第十二話「道中の拾い物」
僕は大トカゲの跡を追った。
なぜ大トカゲが僕たちを、いや、僕をどこかへと導こうとしているのかを知るために。
『ありがとう』。
今までただ憎しみだけをぶつけ、苦しみを訴えて来た大トカゲがあの穏やかな声で言ったのだ。
僕が助けたことに感謝したのか……?
大トカゲが打算なしに動いていると言う前提で考えると、大トカゲの『ありがとう』と言う言葉は恐らく、僕が魔王に大トカゲを助けることを頼んだことを理解したうえでのことなのだろう。
だけど、それは心苦しい。
僕は確かに大トカゲを助けたいと思ったのは事実だ。
でも、それは僕が大トカゲを殺したくないと言う独善によるものだった。
さらにそれが大トカゲにとってはさらに悲惨な未来を決定づけるものだと理解しての行動で。
ああ……そうか……
僕は逃げたいんだ……
僕はようやく自分の求めていたものを悟ってしまった。
僕は大トカゲの『ありがとう』の意味で助けられたことに対するものではないことを心の奥で望んでいるんだ。
自分にとって都合のいい真実。
在って欲しいと思うことをただあると思っているだけなんだ。
「パンドラの箱」の中に残されているもの「希望」であって欲しいと言うだけの浅ましい気持ちで。
「……貴様、何を迷っている」
「……!?」
僕が自己嫌悪に駆られているといつの間にか、追いついて来た魔王が僕の様子を窺って来た。
「そ、それは……」
僕は自分の惨めさを隠したくて何も言えなかった。
「ふん……成程な……」
「……っ!」
しかし、この洞察力に長けた悪趣味な魔王の前ではそんなことは無意味に等しかった。
僕は罪悪感を抉られると覚悟した。
きっとこいつは僕のことを罪悪感で痛めつける。
こいつは人の愚かさを平気で嗤うからだ。
こいつにとってはそれは楽しみの一つだ。
「逃げるな」
「……え?」
だけど、出て来たのは意外な言葉だった。
僕は呆気に取られた。
「たとえ、貴様が何を望んでもよい。
だが、己を偽るな。
自分の決断が間違いではなかったと何時かは胸を張って傲慢に宣うぐらいになれ。
そうでないとつまらん」
魔王は僕の愚かさを、いや、弱さを認めた。
今の僕は自分のした偽善によって生じた良心の呵責に苦しめられている。
そして、そこから逃げようとしている。
だが、魔王はそんな僕に『逃げるな』と言い、今の偽善的な僕のことを『それでもいい』と肯定したのだ。
その言葉はあまりにも重く感じた。
今、僕は心が弱くて自分を偽って自分を正当化しそうになっている。
『逃げるな』と言うのはきっと、楽な方向へと歩みそうになった今の僕を見て言ったのだろう。
……なんだよ、こいつ……
魔王の癖に……
僕はそんな魔王の言葉を聞いて、何とも言えない気持ちになった。
それは偉そうにも聞こえたことに反抗でもあるし、魔王がこんな真人間みたいなことを言うのかと言う呆れでもあるし、何よりも
「……ありがとう」
そんな厳しくも優しくもあるその叱責がなぜか僕にとってはありがたく感じてしまった。
そんな僕の例の言葉に
「フン……
精々、我をがっかりさせるなよ?」
魔王はただそう突き返すだけだった。
どこまでもこの魔王は他人の人生を楽しみながら見るだけらしい。
けれど、今はそこに不快感は感じなかった。
「ああ、なるべく頑張るよ」
少し自信はないけど、僕は脅迫感のない意気込みで応えた。
……あれ?頑張る?
僕は自分が口に出したその何気ない言葉に戸惑ってしまった。
「おい、どうした?」
「………………」
何時からだろうか。
何をやっても凡人か凡人よりマシだとしか思われず、頑張ることから逃げるようになったのは。
いつもいつも周囲には頑張っているふりをして、「真面目」と言われて悦に浸ったり、頑張ったのに成果がなかったりすると馬鹿にされることを恐れて不真面目を装って誤魔化そうとする。
そんな風になったのは何時からだったのだろうか。
「……いや、何でもないよ」
僕は何も言わなかった。
本当は何か言いたい気持ちはあった。
今までの自分の情けなさを吐露したいぐらいだ。
頑張るって……難しいな……
今まで部活動にも勉強にも僕は本気になる必要がなかったことから本気になることはなかった。
どんなに頑張っても誰かに馬鹿にされる。
少しでも頑張るだけで『何必死になってんの?』と言われて笑われることを恐れて僕は逃げた。
漠然としたこの言葉がこんなにも重いなんて思いもしなかった。
でも、気付けたことには後悔がなかった。
僕が色々な感情の中に浸っていると
「……止まった」
大トカゲが止まったが、そこは何の変哲もない壁だった。
一体、何でアイツはここに来たのだろかと思っていると
「ガウッ!」
「なっ!?」
大トカゲは自らの太い腕を振り下ろして壁にぶつけ壁はガラガラと崩れ落ちた。
今、目にして思ったのだけれどあれを受けていたと思うとゾッとする。
僕は呆気に取られながらもなぜ大トカゲが僕たちを案内して、さらにはこんな謎の行動を取ったのかを知ろうと思って空いた壁の先を覗いた。
「なっ!?」
「こ、これは……!?」
そこには驚くべき光景が広がっていた。
今まで考えていた大トカゲの行動の理由を考えると言う考えが吹き飛ばすほどの衝撃的な光景だった。
「す、すごい……!
何だよ……この宝の山……!!」
そこに在ったのは比喩でも何でもない正真正銘の宝の山だった。
先程拾った金貨の何千倍とかそれ以上とも言える黄金の輝きがそこに在った。
宝石店何十店分に匹敵するか、それ以上はするであろう価値がそこに在った。
信じられない光景だった。
今、まさに一生分の金運と物運を使ったのではないのかと錯覚してしまう程の輝きが目の前に広がっていた。
「信じられん……
何だこれは……直ぐにでも軍を作れるほどではないか……!!」
魔王の口から興奮と喜び、そして、野心に満ちた声が出て来た。
このあまりの光景には魔王ですら驚愕するらしい。
いや、実際そうなるのも無理はない。
こんな光景を目にして心が動かないのは清貧を善しとする相当な本物の聖者ぐらいだろう。
俗な人間の僕としては心が揺り動かされるのは仕方ないはずだ。
そんな風に黄金の輝きに心を奪われている時だった。
「……ん?」
この宝の山を目にしてなぜか僕は心に何か引っかかるものを感じた。
「ああああああああああああああああああ!!?」
「な、なんだ!?」
「!?」
それは今の僕の心にある興奮を一気に冷ますものだった。
例えるのならば、それは胸の中にある熱気が一気に冷気に変わるようなものだった。
僕は気づいてしまったのだ。
とんでもない人間の本性を。
「王国の奴ら、さてはこの宝を狙っていたな!?」
「……何?」
それは王国のこの迷宮を攻略する意図だった。
この宝の山を目にしてようやく気付いた。
王国の連中はこの宝が欲しくてこの迷宮を攻略しようとしたのだ。
「……ちょっと、待て。
貴様はここに来た目的を聞かされなかったのか?」
「ああ……
あいつら、僕のことをここに連れて来ただけなんだ。
何も言わないでね……」
「まさか、そこまでとはな……」
魔王は僕の説明に衝撃を受けたようだった。
割と人でなしな一面すらある魔王すらもこの反応をするとはどれだけ王国側が非常識なのかが理解できる。
きっと連中のことだ勇者でもなく、「魔族」と扱った僕にはそんなことすら教える必要がないとでも思ったのだろう。
そして、連中の目的はこれだったのだ。
どれだけ浅ましいのだろうか。
確かにこの宝の山には僕も心が揺らいでる。
けれども、それを自分の命と秤にかけられたら憤りを感じるのは当たり前だ。
連中からすれば、僕の命など目の前の宝の山よりも下だと暗に示しているのも同然だ。
「……成程な。これは面白い」
「……なんだと?」
そんな僕の苛立ちを意に介していないか、しているのか魔王は愉快そうにしている。
「ククク……なあ、ユウキ?
貴様、よくその情報をくれたな?
礼を言うぞ」
「……は?」
魔王はとても嬉しそうに感謝して来た。
一体、何がこいつにとって嬉しいのか全く理解できなかった。
と言うよりも名前で呼ばれたことで僕は戸惑いを覚えた。
だが、次の衝撃の一言でそんな戸惑いすら霞むことになった。
「この財宝の中、一割は残していくぞ」
「はあ!?」
魔王のその言葉に僕は驚愕してしまった。
「ちょ、ちょっと待て!?
なんでわざわざあいつらにこの宝を残すような真似をするんだよ!?
それに軍資金は少しでも多い方が――」
別に僕も宝自体は欲しくないし惜しくもない。
しかし、わざわざ王国側に財力と言う力を与えるようなことに関しては僕は断固として反対だ。
それに僕らの戦力は未だにほとんどこの世界では最弱の僕と魔王ではあるが力を失っているウェルヴィニアだけだ。
少しでも戦力を補充するには財力があった方が良いのは当たり前だ。
それなのに何を言っているのだろうかこの魔王は。
まさか、「ハンデ」とでもいうつもりなのか。
「まあ、落ち着け。
だから一割しか残さんのだ」
そんな僕に魔王はなだめるように余裕綽々な物言いをする。
なんでこいつがこんな態度でいられるのかが僕には理解できない。
「だから、その一割が―――」
僕は目の前の宝の山の一割が大き過ぎることに文句を言おうとしたが
「その一割が王国を滅ぼすかもしれぬのにか?」
「―――え?」
魔王の信じられない一言に僕は抗議を止めてしまった。




