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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第九十話「感情のままに」

「よく眠れたか?」


「少しだけならね……」


 リウンの家から本当の意味で出発することになるであろう朝。

 その目覚めはいいものではなかった。

 それは初めて人を殺したこともあるだろう。

 やはり、そう簡単に拭えてはならないものだろう。

 そして、睡眠時間も感じるものとしてはあまり取れていないだろう。


 時計もないから


 元いた世界なら時計の存在で正確な時間を把握できて、日の出入りや体感時間を当てにしないで済んだだろう。

 時計があるとしても、この世界では恐らくかなりの高級品だろう。


「そうか。

 では、心の準備は、いいや、説得の準備は出来てるか?」


 僕のコンディションについて訊ね終えると今度はリウンに対して向き合う覚悟の是非を訊ねてきた。


「それは……簡単には言えないよ」


 その問いに僕は『大丈夫』とも、『無理だ』とも言えなかった。

 リウンを説得できる根拠も自身なんかも僕にはない。

 そもそもリウンの心の中にある外の世界へや人間への恐怖が何であるのかを知らないのにそれを追い払う方法なんか見当がつくはずがない。

 ただあるのはあの子が真実を知った時の絶望と後悔を少しでも和らげたいという僕の願望だけだ。

 でも、だからと言って諦めているわけじゃない。

 『無理だ』とは絶対に言いたくない。


「成る程な、気持ちだけは十分と言ったところか」


 根拠なんてないし、僕にはリウンの外の世界への恐怖を断つ力なんてない。

 それでも、リウンを外の世界に連れ出すという意思だけは嘘じゃない。


「感情だけでどうにかならない時があるのは分かってるよ」


 感情や理想や希望なんてものだけで現実を変えられないのは百も承知だ。

 何よりも僕はそんな身勝手な感情論や理想論で殺されかけた人間だ。

 結局のところ、僕も佐川と変わらない。

 今から僕がやろうとしていることは上手くいっても命や生活の保障がされているリウンを危険な世界へと連れ出すことになるし、失敗すれば森の魔女の「超越魔法」がリウンの不安に反応して僕だけではなくウェニア達も危険に晒すことになる。

 成功する根拠もないし、成功しても険しい道になる。

 ただあるのはリウンの優しい心を壊したくないという理由だけだ。


「だけど、決めたんだ」


 それでも、僕はあの子の優しさが曇る様な未来を否定することを決めた。

 たったそれだけでも自信と根拠もなしに動くことは出来てしまう。


「そうか……

 それもまた良いだろう」


 ウェニアは嬉しそうなニヤケ顔をした。

 一見するとその意地の悪い笑顔には道化役が見せる復讐劇とは違う形の見世物を期待しているのだろう。

 そこには確かな機体があるのが読み取れた。


「その前にこれでも読むか?」


 その底意地の悪い楽しそうな笑顔のまま、彼女は僕に対して使い古された一冊のノートと同じくらいの大きさの本を差し出して来た。

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