予期せぬ食事
遅れましたが投稿します
ラフー生活276日目、ブライと旅を始めて9日目のお昼ごろ。
ついに人里に到着したぞ!
ブライ曰く、ヨシィサと呼ばれる街だそうだ。
身体が子供サイズになってしまった所為か、見るもの全て大きく感じてしまう。
始めて訪れるヨシィサも、俺には巨大な都市に見えた。
最初は、街全体を木の柵で覆っているように見えたが、近付いて見ると少し違う。
この柵はヨシィサ周辺の畑や放牧地を囲んでいるだけだ。
本当のヨシィサは、石造りの壁で囲まれた立派な城塞都市だった。
要は二重の壁で囲まれているって事。
すごく、おおきいです。
ブライに道案内してもらいながら、木の柵沿いに歩く。
目の前に街がある喜びか、俺達2人は揃って歩く速度が少々早まった。
近付いて見ると、この木の柵はあまり防御効果は薄そうに感じる。
丸太をただ横に並べて地面に突き刺してるだけの簡易な代物で、隙間も多く、ネコはおろか中型のイヌぐらいは簡単に通り抜けられそうだった。
隙間が多いからこそ、その奥にある畑や城塞が見えるんだけどね。
木の柵の高さも大して高くない。
精々3メートルぐらい?
こんな低い柵で大丈夫なのかと思ってしまう。
あの大きな身体のオーグル族なら、この程度の柵を簡単に壊せそうだ。
木の柵と一緒に見えた土の塀も、こうして近付くとよく解る。
たぶん、街の出入り口付近だけが土の塀なのだろう。
木の柵より若干高く盛られており、色は所々が黒く焦げた薄茶色。
どうやら粘土質な壁面を焼き固めているようで、触ってみると意外にしっかりしていた。
柵の隙間から壁面の横を観察すると、外側は垂直な壁で、厚みは3メートル前後で、内側は緩やかな傾斜がついた台形をしていた。
こちら側から見えないが、もしかすると傾斜部には階段が刻まれているかもしれない。
きっと、有事の際はこの土の塀に、兵士が登って外敵を頭上から迎え撃つ、といったところだろうか。
まあ、これは俺の想像なので実際はどうかは解らない。
ブライに聞いてみたが、『ちゃちな防壁』という小馬鹿にしたような返答だ。
ドワーフ族の街だと、もっと強固なんだろうなという感想で終った。
木の柵が土の塀に変わってからしばらく歩いていると水の流れる音が聞こえ始めた。
近くに川があるみたい……。
なるほど、以前ブライが言ったとおり川沿いに進めば、ヨシィサの塀が発見出来るのだろう。
川はそう離れていなかった。
と、いうか川はドンドン土の塀に近付いているようだ。
20分程歩くと、石を摘んで築かれた立派な水路が俺達を遮った。
この水路は塀の向こう側、おそらくヨシィサの街へと続いているのだろう。
ここの塀だけ、石を組んだ頑丈そうな壁となっている。
水路の幅は10メートルぐらいか、俺は問題ないが、ブライが飛び越えるのは無理そうだ。
見た所、水深は1メートル程度。
水に入って渡るにしても、120センチ前後の身長のブライだと溺れそうだ。
面倒だが、浅い場所まで迂回するか、橋を探す必要がある。
やれやれだ。
橋は30分も経たずに見つかった。
まあ、商人や旅人が渡るために設置ぐらいはするだろうね。
石ではなく、木の橋だ。
それと、橋の近くの地面に轍があった。
橋の幅がそこそこあるので、馬車も通れる程度に頑丈なんだろう。
橋を渡り、轍を辿るように歩く。
石造りの門が見えた。
大きく分厚い木の扉が開かれた街の入り口だ。
さあ、早く中へ……。
「? 誰も、いにゃい?」
ようやく出入り口に辿り着いたと思ったら、門は無人だ。
これには驚いた。
一体どういう安全管理をしているんだ?
普通は番兵の1人くらい置くんじゃないか?
人は居らず、門の前に立て札が1つあるだけだ。
立て札を見てみる。
幸いな事に、ナーベル・シラー語で文字が書かれていた。
『朝2番目の鐘が鳴ると開き、夕刻の鐘が鳴ると閉める』
うわぁ、大雑把。
大丈夫か、この街?
グ~ッ……
俺が立て札に呆れている背後で、ブライが腹の虫を鳴らせた。
あぁ、もうお昼だね。
「オデ、平気。する、我慢。行く、街、早く」
「にゃふぅ……、行きょっか」
「応」
燃費の悪い子だなぁ。
俺はため息を1つつきながら、ブライと一緒に門を通った。
小一時間歩いて、ようやく、ついに、ヨシィサの街に到着。
横でずっとグーグーお腹を鳴らせる困ったちゃんと一緒にである。
俺もお腹が減ってるけど、さ。
ちょっとは我慢して、鳴らせないようしてくれよ。
城壁に居たナーベル族の門番さんから、凄い哀れみの籠もった視線を受けて、滅茶苦茶恥ずかしい思いをしたんだが……。
まあ、その代わりといってはなんだが、街に入る手続きが早く済んだから良いけどね。
街に入る目的を告げ、通行税を払うだけで、俺達は簡単にヨシィサの街に入れた。
武装してるけど、お咎めなし。
精々、問題起こさないようにと言われるだけ。
セキュリティ低いなあ。
門番さんもたった2人しかいないし、武装も槍と皮の胴着だけだし……。
大陸の危機は、まだこのヨシィサまで迫っていないのか?
ちなみに、通行税はクーレンタ銅貨5枚かアルゴール銅貨4枚だった。
ウドから失敬した財布から、それを支払う。
さあ、ご飯食いに行こうぜ!
ってな訳で、街の風景を楽しむ余裕もなく食事処を目指す。
主にブライがなっ!
ブライに手を引かれ、石畳をドスドスタシタシいわせて早歩き。
ドスドスはブライの足音で、タシタシは俺の足音ね。
やがて人が多く歩く場所へと導かれる。
市場だ。
数々のバラックや露店が広場に並び、賑やかな声がアチコチから響いている。
そこに存在する多くの人達は、背の高いナーベル族だらけだ。
久しぶりの人混みに、目頭がジ~ンッと潤む。
あぁ、これぞ人間の社会っ!
「ある、馴染みっ! そこ、すぐっ!」
感動も一入なところにブライの声。
コイツに俺の気持ちは理解出来んのだろうなぁ。
はいはい、解ったから、そんなに慌てない。
まあ、本人が奢るというから文句を言わずに手を引かれてあげよう。
しかし、こうして人混みに混じると意外に怖いものだ。
なにしろ、周囲の人間が全部巨人に見えるからねぇ。
ちょっと怖いね。
子供の視線で、人混みを歩くとこんな感じだったんだなぁと、改めてそう思った。
今は横幅が広いブライが、人混みをかき分けてくれるからスムーズに歩けるが、俺1人だったら大変だろうね。
……後、思った以上に周囲が臭い。
風呂入る文化ないのか?
いやいや、時刻がもうお昼をかなり過ぎてるから、労働の証足る汗と垢の匂いかもしれん。
食べ物の匂いよりも人の匂いの方が強く感じるのは、人混みに居るからだろうか?
「? ……? ?」
「?」
広場をグルグル回っていると、ブライが突然立ち止まって周囲をキョロキョロとしだす。
髭で表情が判り難いが、ちょっと困った顔をしている。
……まさか。
「……どこ、店?」
「にゃっ!?」
やっぱりかぁ~。
迷った。
道案内が迷ってどうする?
ブライ、イイキャラしてるなぁ。
俺を巻き込まないであれば、なお好しなんだが。
「誰ぇきゃに聞いたりゃ?」
「……お、応」
助け舟を出す。
また、ブライがショボンッとした。
「お店にょ名前は?」
「……ない、知る」
ぐはっ!
店の名前も知らんのか!?
本当に馴染みの店か怪しくなるぞ。
う~ん、これがブライ・クオリティなのか。
結局、近くに居た屋台で、何の肉か解らん串焼き肉を購入して食べた。
味付けは塩のみのただ串に刺して焼いただけの肉。
お値段1本クーレンタ銅貨2枚とリーズナブルだけど、たいして美味しくなかった。
ブライの腹の虫が近くを歩く人に聞こえる程大きく鳴ったので、仕方なくである。
俺も小腹が空いてるので1本だけ食べた。
「行く、探す」
「にゃむにゃむ」
ブライが串焼き肉を5本も食うのを待ってから、お店の捜索再開。
もうその辺で適当なの見繕って食べたら良いじゃんと言いたい。
ブライは探す気満々。
余程、そこのご飯が恋しいのだろう。
探している店は、彼と同じドワーフ族が経営しているらしい。
故郷の味ってやつでしょう。
多少興味が湧いたので、手伝う事にした。
周囲はナーベル・シラー語オンリーだからねぇ。
う~ん。
なんだろう?
どうにも、居心地が悪い感じがする。
例えば視線。
すれ違う人の幾人かから、馬鹿にしたような視線を向けられる。
人によっては、露骨に睨まれた。
俺達の格好がボロボロでみすぼらしいからだろうか?
それとも、剣や斧で武装しているからか?
余所者だから警戒してるってのもあるからか?
解らん。
声を掛けても嫌がられる時があった。
お店の場所を尋ねても、無視されるか、失せろと怒鳴られる。
街の住人達の反応が一部キツイ。
普通に受け答えする人もいるにはいるんだが、なんか納得いかない。
それに、嫌な物言いをする人に怒ったブライを宥めるのは大変だ。
『泥食いのドブドワーフ』が沸点を上げる言葉のようで、危うく殴り合いの喧嘩まで発展しかけた事、2回。
店も見つからないし、精神的に酷く疲れる。
追い討ちとして、ブライの探している店は、隣の市場だと聞かされたのが、堪えた。
探しても見つからない筈だ。
夕方近く掛かった時間を返せと、ブライに言いたい。
始めに訪れた市場から通り2つ向こうに、もう1つ市場があった。
ただ、時間が時間な所為か酷く閑散としている。
要は店仕舞いしている最中の店が多いって事。
こりゃ、今日は宿でも取って、明日にした方が良いんじゃないか?
と、俺はそんな諦め気分である。
しかし、どこからか判らないが、懐かしい気持ちにさせる香ばしい匂いがするので、ブライにもう少し付き合う事にした。
この香りがブライの探している店でなくても、ちょっと気になる俺であった。
あぁ、良い匂いだ。
身体がフラフラとそちらに誘導されそう……。
「あるっ! 店っ!」
おっと、ようやく見つけたかブライ君。
おや、良い匂いがする方ですか?
これは料理に期待してもいいのかな?
ちょっと楽しみだ。
片付け中のテントを次々と横切り、奥へ奥へと進む。
その先にあったものは、奇妙なテントだ。
俺を懐かしい気持ちにさせる香ばしい匂いも、そこから漂っている。
近付くと香りが強く感じた。
醤油っぽい!
いや、醤油が焦げるような匂いだ!
ヤバイ。
嬉しすぎて泣きそうになる。
ねんがんの和食がくえるかもしれない!
ブライと共に俺はそこへと駆ける。
香ばしい匂いの元は、奇妙なテントの裏側だ。
ジュージューと、何かを焼く素適な音が聞こえる。
テントの裏側を目指していたら、テントから灰色の髭と髪をしたドワーフ族の男性が姿を現した。
ブライの顔を見て、少し驚いたようだ。
「ξ#§бっ……ξ#§агЪψρΧヮゐгЪ」
「ΧИСС*≪ゐΒΛεっ!」
うわぁお、何喋ってるのかさっぱり解らん。
ただ、ブライが『メシ食いに来た』って言ってるのは、なんとなく解る。
「ΧИСС*≪ゐΒΛεっ!」
「Β+εΛ⊃∃♯」
「гаЮб……」
……う~ん。
なんだか、灰色のドワーフさんは少々困り顔っぽい。
『もう閉店だよ。明日来な』って言ってるみたいだけど、ブライが『なんでもいいから』みたいに食いついてるなぁ。
どうしようか、これ?
話が一段落するまで待つか。
ブライを放置して、灰色のドワーフさんが出て来たテントを見る。
おぉっ、よく見るとモンゴルのゲルっぽい。
それが3つ並んでいる。
大きいのが2つに、小さいのが1つ。
近くには即席の柵で囲ったウマだかロバだかが6頭居て、4輪の荷車が2台あった。
その周囲にはドワーフさん達が5~6人居た。
うち2人は女性だ。
石を組んで作った竈で何か調理している。
美味しそうな匂いと煙はそこから漂っていた。
子供も居る。
ぽっちゃりした男の子だ。
木の椅子に腰掛けて『かーちゃん、メシまだー』って感じで足をブラブラさせていた。
他はブライみたいな男衆だろう。
木箱を抱えてテントと荷車の荷台を行ったり来たりしている。
男衆の顔の区別がし難いので、実際は7~8人居るかもしれない。
服装もよく見るとモンゴルっぽかった。
ふむ。
料理店というより行商人の集団っぽいな。
はてはて、これは一体どういうことなんでしょう?
取り合えず、ブライ君に聞いてみま――。
「巫女様っ!」
「にゃっ!」
振り返って聞こうとしたら、何時の間にかブライのアップ。
ちょっと驚いた。
「大丈夫。ある、食事」
「?」
こいつ何言ってるんだ?
それとも、ここの人達はブライの知り合いなのだろうか?
「あー、ビスタ族の嬢ちゃん」
「はい?」
おぉ、この灰色のドワーフさんはナーベル・シラー語が流暢だ。
「ワシらんとこで、メシぃ食う気あるかいの?」
「巫女様。ある、食事。旨い」
「良いんでしゅか? ブライしゃんが、無理を言って――」
「よかよか。大歓迎とはいかんが、食うてきんさい」
ブライが無理強いしてないか聞いたのだが、OKらしい。
しかし、ドワーフのご飯に何かしらの問題があるのか、『本当にウチで食べるの?』といったニュアンスが言葉にあった。
大丈夫か?
食用ゴキブリとか炒めてますとか言ってきたら断るか。
ってな訳で、彼等の夕食に招かれる事となりました。
本当に大丈夫だろうか?
最初に出会ったドワーフがブライだけに、かなり心配……。
「うっ、うぅっ……」
いかん、涙が零れる。
「うみゃーーーーいっ!」
美味しい。
ドワーフ族のご飯、とっても美味しいです。
「グシュ……おいひぃ……おいひぃにょぉ」
肉マンっぽい饅頭、美味しいです。
中の肉と野菜を醤油っぽい味付けで炒めた具と、白いモチッとした外側もグー。
野菜炒めも美味しいです。
うおぉっ、この味付けは味噌っぽいぞっ!
イモムシっぽいものが入ってたけど、味と食感がエビみたいでまったく気にならない。
「うみゃー……むぐ……うっ、うぅ」
ヤバイ。
和食じゃないけど、味付けが最高に好みだぁ!
スープも美味しいよぉ。
干し肉から出汁を取ったみたいで、塩加減もグッドです。
具材も野菜や香草、細かく刻んだ戻した干し肉。
あぁ、旨みが身体に染み渡ります。
「ジュル……うみゃー……ふぅふぅ……むぐむぐ」
出されるもの全て美味しいです。
泣きながら俺は無我夢中でそれらを食べた。
「ふみゃあぁ~、ごちしょーしゃまれしたっ」
1年半ぶりのまともな食事に俺はMAXヘヴン状態であった。
もう周囲の様子もおかまいなしです。
「「「……」」」
人心地ついてホッとしてたら、夕食を囲んでいたドワーフさん達が俺を方をジ~~ッと見ていた。
うわあっ、これはちょっと恥ずかしい!
「「「εΛΒ♯+⊃∃」」」
「「「*Λ♯*Λ♯」」」
あれ?
なんで皆涙ぐんでるんだ?
しかも、物凄い優しい目でこっちを見てなさる。
これはもしかして、やらかしてしまったか?
「§гρヮゐЪ」
「っ!?」
どう対応しようかと思っていたら――。
母親っぽいドワーフさんにいきなりギュッと抱きしめられてしまった。
「……εΛ♯+⊃∃」
アレアレアレー?
なんなんでしょうか、これは?
もしかして、同情されてる?
あっ、不味い。
涙腺が崩壊しちゃった。
「うにゃああああぁぁぁっ!!」
泣いた。
母親っぽいドワーフさんの抱擁が大きくて、暖かくて……。
ずっとずっと人恋しい気持ちが爆発して。
俺は思いっきり泣いた。
ドワーフさん、ありがとう。
旅にグルメと来たら、次は温泉だなw