第九十七話「旅立ちを記した日記」
『あの人の行方が分からなくなってから既に七年が経った。
リウンはあの人に胸を張って見せられる程に優しい子に育っている。
けれども、あの人が約束してくれた世界はもう訪れないのかもしれない。
あの人は私を、いいえ、私たちを裏切ってなんかいないのはわかっている。
せめて、あの人の安否だけは知りたい。
私を愛してくれた光のようなあの人がどうなったのかを』
『「超越魔法」の術式を一部組み替えることが可能になった。
これで私が不在の時でもリウンを傷付ける存在からあの子を守り、あの子が独利器で生きることが可能になった。
私が外の世界に出てあの人の安否を探しに行く間、あの子を一人にすることになるのは嫌だけどそれでも、私がいなくなってもあの子が生きていけるのならそれでいい。
少しの間とはいえあの子に寂しい思いをさせてしまう私は親として失格かもしれないけれど』
『ふと、私はあることを考えてしまった。
リウンは外の世界に対してどう思うのだろう。
私は本音を言えば、恐い。
先生やみんなを奪った外の世界とそこに住む人間は私にとっては恐怖の対象でしかない。
けれど、私を慕ってくれている森の周辺の人々、そして、私を愛してくれたあの人をあの国の人々と同じだとするのは彼らへの侮辱になることぐらいは私は分かっている。
リウンにも恐らく、多くの出会いがあるのかもしれない。
せめて、あの子には自分を大切にしてくれるであろう人々の出会いがあり、そして、その人たちの存在を心に刻んで欲しい。』
『明日、いよいよあの人を探しに行く。
一月の間だけ、この家を離れることになる。
だけど、その一月もの間、リウンを一人でこの家に残すことだけが本当に嫌だ。
私があの人と出会って、あの子を授かるまで百年の孤独を耐えた。
一人は本当に苦しい。
本当はこんな森から出ていきたかった。
でも、私が外に出たとしても、そこにあるのは先生たちを奪った理不尽な世界が広がっているだけだ。
かつて、魔王ウェルヴィニアですら変えることのできなかった世界の当たり前が残っている。
そんなもの相手に私が何かできるはずがない。
あの人や森の人々がどれだけ優しく善良だとしても、それでも、私たち「魔族の子」の存在はこの世界に認められない悪意がこの世界の大半だ。
私なんかが太刀打ちできるはずがない。
私たちが戦うべき存在は余りにも強大過ぎるのだ。
本当はあの人がその悪意に呑まれてしまっていることは心の何処かで理解している。
それでも、あの人が私に言ってくれた約束がどうなったのかの結末だけは知りたい』
『やはり、整理が付かない。
それともしかすると、これがこの日記を記す最後の項になるかもしれない。
だから、未練がましいがもう一項だけ記しておきたい。
私は既に外の世界を信じることが出来ない。
両親から捨てられた私を拾ってくれた先生や兄妹の様に育った私と同じ境遇のみんなを奪った世界よりも私はこの森を選んでしまった。
そんな私に光を教えてくれたあの人と出会いに関しては感謝はしている。
あの出会いの日とあの人と過ごしたあの日々だけは本物だった。
少なくても、外の世界の悪意になんかに負けない強い光だった。
それでも、私はあの人がいなければ外の世界に出ることができない。
あの人のいない外の世界になど私は価値を感じられない。
けれども、戦うことを放棄した私にも願いはある。
リウン。大切な私の子供。
あなたのことを傷付ける存在から私は絶対に守り続けるわ。
そして、願うことなら、あなたは私と違って外の世界に向き合って。
戦わなくていいの。
本来ならその役目は私がすべきことだったのに私は逃げてしまった。
その負債をあなたが背負う必要なんてないの。
それでも、あなたが勇気を出して外の世界に出て、あなたが生まれてきた意味を知って。
私は既に外の世界を知っているけれど、あなたはまだ何も見ていない。
だから、外の世界を知って。
そこからあなたがどう生きたいかを決めて。
幸せになって』




