第百十話「森の外へ」
『リザ、大丈夫か?』
『キュー……』
我の呼びかけにリザは力のない声で応えた。
ルズの取り巻きの最後の一人にその小さな身体にとっては明らかに生命に関わる暴力を受けながらもリザは魔物としての生命力とユウキとリウンの看病もあり、一命を取り留めていた。
そのリザを我は三つの目的の為にユウキから預かった。
『ねえ、お姉ちゃん。
どうして、森に出るの?
魔物がたくさんいるのに?』
我の隣で不安そうにリナが周囲を見回しながら懸念をぶつけてきた。
我がリザと共にリナを伴っているのは仮にリウンの恐怖心が爆発し、森の魔女の「超越魔法」が暴走した時に巻き添えにするのを防ぐためだ。
だが、リナの懸念も当然だ。
ここは本来ならば魔物の巣窟である森の中心部であるが、リウンの母親の「超越魔法」で魔物の脅威を感じないが、一度、魔法の有効範囲から出れば、奴らは大小関係なしに襲い掛かって来るだろう。
我が今、魔女の聖域から出るのは無謀にも等しいだろう。
『リナ。それはな、今からこの辺りは安全でなくなるからだ』
『え、どうして?』
『……そうだな。
この家の主の為にここは無くなった方がいいのだ』
『あの子のこと?』
リナには先ず、この聖域の力が失われることを簡潔に説明した。
恐らく、「テロマの剣」ならば、いや、その力をほぼ間違いなく引き出せるユウキならば、魔女の「超越魔法」を破るのは確定している。
ユウキは自らに自信がなく卑屈であるが、それはあくまで彼奴が現実を直視してしまうところにある。
だからこそ、リウンがこのまま魔女の聖域に引きこもり続けることで待ち受ける悲劇を想像できるのだ。
間違いなく、善良さの塊であるリウンは自らの母が創り上げたこの聖域がもたらす周囲への弊害と悲劇を知れば、心を病むことになる。
だからこそ、ユウキは正しいことをしたのだ。
そして、その破滅の運命を善しとせず、破壊することで救うことが出来たのは他ならないユウキの心の強さがあってのことだ。
『そうだ。
彼奴は、リウンは外の世界を知る必要がある。
強引だとしても、連れて行く必要がある』
『どうして?
あの子は―――』
『手遅れになってからではいかんのだ』
『―――?』
リナは嫌がるであろうリウンを、それも家を破壊してでも外に連れ出すことが必要なのか理解できていない様子だった。
子どもにとって、安全で快適な場所を飛び出す理由までは分からないのかもしれない。
永遠に今の状態が続く。
その様な幻想を当然の様に信じるのは何も子どもだけでなく、大人もそうなのだ。
それが幻想であることを知るのは、子供であるのならば本来は遅い方がいいだろう。
『貴様にも、何時かは理解できる時が来る。
……いや、薄々、分かっているのだ』
『?』
リナは気付いていない様子だが、既にそれを経験してしまっている。
いや、リナだけでなく、リウンも同じだ。
当たり前の様に愛してくれる存在がいるのにそれを理不尽に奪われた。
ただその本質や意味をまだ理解できる程、年齢が伴っていないだけだ。
だからこそ、その時の流れや不条理に呑まれる前に自らの意思で立てる場所や力、時を奪われてはならないのだ。
リウンはこの地に縛られれば、それらを永遠に失うことになるのだ。
『今は気付かずともよい。
それより、リナ。
これから貴様が目にするのは恐ろしくはあるが、味方だ。
落ち着けよ?』
『え?
な、何?』
子どものリナにはこれ位の言葉で十分と考え、今から、我が行う人間にとっては恐怖そのものである存在を解き放つことを宣言した。
『グルルルル』
『!?』
『早速、来たか』
聖域から出た我らと言う上等の餌の魔力を感知した魔物たちの代わり映えのなり飢えに満ちた声が響き渡った。
今までの状況ならば、脅威そのものだろう。
だが、今からはそうではない。
『リザ、準備はよいか?』
『キュゥ……キュル!!』
怪我による消耗で弱り果てながらもその小さな身体に鞭を打つかの様に力を込めて小さな強い意思のある声を青い炎に包まれたリザはあげた。
『リザ。
貴様が望むものの為にもその力を解き放て!!』
彼奴の願いの否定になるが、それでも彼奴が幸せを望んだ者が彼奴の力になることを望んだ者の軛を今、ここで我は解き放った。
『グルァアアアアアアアアアアアアアア!!!』
青い炎から本来の力と姿を取り戻したリザが轟きと共に姿を現した。




