第七十八話「傷の意味」
「グルァア!!」
―喰ラウ―
よし、こっちに来てるな
魔物はウェニアの作戦通りに僕を追いかけている。
「ぎゃああああああああ!?」
「く、来るな!?」
「ひ、人でなし!?」
後ろで魔物の群れに踏み潰されながら、僕とウェニアを非難する声が断末魔の聞こえてくる。
きっと連中にはどういった原理で魔物が追いかけて来るのかは理解出来ないだろう。
ただ自分を助けない僕たちへの恨み言だ。
わかっているよ……
あんな声を気にしない方がいいことぐらいは
彼らの声は殆どが正当性の欠片もない自業自得なものだ。
そもそも、この森に入ってきたのはリウンの家から小麦を奪おうとし害そうとした強欲だ。
そして、彼らはケルドさんを殺しかけ、リナを傷付け、そして、リストさんを殺した。
十分過ぎる程に罪を犯したのだ。
そんな彼らに同情する理由なんてない。
ただこれは僕が弱いだけだし、世間知らずな子どもなだけだ。
本来ならば気にする必要すらない彼らの悪罵すら僕は気にしてしまう。
それがきっかけでリナを傷付けたというのに。
だから、多少痛くてもいい。
心が獣だったらどれだけいいことだろうか、
何も考えないでただ暴力を奮えたらどれだけ楽だろうか。
どうすれば連中の様になれる?
目の前で死んでいく連中。
力に目覚めた途端に平気で他者を害せる様になったクラスの連中。
欲望や衝動、獣性のままにどうして彼らは他者を容易に踏み付けることが出来る。
それが僕には理解出来ない。
ああ……でも……
けれども、どれだけ苦しむことになっても僕がすべきことがある。
みんなを守らないと……!!
苦しんでも僕はやらなければいけない。
守れなかったら、きっと、そっちの方が苦しむ。
もうこの身が家族に向き合えない程に穢れ切ってもしなくてはならないことだ。
それぐらいのことはしたい……!!
僕に出来るのはそれぐらいだ。
どれだけ頭の中でそんな罪悪感を捨てろと考えても、自分が幸せや平穏を得ようという考えを抱くことが出来ない。
なら自分が幸せや平穏を得られないのならば、その分誰かを守ることぐらいのことしか僕には出来ない。
「グルァア!」
―喰ラウ!ー
「来いよ……!!」
僕を追いかけて来る魔物の群れに僕はそう叫んだ。
少なくても目の前の魔物を倒せばウェニアとリザを守ることは出来る。
そして
他人を利用している時点で僕はルズたちと同じクズだ……
この魔物を利用してルズの取り巻き達からリウンの家を隠す。
混乱した連中は逃げることでさらに森を彷徨うか、魔物の餌食になるかのどちらかだ。
これがウェニアの作戦だ。
リウンの家を完全にこの森の外の人間から隠し、二度とリナにこいつらを近付けさせない。
『辛い役目』って……
君が一番、辛いだろ……
同時にこの作戦を考え、僕にこの作戦を告げたウェニアがかけてくれた言葉に腹が立った。
本人からすれば一々、気にしている僕が異常に思えるだろう。
だけど、僕は彼女に同情を向けてもらい、何よりも彼女は心の何処かで僕に指示を下したことに対して傷付いている様にも思えた。
どうして他人の痛みを想えるのか理解出来なかった。
君だって辛いだろ……
覇道の為に動いていてそれが自業自得の傷だとしても……!!
そもそもそんな苦しみを生むのは彼女が己の野望を求めるのが原因だ。
だけど、彼女をあの王国の王と一緒にしたくなくて彼女の覇道を止めたくなかった。
勇者の子孫だが知らないが、生まれながらその地位を約束されてのうのうと王や貴族を名乗れる人間たちとただ王を目指し自らの覇道を歩んでいくウェニア。
生まれながらの王と貴族は彼女を『極悪非道の魔王』と蔑む。
ウェニアを魔王だと簡単に罵るなよ!!
何も知らないで痛みを知りながらもそれに耐え進んでいく彼女を魔王と侮辱するな。
彼女の優しさを知らないでただ倒すだけの邪悪として扱うな。
彼女の名前を利用してただ人間を苦しめることしか出来ない奴らが魔王を自称するな。
だから、他人だけが辛いなんて振舞わないくれ……!!
ウェニアの言葉は嬉しかった。
でも、同時に辛かった。
彼女の誇りや王としての矜持とか考慮してそれが彼女への侮辱になるとしても彼女が自分は大丈夫だと振舞えるのが辛かった。
そのことを彼女に伝えたいのに、彼女の優しさを一方的に受けている自分自身にも腹が立つ。
「グルァア!!」
―喰ラウ―
魔物は僕を追いかける。
ウェニアの方を眺めると彼女を狙う素振りはなかった。
あと少し……!!
かなり後退した。
見たところ、ルズの取り巻きたちも見えない。
恐らく、魔物に踏み潰されたか、森の中へと逃げ出したのだろう。
距離と時間は稼いだ。
「キュル!」
―ユウキ!?―
そんな時、リザの声が聞こえてきた。
「ごめん、リザ!もう少し、奥に……!!
リウンの家の方へと下がって!!」
その声を聞いて僕は彼女にもう少し、奥に下がる様にお願いした。
元々、彼女を危険な目に遭わせたくなくて彼女を下がらせたのにそれが裏目に出て巻き込みかねないことに歯がゆさを感じた。
「……キュ、キュル!!」
―……ウ、ウン!!―
そんな僕の言葉に彼女は従ってくれた。
よし、これで……!
ありがとう、リザ!
こんな僕を信じてくれて!
僕のことを信じてくれるリザに感謝した。
これであと条件を一つ残して、準備は整った。
「ユウキ。
後は頼むぞ」
「……うん」
ウェニアは事前に打ち合わせしていた通りに姿を森に隠した。
「グルァ!!」
―喰ラウ!!―
そのウェニアを追いかける様に魔物たちの一部が彼女を追いかけていった。
ルズの取り巻きたちの末路と今のウェニアの状況を見て、魔物が人を襲う優先順位が本当に魔力の量と質が関わってくるのが読み取れた。
この体質が役に立つのなら……!!
この魔力のせいであの城で苦しみ、魔物によって殺されかけたりした。
けれどもそのお陰で僕はいるだけで囮になる。
つまりは誰かを守ることが出来るということだ。
「グルァ!!」
―喰ラウ!!―
「来い!!」
こんな僕にも出来ることがあった。
それだけで十分だった。
少なくても、足手纏いにはならずに済んだ。




