第十一話「夢と道」
「よし、軍資金を調達するぞ」
「あ、ああ……」
大トカゲの治療を終えると魔王はこの大トカゲの住処の何処かにあるであろう財宝を探し出そうとした。
「おいおい、どうした?
そんな辛気臭い顔をして」
僕が気乗りしていないのを目にして魔王は声をかけて来た。
「い、いや……それは……」
僕は未だに大トカゲの未来が気になってしまうのだ。
大トカゲのが魔王によって救われたのは事実だが、どうしても大トカゲを助けたことに対して、それが正しかったのか未だに理解できない。
「……なんだ?まだ後悔しているのか?」
そんな僕の心意を見通してか魔王はどこかうんざりしたような表情をした。
「……当たり前だろ……
人間は皆、お前みたいにそんな風に割り切れないよ……」
後悔がないなんて言ったら嘘になる。
僕はクラスの連中みたいに残酷にもなれないし、魔王のように強くもない。
前者は命の重さも知らない。
後者は命の重さを知っているけど優先順位が低いだけ。
対して僕はどっちつかずの半端者で偽善者だ。
「……そうか」
そんな僕に魔王はこれ以上は何も言わない。
これ以上何を言っても無駄だと思ったからなのだろう。
でも、それはそれでいいと思う。
僕自身、自分のことをうじうじしていると感じているからだ。
「で、お前が見つけた金はどこだ?」
魔王は元の話題に戻し僕に金貨の場所を求めた。
「あ、ああ……確か……」
僕は大トカゲとの戦いで場所が離れたことでもう一度見つけるのに時間が少しかかったけれど
「あ、あった!」
金貨の山を見つけることが出来た。
少し崩れて散らばってはいるがどうやら使えそうだ。
「ほう?見た所、27、28レントはありそうだな」
「……え?何それ?」
僕は聞き慣れない通貨単位らしき言葉が引っかかってしまった。
「……ああ、そう言えば貴様は異なる世界から来たのだったな……
これは困ったことになったな……」
「……そうだね……」
魔王は説明することに困ってしまった。
そして、僕も魔王の悩みが理解できてしまった。
僕もさっき「FAX」や「バリア」とかを説明するのに困ってしまった。
そもそも固有名詞すら教えるのが難しいのだ。
幸い、会話が出来ていたり時間の単位がが同じとは言えこれは致命的過ぎる問題だ。
「……!あ、そうだ!」
「……ん?」
しかし、そんな時良いことを思い付いた。
「「レント」てどれくらいあれば一年間働かないで暮らせるんだ?」
それは「レント」の一年辺りの必要額を求めることだった。
「お金」と言うのは結局のところ、生活の為にあるのが第一だろう。
特に衣食住。それが最優先だ。
それさえ解かればある程度の通貨価値が解かる。
もちろん、この世界の生活水準が日本と同じだとは限らない。そもそも日本の生活基準は世界でも最高水準だ。衣食住だけでなく家事や生活を楽にしたり快適にする家電や心の健康面を保つ娯楽等にかかる費用もあるのでそこら辺も同じではないだろう。
と言っても、それでも「衣食住」に関する生活費さえ解かれば何とかなるだろう。
「……成程な。
少しは頭が回るらしいな」
「相変わらず棘のある言い方をありがとう……」
そんな僕の質問の真意を理解してか魔王は少しだけだが評価してくれたらしい。
ただ、その言い方は僕をかなり小馬鹿にしているが。
「まあ、聞き流せ。
そうだな……1レントならば、贅沢さえしなければ庶民は4月は暮らせずにすむな」
「……つまり、アルバイトの給料四か月分か……
22~24万円ぐらいかな?」
一応、最低賃金に四か月に四時間をかけてみたけれどそもそもアルバイトの給料が日本の最低生活水準になるのかわからないので自信がなかった。
ただ1レントが20万円以上あるのはわかった。
と言うか、通貨一単位の一桁台で20万円以上てこの世界の通貨基準はおかしくないだろうか。
自分の金銭感覚が正しいのか悩んでいる時だった。
「「アルバイト」?なんだそれは?」
魔王がまたしても僕の世界の言語に興味を抱いてしまった。
仕方ないとは言え、こうして子供のように何も考えないで興味津々に質問してくる魔王の姿に何故か魔王なのに無邪気さを感じていた。
と言うか、もしかすると「FAX」とか「バリア」のことを訊いて来た時もこんな表情だったのだろうか。
こいつ、甥がいる伯母さんだったよな。
「……一時的に雇われている職員だよ……」
一応、僕は簡潔に答えた。
「ほ~、成程……
では、「エン」とは貴様の世界の通貨なのか?」
魔王は今度は「円」のことを嬉々として訊いて来た。
どれだけ知識欲旺盛なのだろうか。
「ああ。
正確には僕のいた「国」の通貨だけど。
他にも「ドル」とか、「ユーロ」とか、「ポンド」とか、「元」とかあるけどね」
とりあえず、僕は自分の知っている限り世界の主要な通貨を羅列してみた。
「……成程な。
どこでも通貨は統一されていないのか」
「?」
打って変わって魔王は少し意味深に呟いた。
「それは仕方ないんじゃないのか?」
僕は魔王が言わんとしていることを珍しく先に理解して言った。
きっと、こいつは全て同じ通貨にすればいいと思っているのだろう。
「……そうだな。
だが、通貨の違いで無用な争いが起こるのも事実だ。
ならば、少しでも通貨の種類を減らす方が無用な争いを減らせるだろう」
「そりゃ、そうだけど。
今まで持っていたものが無価値になるなんて言われたらそれこそ無用な争いが生まれるんじゃないのか?
それに古いものには歴史がある。
それに愛着を持っている人間だっているだろ。
それをやたら無暗に壊す方が余計な争い事を生むって」
魔王の言っていることは確かに理想的だ。
でも、それは最初に一つの通貨だけがある場合に限られる。
そこに異なるものが出来れば、それを失くすのはあまりにも犠牲が大きい。
それに既にそれが一つの価値として出来ているのあれば、その存在を一方的に潰すのは傲慢だ。
「貴様、意外に聡いのだな」
またしても僕は魔王に子馬鹿にされるようにされて感心された。
どれだけ、僕はこいつに下に見られているのだろうか。
「いや、普通なら考えられるって……
で、僕の言葉をしっかりと受け止めてくれたってことはちゃんと改善案はあるんだろうな?」
と僕はムカついたので少し棘のある言い方をした。
「何を言っている?
我はそもそも通貨の種類を徐々に減らすつもりだった。
我はただ貴様がそう言ったことに気付いていたことに驚いたに過ぎん」
「……どんだけ、僕のことを下に見てんだよ……」
どうやら魔王は元々、そんなことをすれば反発を招くことぐらいは察していたらしい。
ただ僕がこの件について気付いたことに驚いているらしいがいくら何でも馬鹿にし過ぎじゃないだろうか。
「安心しろ。貴様も含めて総ての者も見下ろしているだけだ。
貴様が取り分けて凡俗だと思ったわけじゃない。
凡俗が嫌ならば、結果を示せ」
「嫌な平等主義だな!?
……一応、訊いておくけど仮に今の答えじゃなかったらどうだったんだよ」
まさに唯我独尊。どうやら魔王は総ての者を等しく自分以下と断じているらしい。
つまり、僕じゃなくても今回の評価は下っていたらしい。
念のためだが僕は他の答えを出した場合を訊ねてみた。
「……そうだな。
仮に我の言葉に一言も反論もしなかった場合やただ喚くだけならば前者は重用せず精々利用させてもらう。
後者は少しでも理がなければ歯牙にもかけんだけだ。
一応、我の臣下だ。役目を果たすのならばとやかくは言わん」
どうやら僕は合格点だったらしい。
少なくとも、大トカゲの件で見限られていないことからまだセーフだったらしい。
仮にここに佐川達がいたら確実に手駒にされるだろう。
召喚されてお姫様や王国に泣きつかれて直ぐにOKを出した時点で確実にアウトだ。
「貴様もそのことを忘れるなよ?
よし、他の宝を探しに行くぞ。
28レント如きでは3年ほどしか生活が出来ん。
これでは資金不足だ」
「……え?3年も生活が確保出来るんだから、十分じゃ?」
僕は魔王の『資金不足』と言う言葉が引っかかった。
元々、僕たちのすることは国ごと相手の戦力を奪うことだったはずだ。
それならば、そこまで資金は必要ないのではないだろうか。
「馬鹿か?
相手は曲がりなりにも「軍」だ。
ならば、手駒は少しでも必要だ」
「……え?でも、殴り込みに行くって言ってなかったか?」
「貴様……数に劣る我らが二人だけで世界相手に戦えるとでも思ったのか?」
「いや、だって……お前の実力からすれば……」
どうやら魔王は軍資金を必要としているらしい。
僕としては魔王の実力を以てすればそんなものなくても倒せるんじゃないのかと思っているのだが。
「ああ、そうか。言うのを忘れていたな。
我は生前の一割以下程度の力しか持っていないぞ」
「……はい?」
「だから、少しでも手勢を用意する必要が―――」
「ちょっと待て!?初耳なんだけど!?」
魔王の衝撃的なカミングアウトに僕は声を上げてしまった。
「―――だから、『言うのを忘れていたな』と言ったであろう」
魔王はしれっと反論にならない反論をして来た。
確かに言っていたが問題はそこじゃない。
「いやいやいやいや!?
何重要なことを忘れてんの!?
と言うか、よくそんな状態なのにあんだけの大口を叩けたな!!?」
魔王はどうやら世界を恐怖に陥れていた時と違って物凄く弱体化しているらしい。
そんな状態であんな自信満々に『世界を手にする唯一の王』と宣ったのだ。
大胆とか怖いもの知らずとかのレベルじゃない。
もしかすると、ただの考えなしなだけなんじゃないだろうか。
「五大魔王とか、王国の連中に勝てる根拠はあるのか!?」
今まで魔王の力があるからなんとか勝てる安心していたがここに来てまさか、魔王の実力がそこまで強くないと知りその前提が崩れ去った。
「ない」
「断言した!?
おい、いくら何でも―――」
魔王はきっぱりと言った。
僕はこのままではあの佐川のような考えなしに巻き込まれかねないと思って不安に駆られながら魔王に文句を言おうとしたが
「言ったはずだ。
何時でも我が覇道を降りてよいと」
「―――……!?」
魔王は怒ることも動揺することもなくただそう言った。
「我が行おうとしていることが無謀なことであること位はこの我自身が弁えている。
だが、我は一度目の生で後少しの所まで行ったのだ。
それだけは言っておくぞ」
「……昔と今が違うのにか?」
僕は魔王のその堂々とした姿を見ても一度佐川の考えなしで死にかけた身として他人の自信を無条件に信用しないことから疑った。
アイツも最初は自信満々だった。
なぜあそこまで自信満々なのか分からない程に。
佐川とそれに付いて行った佐川の友人とアイツのファンと言う名前の狂信者、そして、従わざるを得なかった僕らの失敗は佐川が今まで完璧すぎたのが理由だ。
なんだあの完璧超人。運動神経抜群で成績優秀。さらにはイケメンで性格も明るいと欠点がない。
でも、だからこそ、アイツもアイツを取り巻く人間たちは失敗した。
みんなアイツが失敗することなんて考えもしなかった。
佐川は失敗を知らなかった。いや、自分が失敗すると言うことを考えられなかったんだ。
あいつは天才だ。多分、人が10、いや、100の努力でようやく手に入れられるものをアイツは1の努力で勝ち取れる。
だから、何でもかんでも自分で出来ると勘違いしていたんだ。
そして、同時に自分の基準を相手も同じだと思ってもいたんだ。
そんな失敗をした人間を見て来たことで僕は魔王のその自信を危惧した。
「……そうだな。
だが、その為の軍資金なのだ。
それだけでもあれば少しはマシになる」
「………………」
僕の指摘を受けて魔王は自らが無謀であることを認めつつもそれでも軍資金を求めた。
その姿を見て僕は
「……仮にだけど、僕が『ここで降りる』と言っても……
お前はどうするんだ?」
少し確かめたくなってそう言った。
それを聞くと魔王は
「決まっている。
貴様をどこか街へと連れて行き、そこで別れるまでだ。
貴様のおかげで我はもう一度夢を追いかけられるのだからな」
「……夢?」
僕をこの迷宮から助けることは曲げることをせず、さらにはその理由までもを口に出した。
「……そうだ。
我は世界をこの手に収めたい。
ただそれだけが我が夢だ。
その為ならば、何度でも挑むだけだ。
だが、それでも貴様は貴様だ。
貴様は貴様の道を行け」
「……!?」
何が魔王をここまで「世界征服」の夢へと突き動かすのか僕には理解できない。
だけど、そんな無謀な夢に僕を巻き沿いにするつもりはないとも言った。
さらにそこにはそれは僕が魔王なしでは生きていけないと言う前提がない様にも思えた。
こいつ……馬鹿なんじゃないのか?
それを聞いて僕は
「……わかったよ。
付いて行くよ」
こいつから離れることを自分でも馬鹿だと自覚しながらも諦めた。
「……ほう?
一体、どういう了見だ?」
魔王は興味津々に僕がなぜ自分に付いて行くのかを訊ねて来た。
と言っても、こう言うのはあまり言いたくないが
「……放っておけないからだよ」
「……何?」
僕は今のやり取りで魔王が仮令一人であろうと「世界征服」等と言う夢物語を追い求めるのは理解できた。
でも、それは文字通り本当に一人であろうと挑戦し続けるということだ。
きっとそれはとても辛い道になることぐらいは僕でも解る。
これは一つの人助けかもしれない。
つまりは忌々しいがある意味では佐川達とやっている動機は同じだろう。
でも、僕にはアイツらみたいに強くないので人助けにすらならないだろう。
だけど、僕にはこいつを放っておけない理由があった。
それは
「僕はお前に助けられた。
だから、そんなお前を見捨てて逃げられるほど僕は恥知らずになりたくない」
僕は魔王に助けられた。
それも一度だけじゃなく、二度も。
しかも、大トカゲのことまで助けてくれたのだ。
そんな恩人を見捨てられるほど、僕は自分に嘘を吐けられない。
「それに―――」
何よりも僕にはもう一つ大きな理由と佐川達とは異なる違いがあった。
「―――お前、僕を巻き込まないようにしてるじゃん」
「……何だと?」
それは魔王が僕のことを自分のしようとしていることに巻き込まないようにしていたことだ。
王国の連中は僕たちを強制的に呼んだ。
しかも、その後に逃げ場がないのに助けて欲しいとも言ってきた。
僕から言わせてもらえばあれは拒否権のない選択だった。
佐川がお姫様の言葉を受けて「人助け」みたいな形になったけど、あんなものは「命令」と変わらない。
でも、魔王は違う。
僕に選択肢を与えてくれたし、無理強いをしなかった。
何よりもこいつは他人を巻き込もうとしない。
自分一人でさえやってみせると心の底から言っている。
クラスのあの同調圧力みたいなものがこいつには存在しなかった。
こいつは卑怯だ。
そんな風に言われたら誰だって逃げたくなくなるに決まっている。
それを無自覚にやっているのか、打算的にしているのかわからない。
それでも僕は付いて行きたい。
と心の底から感じてしまった。
「何を世迷い言を……
まあ、よい……後悔するなよ?」
「……ああ」
魔王は僕の言葉を『世迷い言』と切って捨てた。
でも、僕はそれを否定しない。
僕は弱い。
そんな僕が『放っておけない』と言ったのだ。
不機嫌になるのも仕方ないのかもしれない。
きっと、何時かはこの選択を後悔するかもしれない。
今は余裕があるからこんな大口を叩けるのかもしれない。
それでも今の僕はこいつに付いて行きたい。
「でも、軍資金を手にしたら何をするんだ?」
話を切り替えて僕は訊ねた。
一体、魔王は何をしようとしているのだろうか。
「適当な街に行って傭兵を雇う」
「……よ、傭兵?」
魔王の言わんとしていることはわかった。
つまりは金に物を言わせて数を揃えるつもりらしい。
確かにこれなら素早く戦力を揃えられるだろう。
しかし、「傭兵」と言うのは日本で育った身としては馴染みのないものなので僕は困惑してしまった。
「なんだ?その顔は」
「い、いや……
僕のいた世界じゃなくて、国じゃ「傭兵」なんてものは馴染みがないから驚いただけだよ……」
「そう言えば、貴様の国は平和な国であったな?
「傭兵」に馴染みがないとすると、貴様の国は「常備軍」が主流なのだろうな」
魔王はどうやらこちらの世界の、いや、日本の国家制度を今の会話だけで理解したらしい。
「あ、ああ……まあ、そんな所だよ……」
僕はそんな魔王の洞察力に驚きつつも「自衛隊」が正確には軍隊ではないと言う語弊あるので、それを説明していたらキリがないと考えてその認識でいいと片付けた。
「でも、傭兵って……その……こう言ってはどうかと思うけど、ガラが悪そうと言うか何と言うか……
大丈夫なのか?逃走とか……」
これは偏見かもしれないけど、僕はあまり「傭兵」は信用できないと思う。
そりゃあ、これが傭兵にとって個人じゃなくて国家との取引ならまだいいけど生憎僕らは前者だ。
お金だけもらってとんずらとか普通に考えられるし、これから僕らが戦うのは偽者とは言え魔王だ。
しかも、そこに加えて圧倒的な戦力差。
絶対に怖気づいて逃げるだろう。
ちなみにこれはクラスの連中と王国の兵士たちを見ての経験談だ。
以上のことから騎士道とか普段から言っている連中でさえ逃げるのにそれさえもない傭兵はそれが顕著だと危惧している。
「それなら、安心しろ。
傭兵になるような奴は魔物を狩ることに何かしらの理由があるような奴らだ。
少なくとも、命知らずと言う点では信用が出来る」
「……え?そうなのか?」
この世界の傭兵のことを聞かされて僕は驚いた。
僕の知っている限り、「傭兵」は割とお金でしか動かないドライな関係だとしか築けないから裏切ると思っていたがまさか、魔物を狩ることに意味があるとは思いもしなかった。
「……連中の大半はそうしなければ生きていけない奴か、何か理由あって魔物狩りをしているような奴らだけだ。
少なくとも、依頼主との契約を破って逃げるような奴はいない」
「……そうなんだ……
でも、僕は―――」
魔王はかなり神妙な顔をしてそう言い放った。
一体、それはどういう意味なのかは分からない。
もしかすると、生きる糧のためにそうしなければならないのだろうか。
ただ一つ不安があるとすれば、後者の理由を持っている人間たちだ。
魔物を狩る理由がクラスの連中みたいに楽しんで殺すためじゃなければいいのだが。
はっきり言うと、あれは思い出したり見ているだけで反吐が出る。
少なくとも、あんなような奴らと一緒に戦うとか僕は嫌だ。
「フン……安心しろ、これでも我は王としては人の器を量ることは出来る。
それに「傭兵」はあくまでも数合わせだ。
使える奴がいれば我が臣下にするつもりだがな」
魔王はどうやら、僕の不安を察してくれたようだった。
「……そう言えば、お前……生前は王様だったんだっけ?」
「……なんだ、忘れていたのか?」
魔王は不機嫌そうだった。
いや、実際今のは失言だっただろう。
「ごめん」
僕は一応、謝っておいた。
こいつには何度も助けられているし、なるべくなら対等に接したい。
こいつからするとそれは無礼かもしれがせめて最低限の礼儀を示したい。
「……はあ?
なぜ貴様が詫びるのだ?」
どうやら魔王はあまり気にしていないようだった。
器が大きいとも思えるがかなりプライドが高い魔王の割には意外な反応だった。
「いや、だって……お前、割とプライド高いしそう言うこと言われると嫌だろ?
それに今のは自分でも悪いと思って……」
僕が自分が感じたことをそのまま話した。
このプライドの固まりのような奴のことだ。
こういったことを言われると本気で嫌がりそうだ。
だから、謝った。
ただそれだけだ。
「……今のはどっちの意味だ?」
「……え?……どっち?」
しかし、返って来たのは意味の分からない二択だった。
と言うよりもその二択そのものさえも提示しない問いだった。
『どっちの意味』と言われてもこれだと答えようがない。
なので僕は
「い、いや……
僕はただお前が嫌な気持ちになったんじゃないのか?
と思っただけで深い意味はないんだけど……」
人として当然のことをしたまでと答えた。
毒舌キャラとか、暴言を吐くとか、いじり役とかを売りにしている人間が僕のクラスにもいた。
でも、相手が本気で嫌なことだと思ったらそれは不愉快だ。
と言っても僕はそんな人間たちに物言える立場じゃないし、強くもない。
だけど、せめて自分だけでもそうならないようになろうとしているだけだ。
まあ……結局、僕もこの世界に来てからそう言う人間のターゲットにされたけど、僕も助けなかったんだから仕方ないのかもしれないね……
僕は自分の弱さを自嘲した。
自分がたまたまその番に回って来て恨み言を零す。
ある意味、最低な人間かもしれない。
それでも、他人を傷つけるのは気分が悪い。
だから、僕は今回のことを謝っただけのことだ。
「……だから―――
て、あれ?」
「………………」
僕が少しばかり自分のどっちつかずの半端な一面に自己嫌悪に駆られながら言葉を続けようとしているとなぜか魔王は呆気に取られていた。
「おい、どうしたんだ?」
今回は立場が逆転したらしく珍しく僕は魔王になぜそんな顔をしているのかを訊ねた。
「い、いや……何でもない……」
しかし、魔王の口から出て来たのは歯切れの悪い言葉だった。
何でもないと言っているが、どう見ても何かあるのは見え見えだ。
僕としてはてっきり、魔王に『貴様にそのような言葉をかけられて怒るほど器は小さくない!』と鼻で笑われると思ったのだが、今の魔王はどこかおかしい。
まさか、照れ隠しなんて殊勝な反応するような奴じゃないだろう。
だけど、どこか人間味がある。
「そ、そっか……」
今の魔王の姿には新鮮味があるが、それ故にどこに地雷があるのかわからないのでこれ以上の詮索は止めようと思った。
でも、少しばかりだがこの姿が気になっている。
こいつは何と言うか、王者としての姿が様になっているので大物らしく見える。
でも、今見せた反応や妹への感情を見ると、王様としての姿以外の一面を見ることが出来るけど、その先を見ることが出来ない。
その先にある感情が気になって仕方がない。
けれど、怒らせるのも恐い。
……いつか見てみたいと思うんなんて、随分と僕もおかしいな……
魔王のシスコンぶりにははっきり言うと呆れたが、今の姿を見てこいつの人間らしい一面を知り僕は困惑している。
僕は個人的にこのウェルヴィニアと言う人間そのものに興味を抱いてしまった。
こいつのことをもっと知りたいと思ってしまっている。
「グゥウ……!」
「……!」
「ちっ……!
些か、時間を取り過ぎたか」
しかし、そんな余韻に浸ることを許してくれないのか、僕が蒔いた種がそれを邪魔した。
「グルル……」
大トカゲは僕と魔王に相対した。
しかし、なぜか前屈みにならなかった。
もしかすると、魔王が治癒したがそれが完璧でなくてまだ身体が痛むのから負荷をかけないようにしているのかもしれない。
出来れば、あの痛みが原因で怖くて逃げだすのならばいいのだけど。
「……おい、覚悟は出来ているのだろうな?」
魔王はそれを今から殺そうとする相手ではなく僕に向けて言った。
つまり、『殺す覚悟が出来ているのか?』と訊ねているのだろう。
それに対して僕は
「……そんなものは出来ていないよ……」
そう返すしかなかった。
殴るだけであんなに苦しかった。
きっと本当に殺したらそれこそ何日かうなされる。
いや、下手したら一生苦しむことになるだろう。
僕は決して、菜食主義者でも何でもない。
でも、生き物を殺すなんて虫以外はなかったんだ。
だから、そんな覚悟なんて出来ていない。
「……でも、やらなきゃいけないのはわかってるよ……」
しかし、それでも目の前の大トカゲはもしかすると再び襲い掛かって来るかもしれない。
なら、迎え撃つしかない。
たとえ、相手を殺すことになっても。
僕だって死にたくないんだから。
「……そうか」
僕の返答を聞いて魔王は少しだけだが納得してくれたようだ。
今のこいつの顔は「王」としての顔だ。
きっと、今のは部下もしくは手駒として及第点ギリギリの答えを出したと納得しているのだろう。
「………………」
来た……!……あれ?
大トカゲはゆっくりと僕らに近寄って来る。
僕は大トカゲは逃げないと考えて警戒心したが妙に様子がおかしかった。
なんなのだろうか、この違和感は。
何かがおかしい。
いや、嫌な予感は感じないのだけれども、何かがおかしいのだ。
「グウウ……」
「え?」
「何……?」
大トカゲは僕たちのすぐ傍に来たのに全く襲い掛かる素振りを見せなかった。
それどころか、僕たちのことを一瞥するとそのままゆっくりと立ち去った。
その行動にに僕どころか魔王すらも驚きを隠せなかった。
「あ、おい!」
僕はその行動が気になってしまって通じるわからないのに思わず声をかけてしまった。
あれ程、憎悪を放ち続けていたのに何事もなく立ち去るなんて明らかにおかしい。
確かにここに魔王がいるから勝ち目なしと考えて逃げている、もしくは逃げるふりをしているかもしれないが、それでも最初に魔王と相対した時のような怯えを大トカゲは見せなかったのだ。
何よりも大トカゲは魔王を恐れていなかった。
「魔物が……人間を襲わない……?」
魔王も大トカゲの異様な行動に呆気に取られていた。
どうやら、魔王、いや、この世界の人間にとっても大トカゲの行動は異常らしい。
「……行くぞ」
「……うん」
魔王は大トカゲの方を見つめながら僕にそう指示を出し僕も魔王の意思に従った。
と言うよりも、僕は魔王に言われずとも大トカゲのことを放っておけなかった。
どうしてアイツが憎しみを僕に向けたのか。
その答えになるものがアイツの向かう先にあるとすれば、何としても見届けなくてはならない。
大トカゲは歩幅もあってか、僕たちよりも距離を稼ぎながらゆっくりと奥へと進んで行った。
だけど
「……あやつ……我らを誘っているのか?
それとも、導いているのか?」
大トカゲは時折、こちらを振り向き立ち止まっている。
まるで僕らが付いて来ているかを確かめるように。
大トカゲは一体、何を考えているのだろうか。
僕らは罠に嵌めようとしているのだろうか。
それとも、ただ魔王の言っている様に僕らを道案内しているのだろうか。
「グルル……」
「止まった……?」
しばらく歩いていると大トカゲは部屋の左奥に着くと動きを止めた。
「……グルル」
「……!」
「こいつ……!」
すると、一転してこちらへとゆっくり向かって来た。
突然のことに僕と魔王は身構えた。
しかし、
「……何だと?」
「……あれ?」
大トカゲはまたしても僕たちに襲い掛かろうとしない。
なぜ襲い掛かろうとしないのだろうか。
もしかすると、学習して不意打ちをしようとしているのだろうか。
大トカゲはそのまま僕らの方へと進んで来た。
「油断するなよ」
「ああ……」
魔王は僕に念を押す。
僕もそれについては同感だ。
たとえ、敵意を感じなくてもそれが演技の可能性がある。
大トカゲにそんな知能があるかはわからないけど、オポッサムが死んだふりをしたり、カラスが木の実を割るために道路に置いて車に轢かせるように動物にはそう言ったことを行う知能を持つ物もいる。
動物の頭脳プレイは舐めてはいけない。
相手は魔物だけど。
「「………………」」
遂に大トカゲは僕と魔王を見下ろす地点まで来た。
改めて見ると、この大トカゲはかなり大きい。
魔法攻撃を弾くなどとんでもない能力があったから肉弾戦でしか勝ち目がないだ最初からこんな巨大な奴に接近して挑むなんて怖くて仕方ないだろう。
僕と魔王は何があってもすぐに対処出来る様に身構え、その動向を見守ろうとした。
「……む!」
「……!」
大トカゲは頭をゆっくりと卸してきた。
魔王はさらに警戒を強めた。一応、まだあの強化が続いているだろうとは言え、気をつけるべきだからだろう。
でも、僕は油断したら襲われると理解しながらもこの大トカゲが本当に襲い掛かるまで手を出したくなかった。
やはり、この大トカゲを殺さないといけないのかと不安だった。
「………………」
「……?」
しかし、大トカゲは今でも僕に噛みつきそうな距離まで頭を近づけているのに襲い掛かろうとしない。
ただゆっくりと頭を僕らの方へと近付けるのみだった。
そして、そのまま
「……グルル……」
「「………………」」
完全に僕らの目線と大トカゲの頭部は同じ高さに重なった。
魔王は大トカゲに攻撃しようとしなかった。
それはこの距離が既に大トカゲが噛みつける地点を既にオーバーしていたからだ。勿論、あの強化を解除していないからでもあるだろう。
でも、それだけじゃない気がする。
これはただの憶測でしかないけれど、恐らく魔王もこの大トカゲの一連の不可解な行動の真意を知りたいのじゃないだろうか。
今のは僕の希望的観測でしかない。
けれど、なぜか僕は魔王と共感できる何かが在って欲しいと思っている。
「………………」
「……!」
大トカゲは僕の方へと頭を伸ばしてきた。
僕は一瞬、身構えたが
「グルル……」
―アリガトウ―
「……え?」
まるで憑き物が落ちたかのような穏やかな声と同時に聞こえて来たその言葉に呆気に取られてしまった。
そして、そのまま
「……何だと?」
大トカゲが僕に自らの頭を当てて来た。
それはまるで頬擦りのようであった。
この状況に魔王すらも驚愕していた。
僕も驚いていた。
しかし、むしろ僕は困惑したと言った方が正しい。
僕たちが何をするべきか迷っている時だった。
「ガウ」
―コッチ―
「……え?」
大トカゲは突然、僕たちに背を向けて再び奥へと向かおうとした。
しかし、大トカゲは一度僕らの方へと振り向き再び穏やかな声が聞こえて来た。
まるで、僕らを道案内するように。
「……行こう」
「……何?」
魔王は大トカゲの行動の真意が掴めずにいて困惑していたが
「大丈夫だから」
「な!?おい!?」
僕は魔王の制止を振り切って大トカゲを追いかけた。
少なくとも、僕はあの『ありがとう』と言う言葉を信じたくなったし、あの憎しみの意味を知りたかったからだ。




