第八十二話「折れない」
「ゼェーッ!ゼェーッ!」
クソ……!!我も魔力をここまで消耗するとは……!!
魔物共や巨大な魔物、そして、ユウキを吹き飛ばした後、例の地点を越えたことでユウキから魔力が途切れたことで誘き出した魔物相手を倒し切ったことや突風の魔法で消費したことによる疲労が表に出ている。
かつては世界の大半を手に入れた魔法がこのざまか……
恐らく、あらゆる魔法を使う手法と技術は残されている。
しかし、それを行使する魔力が足りなさ過ぎる。
ユウキという臣下がいなければどうにもならんとはな……
今の我は魔力を提供する臣下がいなければ、今の戦闘でも間違いなく死んでいただろう。
貴様は十分に役に立っておるわ……
ユウキは己の無力さや戦わないことが我への負担になることを常に嘆いている。
そんなことなど全くないのに係わらずだ。
魔力無くして戦えぬ我の方こそが助けられているのだ。
あれ程、勝手に……新たな魔法を使うなと言ったのに……!!
同時に我は彼奴が新たな魔法を使ったことに腹を立てていた。
あの時、ユウキは咳き込んでいた。
その事から彼奴の呼吸器系が限界を迎えたのは明白であった、
それを彼奴は無理矢理自分の肺や気管を作り変えるという荒業とも言えない方法で対処したのだ。
少しでも間違えていたら死んでいたぞ
彼奴は勢いでそれをやり遂げたが、自らの体を、それも腸を作り変える魔法を指導も補助もなく素人同然の者が使えば、自殺にも等しい行動だ。
彼奴……
自分でも気付いておらんが十分異常だ
本人は自覚していないがユウキは異常だ。
恐らく、この世界に来てから彼奴は人としての扱いをされてこなかっただろう。
契約を交わした時の彼奴の目は明らかに全てに裏切られ、縋る者もないただ生存を望む者がするものだった。
その様な目に遭いながらも他者を尊重する。
それが仮令、小悪党であろうとも他者の生命を奪うことに自罰的になる。
なのに自分の痛みには耐える。
通常ならば、失われものなのだそれは。
……だから、少しは言葉をかけてやらねば
彼奴は強い。
しかし、何かしらの言葉をかける必要はある。
どの様な言葉をかけても彼奴はその善良さ故に苦しむことになる。
それでも彼奴が決してけがれてなどいないことを教えてやらねばならない。
彼奴がどうして彼奴が命を奪った者たちと同じ者に成り下がる。
己の欲望の為に無辜の幼子を悲しませ、その父を奪い、優しき子から略奪をしようとする者らと同等なはずがなかろう。
命の価値は尊いだろう。
そうでなければ、私はレセリアを愛せなかった。
だが、命を奪う必要があることを知らない者が彼奴を侮蔑することは我が許さん。
平和な世より訪れた……
たったそれだけなのにな
恐らく、彼奴と同じ世界にいた者たちは彼奴を忌避するだろう。
そして、己の愚かさに気付かぬまま糾弾する。
彼奴が嘆きと怒りを抱く理由を知らぬまま。
ああ、だからこそ見たいのだ……!!
我は彼奴がどうなるのかを見届けたい。
あれ程の善良さを持つ者は稀だ。
だから、彼奴を潰したくないのだ。
彼奴の美しさを我は愛でたいのだ。
しかし、リザがいるのならば大丈夫であると思うが……
今は彼奴の心にリザが寄り添っている。
どれだけ、彼奴が手を血で染めようとも彼奴が彼奴である限りはリザは離れることはないだろう。
リザが離れる時は彼奴が彼奴でなくなる時だ。
故に大丈夫だろう。
それでも、何か言葉をかけてやらねばならない、いや、かけたくなるのだ。
我ながら……甘さを残しているとはな
既に甘さなどレセリア以外には捨てたと思っていた。
しかし、全てを失った今になって甘さを思い出すなどおかしなことだった。
「ユウーーー」
多少、疲れを誤魔化せる様になり労いの声をかけようとした時だった。
「ーーー!?
ユウキ!!」
その影を見て、我は失念していたことに気付かされた。
世の中にはどれだけ浅ましくとも見苦しくとも、己の愚かさに気付かず、勝手な怒りと憎しみを持つ者がいることに。
□
「ぐっ……!」
既に魔物を。
いや、魔物ならばあり得ない。
僕の知る限り、魔物は打撃系の攻撃を今みたいな絶好の機会でしてこないはずだ。
確実に爪や牙で殺しに来る。
それに今の声は明らかにおかしかった。
あの声じゃない……!
ということは……!!
魔物ならば、あの壊れた機械のように感情を唱えてくるだけだ。
だけど、それはあくまでも自分の感情だ。
決して、他者への憎しみの発露ではない。
つまり、正体は
「ハア……!!ハア……!!
死ね!糞ガキ!!」
人間であるルズの取り巻きだった。
服は先程まで以上にボロボロになっており、既に冷静さを失いただ目を血走っていた。
ただ自分たちをこうまで苦しめた僕達への憎しみや鬱憤を晴らそうとすることだけしか考えていないように見えた。
「てめぇのせいで!!」
「……っ!」
疲れ切っており、先程の蹴りや魔法の反動で動けない僕に向かって再び男が足を当てようとした時だった。
「キュル!!」
ーユウキ!!ー
「!?」
「な、何だこいつ!?」
しかし、それは僕の前にリザが出てきたことで止まった。
魔物よりは小さいとはいえ、人間の掌大ぐらいの大きさであるトカゲの登場には驚いたらしい。
「キュルルルルルルルル!!」
―ユウキヲ傷ツケナイデ!!―
「ぐっ……!
リザ、危ないから、下がっ―――!!」
リザは僕のことを守ろうとしてくれた。
対格差がこれだけあるのに必死に目の前の男のことを威嚇してくれた。
けれども、それは危険だ。
「っ!
ざけんな!このくそトカゲ!!」
「キュッア!?」
「……!?
リザ!!」
冷静さを失って既にほぼ通り魔の様な興奮状態になっている男からすれば、自分にとって些細なことでも気に食わない相手であれば暴力の大将となるだけだった。
「馬鹿にしやがって!!
ふざけるな―――!!」
「ッアアア!!!」
「―――がっ!?」
既に体力も気力も尽き欠けて身体中が痛くて仕方がなかったが、僕は男の腹目掛けて衝動的に体当たりをかました。
「ふ……!!ざける……!!」
それはこっちの言葉だ。
こいつが僕のことを殺したい気持ちは十分わかる。
僕はこいつらが死ぬのを前提でウェニアの作戦に乗った。
だから、殺されるの仕方のないことだとは分かっていた。
けれども
リザを蹴ったこいつだけは絶対に許さない!!!
僕を守ろうとしたリザを蹴ったこいつだけは許せなかった。
そもそもこいつらは何処まで身勝手だ。
リストさんやリナを村で迫害して、恐らくは手を差し伸べていたであろうケルドさんを暴行し、リストさんを殺して、リナを命の危険にさらして、加えてリウンすら襲おうとした。
反省すらしないこいつらがリザを傷つけた。
それだけでも怒りはあった。
「っ!
てめ、この野郎!!」
「がっ!?」
体当たりの不意打ちで大勢を崩したとはいえ、元々非力で強化魔法頼りな僕の暴力なんて相手には通用せずすぐに殴り返された。
強化魔法が使えないただの現代っ子の僕が農作業なんかで鍛えてるこの世界の人間に殴り合いで勝てるはずなんてないのは分かっていた。
だけど、負けてたまるか!!
勝てないからどうした。
自分には無理だから諦める。
そんなことばかりの人生だ。
諦めてリナやリウンを諦めろって言うのかよ!
リザを殴られて我慢しろって言うのかよ!?
今までは自分のことぐらいだった。
自分が我慢すればいい。
そうすれば周りに波風がたたないし、周りも満足する。
それでいいと思っていた。
だけど、今、この状況は負けたくなかった。
「……!」
「このガキっ!!
いい加減―――!!」
既に立つことも出来ないで蹴られた腹や殴られた左頬の痛みを感じながら睨みながら男の片足にしがみ付いた。
それを見て、男はさらに苛立ちを募らせて僕の顎目掛けてもう片方の足を振りかぶろうとした。
「―――げっ!?」
「……え?」
その痛みは襲ってこなかった。




