第九十三話「裏切りの言葉」
「リウン、ちょっと話があるんだ」
「お兄さん。
どうしたの?」
リナの出発の準備が整い、彼女にリザを預けてから僕はリウンの説得、いや、彼をこの家から連れ出そうとしている。
リウンの意思を尊重すべきなのは理解している。
僕がやろうとしていることがどれだけリウンの心を抉ることになるのだって知っている。
そもそも僕自身がリウンと同じ側の人間だ。
それでも僕はリウンの母親の日記を読んだことで彼をこの家から連れ出す必要性を改めて感じてしまったのだ。
「今日、僕たちは森の外に向かうことを決めた。
それは昨日、言ったよね?」
「う、うん。
寂しいけど、でもまた会いに来てくれるよね?」
確認するように僕はリウンに森の外に出ることを再度告げた。
それに対して、リウンは少し寂し気な表情を浮かべながらも、僕たちがまた会いに来てくれると信じてくれていた。
その期待から共にこの子が恐らく、四年も前から一人で孤独の中でこの家で母親との思い出を糧にして生きてきたことを感じ取ってしまえた。
本当なら、ここで彼が期待する言葉を言ってあげたい気持ちになったがそれをグッと堪えて僕は覚悟を決めた。
「……ごめん。
それは約束できない」
「え?」
今の言葉がどれだけ目の前の優しい少年を傷つけたのかは彼のしている表情が物語っていた。
それは信じていた人間が裏切られた際に見せる顔なのかもしれない。
「ど、どうして?
お兄さん?」
リウンは縋る様に僕に訊ねてきた。
きっとこの子は母親が目の前で殺されるまで人の悪意や敵意とは無縁で、ただ母親の愛情しか知らない子供だったのだ。
そして、それは自分が信じた人間に裏切られることなんてことすらないのだ。
「それは君もこの家から出ていかなきゃいけないからなんだ」
「え……」
僕はその理由をぶつけた。
「リウン。
理由は言えない。
でも、君はこの家の外に出なきゃいけないんだ」
彼をこの家から連れ出す本当の理由は伏せるしかなかった。
彼の安全を考えれば、この家にいることが一番だろう。
だけど、この家の周囲に存在する「超越魔法」はこの森の魔物たちの習性を歪ませており、それが原因でリストさんの村の様に森の周囲にある村に悪影響を及ぼしているのだ。
その結果、人々の生活は脅かされており、リナの様に本来ならば保護されるべき子供の生命すらも衰弱や風邪などといった救えるはずの原因で失われてしまう。
この辺りではそんな悲劇が常に起きているかもしれないのだ。
そして、リウンは知らないうちにその悲劇を起こしてしまっている。
しかも、それは彼がただ日常を送るための代償としてだ。
それは悪とは言えないが、罪になってしまうかもしれないのだ。
少なくても、森の周辺の人々からすればリウンは憎まれてしまうかもしれないし、何よりもリウン本人が罪悪感に駆られてしまう。
ただ母親の我が子を守りたいという願いが彼の未来を奪うことになってしまうなどそんな悲しいことがあっていいはずがない。
だから、仮令罪から逃げるということになってしまうかもしれないが、真実を教えないまま僕は彼を連れ出したい。
「―――いやだ」
「リウン……」
だけど、僕の答えに予想していた通りの怯えた声を出して拒絶した。
「いやだ!!!」
「っ!」
彼の拒絶の叫び声と共に床下から強い勢いを持ったまま我が子を脅かそうとする者を排除しようとする母親の残滓が僕を串刺しにしようと襲い掛かってきた。




