第七十七話「愚問」
……ウェニアだって救える命は救おうとするんだ……
「回復魔法」の思わぬ副作用に対して、それを僕以外の二人に対して施したことに対してウェニアは『それしかなかった』と取るべき選択肢がなかったことを答えた。
もし本当に人の命を何とも思わない人間なら人の寿命を気にも留めない筈だ。
「ウェ―――」
何か彼女に言葉を掛けたくなって彼女に声を掛けようとした矢先だった。
「グルゥ……!」
「―――リザ?」
リザが今までにない程の敵意に満ちた唸り声をあげた。
「どうした?」
「分からない。でも……何か、おかしい」
リザのただならない様子にウェニアも警戒心を持ち始めた。
ウェニアも分からないなんて……
以前と違ってウェニアもリザの反応に戸惑っていた。
声が聞こえない……?
ふと僕はいつもリザが警戒する際に聞こえてくるあの壊れたラジオの様な気味の悪い餓えに満ちた魔物の声が聞こえてこないことに気付いた。
魔物じゃない……
じゃあ、何だろ?
リザが警戒しウェニアが正体を分からず、僕があの声を聞き取れないと言う点から魔物じゃないのは推測できた。
しかし、それでもリザがここまで敵意を露わにするとなるとただ事じゃないだろう。
「……リザ。
何が来ているんだ?」
僕はこの中で唯一、近付いて来ている存在の正体の情報を持っているリザに訊ねた。
「グルゥ……!!」
―アイツラ……!!―
「え?
……『あいつら』?」
「!」
リザは僕に近付いてくるものの正体らしい言葉を告げた。
その言葉の意味が分からなかったが、ウェニアは何かを察したらしい。
一体、何が……
自分だけが正体の分からない得体のしれない何かに不気味さを感じながら僕が剣を抜こうとしながら森の方を眺めた時だった。
「……ユウキ。
今回は貴様は前に出るな」
「え、どうして?」
ウェニアが僕に前に出ることを禁じてきた。
「……まさか、とんでもないのが来てるの?」
『前に出るな』。
それはつまり、今ここに迫ってきている存在はウェニアが「危険」だと思う程の存在ということだろうか。
少なくても、僕がいると足手纏いになる程の。
「……いや、そうではない。
ただ、今回のは貴様は向いてないということだ」
「?」
どうやら、脅威ではないらしいが『向いていない』という新たな疑問を彼女は突き付けてきた。
「ねえ、それってどうい―――?」
今までの彼女の口振りと異なり、今の彼女はただ今回の相手が僕には『向いていない』というのが気になり訊ねようとした時だった。
「……来たぞ」
「―――!」
森の中から木々ががさがさと何かがかき分ける音が響いて来ると忌々しそうにウェニアが告げた。
「!?」
その正体は予想外なものだった。
「て、てめぇらは!?」
「お前らは!?」
リザが一早く感じ取り、ウェニアが不快になった存在。
それはルズの取り巻き達だった。
見たところ逃げた時よりもかなり着ている服が汚れており、人数も半分近くいなくなっている。
「成程、命からがらここまで来たということか」
ウェニアはルズの取巻き達の様子を見てそう言い放った。
他の人達は……そういうことか……
彼らの人数と様子からこの場にいない人たちがどうなったのかを僕は察してしまった。
『向いてない』って……そういうことか
同時にウェニアの言った『向いてない』という言葉の意味が理解出来た。
もし相手が魔物であるのならば、多少は我慢できるが人間に対して戦うことへの抵抗感が僕にはあり過ぎる。
ルズ相手に一度は殺そうとしたが、あの時は感状が爆発して理性で抑え切れずになったから出来たことだった。
ここで彼らと戦う。
つまりは彼らを殺すことになるかもしれないのだ。
僕は……
そのことに対して僕は明確な答えを出せないながらも警戒していた時だった。
「てめぇらのせいで……!!」
「え」
彼らの中の一人が僕達に対して憎しみを込めた顔を向けてきた。
「てめぇらがいなかったら、俺たちは!!」
「てめぇらのせいで何でこんな目に遭わなきゃイケねぇんだ!!」
「責任取れよ!!」
「……はあ?」
こいつらは何を言っているんだろうか。
何を言っているのかわからなかった。
ただ分かるのはこいつらが僕たちが悪いと言っているという現状だった。
「下らんな」
「へ」
「何だと!?」
けれども、少し呆けている僕とは対象的にウェニアは彼らの恨み節を一蹴した。
「そもそも貴様らが今この森の奥深き所にいるのは貴様らの欲深さ故であろう?
我らはただ貴様らに奪われたものを取り戻したに過ぎん。
貴様らの言い草は盗人が宝を取り返された際に怪我を負ったことを恨んでいるのと何も変わらん」
「何だと!?」
……だよね
同情できるとしてもそれはあくまでも彼らが恐ろしい思いをしたという点だけである。
僕が小心者だからかどうかはわからないけれど、どんな極悪人であっても死に際に泣き喚いていたり、命乞いをしていれば多少の同情心は湧いてしまう。
でも、それは優しさとかそういうものが理由ではなく、『本当に馬鹿なんだから』という哀れみに等しいものだ。
つまりはウェニアの言う通り、彼らの盗人猛々しい抗議には全くの正当性がないのは僕でも分かる自明の理だ。
「……ねえ。一つ訊きたいんだけど」
「あん?」
「何だ!?」
けれども、一つだけでも僕は確かめておきたいことがあった。
「やめておけ、ユウキ……」
ウェニアは僕が訊こうとしていることを察して止めようとしてきてくれた。
「……わかっている。
でも、訊かせてもらうよ」
自分でも止せばいいのにという自覚はしている。
きっと、訊いたら後悔することになるだろうし、今以上に不快な気持ちになるだろう。
それでも、訊かなくちゃいけないことだと僕は思ってしまっている。
「リストさんが死んだことに……
リナを危険な目に遭わせたことをあなた達はどう思っているんですか?」




