第百一話「声のかけ方」
テロマの剣でこの森の特異な環境を創り出していたと思われる魔法の根源を切り裂いた直後、この三年の間、リウンを害そうとした魔物や人間たち同様に僕をこの森の養分へと換えようとしていた木の根は力を失い、次々とその重量に見合う音を立てながら地に着いていった。
終わった……
それを見て、この森の聖域が力を失ったことを理解した。
巣立ちの時を、いや、その選択が出来ることが可能となる時まで我が子を守ろうとしてきた母親の遺志が消滅した。
その選択を奪う形ではあったが。
「お兄さん……」
わかってる。
本来なら、こんなやり方が間違ってることは
本来なら、時間をかけてでもリウンを説得して、彼自身の意思でこの家から連れて行くのが理想だろうし、それが正しい形だ。
それじゃあ、リウンは知らないうちに手を血で染め続けることになるんだ
だけど、悠長にそのことに拘っていたらリウンは知らないうちに多くの生命を奪っていることを知らない中で彼が最も苦しむことを重ねていくことになる。
正しい形であれば、ある程、手遅れになる。
理想通りの誰もが傷つかない世界。
善が勝って、悪が裁かれる世界。
自由にいられる世界。
それらを優先すれば、大切な者は失われていく。
誤魔化しなんて出来ないよ
心の中で状況を整理していけば、自分の行いを正当化していく様にも感じていき、虚しさが重なっていく。
どうして、続かないんだろう
さっきまでは間違ってでも、リウンを外に連れて行くと息巻いていた。
なのにいざ自分がやったこととリウンのオビ笑顔を振り返った途端にいつもの後ろ向きな性格に逆戻りだ。
ウェニアが言っていたことではあるが、やっぱり僕は自分に言い訳が出来なさすぎる。
リウンにとっては僕は自分の住む場所を奪った人間だ。
そんなことはとっくのとうに理解している。
なのにいざ実際にそれを目の当たりにすればこうだ。
なんて声をかければいいんだ
決して、リウンを害そうとしたつもりはない。
だけど、彼の家を破壊して、生活を奪ったのは紛れもない僕だ。
そんな僕がリウンに優しいお兄さんの様に振舞うなど恥知らずにも程がある。
だからと言って、リウンにぞんざいに扱うなんてしたくない
偽悪的に振舞う勇気もない。
いや、それ以前に本当の意味で済む場所も頼る人間も失ったリウンに辛く当たるなんてことをすれば、それこそリウンは二度と他人を信じることが出来なくなる。。
他人の評価なんて気にしないと決めたが、それでも向き合うべき人間の心を蔑ろにするのは間違っている。
しなきゃいけないことだって理解しているし、僕がそうしたいと思ったのは事実だよ。
それでも、加害者の僕がリウンにどう向き合えばいいのかが本当にわからないんだよ。
結論は決まっている。
リウンを連れて行く。
ただどんな態度で接するべきなのかがわからない。
謝っても許されることではない。
ただ傍若無人に振舞うこともできない。
中途半端に善良な自分が一番性質が悪いことを自覚させられていく。
でも、約束は守らないと
だけど、ここで止まる訳にはいかない。
色々なものを自分で背負ってきたが、僕はあの声にリウンのことを託された。
止まったり、迷ったりして約束を破れば、それこそ僕はただの卑怯者でしかない。
「リウン。ごめん。
だけど、一緒に―――」
空虚な謝罪。
そんなことをして許される訳も償いにもならないのも理解している。
だけど、必死に善人ぶって少しでも優しい声と表情を取り繕うとした。
他人からすれば、殺人犯が子供を懐柔しようとするグロテスクな光景だろう。
「お兄さん」
リウンは僕に恐る恐る声をかけてきた。
どのような声をぶつけられようと受け入れようとした時だった。
「大丈夫?」
「―――え」
彼の言葉は僕の想像していたものと異なっていた。




