第百三話「失望」
「うぅ……ぐすっ……!」
母親との思い出が詰まっていた家を壊されたことや恐怖を感じる外の世界への不安、そして、信頼していた人間である僕の裏切りによる悲しみの中でさえ、優しさによる葛藤で感情がごちゃ混ぜになったことによるリウンの涙が続いていた。
「何をしているのだ、貴様らは」
「うぇ、ウェニア」
「お姉さん?」
それすら無視するかのようにウェニアが姿を現した。
「全く。双方とも開き直れば良いものを。
揃いも揃って互いを思いやる。
見ている此方からすれば回りくどくて仕方がない」
「え」
「ウェニア!いくら何でも、そんな言い方は―――!!」
傷ついているリウンのことをまるで考慮しない吐き捨てた物言いに僕は反射的に反論しようとした。
「ほう?では、何時までこの場でその小僧を泣かせているつもりだ?
最早、貴様が壊したことで安全ではないこの聖域で?」
「―――っ!?」
ウェニアが突き付けた僕がリウンの安全を奪ったという現実に僕は自分がウェニアを非難できる資格がないことを突きつけられた。
彼女の言う通り、この森の聖域を壊したのは僕だ。
そんな僕がリウンの安全を二の次にして、彼の感情を優先することは紛れもなく責任の放棄だ。
「貴様は「森の魔女」の願いを知り、その魔女の残したものを壊し、その宝を奪ったのだ。
その貴様が役目を放棄するのか?
微かな希望を持たされて捨てられた貴様がか?」
「!」
『私、ゆうちゃんのことを守るから』
「なんで……それを?」
まるでウェニアは見てきたかのように僕の傷を抉ってきた。
それは同時に僕が彼女と同じことをしているととも取れる言葉だった。
「……わかるさ。
あの時の貴様はただ憎しみで拒絶しようとしたのではない。
あれは裏切りを受けた者が己に憐憫を向ける者への感情だ。
さあ、貴様はどうなのだ?このまま己の罪の言い訳をして動かずして己が守るべきものを奪われることを善しとするか?
まあ、それも善かろう。
少なくとも、貴様は己を捨てた者と異なり。自らの意思で同じことをするのではないのだからな?」
ウェニアは契約を交わした時の僕の躊躇いから僕が裏切られたことを察していたらしい。
そして、僕がやろうとしていることは同じであるはずなのにそれが違うかのように擁護しながら、リウンを守らない僕を彼女と重ねた。
「あまり、我を失望させるな」
「あ……」
最後に彼女は冷たく突き放すように言ってきた。
一見すると、ただ玩弄するかのような物言い。
しかし、彼女は『失望させるな』という言葉を添えてくれた。
信じてくれてはいるんだ
彼女は信じてくれている。
いや、期待していると言っていいのかもしれない。
決して、リウンを守ることを放棄することがないことを彼女は信じてくれている。
そのうえで僕がこのままでは僕が犯してしまう罪を指摘してくれた。
「ウェニア。ありがとう。
リウン、ごめん。本当はこのまま君の気が済むまで待ってあげたい。
でも、それは出来ないんだ。
だから、今は一緒に行こう」
自分が最優先でやらなくてはならないことを自覚できたことでようやく、僕が強引にリウンを外に連れ出すために手を差し出した。
「……うん」
僕の言葉にリウンは最初、嫌そうな表情を浮かべたが直ぐに僕の手を握り返した。
それは周りの事情に振り回されながらその優しさからわがままを言えない子供の表情と同じだった。




