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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第九十六話「逃れられない現実」

「え?どういう―――

 ―――なんでお兄さんが!?」


 唐突に僕が突き付けた二つの選択肢にリウンは先程まで拒絶の感情に加えて、恐怖と困惑を浮かべた。

 当たり前だ。

 僕だって、いきなり誰かに『家を出ていくか、そうでなければ今から目の前で死んでやる』なんて言われれば訳が分からなくなる。

 それでも、僕はリウンに現実を伝えなくてはならない。


「リウン。

 今はまだ僕だけで君のお母さんの魔法で死ぬだけだ。

 でも、君を怖がらせる人が来れば、僕と同じ様に死ぬことになるよ?

 君はそれでもいいの?」


「っ?!」


 僕は仮に自分が死んだ後に彼が嫌でも見なければならない現実を突きつけた。

 リウンが今まで知ることがなかっただけで、もしかすると、既にルズの取り巻きの様な人間や彼の厚意を裏切った人間がこの家にある食糧を求めて、リウンの母親の力で命を奪われているのかもしれない。

 当然、そんな人間がそうなるのは自業自得なだけではあるが、リウンはそんな人間の死すら気負ってしまうかもしれない優しい子だ。

 もし僕が死ぬ選択を彼は一生、その罪を自覚しなければならないことになる。


「ぼ、僕は―――

 ―――()()()、僕は!?」


 リウンは自分自身が向き合っていかなければならない罪に直面し、良心と過去の恐怖からの逃避に揺らぎ出した。


「リウン。言い訳はしない方がいいよ」


「え……」


 リウンが口走った『だって』という言葉に僕は待ったをかけた。


「君がどれだけ怖い思いをしたのか知っているし、それを思い出させて怖がらせてごめん。

 でも、そのことを理由に躊躇したらこの家で君はずっと後悔するか、言い訳しながら泣き続けることになるよ」


「!?」


 リウンが躊躇する理由も、僕がやっていることが独りよがりなのは十分承知の上だ。

 だけど、それらの事情を踏まえても彼が選んでしまうかもしれない最悪の未来だけを防ぎたかった。

 僕が死ねば、彼は一生罪悪感に苛まされるか、必死に自己擁護に走ろうとしながらもそれが出来ずに心が死んでいく未来しか彼には残されていない。

 そもそもそんな風に思えるリウンだからこそ、僕はここから連れ出そうとしているし、リウンが自分さえよければどうでもいいと思える人間なら僕はとっくのとうに見捨ててる。


 君は僕と似ているんだよ


 リウンはウェニアとリザに会うまでの僕と同じだ。

 僕の方が情けないけれど、過去の出来事に囚われて、それを言い訳にして勝手に自分には出来ないと思い込んで前に進むことも出来ない。

 それもあって、彼を放っておけない。


 それと石井たちと全然違うからね


 それに加えて、ようやく僕はこの世界、いや、元の世界にいた時から、何かと突っかかってきた石井たちと自分たちとの違いを認識できた。

 あいつらは平気で自分の欲望の為なら、他人を踏みにじる。

 対して、リウンも僕も悪く言えば、女々しいのかもしれないが、他人のことを考えることが出来た。

 元からの気質なのか、それとも、生まれ育った環境の違いなのかは分からないけれど、僕はどれだけ苦しんだりしたとしても今の自分の様に育ててくれた両親や僕を慕ってくれた妹に感謝したい。

 今さらだけど、あんな連中や周囲からの評価なんて気にする方がおかしくて仕方がなかった。

 そして、リウンが選ぶのは今の優しさを選ぶか、それともあんな連中の様に他者をふみつける人間になるかの選択だ。


「うぅううう!!?」


 リウンは泣き出した。

 子供がこんな残酷な選択を選ばなきゃいけないんだ。

 感情が滅茶苦茶になるのも仕方のないことだ。


 ……これを伝えないと


 その様子を見て、僕は改めて彼が知っているであろう、彼に伝えるべきもう一つの事実を彼に告げようと決めた。


「リウン。

 君がこの家の外に出るのは、お母さんのもう一つの願いなんだ」


「……ぐすっ。え」


 日記に記されたリウンの母親の祈り。

 それは二つあった。

 一つはこの森の歪みを引き起こした我が子の平穏と幸福。

 そして、もう一つは今を逃せば、二度と訪れないであろうものだった。

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