第七十九話「負けない」
「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ー喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ!!ー
僕というご馳走が立ち止まったことで巨大な魔物は飢えを満たせることへの喜びに近いというしか形容できない模倣の声を上げた。
「グルァ!!」
ー喰ラウ!!ー
他の魔物たちも同じく次々と遠吠えをした。
それは巨大な魔物に続くと言った群れの行動としての秩序あるものではなく、ただそう叫んでいる欲望にすらならないものであった。
ああ……何だ、怖くないな……
迫って来る魔物たちを見て、不思議と僕は恐怖を感じなかった。
いや、怖がる権利もないのだ。
だって、人殺しの僕が自分の命を今更惜しがるなんて駄目だろ?
直接、手を下した訳じゃない。
それでも僕は人を殺した。
生きたいとは思ってはいる。
それでも、生きている限り付き纏ってくるであろうこの罪悪感がをそれを許してくれない。
それでも、まだ死ねない
もう家族と再び出会うために元の世界に帰るという願いすら望むのが怖い、
だけど、死ねないし死にたくない。
「グルァア!!」
ー喰ラウ!!ー
だから
「ギィアァ!?」
ー喰ラウ!?ー
「駄目だよ、ここは通せない」
今は死ねない理由であるウェニアから託された作戦を果たそうと思う。
少なくても、今の僕の命は僕だけのものじゃない。
ウェニアに任された指示だけでも果たそう。
たったそれだけで僕が今、死ねない理由は十分だ。
自分勝手で臆病な言い訳だけど。
「グルァア!!」
ー喰ラウ!!ー
「ギッ!?」
ー喰ラッ!?ー
「グァア!!」
―喰ラウ!!―
「っ!!」
ようやく僕というご馳走にありつけることへの衝動から大型の魔物は他の魔物を押し退けて、その結果、通常の個体は押し潰された。
「グルァ!!」
ー喰ラウー
「っ!」
大型の魔物は他の魔物を押し殺したことを気にすることなく、僕にそのまま迫ってきた。
「グラァ!?」
ー喰ラウ!?ー
それを僕は強化した体で寸でかわし、そのまますれ違い様に斬り上げた。
「グゥア!!」
ー喰ラウ!!ー
浅いか……!
しかし、今の斬り方では駄目だった。
どうやら「テロマの剣」の切れ味は魔物相手には健在だが、それでも僕の力じゃ切り捨てられないらしい。
どれだけ、切れ味が優れていても、今の僕にはこの魔物を両断できる力も技術もない。
『「剣」の守りにあまり頼るな。
魔力切れを起こしかねん』
作戦の中で彼女はそう忠告してきた。
「テロマの剣」の守りは使用者を確かに守る。
その守りは今のところは絶対的なものだろう。
だけど、それは魔力がある限りという前提だ。
当たったら、マズイ……!!
大型の魔物リザよりは劣るけれどもその力は明らかに今まで僕が戦ってきた魔物の中では上だ。
その攻撃に当たれば、それを防ぐのに剣の守りが自動的に発動して命を落とすことはないが、、その分魔力を消費することになる。
そうなればジリ貧になって魔力を失って僕が負ける。
死ぬことは負けじゃないけど……!!
死ぬのと負けることの違い。
それは死ぬのは自分だけ済むが、負けるということは自分以外も失うということだ。
だから、死ぬことで負けることだけは許されない。
避けろ!
どんなに相手が強くても怯えてばかりじゃダメだ!!
当たっても死ぬことはない。
リザの時と違って、今の僕はそんなに強化されていない。
あの時はドーピングで辛うじて勝てた。
だから、目の前の魔物には今は僕一人の力で対抗するしかない。
けれども、巨大なその前脚によって生じる風圧からそれは「テロマの剣」がなければ「強化魔法」込みの状態でもただで済まされないのを感じ取った。
「グルァ!!」
―喰ラウ!!―
しかし、僕は目の前の巨大な魔物だけに意識を取られる訳にはいかない。
他の魔物たちも極上の餌である僕を狙って、次々と襲い掛かってきている。
ただこの程度なら攻撃を受けても問題はないだろう。
だけど、
足を取られるのはマズイ!!
直接的な死因にはなり得ないが、それでも動き止められたら命取りになる。
だから、避けなくてはならない。
「ギッ!?」
―喰ラッ!?―
先ずは一体!
避けた直後、間を置かず魔物を斬り捨てた。
今は少しでも魔物を減らしていかなくてはならない。
一体でも足を取られることになれば、それで終わりだ。
だから、一体でも数を着実に減らしていかなくてはならない。
『「テロマの剣」の魔物への切れ味は魔力を消費せずとも変わらん』
「テロマの剣」の魔物に対する切れ味は魔力を消費しても変わらない。
つまりは地道に魔物の数を減らしていくことに関しては適している。
「グルァ!!」
―喰ラウ!!―
「ぐっ……!」
しかし、それでも大型の魔物に対してはかなりのリスクがある。
仮令、両断できたとしてもこちらも深手を負う可能性もある。
それが目の前の一体との戦いだけならいいが、複数の敵相手にはマズイ。
漁夫の利ではないけれども、大型の魔物との戦いで消滅した後に残っている魔物に襲われたらたまったものじゃない。
死にたくないけど、僕が死んだら必ずリザやリウン、そして、リナの心に影を残すことになる。
それは負けだ。
だから、大変だけど大型の魔物の攻撃を避けながら、通常の魔物の数を少しでも減らしていかなくてはならない。
今はまだ……!!
それでも、これはずっと続くわけじゃない。
その瞬間が来るまでこれを繰り返す。
疲れていくけど少しずつだけど楽にはなる
疲れは溜まる。
不安も生まれる。
けれども、斬っていく度に通常の魔物の数は確実に減っていき、大分戦いやすくなっているのも事実だ。
だから、決してこの行動は無駄ではない。
「グルァア!!」
―喰ラウ!!―
「ちっ!」
「キュル!?」
―ユウキ!?―
それでも、大型の魔物だけはどうにもならない。
単純にその巨体から伺える体力は生命力の強さに直結していることを痛感させられる。
「リザ!大丈夫だから、下がっていて!」
僕を案じるリザが駆け寄ろうとしたのを僕は止めた。
心配してくれるのは嬉しい。
でも、その為に彼女が危険な目に遭うのは僕の負けだ。
何よりも
まだだ!!
「グルァアアアアアアア!!」
―喰ラウ喰ラウ喰ラウ喰ラウ―!!
まだ、相手の数も、僕の魔力も尽きていないし、その時が来ていない。
まだ頑張れるし、まだ倒れる訳にはいかない。
だから、まだ僕は戦う。




