街を目指して
ボッチ卒業
ラフー生活267日目、ドワーフ族の男性と野営。
空気がちと重い。
それも当然の事で、彼の仲間であったナーベル族の男性が、俺に乱暴を働いた。
ナーベル族の男は彼の制止を聞かなかった為、已む無く殺害。
俺を助ける為に彼は仲間殺しの業を背負う事になり、空気がドンヨリとしてしまった。
襲われた俺からすれば、ナーベル族の男のあの態度や口調が酷いものに感じた為、彼に気にするなと言いたい気分である。
生真面目なのだろう彼は、遺体から遺髪を刈り取ると、しばらくの間俯いたまま身動き1つ取らずにいた。
流石にこれは放置してはいけない気がする。
助けてもらって、ハイさよならは俺自身気分が悪い。
助け助けられでお互い様、で済ましても良くないだろう。
しかし、迂闊に声も掛けられる状況でなし。
さて、どうしようか。
日もそろそろ暮れてきているし……。
取りあえず火を熾し、夜営の準備を俺はただ黙々としていた。
もうしばらくの間は放っておいた方が良さそうだしね。
土鍋に水を注ぎ、タンポポの花、食べ易い大きさに刻んだベアラウフと野生のアスパラガス、シロツメクサの蕾を投入。
調味料として、細かく刻んだニガシオダマを少々。
出汁代わりに猪の燻製肉の欠片をちょっとだけ入れます。
土と石を積んで作られた簡易竈があったので、それを使いクツクツと煮る。
うん、青臭い香りが漂ってまいりました。
不味そう。
よし、ミント達の出番だ。
適当に千切って一掴み分を投入。
うん、益々青臭くなったね。
お手上げ。
次にマッシュルームを木の串に刺して、火の側に置く。
うん、こちらの方がマトモな料理に見えてきた。
そうやって俺が調理していた所、ようやくドワーフ族の彼が再起動を果たした。
思い返せば、彼は出血多量で死ぬ一歩手前だったし、空腹状態でもあったな。
その為、俺の方をジッと見つめる。
空腹である事を思い出したのだろう。
俺は何も言わずに、転がっていた木のお碗に山菜の水炊きを分け入れ、彼に差し出した。
「……」
受け取ろうとしないので、無理矢理両手に持たせる。
「……」
「……」
湯気の発つお碗を両手に持ち、彼は無言のまま立ち尽くしていた。
青臭くてゴメンね。
あ、もしかしてニンニク臭いのが気になる?
大丈夫、ベアラウフと呼ばれる行者ニンニク以上にあんたの方が圧倒的に臭い。
気にするな。
後、転がっていた木のお碗は一応布で拭いておいたから安心してくれ。
グウゥ~~~~ッ
と、彼の腹が鳴く。
彼は懐から木の匙を出すと、グッとお碗の中身をかき込んだ。
モグモグというよりガツガツといった豪快な感じで、水炊きを食らう。
すぐにお碗は空になったので、おかわりをつぎ、焼けたマッシュルームも渡した。
「ふっ! ふぐっ! うぐっ……ううぅ……ふぐぅっ」
熱々のそれを彼は乱暴に食らう。
俺の食う分まで口に放り込みながら、彼は泣いた。
熱くて泣いたのではない。
仲間の死と、その原因である俺に身体と空腹を癒されて泣いているのだ。
山菜の水炊きが不味い事が原因の1つに入っていない事を祈る。
まあ、人がいない場所だ。
今は思いっきり泣いてしまえ。
仲間の死に涙する事は恥ではないのだから……。
俺の晩飯をどうしようとは思ったが、空気を読んでここは我慢としよう。
鞄の中にまだ野ネズミの串焼きが1本残っているし、ね。
……。
「……感謝」
たっぷりと泣いて、腹が満たされたのだろう。
彼は幾分落ち着いた様子でお礼を口にした。
それから、火から離れるとナーベル族の遺体へと歩み、男の懐を検め始めた。
何をしているのだろうか?
ゴソゴソ漁っているから遺品となる物がないか探しているのだろう。
そんな風に考えていたら――。
「МСБρっ!!」
ドワーフ族の彼は突然激怒したように荒れ、遺体を蹴り飛ばした。
何なんだ一体?
「МСБρっ!! МСБρっ!!」
うわぁ、かなりお怒りのご様子。
一体、何を見つけた事やら。
「МСБρっ! ペッ!」
2回3回と遺体を太くて短い足で蹴り続け、最後に遺体の顔へ唾まで吐いた。
こりゃ、相当頭にキてるな。
今のうちにコッソリ立ち去った方が良いかも……。
クルッ……
おっと、興奮状態が治まった彼と目が合ってしまった。
逃げ難いな、これ。
蛇に睨まれた蛙ではないが、非常に動き難い。
先程までの沈痛な表情はどこへやら、彼は2つの小汚い巾着袋を遺体の懐から奪うと、俺の方へノシノシ歩きながら戻って来た。
「食べる、オデ、お前、分。すまない。これ、食べる」
そう言って、2つの巾着袋のうち1つを俺に手渡す。
なんだろう?
巾着袋の口を開けてみる。
堅そうなビスケットっぽい何かが4枚入っていた。
ふむ。
『お前の食べる分を食べてしまって、すまない。これを代わりに食べてくれ』
だろうなあ。
はて?
なんで先程怒った……あぁ、解った。
ナーベル族の男はドワーフ族の彼に内緒で、食料を隠し持っていたんだな。
それで怒ったのか。
食い物の恨みは怖いから、当然だな。
「……いただきましゅ」
折角頂いたので、ありがたく頂きます。
バリバリムシャムシャ。
うむ、ドライフルーツとナッツ入りですか。
やけに堅いけど美味しゅう御座います。
あぁ、久しぶりの穀物だ。
う、旨い。
口の中の水分がガンガンなくなるけど、旨いっ!
いや、やっぱり水がないとキツイわ、これ。
鞄から水差しを取り出してラッパ飲み。
ゴキュゴキュ。
ボリボリ。
ガリッ。
ゴキュゴキュ。
バリバリ。
ムシャムシャ。
ン、ゴックンッ!
「……ふみゅうっ。御馳走様でしゅた」
「……」
おっと、いけない。
久しぶりの穀物につい夢中になってしまった。
ドワーフ族の彼がなんか呆れた表情ではないか。
これは失礼。
一応頭を下げておこう。
「?」
はて、彼はまだボーッと立ち尽くしているな。
良く見ると、彼の視線は俺の水差しに向いているような気が……。
あ?
そうか、彼も喉が渇いているのだね。
先程彼が使ったお碗にお水を注いであげよう。
「どーじょ」
「……か、感謝」
お碗に注がれた水をグイッと一口。
これで良かったご様子。
俺は水差しを鞄に戻した。
さてと、夜になった事だし、そろそろ適当な木に登って寝る準備でもするか。
「にゃっ!」
「にゃ、にゃあ?」
『じゃあ』と片手で別れの挨拶をしてから尻尾飛行開始。
よし、あの木の枝が足場を組み易そうだ。
木の枝に取り付いて、鞄から木材を数本ホイホイッと取り出し、蔦のロープでしっかり固定する。
それが終ったら、今度は大きな毛皮を取り出し、毛皮の真ん中にロープを結んでから、上にある枝に結びつけて即席の屋根にした。
うんうん、良い仕事してるねぇ。
後は、毛布代わりの毛皮とコートに包まってお休みだね。
それじゃあ、お休みなさ――。
「……っ!? Χ*≪ゐっ! ……待つっ! 話っ! する、話っ!」
はて、下でドワーフ族の彼がなんか騒いでいるな。
夜の森はあまり騒がない方が良いのに……。
「にゃんでしゅきゃ?」
「#≡§ρаΧヮゐっ! #≡§ρаΧ……する、飛ぶっ! θΨΦΣΠっ!? θΨΦ……です、何!?」
なんか混乱してるな。
何言ってるのかサッパリ解らない。
「にゃんでしゅきゃ?」
「……аΧヮ」
木から降りて訊ねる。
しかし、彼の方も咄嗟に言葉が出ないのか、ドワーフの言葉でモゴモゴ言っていた。
言いたい事があるなら、始めに考えてないと駄目だよ。
こっちはドワーフの言葉が『はい』『いいえ』『いくら?』の3つしか知らないんだから。
ふむ。
まずは、水でも飲んで落ち着きなさい。
俺は再度、彼に水を振舞った。
……。
落ち着いた彼からされた質問は以下の通り。
小さな鞄から、明らかに入りそうにないサイズの物が次々と出てきた。
その鞄は魔法の収納鞄か?
空を飛んだ。
詠唱なしで飛行魔術を使う程高位の術者なのか?
火の側でなく、何故木の上で寝る?
こんな人里離れた森にどうして一人でいる?
両親やお供はいないのか?
お前は何者だ?
……の、以上6つ。
最初の質問はイエス。
2番目の質問は、戦神ダレイトスの加護。
3番目は、狼やナーベル族の男性みたいなのに襲われないようにする為。
4番目と5番目は、戦神ダレイトスの試練で、両親やお供はいない。
最後の質問は、ラフーと答えておいた。
流石に『戦神ダレイトスに異世界から拉致されました』なんて言えない。
他にも色々聞かれたが、回答に困るものは全部『戦神ダレイトスの試練』で誤魔化す俺であった。
概ね間違ってないと思う。
うん、悪いのは大体戦神ダレイトスの所為。
「……と、言う訳でしゅ」
「おぉ……」
ついでに自己紹介っぽいのものも一応したのだが、はて?
どういう事か、このドワーフさん、なんか感動しております。
訳が解らん。
俺の方も色々質問したかったんだけど、これ以上関わると不味いかな?
よし、さっさと寝よう。
そして、朝一でバイバイしよう。
街への道のりはもう聞いてるから問題ない。
うん、そうしよう。
「……にゃ、にゃあ、お休みにゃしゃい」
と、俺は逃げるように木の上へと避難した。
「……感謝。ダレイトス……ΞΕΒΥΡλЧЪЪЙρΨ」
背後で彼の言葉が聞こえたけど、なんかトリップしているみたいなので無視。
夜、俺がコートと毛皮に包まれている間、ザクザクと地面を掘る音が聞こえた。
たぶん、ナーベル族の死体を埋めているのだろうと思う。
夜中に埋葬するBGMって結構怖いぞ。
まあ、死体を目当てにした獣に近寄られないよう処理しているんだろうが……。
ラフー生活268日目の朝。
さっさと荷物を纏めて出発しようとしたら、ドワーフさんが木の下で土下座していた。
「オデ、ブライ。戦士、出る、ゴーダ。守る、巫女様。オデ、する、案内、街」
おうふ、閉口一番に朝から何なんだコイツは?
あんまり関わらないようにしようと思っていたのに……。
しかも、巫女様って何だ?
絶対、コイツ勘違いしているよ。
……まさかロリコン趣味とかないよな?
ないと良いな。
「……にゃふぅ」
朝からため息が零れた。
……。
互いに出発の準備が出来たので、大きな倒木から移動する。
このドワーフさん、俺が何度『巫女じゃないです』と説明しても聞きやしない。
それに一人で行こうとすると『危険』と止めに入る。
気遣ってくれるのは解るんだけど……。
結局、彼と徒歩で移動する事になってしまった。
まあ、悪い人ではないのだろう。
完全に安心は出来ないが、一応信用する事にした。
なにより、片言とはいえ会話が成立する相手が居るというのが良い。
ずっと一人だったから心強い。
……んだが、このドワーフさん、大丈夫かなぁ?
ヘタレの俺が思うのもなんだけど、ダメンズの気配があるよ、このドワーフさん。
朝食の準備とか俺よりヘタクソだし……。
その上、俺を『戦神ダレイトスに仕える巫女』と勘違いしているしさぁ……。
道中大丈夫かねぇ?
ま、街まで辿り着ければ終わりの関係だ。
それまで、この辺りの情報を聞くなりして、これからの計画を発てよう。
戦神ダレイトスが恐れる大陸の危機とは何なのか?
自分に何が出来るか?
生活基盤をどう構築するか?
考えるにしても情報は必要だ。
ちょっと心配だけど、自分から動かないと始まらないからね。
まずは街で生活基盤を築こう。
それから情報集め。
大陸の危機を救う方法を考えるのは、そういった準備をしてからで良いか。
しかし、ワクワクする。
街にはどんな人達が暮らしていて、どんな文化や食事があるんだろうか?
食べ物大事。
ちゃんとしたご飯食べたいです。
それと、俺を襲ったナーベル族の男みたいなヤツがいない事を祈ろう。
治安が良いといいんだけど……。
「ここ、東、行く、川」
まだ見ぬ街に想いを馳せていると、ドワーフの戦士ブライさんが東を指差していた。
いかんいかん。
同行者が居るとはいえ油断は禁物だ。
「川?」
「……ある、川。進む、三日。下る、川、側。一緒、捕る、魚。オデ、捕る」
「にゃぁ」
「オデ、任せる。捕る、魚。お腹一杯」
なるほど、川沿いに下っていけば街に着く、ね。
そのついでに、川魚を捕って食べてお腹一杯ときた。
そう言えば、異世界に来てから魚を食べてないと思い出す。
良いんじゃない?
多少の不安はあるけど、こんな旅も悪くないと思えてきた。
「頼りにしてましゅ、ブライしゃん」
「っ!? オデ、任せるっ! 捕る、一杯っ!」
うおっ、なんか言い方が不味かったか。
ブライさん、なんかハイテンションになったぞ。
ドスドス足音を鳴らせて嬉しそうに歩く速度を早める。
でもまあ、治ったとはいえ足が短いんで、歩く速度は俺と大差ないんだよね。
あっ!?
もう手持ちの食料がほとんど無いんだった。
うへぇ、川まで三日かかるらしいから、川魚とか言ってる場合じゃないや。
食料を採集しながら移動しなきゃ、川に着く前に餓死だ。
「にゃぁっ! 待ってっ!」
「ワハハハッ! 待つ。ない、慌てる」
いい気なもんだよ、ブライさん。
つい昨日まで出血多量の上に餓死しかけてたのに、何でこんなに元気なんだろう。
……まっ、悪くないか。
さあ、街を目指して今日も元気出して行こうっ!
『街への道しるべとして川へと向うラフー一行。
しかし、そこにはなんと――
次回っ!
ウサ耳生活~っ。
非情な大河に熱き男の魂を見たぁ~っ!
なお、今言った通りのタイトルになるかは不明です』
エビチャーハン!