第百九話「大きな影」
「ひっ!?」
森の中心に魔女が聖域を築き上げてから百年余り。
その地に初めて、足を踏み入れた魔物。
リウンはその姿を目にして、小さな悲鳴をあげた。
それは当然だろう。
今、我らの前にいる魔物は、大きくても熊ほどの体躯が捕食者の限界であるこの森において、それらを悠に超えているのだ。
翼はないが、一嚙みで獲物を真っ二つにする顎、四足歩行でありながら時として直立することのできる強靭な後ろ脚、相手を引きく鋭い爪を折る前脚、魔法を弾き返す堅固な鎧の如く鱗を持つ小さな竜ともいえる存在。
力を持たない子供からすれば、それは死と恐怖の存在だろう。
「安心しろ」
「お姉さん?」
だが、目の前のかつての我に等しきものを恐れる必要などないのだ。
「お姉ちゃん!」
「え?」
その証左となる者が魔物の背から声をかけてきた。
「リナか。
怪我はないか?怖くはなかったか?」
我は魔物の背に乗る、リナの無事を念のために訊ねた。
「うん!
魔物は恐かったけど、この子が守ってくれたから大丈夫だよ」
「グルルルル」
そう言って、リナは労わる様に自らが跨る魔物の頭を撫で、魔物はそこに心地よさを感じていた。
ユウキがリウンを連れ出す際に、念のためにリナには魔女の超越魔法の外に待機してもらっていた。
無論、魔物が多くいるこの森の中心部に一人で待たせるつもりはなく、ある者にリナの護衛を任せた、
そして、実際に目の前の護衛はその役を全うした。
「よくやってくれた、
リザ」
「グル!」
元の大きさになったリザは誇らしげに頷きながら声をあげた。
目の前のリナを守っていた魔物の正体は本来の大きさとなったリザだ。
「え?リザって……
あのトカゲみたいな子?」
本来の大きさのリザを初めて目にしたリウンは今まで、ユウキの傍に常にいる愛らしいトカゲと目の前の小型の竜ともいえる魔物が同一の存在だとは思えず、何度も我とリザのことを見比べた。
無理もない。
普段のリザはユウキと出会ってからはあの地下迷宮を縄張りとして多くの探索者を屠ってきたであろう凶暴な番人としての性質を失っているのだ。
今や、ユウキに対して忠誠心を持つ使い魔同然だ。
いや、「忠誠」ではないか
あの大トカゲと普段のユウキを慕うリザを同一のものと一目で見分ける者はいるとしても我とあのクソ婆ぐらいだろう。
それ程までに今のリザは体躯や戦闘能力は普段の姿を変えている状態とは違うのだ。
「はっははは!
普段は魔法で小型化しているのだ。
驚いたであろう?」
「う、うん」
「すっごく」
今、初めて目にしたリウンだけでなく、リナも同じ感想を違う言葉で示した。
と言っても、リナに関してはそもそもリザがトカゲであることすら知らなかったのだから、衝撃の度合いはどちらも同程度だろう。
ユウキは怒るであろうな
今のリザの姿とリザに任せた役を思いながら、我はユウキが怒ることを想像した。




