第十四話「魔物と剣」
「……?
何をそんなに驚いているんだよ?」
魔王の驚いている様子を見てなんてこいつがこんなに驚いているのか理解できなかった。
いや、確かに僕の世界の常識的にも言葉を話さない相手と会話できると言うのは非常識ではあるのは理解しているけれど。
「僕みたいな魔物の言葉がわかる奴ぐらいいるだろ?」
ここは異世界だ。
魔王やら魔王や魔物やらと僕のいた世界だと俗に「ファンタジー」と言われる作品の題材に存在する明らかに非現実的な多くのものがいる世界だ。
僕みたいに魔物と話せる人間だっているだろう。
と僕がそう思っていた時だった。
「……本気でそれを言っているのか?」
「……え?」
返って来たのは僕の認識を疑うような魔王の言葉だった。
今までこの魔王は並大抵の言葉では動揺しなかったし、異世界の住人である僕の事に関しても狼狽えることがなかった。
しかし、今の魔王は様子がおかしかった。
「ちょっと、待った。
もしかすると……僕、とんでもないことを言っちゃった?」
薄々、魔王の動揺の理由を勘付いていたが僕は一応訊ねてみた。
「……これは我の経験上での見識と読み漁った文献のことでしかないが……
魔物の言葉を理解できる人間など……
見たことも聞いたこともない……」
魔王は衝撃を受けたのか今までと異なり自信がなさそうにそう言った。
「……え?……本当?」
僕はそれを聞いて信じられなかった。
「だって、お前、魔王なんだろ?
部下に魔物ぐらいいるだろ?」
僕は先入観からそう言った。
「魔王」は文字通り「魔の王」だ。
悪魔。魔族。そして、魔物。
そう言った存在の種族に立つ者がそんな風に驚くなんて僕には信じられなかったのだ。
「はあ?魔物など部下にしたら自滅するだろうが」
「……え?自滅するって……
なんでだよ?」
魔王が何を言っているの理解できず僕は訊ねた。
「人間だろうと。魔族だろうと。幻想種だろうと生き物ならば自分より弱ければ捕食するような奴らを支配下におけば仲間割れどころの騒ぎではないだろうが」
「え!?」
想像もできなかったことを魔王は語った。
「魔物て……そんなに凶暴なのか!?」
まさか名前からして仲間みたいな魔族すらも襲うとは思わなかった。
「そんなことも知らなかったのか……
ま、我ほどになれば己の小ささを知って奴らから逃げ出すがな」
「あ、そう言えば……」
魔王相手に大トカゲが逃げ出しのを思い出して思い当ることが実際にあったので僕は納得してしまった。
どうやら、魔物が力の差を理解する知能があることは知ることが出来た。
「でも、そうだったら言うことを聞かせられるんじゃ?」
僕は大トカゲに感情があるのと、魔王に大トカゲが怯えを見せたことから憎しみよりも恐怖が勝ることを考慮して魔物を指揮下に置けるのではと考えたが
「恐怖で抑えることが出来るのは一時的なことに過ぎん。
魔物は寝首をかけるのならば何時でも襲い掛かって来るのだ。
我とて、眠りたい時は眠る。
それを妨げられるのは癪だ」
「マジかよ……」
それは不可能だと即答された。
どうやら、魔王も寝込みを襲われるとどうしようもないらしい。
加えて、魔物を完全に手懐けるのは無理だと言うことを重ねて言われた。
「詰まる所、魔物を軍に加えるなどすれば味方に襲い掛かり損害は著しいものにしかならんのだよ。
戦力としては確かに矛としては使えるが、柄が熱を帯びている矛を誰が好き好んで扱う?」
確かにそんな味方にも被害を何時か出しかねない物を好んで行使するのはないだろう。
「……てっきり「魔王」て肩書だから魔物も支配していると思ったよ……」
少しは戦力の補充が出来ると考えたがそれが不可能だと知り、僕は少しがっかりして思い込んでいたことを思わず口に出してしまった。
「ああ、それか。
「魔族」の王だから「魔王」と言う意味だ。
別に全ての「魔」を治める意味ではないぞ」
「……なんか、「魔王」の肩書が少し軽く見えて来た……
と言うよりも「魔族」と「魔物」て違うのか……?」
「魔族」と「魔物」の区別がつかず僕はその違いを魔王に訊ねた。
「……貴様のその不遜な言い様はこの際放っておこう……
貴様は異なる世界の者だから知らんのも無理はなかろうが、簡単に言えば「魔族」は「魔物」が成長することで高次の存在になったものだ」
「それなのに「魔物」は「魔族」も襲うのか?」
魔物から成長した存在なのに魔族を襲う。
まるで共食いだ。
普通なら同族意識とかが生まれるはずじゃないのだろうか。
「さあな……
我も奴らが何を理由にあらゆる生命あるものを襲うのかは分からなかった。
それを知ろうとする前に死んだからな」
「……?調べようと思ったのか?」
魔王の言葉から魔物の行動理由を知ろうとしたことを知り、僕はそれは意外だった。
「まあな……
ただこの話で分かったと思うが、魔物と対話できると言うのは……
それも全く襲われる素振りすらないのは本当にあり得んのだ。
貴様の今していることからこの世界では貴様の存在はかなり異質なのは理解できたか?」
「……うん。なんとなく理解できた……」
ただどこまでが異常なのかは分からなかった。
しかし、余り他言しないようにはしておこうと思った。
下手をするとまた魔族扱いだ。
加えて、この世界では魔物が人間を含めた全ての生命に襲い掛かると言うことは魔物の脅威に晒されている人間からすればその恨みは途轍もないものだろう。
仮に魔物と対話できると知られたら僕が魔物をけしかけて人間を襲わせているとあらぬ誤解、いや、濡れ衣を着せられ兼ねかねない。
パニック映画の中で軍の末端の兵士が何も知らないのに人々の思い込みでリンチされてそのまま殺されたシーンがあるけれど、そう言った惨劇が僕に降り注ぎかねない。
それだけは避けないといけないと僕は感じた。
「グルル……」
「おい。何か言いたげたぞ、そいつ」
「あ、ああ……」
またもや蚊帳の外にされたことに不満を覚えたのか、大トカゲは不機嫌そうにうなった。
一体、こいつは何をしたいのだろうか。
「ん?」
僕の視線が自分に移ると大トカゲはある方向へと顔を向けた。
まるであっちを見ろと言わんばかりに。
「ガウッ!」
―アッチ!―
どうやら、僕の良そうは当たったらしい。
「『あっち』て……一体、何が……」
「何だ、その方向に何かあるのか?」
僕は大トカゲに言われるままにその方向へと顔を向け、魔王も僕が顔を向けたことや僕の口から出て来た言葉から大トカゲの行動の意味を推測したらしい。
「……一体、何を指しているんだ……?」
「いや、我に問われても……」
僕らの視線の先にあるのはただの宝の山だった。
いや、宝の山を『ただの』と例えるのはおかしいのかもしれないけれど、これだけ黄金や宝石やその他諸共の高価そうなものばかりだと感覚が狂ってしまう。
ただこの宝の山が普通になってしまう空間では、大トカゲが何を指して『あっち』と言ったのかがわからないのだ。
「なあ?お前は何を言いたいんだ?」
僕は困ってしまい、大トカゲにまた通じるのか分からないけれど訊ねてみた。
すると
「グウゥ……」
大トカゲは妙に悲しそうに唸った。
「あれ……?」
もしかすると……すねた……?
今の大トカゲはその子供や犬がいじけてしょぼくれるような姿に似ているような反応をしているように見えた。
どうやら、伝えたいことがわからず、かなりもどかしいのだろう。
もしくはようやく、話が通じる相手が出来たのにそんな相手に自分の意思が伝わらないことが悲しいのだろうか。
少し、僕は罪悪感を感じた。
まさか、こんな恐竜みたいな大トカゲに子供、子犬や小動物や小型犬のような愛嬌を感じるとは思いもしなかった。
「グウウ……」
あ、動いた
まどろこっしいのか、大トカゲは仕方なさそうにトボトボと自分から件の宝の山へと移動しだした。
すると、そのまま
「うわぁ……」
「あの巨体がそのまますっぽり隠せるとはな……」
宝の山へと身を沈めていった。
恐らく、大トカゲの体長は12メートル程はある。
その大トカゲの全身が入ったのだ。
その光景は最早、黄金の海を泳いでいるように見えた。
しかも、それが部屋の4分の1の広さだ。
それなのにまだ大トカゲの姿は隠れている。
この宝の山、いや、宝の海がどれだけの黄金を蓄えているのかが文章では理解できるけれど、感覚的には理解できない。
この光景には魔王も唖然としていた。
「一体、何がしたいんだ……?」
「……さあ?何か探しているのかな?」
大トカゲが宝の山に姿が見えなくとも、動く度に宝の海の表面が波立ち波音の代わりに金属の鳴り響く音が部屋中に響いた。
ただ僕らに分かるのは大トカゲが何かを探していると言うこと位だ。
大トカゲが宝の山に突っ込んでからしばらくしてからだ。
「ガウッ!」
―アッタ!―
「……あった?」
「どうした?
あやつが何か見つけたのか?」
宝の海の表面から突然、顔を出し大トカゲの何か嬉しそうな声が耳に響き、その後に具体的な言葉となって頭に届いたことで大トカゲがやはり物捜しをしていたこと、そして、同時に目当ての物が見つかったことが理解できた。
大トカゲは見つけたそれを口に挟んで持って来ようとしていた。
それはまるで投げられたフリスビーを持ってこようとする飼い犬や飼い主に自らが狩った獲物を見せようとする飼い猫のように見えた。
その際、大トカゲはプールや風呂場、水場から出て来て水滴をポトポトと落とす様に身体に乗っていた宝をチャランチャランと落としている。
「グウ……」
「あれは……?」
僕は大トカゲが口に咥えているものに目を凝らして見てみた。
それは何か棒状のものだった。
ただよく見てみるとそれは
「剣……?」
鞘に収められていた剣だった。
その剣はこの部屋にある物としては場違いだった。
この部屋には黄金と宝石と言った煌く物ばかりだったが、その剣は茶色の鞘に収められており少なくとも色の配色としてはこの部屋には合っていなかった。
この部屋に至る所にはその剣よりも価値があるだろう装飾が施された宝剣や武器があちらこちらにもあるにも拘わらず、その剣は至って平凡だった。
「グゥ……」
「……え?」
僕が違和感を感じていると大トカゲは口に咥えたそれを地面にゆっくりと置き、それをそのまま鼻先で突き僕の方へと寄せた。
「……くれるの?」
「ガウッ!」
―うん!―
僕と今度は意思疎通が出来た事に嬉しさを感じてか大トカゲは嬉しそうに鳴いた。
どうやら、大トカゲはこの剣をどうしても僕に渡したいらしい。
なんでよりにもよってこれなんだろう……?
僕は大トカゲがこの剣を強く勧める理由が分からなかった。
なぜならば、この部屋にはこの剣よりも明らかに価値がありそうな物ばかりに溢れていて、しかも、仮にこの部屋の武器でもなく財宝を換金すればそれを資金として新しい武器を調達することもできる。
何よりもこの剣が老朽化している可能性も考えると少し不安だ。
あれ?ちょっと待て……なんかおかしくないか?
僕はここで一つ疑問を抱いてしまった。
どうして、こいつに宝の価値がわかるんだ……?
それはまるで大トカゲが宝の価値を理解しているようなことであった。
そもそも宝に価値を見出すのは人間くらいのはずだ。
それなのにこの大トカゲは何の躊躇いもなく僕たちをこの宝の海へと導いた。
こいつ、もしかするとかなり知性があるんじゃないのか?
考えられるとすれば今まで大トカゲが冒険者が宝に執着する様を見て、それによって宝が人間の関心を惹くものだと学習した可能性がある。
少なくとも、文明や社会と言う概念とは無縁そうな大トカゲがこの部屋の価値を知っているとすればこの場合だろう。
もしかすると、魔物てかなり厄介なんじゃ……
同時に僕は大トカゲのこの習性を知り、魔物全般に脅威を感じた。
人間の行動を理解できると言うのは明らかに脅威だ。
身体能力だけでもなく、知能にも警戒する必要が出て来る。
……でも、そうなると……
増々、この剣を選んだ理由がわからないな……
大トカゲはなぜわざわざこの何の変哲もないこの剣を選んだのだろうか。
もしかすると、この黄金の中で唯一宝のように思えないからこそ、選んだのだろうか。
いや、それだと余計に奇妙だ。
そもそも、大トカゲが「珍しい物=価値のある物」と言う図式をこの迷宮における人間の行動だけで考え付くだろうか。
増々、僕は困惑してしまった。
花咲じいさんじゃないんだから、ここ掘れわんわんなんて普通は……
いや、ファンタジー染みた世界なんだからメルヘンチックなこともあるのか……?
流石に助けた動物に恩返しをされるなんてのはそんな日本昔話のような出来事があるのかとすらも本気で悩んでいる時だった。
「その剣は……」
「ん……?」
魔王はこの剣を見てどこか感慨深そうな顔をした。
「この剣がどうかしたのか?」
僕は魔王がそんな反応をしたことが気になった。
魔王が反応したと言うことは大トカゲが何かしらの意味を持ってこの剣を差し出してきたと言うことなのだろうと考えたからだ。
僕はその理由が知りたかった。
そうすれば、この剣の意味を知ることが出来ると考えたからだ。
「これは……
テロマが使っていた剣だ」
「……はい?」
魔王の口から予想外な言葉が出て来て僕は呆然としてしまった。
その名前はこの世界に来てから何度も聞いたものだ。
恐らく、この世界で最も有名な英雄なのだろう。
「ちょっと、待て……
テロマてあの勇者のか!?」
そして、目の前の魔王ウェルヴィニアにとっては切っても切れない存在だ。
と言うよりも魔王の甥だ。
その件で先ほど、「命の重み」に対して矛盾を突かれたのだ。
衝撃を受けるのは当たり前だ。
「ああ、間違いない。
これは紛れもなくテロマの剣だ」
魔王は否定することはなかった。
「嘘だろ!?
そんな伝説のアイテムみたいな存在が出て来るなんて……!?」
僕はあまりの衝撃に思わず発狂しそうになった。
だが、その直後
「……?『アイテム』とはなんだ……?」
魔王が再び僕がカタカナ語を使ったことで知識欲が駆られてしまった。
「……『持ち物』て意味だよ!
ああ……!この常時カタカナ語と外来語禁止ゲームが辛い……!!」
僕は興奮しながら妥当そうな言葉で答えるが
「……『ゲーム』……?」
「……『遊び』て意味だよ……
クソ!絶対に元の世界に帰ったら英語の勉強はしてやるっ……!!」
再びカタカナ語を使ってしまいまたもや話の腰が折られてしまい、僕はもどかしさを感じた。
「と言うか、なんで伝説の勇者の剣があるんだ―――!!」
先程から会話が止まっていくことに僕は八つ当たり気味に勇者の剣がここにあることに対して文句を言いそうになるが
「―――あ。
……あぁああぁぁぁあぁぁぁぁあああああ!!?」
あることに気付いてしまい僕は叫んでしまった。
「ど、どうした……?」
魔王もどうやら僕の反応に驚いたらしく声をかけて来た。
「マズいっ!?これはマズ過ぎる……!!」
だけど、気付いてしまった事が気付いてしまったことであったために僕は冷静さを取り戻せなかった。
「おい?何がマズいのだ?」
僕が慌てているのを見ても魔王は終始、冷静に問い詰めるだけだった。
こいつの冷静さが羨ましくなってきた。
でも、きっと僕が気付いた事実はこいつも冷静さを保っていられないことだ。
「お前の立てた戦略が破綻しかねないんだよ!!」
「……何?」
僕は気付いたことを結論だけ言った。
「どういう事だ?言ってみろ?」
「え?あ、あぁ……」
だが、魔王は自らが立てた計画が崩れそうになっていると言われたにも拘わらず至って冷静に僕の意見を聞こうとした。
その姿は堂々としており、僕は魔王に文句を言うどころかその姿を見て安心してしまった。
もしかすると、これが「器」と言うものなのだろうか。
「僕はさっき、『王国はこの宝の山を狙っている』と言ったよね……?」
「ああ、言った。
それがどうした?」
僕の気付いてしまった事実。
それは
「……もしかすると、それ、僕の早とちりだったんだよ……!」
「何……?」
その前提が僕の早とちりだったと言うことだった。
僕は自らの早計さを悔やんだ。
今まで、僕は王国はこの宝の海を狙っていると考えていた。
しかし、それは違ったのだ。
そう奴らの目的は
「本当はこの剣が目的だったんだよ……」
「……?テロマの剣をか?
なぜだ?」
この伝説の勇者の剣だったのだ。
当然この宝の海は欲しいだろうが、恐らくこの宝の海はおまけで本命はこちらのはずだ。
ただ魔王はそのことに懐疑的らしい。
「だって、勇者の剣だろ……?
きっと、王国からすれば伝説の存在だし……
何よりもあの予言があるだろ?」
王国がこの剣を狙っている根拠を挙げた。
それは予言だ。
「ああ、そんなのが在ったな……
確か、それが理由で貴様らは呼ばれたのであったな?」
「……ほとんど拉致だけどね……
で、その予言の中に『古の王、蘇りて剣と共に駆け抜ける』てあるんだよ……」
「……!まさか……!」
「そう、そのまさかだよ……
王国はこの剣の存在を確実に知っている……!」
予言を根拠に僕は王国にとってこの剣がどれだけ重要なのかを説明した。
別に僕は予言なんて信じていないけれど、王国の連中は予言を当てにして実際に僕らを召喚している。
つまりはこの剣のことを重要視している可能性はかなり高いはずだ。
「だから、この宝の海を餌にしても連中を自滅させるのは難しいはずだよ……」
「その見解を聞かせろ」
魔王は恐らく僕の見解を予想しているはずだ。
こいつの推理力と判断力、理解力は群を抜いている。
これぐらいは簡単に思いつくはずだ。
それでも僕は言おうとした。
「あいつらはこの剣が欲しいだけでこの宝の海を使っても動こうとしないよ……
それに連中が欲しがっていると言うことはこの勇者の剣てとんでもない力があるんだろう?
それだと、一気にパワーバランス―――じゃなくて、えっと、力の均衡が崩れてお前の計画通りにはいかないんじゃ……?」
はっきり言えば、予言なんてものの信憑性はないに等しい。
しかし、それがウェルヴィニアを倒した勇者の剣となれば別だ。
仮令、シスコンで甥を殺すことを躊躇ったとは言え、この魔王はみずみず自分が殺されるようなことはしないだろう。
となると、その愛剣にも何かしらの力があるのではないのかと疑ってしまう。
もしかすると、剣から地平線の彼方まで発するビームが放たれて敵の軍勢を一瞬にして滅ぼしたりするのではないだろうか。
そうなると、この剣を王国に渡すのは危険だ。
一気に戦略などが崩壊する。
そう思っていた時だった。
「はあ?
テロマの剣にそんな力がある訳がなかろうが?」
「……え?」
それは杞憂であったらしい。
「確かにその剣には不思議な力はあるにはあるが、所持するだけで戦の趨勢を決するようなものではないぞ?」
「……え?マジで?」
どうやら、この剣は歴史や肩書きの割にはそこまでの力はないらしい。
「我が倒されてから、千年は経っているらしいからな。
どうやら、テロマの存在は人間からすれば神格化されたも同然らしい。
つまりはその剣に象徴的な価値しか存在せんのだ。
王国の連中は心の拠り所を求めておるらしいのだろうな」
「……とんだ骨折り損だな……」
魔王の説明を受けて僕は王国の人間に呆れと哀れみを感じてしまった。
王国がこの迷宮を何度も攻略しようと躍起になったのは十中八九、この剣を欲しての事だろう。
しかし、肝心のこの剣はそこまで強い力を持っていないらしく、とてもじゃないが王国の希望に成るとは思えない。
「じゃあ、この剣はどうするんだ?
置いて行くのか?」
王国の狙いであるこの剣はこの場に置いて行った方がいいだろう。
そうすれば、王国を下手に刺激することはないだろうし、王国を落胆させることなく予定通り王国が軍を起こす可能性が高くなるだろう。
それでも、この件に予言通りの力がないと知られればその可能性は当初より低くなるだろうが。
あと、もう一つ困っている理由としてはこれを渡してくれた大トカゲに悪い気がするからだ。
大トカゲがあんなに無邪気に持ってきてくれたのにそれを無下にするのは後ろめたく感じるのだ。
僕はこの勇者の剣の扱いに困った。
「……いや、持って行くぞ」
「……え?」
しかし、返って来たのは意外な答えだった。
「なんでだよ?
大してこの剣には力がないんだろう?」
僕は魔王にこの剣を持って行く理由を訊ねた。
王国が目標を達することが出来なければ、恐らくあいつらは調子に乗らないはずだ。
それだと魔王の立てた計画は潰れる可能性が高くなるはずだ。
「だからこそだ。この剣はこの部屋に存在する宝剣や魔導具よりも明らかに劣っているからだろうし地味だ。
むしろ、この剣がテロマの愛剣であることを悟らせない方が奴らの士気を下げないで済む」
「……あ!
そう言うことか……!」
魔王の言いたいことがわかった。
つまり、魔王はこの明らかに王国にとっては期待外れにも思える勇者の剣を連中に存在ごと隠蔽することで逆にこの件以外のこの宝の海の中にある武具を「テロマの剣」だと騙そうとしているのだ。
確かにそれはこの剣を残すよりも効果がありそうだ。
「でも、この剣の形を王が知っていたらどうするんだ?」
僕は念のために訊ねた。
それは実物を知らない人間だからこそ、通用するトリックではあるが、同時に実物を知られれば簡単に失敗するものだ。
「どうだろうな?
ただ、貴様も言ったようにこの剣は何の変哲もなさそうな剣だ。
それに加えて、テロマの伝説は千年も前のことだ。
壁画でもあれば別だが、剣の形状等あやふやだろうな。
それにたとえ、連中が手に入れても拍子抜けする代物だぞ、これは。
むしろ、この部屋にある魔導具や武具の方が奴らにとっては有難がるものだろうな」
「……じゃあ、この剣は持って行った方がいいってことか……」
魔王は連中が実物を知らない前提で考えていると同時にこの剣を残さない方が僕らにとって有利に働くことを強調した。
確かにこの剣がないことで王国の大多数の人間はこの宝の中に在る力のある剣をテロマの剣だと誤認させる可能性もあり得る。
ただやはり、それは賭けに等しいだろう。
「それにこの剣はむしろ、貴様のような者が持っている方が役立つ。
だから、貴様に与えておきたい」
「え?それって……」
魔王は今度はこの剣が僕たちにもたらす利を説こうとした。
今まで、まるで名ばかりの剣と称していたこの剣に実は何かがあるらしいことを語ろうとしているらしい。
僕は興味が湧いてしまった。
「この剣にはな、持つ者を守護する加護があるのだ」
「え!?それじゃあ、それってかなり強いんじゃ……?」
この剣に宿る力を単刀直入に告げられた僕はこの剣を持って行ったら王国側にばれることが不安になってしまった。
伝説とは言え、伝承が残っているとすればこの剣の力がどんなものなのかは王国も把握しているはずだ。
そうなると、この剣は置いて行った方がいいはずだ。
「馬鹿者。
最後まで話を聞け」
僕の心配をまるで杞憂とでも言うかのように魔王は遮った。
「え……
でも、この剣には何と言うか……
「加護」があるんだろ……?
だったら、王国からしてみたら貴重なんじゃ……?」
僕は魔王にこの剣に対して抱いた疑問をぶつけた。
「加護」と言うのはゲームやラノベ、アニメとかで覚えた漠然とした言葉であるが響き的に強そうだ。
なので僕はどうして魔王がそうまでして王国にこの剣を渡さなくても、いや、渡さない方がいいと主張するのか理解出来なかった。
「この剣はな……
テロマや貴様のような者以外では扱えるような代物ではないのだ」
「……え?」
魔王の打ち明けたこの剣の本質を耳にして僕は耳を疑った。
「これって、勇者の剣なんだろ……?
なんでそんなものが僕じゃないと使えないんだよ?」
僕はただの平均より少し上の凡人だ。
今や、魔力が高いだけでそれ以外は『無能』だと断じられるような人間だ。
それなのになぜそんな僕が伝説の勇者の剣とも言えるテロマの愛剣を使えるのかが分からなかった。
まるでテロマと僕が同列のように聞こえたのだ。
それは謙遜と自惚れが同時に混ざったような感情だった。
結局、僕も誰かに認められたいだけの浅ましい人間なのかもしれない。
と僕が自己嫌悪と期待に駆られていると
「この剣は確かに魔族や魔物のような魔力を持つ相手にとっては天敵に等しい上に持ち主を守護する力はある。
だがな、魔力をかなり消費するのだ」
「……え?」
それはとてもじゃないが僕の期待していたような答えではなかった。
「……じゃあ、燃費が悪いってことか?」
僕は自分が期待していたと言う自惚れを恥じてそれを隠しながらそれが意味することを訊ねた。
「そう言うことだ、
しかも、これがかなりの魔力を喰うのでテロマのような魔力持ち以外は使えんのだ」
「……?
でも、強いなら使えるんだろ?
それも勇者なら―――」
燃費がかなり悪いことは解かったが、それでも『魔物や魔族の天敵』と言う言葉から五大魔王相手に挑む王国からすれば喉から手が出る欲しい物だろう。
なのになぜその剣を魔王が弱いと言うのか僕には理解できなかった。
魔力の件に関してもクラスの連中の誰かに使わせればいいだけのはずだ。
「その剣はテロマや貴様のような生まれながらに飛びぬけた魔力の持ち主以外では軽々しく使えんのだ」
「―――え。
それって……どういう……」
僕は魔王の言っている意味が分からなかった。
先程からこいつは何かと僕とテロマを結び付けようとしている。
しかし、僕はただの凡人だ。
それも卑屈で根性なしでどっちつかずで、先程自覚したばかりだけど自惚れ屋でもある。
そんな人間が勇者様と一緒だと言うのはおかしいはずだ。
「……他者から『魔族』と揶揄されるようなものほどの魔力の持ち主ではなくてはこれは使えんのだ」
「え!?」
魔王の口から出て来たとても信じられない事実が明かされた。
「テロマが……魔族……?」
それは余りにも衝撃的過ぎた。
まさか勇者が魔族だったと歯。
「いや、違うぞ。
正確には「魔族」と揶揄される者だ。
貴様と同じでな?」
「え?僕と……同じ……?」
さらなる衝撃が僕を襲った。
一体、これはどういうことなのだろうか。
「テロマは貴様と同じで魔力の底が知れないだけでただの人間と変わらない人間だった。
それ故に奴はこの剣を使っていた……いや、使わざるを得なかったのだ。
それ以外の伝説に名を残す業績は全てあやつ自身の研鑽によるものだ」
意外だった。
てっきり僕は伝説の勇者のなのだから、クラスの連中のような最初から強力な能力や魔法を使える持っている人間だと思っていた。
けれども、実際は凡人でその強さは努力によるものだと魔王が認めている。
……て、逆にそれってすごくないか……?
僕は自分が無力であることを先ほどまでその苦しみを味わっていた。
弱いから周囲に馬鹿にされ、好き勝手やられて、挙句に見殺しにされかけた。
同時に戦うことへの恐怖を味わった。
それは無力だから死ぬことへの恐怖だった。
相手を殺すことも恐い。
でも、自分が殺すことも恐かった。
それは僕が弱いからだ。
それなのにテロマは僕と同じような人間なのにこの明らかに強者の魔王相手に戦いを挑み続けたのだ。
何度も見逃されていると言うこともあるけれども、それでもその敗北を味わってでも戦いを挑んだらしい。
なぜそんなことが出来るのかが僕には理解できなかった。
「故にその剣は貴様が持っておけ。
テロマと比べれば貴様など比べ物にもならないが、それでも何かしらの役に立とう」
「……いや、そりゃあ、伝説の勇者が比較の対象なんだから仕方ないと思うけど、もうちょっと言い方を考えろよ……」
「戯け。
悔しいのならば、精々強くなれ」
「あ~……はいはい……」
実際、今の話を聞かされ僕とテロマでは後者の方が優れているのは火を見るよりも明らかであるが、それでも魔王の言い方には傷つく。
しかし、僕はテロマのことに関しては考えを改めた。
てっきり、あの王国の英雄だからいい感情を持っていなかったが、クラスの連中とは異なり力をあまり持っていなかったのに目の前の魔王、しかも全盛期相手に挑み続けていたのに何度も負けているのに戦い続けるのは僕でも尊敬してしまう人間だと感じてきてしまった。
……少しだけだけど……この剣が重くなってきた……
今の話を聞いて僕はこの剣が重く感じるようになった気がした。
「それとこれは、感傷に過ぎぬがそれを貴様の言っていた輩共に使われて欲しくないのだ……
我は……」
「……!」
僕が剣の重みを感じていると魔王は少し困りながら照れくさそうな顔をし出した。
「テロマは我が手加減したと言えども我に何度も挑み続けて来た者だ。
加えて、奴は……何よりも心が強かった……
そのような勇士であり、我が甥の剣を貴様の言った臆病者共に使われるのは我慢ならんのだ……
だから、まだ貴様のような者が持っているのならば我も我慢できるのだ」
「お前……」
魔王は愛おしそうに語った。
それは自らが認めた相手である宿敵への敬意であり、甥に対する伯母としての情愛が混ざっているようにも見えた。
やはり、テロマの強さはその精神力に在ったらしい。
そんな魔王の人間味を見て僕はふとある考えが過ぎった。
「……なあ?
お前がこの剣を持って行こうとするのはそれが本当の理由なのか?」
魔王はこれがテロマの剣を知った、いや、僕が予言を持ち合いに出した瞬間にこの剣を持って行くことを口に出した。
最初、僕は魔王のその策を合理的で計算高いものだと思っていた。
だけど、今の魔王の心情の吐露で本当は魔王はこの剣をただ王国の連中やクラスの連中に使われたくないのが本音で、その他の理由はただの建前じゃないのかと考えてしまったのだ。
「……安心せよ。
この剣を持って行こうとするのは我の計略の為だ。
たとえ、テロマの剣ではなくてもこうしたであろう」
「………………」
魔王はすぐに尊大な魔王らしい表情と声音を纏ってそう答えた。
魔王にとってはこの剣がたとえ宿敵であり甥の愛剣ではなくても計画に必要ならば持って行くつもりだったらしい。
僕は少し迷ったが
「……わかった、持って行こう」
「……え?」
それを了承した。
「良いのか?」
魔王は少し戸惑いながら訊いて来た。
それに対して僕は
「いいんだよ。
僕だって、連中ががっかりする姿やむしろ、騙されているのに調子に乗っている姿は見てみたいよ。
それにお前がちゃんと計算して行っているんだろう?
だったら、いいさ」
少し本音を混ぜて建前を言った。
実際、僕も連中がこの剣がないことで落胆する姿や違う剣を「テロマの剣」だと思っている滑稽な姿を見てみたい。
きっと、それは痛快だろう。
それにこいつは何だかんだで考えて行動している。
なら、そこまで危惧する必要はないだろう。
それに
……さっきの人間らしさを見せられたら、断れないよね……
今の魔王の人間らしさを僕は尊重したくなったのだ。
はっきり言えば、こんなことは感情に流されるお人好しのすることだろう。
僕には元の世界に帰ると言う目的がある。
それを達成するためにはこんな行動は馬鹿なことだと自分でも思っている。
それでも、今の魔王の姿を見て僕は断れなかったのだ。
後悔はするかもね……
きっと、この決断を後悔することになるのかもしれない。
それでも僕は今、魔王の心情を優先させたい。
結局、僕は大トカゲの時と同じでこういうどっちつかずの情けなさがあるのかもしれない。
「……分かった。
では、我にしかと諫言し、その剣とこれらの財宝を大トカゲを生かしたことで見つけ、そして、我に期待を持たせたことへの褒美としてその剣を与える」
「……え?」
すると、魔王は先ほどまでの人間味溢れた表情を一変し再び上から目線で何様だと言いたくなるような言いぶりをして来た。
「……いや、これは元々、お前の物じゃ―――」
僕は少し違和感を感じたので指摘しようとした。
すると
「よいから、受け取れ。
主からの褒美は臣下として名誉なことなのだぞ?
それに貴様は我の臣下だ。その臣下である貴様が見つけたのだからこれは貴様の物だ。
そして、臣下の物は我のものだ。
故にこれを貴様に与えることには何も不自然なことはあるまい」
「―――いや!?横暴過ぎんだろ!!?
何だ、その無理矢理な理論は!!?」
「グルル……」
―ウワァ……―
傍若無人とも言える魔王の発言が飛び出してきた。
魔王の余りにも理不尽過ぎる言い分に僕は抗議した。
何と言う暴論だろうか。
そもそも、これは大トカゲが僕に教えたものだ。
それをあたかも全て自分のものように言うのは明らかにおかしい。
先ほどまで、目にしていたあの同情を誘うような姿は何だったのだろうか。
早くも僕は後悔してしまった気がした。
「その剣に恥じぬように励めよ?
ククク……」
「こいつぅ~……!!」
魔王のその態度に僕はイラついた。
この横暴さは本当に初めての経験だった。
今まで出会ってきた人間の中にもかなりイラつく奴はいたが、ここまで酷い奴は初めてだった。
「フハハハハハ!!
悔しければ、強くなれよ?」
「ぐぅ~……!!」
この魔王はどこまでも傍若無人だった。
もう諦めるしかないのかもしれない。
テロマの剣か……
僕はなるべく、この苛立ちを収めるために違うことに集中しようと考えて、この剣に集中した。
テロマか……
一体、どんな奴だったんだろう……
魔王から聞かされた僕と同じように魔力だけしか持たない勇者は一体、どのような人間なのだろうか。
どう思ってこの傍若無人で唯我独尊な暴君であるが伯母である魔王と戦い、その魔王を倒した後に何を想ったのだろうかと僕は考えてしまった。
……少しだけ、重いな……
別に魔王に言われたからでもないし、魔王に忠誠を誓いたいからでもないがこの剣が重く感じてしまった。
どう見ても理不尽極まりないが魔王が甥の剣を預けたことに関しては多少は意識していくつもりだ。
言っておくが、これは魔王の為じゃない。
僕個人がテロマに興味を持っただけだ。
そう考えて、自分を納得させようと僕は考えた。
一種の現実逃避な気がするけれど。




