第百十一話「変わることへの恐怖」
「そんなことは―――」
「解っている。
ああ、そうだな。貴様は客観視できる。
だからこそ、苦しいのだろ?」
「―――ぐっ」
ウェニアに言われなくても自分が馬鹿なことは解かっている。
解かっているけれども、今までの自分の生き方と本質を変えられる筈がない。
仮令、知性や理性で行動しても結局の所、心の底では違和感が募っていくだけだ。
何よりも変わってしまう自分が怖い。
もし、今まで自分を抑えていたこの弱さがなくなった時、他者を傷付けることに対しての感情を失わないで済む人間でいられる保障がある訳でもない。
今だって、リウンとリナは感情的になっている僕を見て戸惑いを覚えている。
どれだけ自分が変わろうとしても、その過程で誰かが傷つくの嫌だから我慢してきた。
仮に変われたとしてもこんな臆病な自分が誰かを傷付けることを正当化する様な卑怯者になるのではないのかという恐怖が他人を頼ることへの勇気を持つことを拒んでしまう。
(本当は変わりたいよ……
でも、僕はきっとそうはなれない)
本当に強い人間は強くなっても変わらないでいられる。
どんなに苦しくても言い訳なんてしないで全部背負える人間なんだろう。
僕はそうじゃない。
既に周りの評価なんてどうでもいいことだ。
だけど、自分が背負ったはずの業を見ないことにするなんてことは僕には出来ない。
そうなった未来の自分なんて想像するだけで吐き気がする。
「貴様が愚かなのは貴様自身が己を信じられぬところだ」
ウェニアは間違いなく僕の本音を理解している。
だからこそ、彼女の言葉に反感を覚えてしまう。
「当たり前だろ。
だから、僕は凡人なんだよ。
……それにクラスの連中みたいになるぐらいだったら」
分かり切ったことを告げられて身勝手な反論を返してしまった。
僕に元から周囲に文句を言わせない才能があったのならば、こんな卑屈な性格になっていなかった。
結局のところ、凡人であれという生まれた時からずっと付き纏っていた強迫観念が僕が偽物の天才にしないで済んでいた。
この世界、いや、この世界に来る前から見てきた他者を平気で虐げ、貶め、踏みにじる連中になってしまうのではないのかという恐怖は絶対に拭えない。
力に溺れ、いや、力に溺れなくても変わったという万能感が臆病という枷を壊して、自分が連中と同じ様に他者を傷付ける人間に変貌するのではないのかという想像が怖くて仕方がない。
「そうではないだろう。
では、ユウキ。
一つ訊ねよう」
「何……?」
ウェニアは一瞬、呆れながら呟くと次の瞬間、問いを投げかけようとしてきた。
「貴様はリストを殺したあの男が死んだ時に楽しかったか?」
「はあ!?」
「っ!?」
「え」
その問いに僕だけではなく、僕以外の全員が驚愕した。
「何を言っているんだ?」
今まで、ウェニアの悪趣味な言葉は何度も聞いてきたが、到底許容出来る内容ではなかったことから、苛立ちを募らせながら僕は彼女に真意を訊ねようとした。
しかし、返って来たのは聞くに堪えない内容だった。
「奴はリストを殺した。
そして、あの腐った性根だ、
加えて、リナを迫害し、ケンドを痛めつけた。
あの様な男に貴様が同情する余地などあるまい。
何よりもあの時、貴様はあの男を衝動的とは言え、殺そうとしたではないか?
貴様にとって、あの男は何ら後ろめたさを持つことなく殺せる悪ではなかったか?
その時、高揚感を抱かなかったか?
リストの仇を討ち、リナを守ることができ、どうしようもない下種を消し去ることが出来る。
正義を成そうという名の―――」
「ふざけんな!」
彼女が出してきた問いの理由をこれ以上聞きたくなくて僕は叫んだ。




