第八十三話「森の惨劇の影」
「は……?え?」
「あ……がっ!?」
目の前で起きたことが理解できず、思考が止まりそうになったが、顔に当たった生温い液体が何であるのかを次第に理解しそこから順にそれがどうして起きたという因果関係を辿らされた。
「げっ……!?あががが……!?」
え?何で……?
ルズの取り巻き。その最後の一人は今までの魔物たちと同じ様に地面から突き出た木の根によって串刺しにされていた。
木の杭が貫通している個所からはその直径もあって、大量の血が流れ最早助からないのが伺えた。
「た、たすけ……!?」
「!」
もう自分が助からないのが分かっていないのか、いや、分かっているがそれでもただ死にたくないという願いから僕に対して手を伸ばして助けを求めてきた。
先程まで、殺そうとした僕に対して。
しかし
「ぎっ!?あぎぃあ!?」
「!?」
考えるよりも先に男の身体に異変が生じた。
「………………!?」
男が苦しみ出すと共に男の身体が生気が失われていくように顔色が青くなるのを通り越して、皮の色だけとなっていき、水分を吸い取られていき、眼孔が窪み、骨と皮しか残っていない様に変化していった。
もうそれは生きている人間の姿ではなかった。
「………………」
男は完全に死んだ。
生きながら屍へと変わり果てた。
これ以上に酷い死に方があるとすれば、地獄としか言いようのない苦悶の表情を浮かべている死体が残されているだけだった。
「……どうして、人間が……?」
リストさんやルズの死で人が死ぬのはあり得ないことじゃないことも、それに自分が関わってきたことも知っていた。
しかし、目の前で異常過ぎる死とその結果におぞましさを感じた。
先程まで生きていた人間がまるで木乃伊の様に干乾びたものとなっていることにこの世の光景とは信じられなかった。
いや……それよりも……!!
目の前で何が起き、次は自分かもしれないという得体の知れない恐怖と不安はあった。
それでも何よりも優先すべきことがあることを理解して、疲れと不安を押し殺した。
「リザ!!」
僕はリザの状態を確認したくて傍に少しでも早く近寄ろうとした。
リザが蹴飛ばされた距離を見て、彼女が受けた痛みがどれだけのものであったことを理解させられた。
その小さな身体からすれば、ただで拳の三倍と言われる蹴りが与える彼女への暴力を突きつけられた。
リザが無事であってほしいと願いながら僕は倒れそうになりながらも近づいた、
「キュ……キュル……」
―ユ……ユウキ……―
「っ!」」
僕が近付くとリザは弱弱しいながらも僕に声をかけてくれた。
けれども、今までの様な元気がないのは明白だった。
「リザ……!ごめ―――!!」
もう何度、彼女に謝れば済めばいいのだろうか。
自分が弱いせいで僕はリザを戦いに巻き込んで、彼女を結果的にこんな目に遭わせた。
守るどころか守ってもらっている。
情けなくて仕方がない。
何よりもリザが死んでしまうのではないかと不安で不安で恐った。
「その言葉を続けるな。
其奴が逆に悲しむ」
「―――!
ウェニア……」
僕が意味のない謝罪を続けようとすると、何時の間にか傍に来ていたウェニアがそれを遮った。
「それに大丈夫だ。
小さくなっているとは言え、リザは魔物だ。
生命力に関しては貴様が考えているよりも上だ。
たかだ人間の男の蹴り一つで死ぬのならば、あの地下迷宮で此奴はあれ程の強さを誇っていないだろう」
「……本当?」
「こんなことで嘘を言ってどうする?
戦や計略ならば未だしも」
「……よかった」
ウェニアはリザが魔物であることから今の様なことでは死なないと保証した。
それを聞いて、後ろめたさを抱きながらも僕は多少、不安が和らいだ。
「しかし……
まさか、そういうことだったとは」
「……?
どうしたの?」
ウェニアはようやく本当の意味で戦いが終わったのかを確信したようにゆったりすると、何か得心がいったような表情を浮かべた。
「……この森の特異性の正体とその仕組みだ」
「!」
この森の特異性。
今までは魔物にしか作用しないと考えていたが、それは今起きたばかりの人間であるルズの取り巻きの死によって覆された。
「この森は人間と魔物……
いや、全ての生命あるもの全てに対してある条件を満たせば魔物や彼奴の様に生命や魔力を奪う様になっている」
「……!
じゃあ、リザが無事なのは」
「そうだ。
その条件をリザが当て嵌まっていないからだ。
そして、それは我らもだ」
ウェニアが導き出したのはこの森が引き起こす現象の条件は人や魔物といった生き物の差はなく、全ての生き物がその範囲に含まれ、そして、一定の条件を満たせば襲い掛かるというものだった。
「……ウェニア。
その条件は?」
人間があんな変わり果てた姿になって死ぬのは恐ろしいことであり、僕はその条件について一刻も早く知りたかった。
「……リウンに危害を与える意思・目的を持つということだ」
「は?」
ウェニアの口から出てきた予想外な答えに僕は呆気に取られてしまった。
「リウンに?
え、いや……なんでそうなるの?」
全く意味が分からなかった。
僕はもっと物理的なものだったり、魔力的なものだったりする条件が関わってくると思っていた。
それなのに彼女が出した結論は余りにも抽象的で精神論染みていたのだ。
「「超越魔法」」
「……あ!」
しかし、ウェニアの出したその言葉で疑問は一気に消えた。
ウェニアは先日、この森の中心部には「超越魔法」がかけられている可能性を示唆していた。
使用者の思う世界の法則を現実化する魔法。
確かにそれならば、ウェニアの出した「リウンを害する存在を滅ぼす」という条件がトリガーになるのも現実味を帯びてくる。
「リウンじゃないよね……?」
僕は確信を得たいがためにリウンがこの恐ろしい光景を作っている張本人ではないことを訊ねた。
確かにあの子は外の世界、いや、正確には外の世界の人間に恐怖を抱いてはいる。
それでもあの優しい子供が自分の為に他者を容赦なく殺める世界を作るはずなどないだろう。
「ああ、そうだ。
彼奴ではない。貴様の希望論は置いておくとして、彼奴には「超越魔法」を行使する魔力と技量はまだない。
だから、無理だ」
「そっか……
じゃあ、誰が?」
ウェニアはリウンには魔力と魔法を使う技量がまだないことを理由にリウンが原因ではないことを断言した。
そのことに安堵感を覚えたが、そうなると誰がこの「超越魔法」を使っているのか益々気になってしまった。
「……リウンの母親。
「森の魔女」だ」
「なっ!?」
この森の特異性を作り出している張本人。
それはリウンの母親である「森の魔女」であると彼女は告げた。
「じゃあ、魔女は何処かで僕らを見張っているってこと!?」
予想外な人物に僕は辺りを見回した。
リウンやケルドさんの話を聞く限りは寛容的な人物の様に思えたが、目の前で人間が惨い死に方をする様な仕組みを作ったかもしれない犯人、しかもそんな相手が自分たちを監視しているかもしれないという不安が生まれてしまったのだ。
「……いや、恐らくだが魔女はいない。
正確にはもう何処にもな」
「……まさか」
ウェニアは僕の不安を消してくれたが、その言い回しから僕でもウェニアが何を言いたいの分かってしまった。
もう何処にもいない。
それが意味することはリウンにとって悲しい現実だ。
「ああ。森の魔女は……リウンの母親は死んでいる」




