勇者は遅れてやってくる
異世界ファンタジーでTS幼女もの
間抜けなおっさんが地球から姿を消してから数時間後。
舞台は地球から剣と魔法の異世界テイルバーグランへと変わる。
神々がおわす天上界での事。
「なんなんだアイツはっ!」
戦神ダレイトスは怒った。
どうにも気が短い神様のご様子。
「まったく、さっさと選択すれば良いものを……。
モタモタしくさりおって。
おかげで予定した時間より100年以上遅れて転生したではないか。
もうとっくに、大陸の危機は別の勇者に救われたというにっ!」
なんという事でしょう。
おっさんがモニター前で戦々恐々している間に、100年以上も時が流れた事になっております。
しかも、この神様、おっさんに細かい召喚理由も伝えていません。
お言葉から察するに、どうやら大陸の危機を救うための勇者を呼び出そうとしていたようですが……。
「まぁまぁ、過ぎた事ではありませんか」
そう言って戦神ダレイトスを宥めるは、天秤を持った女神セレスティアです。
ちなみに、100年以上前に大陸の危機を救った勇者を呼び出した女神様でもあります。
火に油でした。
「むがーっ!
戦神たる私が呼んだ勇者こそが世界を救う予定だったのにっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。
あなたが怒りに任せて猛り狂うと、余波を受けた世の人々が戦争を始めてしまうではないですか。
守護すべき人々を意味無く争わせてどうします?」
正論を告げる女神様。
「むむむ、確かに。
仕方ない、落ち着くとしよう」
「そうして下さい。
余計な仕事を増やしたくありませんので……」
なんとか怒りを治める戦神と、本音をさらっと呟く女神様であった。
「それで、あの者はどうされるのですか?」
「む?」
女神様は戦神に問います。
遅れた勇者をどうするのかと。
ここで戦神、とんでもない言葉を言います。
「……放置で」
「えっ!?」
「実は大した能力も与えてはおらんのだ。
放置してよかろう」
「どういう事です?
勇者の呼び出しに一番積極的だったのに、何故強い能力を与えていなかったのですか?」
「……呼び出して以降、戦いで苦戦する度に少しずつ強い加護を与える予定だったのだ」
「?」
「ほれ、その方が戦いの度、私に感謝するであろうし、信者も増えようとは思わんか?
それに、勇者の活躍にメリハリが付くではないか。
強過ぎるだけでは、面白みも少なく、詩人も歌い難かろうて」
「なるほど」
「まあ、私の加護はないが、ヤツが望む道具をいくつかくれてやったのだ。
仮にも勇者として生れた事であるし、土地の者に拾われるなどして平穏に暮らすだろうよ」
「そうですか。
それなら安心しました」
他人事のように会話してますが、おっさんからすれば海外に拉致された挙句見捨てられたも同然なのですけど……。
しかも、勇者なのに俺超TUEEE!な能力が与えられていないとか。
異世界に送り込まれたおっさんの運命は如何に、である。
「うむ」
「それで、どこに転生させたのですか?」
「む?
はてさて、どこだったか?
………
おう、そうそう、あそこだ。
あそこ。
私を讃えるブレイドン神殿だったぞ」
「なるほ……えっ?」
「どうした?」
「確か……ブレイドン神殿は84年前に魔術師と信者が暴走した“黄金の林檎”事件の所為で滅んだのでは?」
「え?」
「え?」
「そんな事件あったか?」
「ありましたよ。
神の林檎を人如きが生み出そうとして、失敗した事件ですよ」
「……あっ、あ~、アレか。不老長寿の作物を作るとかいう」
「そうです、それです」
「滅んだか」
「土地の霊力が暴走して、滅びましたよ」
転生先はどうやら滅んだ場所のご様子。
気まずい雰囲気で、神々は顔を見合わせます。
「「……」」
「運の悪いヤツよの」
「……そうですね。
何か手助けしましょうか?」
「放置でよかろう」
「よいのですか?」
「放置で」
「解りました」
哀れ。
おっさんは放置される事が決定してしまった。
「小さき事よ。
気にする事もない」
「そうですね。
では、仕事に戻りましょう」
大事の前の小事と言わんばかりに、二柱の神々は自身の仕事へと戻りました。
ここでの会話は、おっさんに知らされる事はおそらくないでしょうが……。
おっさん不憫。
天上界は通常運転に移行しました。
さて、ここは鬱蒼と木々が生い茂るジャングル一歩手前な大森林に支配された土地。
薄暗く、マイナスイオン溢れる環境で、空気がちょっと湿っぽい。
かつてブレイドン神殿を中心に大いに栄えた場所でした。
荘厳な神殿も、今では見る影もなく、木々と苔に埋もれる廃墟と化しております。
当然、人影もなく、居るのは大森林に住む生き物ぐらい。
その廃墟と化した神殿の奥に変化が起きました。
眩い閃光と共に轟音が鳴り響き、朽ちた祭壇周辺をこの世界から消滅させます。
まるでアイスクリームを掬う器具で抉り取ったかの様に、祭壇周辺は球形に無くなりました。
天を覆う樹木と石材もゴソリと消え、綺麗な青空が顔を覗かせます。
そして……
「ふぎゃっ!」
悲鳴とボスンッと何かが落ちる音が抉れた穴に響きました。
球状クレーターに落っこちたのは、武装したウサ耳幼女です。
勇者爆誕!
……ではなく、勇者大遅刻!
ですね。
「~~っ、……痛た」
ウサ耳幼女は、手で顔を押さえて涙目状態です。
どうやらクレーターに落ちた時に顔を打ったのでしょう。
兜から飛び出た長いウサ耳もヘニョンと垂れ気味です。
「っ!?」
突然、ウサ耳幼女はモフプニとした自身の手の平を見て驚きました。
まるで肉球の付いたニャンコの手ではありませんか。
しかも、丸みを帯びて柔らかいモフッとした手の先には、ちょっと短く感じる人と同じ指が5本生えていました。
ウサギかネコか人なのかハッキリして欲しいところですが、当人にその事を気にする余裕は現在無さそうです。
「ぇっ!? えっ!?」
絶賛混乱中のご様子。
自身の顔をプニッとしたラブリーな両手でサワサワ触ったり、顔を下に向け自身の身体を見たり、厚手のズボンから覗く獣っぽい脚に驚き、驚いた拍子にスッ転んで自身の尻尾を下敷きにして痛がったりしました。
「にゃっ!? にゃんじゃこりぇわあぁぁぁっ!!?」
祭壇跡にウサ耳幼女の叫びが轟きます。
場所が窪んだ場所なので、とってもエコーがかかりました。
はい、このウサ耳幼女の正体ですが……。
皆さんもうお気づきですね。
そうです。
説明不足で気が短い戦神ダレイトスに転生召喚された“元”おっさんですね。
大事な事なので、“元”を付けておきました。
以前のむさ苦しさは欠片も存在しておりません。
幼児体形のぬいぐるみっぽい獣属性少女へと、おっさんは変化したのである!
まず、柔らかい体毛で全身が覆われております。
体毛の色彩は一部を除いて薄い褐色と白色。
全体的に薄い褐色で、お腹と耳の内側、手足の裏側は白くなっております。
眉毛と睫毛は銀色に変化し、肩へとかかるサラサラした長い銀髪にウサ耳が生えていました。
頭部には、ウサ耳を出す穴が開いた黒い兜を装備。
顔も獣属性幼女に変化。
可愛い部類です。
瞳の虹彩は山羊のような横長で色は、灰色がかった水色。
鼻の先端は若干黒っぽくなり、猫っぽい頬髭プラス猫っぽい口元になりました。
口元が変化した所為でしょうか、『な』行が怪しくなってますね。
腕は先端に向かって太いぬいぐるみみたいな腕になっており、ピンク色の肉球と人型の短い五本指付き。
胴体は細めの幼児体形。
上半身ほぼ裸です。
体毛で覆われておりますので、大事な部分は見えないようですね。
H型の太めの皮ベルトを着けており、これは背負い鞄を固定するものでしょう。
背に鞄が見えます。
腰には、左右に四角いポーチとドーナッツ状の金属リングが4つ付いた皮製の腹帯を装着。
右のリングには赤銅色に輝く片刃の戦斧が差し込まれ、左のリングには2本の瓶を収めた皮のポーションホルダーが結ばれています。
腹帯よりは、厚手で丈夫そうな布製のズボン。
ズボンの裾はゆったりしたサイズで、脹脛までの短めなもの。
裾から覗く脚は、尖った爪が出た犬の後ろ足のような素足です。
お尻から、少女の細い胴体くらいありそうなフワフワした毛並みの狐みたいな尻尾が生えています。
はい、おっさん成分ゼロですね。
それと『夢幻狂想曲』のキャラクターデザインさん、動物成分詰め込み過ぎです。
カオス過ぎますよ。
……なになに、ドワーフの爺さんのドット絵を改修したらこうなった?
納期が迫っていたので、仕方がないじゃない?
じゃあ、しょうがないね。
納期優先です。
「にゃんだこれ……?」
一頻り叫んで喚いて、泣いて、怒って、ズド~~ンッと落ち込んでを二度繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻します。
ちなみに、二度落ち込んだ理由は、おっさんから女性に変わっている事と、大人から子供に変わっている事ですね。
「にゃんで、ラフーににゃっているんだよぉぅ……?」
Orzのポーズ(幼女体形なので、頭大きめ)で項垂れております。
自分がどういう身体に変化したのか気付いたご様子。
「こんにゃ事だったら、海外版かソード卿使えば良かったよぉぅ……」
涙目で愚痴っておりますが、もう遅いであります。
苦情は、勇者候補をさっさと引き込もうとした戦神ダレイトス様宛にお願いします。
ついでにゲームを中断して恐怖の戦神メールを開いた己の迂闊さを呪うと良いでしょう。
後、蚊も呪っておくが吉かと存じます。
よく考えるとあんまり落ち着いてませんね。
結局、もう一周泣いて喚いてを繰り返してから、落ち着きを取り戻したようです。
メンタル弱いな、この“元”おっさん。
2時間近く無駄にして、ラフー化した“元”おっさんは現状確認に移行しました。
まずは、持ち物チェックです。
転生以前は工場勤めだったのでしょうか、指差し呼称をしております。
「おにょ(斧)。兜。腹帯。ポーチ、2つ。薬、2本。ズボン。鞄」
そこそこ使えそうな物はあるけど、サバイバル生活を送るには少々心許無いですね。
ポーチと鞄の中身に期待するしかありません。
ちなみに、2つのポーチと2本の薬瓶は、チャンピオンベルトみたいな腹帯にホルダーによって取り付けられております。
「うにゅぅ」
ポーチの中身から確認する模様。
中身が零れ落ちないよう、小さいベルトで固定されているポーチの口を短くなった指でうんしょうんしょと解放します。
チャリンッ
右のポーチの中身は硬貨の入った巾着袋、つまり財布でした。
巾着袋の口を開け、中を確認します。
「ひー、ふー、のー……10枚。……と、100クローゼで売れる宝石1つ」
金貨が10枚と、宝石が1つ入っていました。
宝石の価値である100クローゼは金貨100枚に相当でしょうか。
『夢幻狂想曲』のゲーム世界での硬貨は、1クローゼ=金貨1枚みたいです。
テイルバーグランで通用するといいですね。
中身を巾着袋に戻し、右のポーチに仕舞います。
次は左のポーチの中身確認。
「にゅの(布)? 手にゅぐい(拭い)? ……針が2本と糸」
ハンカチと手拭い、太めの裁縫針が2本と丈夫な凧糸が一束。
ソーイングセットでしょうか?
ラフー化した“元”おっさんは首を傾げましたが、ないよりあった方が良い品と割り切りすぐに仕舞います。
大本命の鞄チェックに入りました。
皮の肩当てが付いた頑丈そうな背負い鞄です。
背面を防御する為でしょうか、厚手の皮で作られた一見ランドセルにも見える鞄です。
よっこいせっと言いながら、背から降ろし確認開始。
「? 空っぽ?」
中を覗き込んで、“元”おっさんは首を傾げました。
背負い鞄の中身は空っぽでした。
ひっくり返してみたり、埃を叩くように軽く叩きますが、塵1つ出てきません。
「はぁ……? あれ?」
ため息を零しつつも、諦めきれないのか腕を突っ込んで中を調べます。
するとどうした事でしょう。
腕を引き抜くと、その手に羊皮紙の巻物が握られているではありませんか。
「ふぇ? もしかして、ゲームの『無限鞄』っ!!?」
驚きの事実。
なんと、沢山の物が入る魔法の鞄だったようです。
巻物を一旦置き、鞄に腕を入れては物を取り出すを繰り返しました。
出てくる品は、転生前に行っていたゲームの品々です。
「銀の食器セット。銀の杯。王冠。魔法の水差し? 図鑑……いや、『冒険手引書』? にゃにこれ?」
食器セットと杯は普通の銀製品。
王冠は、大小様々な宝石で装飾された黄金の一品です。
2リットルは入りそうな綺麗な水差しは魔法の品のようですが、効果が“元”おっさんにも不明っぽい。
幼女の胴体を隠せる程大きく分厚い本は、『冒険手引書』らしい。
「巻物と手引書にゃんて拾ったかにゃ?」
巻物と手引書を前に、“元”おっさんのラフーは考えます。
ゲーム中、手に入れた記憶がない様子。
“元”おっさんは悩んでも仕方ないなと、取りあえず巻物を開きました。
「…………」
巻物は戦神ダレイトス様からの手紙でした。
中にはこう書かれています。
『私の呼びかけによく応じてくれた
我が勇者よ
汝が使命は一つ
迫り来る大陸の危機を救う事である
汝一人で解決に走るもよし
人々に協力を仰ぐもよしである
新たな身体と言語だけでは闘い抜く事も辛かろう
そう思い
私は汝に知恵を送る
『冒険手引書』だ
存分に活用するがよい
なお
この文は
汝が読み終えると同時に
燃える
回避してみせよ』
「っ!? うわっちいぃっ!!」
いきなりボフンッと燃え上がった手紙にビックリする“元”おっさんのオマケ付きでした。
咄嗟に手放した事と最後の忠告があった為、運良く火傷はしなかったようです。
呆然とする“元”おっさんの前で、あっという間に手紙は灰一粒残さず燃え尽きました。
しかし、読んだ当人は気付いてないんでしょうが、ここで言っておきましょう。
大陸の危機は、もう解決済みです。
ついでに、その手紙は100年以上前のものです。
さらに、“元”おっさんは戦神ダレイトス様から放置されてます。
ラフーと化した“元”おっさんの明日はどっちだ!?
「にゃんにゃんだぁっ、一体ぃぃぃっ!!」
森にウサ耳幼女の悲痛な叫びが木霊しましたとさ。