出したかった。
僕には安らかな死すら与えれないのか。
「ふざけるな……!!」
僕はその謎の声に怒りをぶつけた。
「人を勝手な理由で呼びつけておいて、使えないからって捨てる……!!
ふざけんなよっ!!!
ありのままに感情を吐いた。
それを謎の声に、いや、この世界にぶつけた。
もう相手が幻聴であろうと関係ない。
僕はただただ怒鳴りたかった。
―ほう?そんなにも生きたいか?―
そんな時、謎の声がそう問いかけて来た。
「当たり前だろ……そんなこと……」
言い捨てる様にそう答えた。
自殺願望がある奴ならともかく、僕は生きたい。
死ぬのが怖いのは当たり前だけど、他にも家族がいるし、何よりも馬鹿にされたり、裏切られたりしたのにここで死んだら死んでも死にきれない。
―その苛立ち……復讐でも望んでいるのか?―
その声は底意地の悪い、いや、趣味の悪い声音で訊いてきた。
この声は僕を嘲笑っている。
胸糞の悪い奴だ。
「違う…!僕はただ生きたいだけだ……!」
僕は半ば自棄で言った。
―ほう、どうしてだ?―
底意地の悪い質問が来た。
今なら何となくだけどエジソンに質問攻めされてエジソンを「馬鹿」扱いした教師の気持ちが解る。
誰だって余裕がない時に質問攻めされたらイライラするだろう。
「死にたくないのは……当たり前だろ……」
僕は当然のことを言った。
僕は死にたくない。
まだ生きたい。
ただそれだけ。
それ以外に答えがあるのならば驚きだよ。
それだけ僕は死ぬのが怖いし、生きられることに喜びを感じている。
その時だった。
―では、死なずにすむ方法があったらどうする?―
「……なんだって?」
その声は悪魔の囁きを呟いた。
まだ生きられる。
それを聞いて僕は希望が湧いた。
僕はそれに縋ろうとした。
―簡単なことだ。
我にお前の魔力を貸せ―
「……魔力だって?」
けれども、それは一瞬のうちに砕かれた。
―そうだ。
見た所、お前の魔力はかなり高い。
とある都合で魔力が足りない。
だから、お前を助ける代わりにお前の魔力を借りる……
ただ、それだけのことだ―
希望は砕かれた。
確かに僕は魔力だけは多い。
「残念だけど……君の取引は成り立たないよ……」
―……何だと?―
だけど、それは取引材料に使えない。
僕の返答を聞いてその声は訝しめな声を出した。
そりゃあ、そうだ。
自分の欲しいものが期待外れだったんだから。
だけど、それは僕だって同じだ。
「簡単なことだよ……僕の魔力は魔法に使えないんだよ……」
―………………―
僕の魔力は役立たずだ。
僕の語った事実にその声は黙った。
どうやら当てが外れたらしい。
僕の内蔵する高すぎる魔法には使えない。
これがただの「宝の持ち腐れ」程度ならまだよかった。
この世界の魔物は魔力を求めて人を襲う。
だから、戦う力のない僕は鴨が葱を背負っているようなものだ。
もしかしなくても、この声の持ち主もそれが理由で僕に近づいて来たのかもしれない。
「ははは……驚いたか?」
僕はもう自棄気味に自重して笑った。
もう全部どうでも良かった。
理不尽に日常を奪われて、周囲から蔑まれて、信じていた者に裏切られて、せっかく何かしらの救いが来たと思ったら幻想だった。
笑うしかないだろう。
僕はその声が失望するのを待っていた。
僕を利用しようとする奴なんかに二度と僕は利用されてたまるか。
ここで相手にぎゃふんと言わせられるなら多少は溜飲が下がる。
もうそれ以外はどうでも良かった。
だけど
―ククク……―
「え」
帰って来たのは笑い声だった。
そして、更には
―アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!―
「!?な、なんだよ!?」
さらなる高笑いが僕の耳に響き渡った。
僕はせっかく、この世界に来てから相手の思う通りにならないですみ少し気晴らしになったと思ったのに、それを水泡に帰せられて声を荒げてしまった。
僕にとっては既にこれしか救い、いや、娯楽がなかったのに。
―クッククク……すまん、すまん……―
全く詫びる気のない謝罪をされた。
こんなの暇つぶしにいじめ、いや、暴行をしてきた連中の笑いながらと同じだ。
また腹が立ってきた。
なんて不愉快な奴だ。
―余程、この時代の者たちは劣っているらしいな……ククク……―
「は?」
その声は突然意味の分からないことを言ってきた。
さらには
―まさか、ここまで世界が劣化するとはな……―
な、なんだこいつは……
もっとわけのわからないことを語り出した。
厨二病なのだろうか。
よく考えてみたらファンタジーに出てくるような世界なんだから関係ないか。
今の僕は「死」と言う現実が目の前に迫っているのにそれを忘れてのん気にそんなことまで考えている。
「……あれ?」
そんな時、僕はあることに気づいた。
なんで、僕はまだ死んでいないんだ……?
絶体絶命の危機に陥っているのに僕はまだ死んでいない。
その事実に僕は信じられず目の前の魔物を見ようとした。
「……え」
そして、僕が目にしたのはありえないことだった。
「どうして……」
「グルル……」
僕の目に映ったのはあの魔物が動きを止めている姿だった。
いや、動きを止めているのではない。
先ほどまで得物にトドメをさそうとと今にも飛びかかろうとしていたのに、今は後退りをしている。
と言うよりもどこか怯えている。
―ククク……どうやら、お前よりもそこのトカゲの方が分別がつくらしいぞ?―
「………………」
ものすごく屈辱的なことを言われているのに僕は目の前でお生きていることに対する衝撃で反応することが出来なかった。
―まあ、これでようやく矮小なお前にも我の偉大さに気づいたか?―
はっきり言えば、僕はなんで目の前の魔物が立ち止まっているのか理解できなかった。
だけど、この声はあたかも自分の存在が理由だと言うように語っている。
「お前は一体……」
僕はその声の正体を訊ねた。
ただそれだけが気になった。
―なあ?我と契約しないか?―
「え……?」
だけど、返って来たのは「契約」と言う言葉だった。
「け、契約……?」
その言葉に僕は戸惑いを覚えた。
「契約」。それは何かを対価にしてお互いに取引をすることだ。
だけど、借金などを忌避する性格ゆえに嫌な予感しかしてこなかった。
と僕がそう思っていると。
―我はこの世界を手に入れるつもりだ―
「は?」
その声は突拍子のないことを言った。
僕は理解不能であったが
―だが、その為には復活に必要な魔力と臣下が必要だ―
その声はお構いなしに続けてそう言った。
「……復活……?臣下……?」
その二つの言葉に僕は疑問を抱いた。
「……お前、王様にでもなるつもりかよ?」
特に後者の方が気になって僕は茶化すように言った。
この世界に来てから王様とかには悪い印象しかない持っていない僕はそう毒づいた。
―なんだと?貴様、何を言っている?―
どうやら、かなり気に障ったらしくその声は不機嫌そうに言ってきた。
こいつの沸点がわからない。
大体、こいつがどこの誰かもわからないのにそう言われて困る。
―おい、貴様……
知らぬのならば、よく聞け―
次の瞬間その声は妙に威厳を込めて来た。
どうやら、そうとうお高い方らしい。
―我こそは魔王―
「は?」
よくわからない一言をその声は言った。
だが、次の瞬間僕は頭が真っ白になりそうになった。
―魔王、ウェルヴィニアとは我のことだ!―
「ウェルヴィニア……だって?」
その声が語った自らの名前に僕は理解をが追いつかなかった。
なぜならば、それは
なんで……敵の親玉がいるの!?
僕らがこの世界に呼ばれた原因の一つである千年も前の存在であり、これから復活するはずの存在だからだ。