第八十一話「悪意の有無」
「グルルゥアアアアア!?」
―喰ラウ喰ラウ喰ラウ!?―
僕に胸を突かれた魔物はその激痛による苦しみというよりも、その機械的な言葉を発する機構に狂いが生じたかのように『喰らう』という言葉を連呼し続けた。
それでもウェニアの追い風と再び喰らった強化魔法込みの僕の体当たりで順当に僕諸共後方へと飛んでいる。
「ギィア!?」
―喰ラウ!?―
「ギィ!?」
―喰ラウ―
「ガッ!?」
―喰ラウ!?―
先に飛ばされていた通常の魔物たちが先に地面へと落下し始めた。
その直後だった。
「ギィ―!?」
―喰ラララ!?―
「ガッ―!?」
―喰ラララ!?―
「グギャ―!?」
―喰ラララ!?―
あの杭が出現し、魔物たちを串刺しにしたことによって発生した魔物たちの断末魔が響いた。
「っ!!」
「ギッ!?」
ー喰ラッ!?ー
魔物の断末魔を耳にして僕は強化魔法が解ける前に力を加減しながら右脚に力を入れて剣を支点にして巨大な魔物の腹を蹴って魔物から距離を取った。
「ぐっ!?」
魔物から地面へと落下したことに加えて落下による衝撃と強化魔法の解除による反動からの痛みが走った。
幸い、首等の運動機能に関わってくる箇所を守ることはできたので重傷を負うことはなかった。
「グァ!?」
ー喰ラウ!?ー
剣は……!!
落下時の痛みと強化魔法による反動、先程使用した呼吸器系への魔法による苦しさがあったが、魔物がドサッと音を立てて落下したのを確認してテロマの剣を探した。
ここまで叩き込むことは出来た。
それでもまだ戦いは終わっていない。
トドメを刺すまでは気を抜くわけにはいかない。
「グルルルァアァアアアアアアアァ!!?」
―喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ!!?―
しかし、それは杞憂に終わった。
既に巨大な魔物にも杭が突き刺さっていた。
魔物が串刺しから逃れようと、いや、ただ目の前にいる御馳走であろう僕を捕食しようと杭をグラグラと揺らしていた。
だけど、それは意味を為さなかった。
「グルァ―――!?」
―喰ラァ―――!?―
魔物は霧散した。
やはり僕が切り捨てた時と違ってゆっくりと消えるのではなく、一瞬にしてその声が消えた。
「終わった……か!」
ようやく巨大な魔物が消えたことで戦いの終わりを確認したことで緊張感が取れたことで胸の痛みを我慢しなくてもいいと理解し僕はそのまま倒れこんだ。
「フ~っ!フ~!」
「キュル!!」
―ユウキ!!―
僕が地面に伏せた瞬間にリザが駆け寄ってきた。
「……リザ」
戦いに巻き込まないで済んだことでリザが怪我をすることがないことは理解していた。
それでも彼女が無事でいてくれることが嬉しかった。
……ああ……でも……
しかし、その喜びに浸ることは出来なかった。
殺しちゃった……
巨大な魔物を倒した。
魔物に対する殺しに関してはあっちが殺しにかかってくるということから、言葉が分かるという点を除けば少しずつ慣れてはきた。
でも、僕は先ほど初めて人を殺してしまった。
リストさんの仇で改心なんて期待なんて出来ないのは分かってるけど……
あいつらはリストさんやリナ、ケルドさんに酷いことをした。
加えて、リウンにさえも害を与えようとしていた。
その時点で僕にとっては憎い相手であり、魔物と同じくらいどうにかしなきゃいけない相手なのは明確だった。
きついなぁ……
それでも間接的とは言え、人を殺したという事実は心に重くのしかかってきてしまう。
そもそも、敵討ちとかそんな理由ではなく、ただリウンとリナにあいつらを近付けたくなかったのが動機だった。
心が晴れる訳なんかないのは当たり前だった。
それに
向いてないよな……
僕はきっと復讐や敵討ちといったことを笑って出来る人間じゃない。
いや、そもそも戦いを楽しめない人間だ。
憎くて憎くてたまらない許せない相手だったのにそんな相手を殺しても何も楽しくない。
だからと言って、無関心を貫くこともできない。
一時の感情でしか動けないなんて……
今までのことでわかってしまった。
僕は一時の感情でしか動けない人間だ。
最初にこの森で魔物を殺した時も、ルズを殺そうとした時も結局のところ、僕の心を動かしたのは怒りでしかなかった。
それでしか動けなかった。
そこに何の理念もない。
こんなのあいつらと同じだよ……
クラスの連中は生命に価値を感じないで殺して、僕がただ怒りのままに殺した。
ウェニアみたいに何か大きな目標があって、そこに確かな理性があった訳じゃない。
何も考えないで殺している時点で僕はあいつらと変わらない。
最低だ……
殺しに意味なんてない。
でも、それを認めてしまえば、それこそ殺しを楽しむ奴らを肯定してしまう。
それが余計に自分を苦しめる。
ああはなりたくない。
だけど、自分に言い訳もしたくない。
間違っていてもいい。
ただ生命を奪うことに愉悦を感じ、貶し、痛みを感じないのが嫌だった。
こんな気分は最悪なのに……
本当は僕だって何も感じないで苦しまないで殺せたらどれだけ楽だろうかと考えているぐらいだ。
それでも自分があんな風に残虐になってしまうのではという恐怖があった。
ああ……でも……
何時かは慣れないと……
殺すことが平気になってはいけないとは考えている。
しかし、僕は元の世界に帰るという目的の為に多くの生命を犠牲にしなくてはならないだろう。
ウェニアが言う通り、彼女や彼女の兵になるであろう人たちにそういったことをやらせる方法もあるが、結局のところ、臆病者の僕には自分の代わりに誰かが血で手を汚すことすら耐えられない。
だから、少しずつ慣れていくしかない。
帰った後は……どうしよう……
もし元の世界に帰れたとして果たして僕は正気でいられるだろうか。
自分を守る為に他者のことをいとも簡単に傷付けられる様になっているかもしれない。
そんな僕を周囲の人々はどう見るだろうか。
いや、周囲の人間だけではなく、家族はどう思うだろうか。
嫌だな……
先程まで魔物と生命のやり取りをして、悪人と言っても過言ではなかった連中の悪意と相対した。
けれども、もし僕が元の世界に帰ったら元の世界の人々にとっては僕も魔物やルズの取り巻きと同じ様に見えるのかもしれない。
それが怖くて仕方がなかった。
「キュル……?」
―ユウキ……?―
「あ……」
僕が人間を殺したことへの恐怖の中にいると、リザが優しい声をかけてくれた。
「キュル……?」
―大丈夫……?―
「っ」
リザは僕のことを心配してくれた。
「キュ、キュル?」
―ユ、ユウキ?―
無意識に僕はユウキのことを撫でていた。
あたたかい……
こんな自分ですら嫌悪感を抱いている僕に対して、普段と同じ様に接してくれるリザがいてくれることに僕は涙を流していた。
自分を慕ってくれるこの生命がいてくれることのあたたかさが余りに尊く思えた。
生きていていい。
ここにいていい。
そう思えるぐらいだった。
「ありがと―――」
リザに感謝の言葉を告げようとした時だった。
「ユウキ!!」
「―――え」
ウェニアの焦っている様な声が響き渡った。
その次の瞬間だった。
「死ねえええええええええええ!!!」
「がっ!?」
気付いた時、僕の脇腹に強い殺意が込められた痛みが走った。




