敵か味方か
ちょっぴり残酷な描写がありんす
ラフー生活267日目、あの巨躯を誇るオーグル族を倒した人物を追跡する。
……の前に、食料確保開始。
手持ちがいい加減ヤバイ。
塩辛いだけのニガシオダマが4玉、ミント等のハーブ類がザル1籠、マッシュルーム5個、ヤマリンゴ1個、ヤマリンゴジャム残り僅か、野ネズミの串焼き3本、猪の燻製肉一欠片である。
これでは、節約して四日前後しか持ちそうにない。
早く誰かしらと会いたいと焦るのだけど、追跡を一時中断して、食料を探す事にした。
……。
野営した場所を拠点に探索。
タンポポ、ベアラウフと呼ばれる行者ニンニク、シロツメクサ(クローバー)の蕾、野生のアスパラガスを入手出来た。
ベアラウフはニンニク臭いので判り易く、簡単過ぎる程大量に採れた。
野生のアスパラガスも2つ採れた。
スーパーに並ぶようなペンシル状ではなく、蔓の先っぽがアスパラガスっぽく、葉っぱごと湯がけば食べれそうだ。
水場が近くに見つかれば、野生のアスパラガスも沢山採れる筈。
近くに川なり泉なりがあるのかもしれない。
お昼になったので、昼休み。
野ネズミの串焼きを1本だけ食べ、ヤマリンゴジャムを指先に一舐めしてから、追跡を再開。
日課の木登りをしてみたが、煙は発見出来なかった。
夕方に期待しよう。
この追跡というのは、以外に神経を使う。
足跡とかは、素人が普通に追えるものじゃないと解る。
俺がなんとか足跡を追えるのは、相手がしっかりとした跡を残しているからだ。
体重が重いのか、それとも怪我人を背負っているのか、靴跡が地面にハッキリ残っていたのである。
それと、狩りの時も経験した事だが、追跡に集中していると自分の方が危険に陥り易い。
足元に気を取られて、周囲の警戒が疎かになる。
これが一番注意が必要なのだ。
だから、俺は地面を目で追いながら、耳を左右に動かし物音を探る、という疲れる事をしている訳なんだね。
面倒で疲れるんだけど、自分の命が懸かってるんだもの、真剣にしてるよ。
……。
2時間程進んだだろうか、大きな生き物が近いという反応をキャッチ。
ようは、糞尿の臭いが漂っているのを鼻が感知したって事さ。
後は、男特有の汗臭さや垢の匂い、それと血の匂いだ。
この近くに怪我人が居る可能性が出てきた。
どこだろうか?
お鼻をクンクン、お耳をピョコピョコさせて、付近を尻尾飛行しながら捜索する。
「ありぇかにゃ?」
10分足らずで怪しい場所を見つける。
大きな倒木に布をかけただけの即席テントを発見。
テントの入り口付近に火を熾した跡があり、木のお碗が1つ転がっている。
そして、薄暗い入り口から脚が2本覗いていた。
大きな靴を履いた足の裏。
どうやら大柄な人物が寝ているっぽい。
オーク族の可能性もあるので、尻尾飛行を止めて地面に降り、そ~っと忍び足で近付いてみる。
悪い人でない事を祈る。
抜き足、差し足、忍びあ……。
「うっ……はぁ……はぁ……はぁ……ぁ」
男性の苦しそうな息遣いが聞こえた。
まるで今にも死にそうに力がない感じがする。
俺は馬鹿だ。
追う事に夢中で、相手の事を考えてなかった。
あれだけ血痕を残して移動しているのだ。
大怪我で動けなくなっているかもしれないと、何故思いつかなかった?
俺は急いで弱々しい呻き声を上げる男性に近付く。
テントの周辺は血と糞尿の匂いで包まれており、男性の死期が近いのか蝿が周囲をブンブン飛び回っていた。
「……ウッ」
横になっていた男性はドワーフ族だった。
普通の大人を縦方向に縮めたような感じの、『背は低いが、横幅は広い』ガッチリした男性だ。
酷い怪我をしている。
顔の左半分、左腕、左脚と布が巻かれていた。
ボロ布を包帯代わりにしたのだろうか、布は血を吸って真っ赤に染まっていた。
一番酷い怪我は左脚のようで、ここが一番グッショリと血で湿っている。
「大丈夫でしゅきゃ?」
右肩を軽く叩いて声をかけた。
ウッと小さく呻く以上の反応は返ってこない。
それに髭で埋もれて判り辛いが、顔色が真っ青を通り越して真っ白だ。
出血多量で危険な状態に違いない。
「……スグ・ナオール」
上級回復魔法『スグ・ナオール』を俺はすぐに唱えた。
癒しの光が俺の身体を覆う。
そのままだと自分に掛かってしまうので、俺はその光をドワーフ族の男性に与えるようと両手で彼に触れた。
そして、祈る。
癒しの光が自分ではなく、彼に癒しの力が届くように、と。
「……ウゥッ」
光が俺の身体から彼の身体へと移り、癒しの効果が徐々に現れる。
真っ白だった顔色が段々と血の気を帯びて行き、赤褐色の肌色を取り戻し始めた。
呼吸も少しずつ良くなってきてる。
良かった。
成功だ。
まさか最初の一発で発動するとは思わなかったけど、結果オーライである。
ドワーフ族の男性がゆっくりと閉じた右目を開ける。
気が付いたようだ。
「ゥッ!? ……РθΨΠ……ИЪ?」
彼の声が耳に届く。
しまった。
ドワーフ語だ。
これでは、彼が何を言ってるか全然判らない。
「……け、怪我はだ、大丈夫れしゅきゃ?」
噛んだ。
しかも、練習してきたナーベル・シラー語である。
これは困った。
どう意思疎通しようか……。
「……Υгб……お前、誰、ない、痛み、身体、まだ」
困っていたら、彼の方がナーベル・シラー語に合わせてくれた。
片言だが、これでなんとか意思疎通できそうだ。
「俺、ラフー。あにゃた、倒りぇていた。俺、治しゅた。まら痛みゅか?」
しまった。
アホか、俺は!?
なんで俺まで片言で返さなきゃならんのだ。
うあぁ、噛みまくってるし、こいつは恥ずかしい。
「……感謝。ある、痛み。動く、半分」
うっ、これって『ありがとう。まだ痛むが、なんとか動けるようになった』だろうか?
片言での会話って予想以上に大変だぞ。
意味を一々訳す必要があるからなぁ。
えっと、まずは彼の怪我を完治させた方が良いか。
「もう一回、癒しの魔法使う。良いでしゅか?」
「……」
『スグ・ナオール』は状態異常も一緒に治療する反面、ダメージ回復量が少ない。
ゲームだと、ラフーを全快させるのに2~3回掛けた記憶がある為だ。
彼に後、1~2回掛ければ全快するだろうと思ったのだが……。
「ない、いる。ない、払う、金」
と、こう言って治療を拒否されてしまった。
首を横に振るから、『いらない。金払えない』と言ってるっぽい。
はて?
別に金なんて要求してないのだが……。
「ふみゅ~っ。……お金はいらにゃいから、人が沢山いりゅ場所教えれぇ。代わりに癒しにょ魔法使う」
これならどうだろうか?
「……です、良い? ……感謝。ここ、東、行く、川、進む、南、ある、街」
ん~っ?
判り辛いぞ。
東にある川を進めば南に街があるは良いんだけど、治療を受ける気はないのだろうか?
あ、疑問符が付いてるから、『良いのか? ありがとう』って言ってるのか。
取りあえず治療しよう。
話はそれからだ。
……。
「リュ……スギュ・ニャオール……スグ・ニャオーリュ……スグ・ナオール」
ぐはっ。
今度は発動4回も失敗した。
5回目に一応成功したのでセーフ。
これで、苦しそうな彼の表情が少し柔らかくなったと思う。
髭と包帯で表情が読み難いんだよ。
ドワーフ族の彼は左手と左脚の状態を確かめると、地面に額が付く程に頭を深く下げた。
「……感謝。オデ、ブライ。する、礼。でき――」
グ~キュルルゥ……。
何か言いかかっていたようだが、彼の腹の虫が鳴いてしまい、お礼の言葉が中断してしまった。
彼の右頬がカァッと赤く染まる。
どうやら真面目な人物らしい。
「……ろうじょ」
「……感謝」
鞄から野ネズミの串焼きを1本出して渡す。
恥ずかしそうにしていたが、空腹には勝てず、彼はすぐさまそれに齧り付いた。
でも、これっぽちじゃあ、俺の体積の3倍以上はありそうな彼には足りないだろうな。
野草でも煮てあげようかな?
「感謝。……いる、仲間。彼、する、治療。する、助け」
ベアラウフとシロツメクサの蕾を鞄から取り出そうとしていたら、彼がテントの奥を指差した。
彼以外にまだ仲間が居るようだ。
視線をそちらに向けると、毛布に包まれた何かが見えたが、人が寝ているような気配は感じない。
もしや、ドワーフ族の彼に構っている間に……。
そう思っていた次の瞬間。
ガッ!
背後から突然、身体が押さえ付けられてしまった。
大人の男の左腕だ。
それが、俺の身体を片手で抱き上げるように押さえ込んでいるのだ。
ドワーフ族の彼の腕ではない。
彼は俺の方を見て、驚いたような表情で固まっている。
「にゃ!? にゃにを――」
「黙れケダモノ」
男の腕から抜け出そうとしたら、目の前に鋭いナイフ。
不味い。
凄く不味い。
絶体絶命である。
「止めるっ! ウドっ! 彼女、する、治療っ! 放すっ!」
「うるせぇっ! 役立たずがっ! ドヴェルグ如きが俺様に指図すんじゃねぇ!!」
背後に居る男を制止しようとして、ドワーフ族の彼が立ち上がろうとするが、阻止されてしまった。
ナイフが俺の喉に突きつけられているからだ。
ウドが背後の男の名らしいが、仲間ではなかったのか?
「おい、亜人のクソガキ。命が惜しいなら俺様の治療をしな」
「痛っ!」
「止めるっ! ウドっ!」
ナイフが俺の喉にチクリと押し付けられる。
なんなんだコイツは!?
畜生!
油断した。
コイツ等を助けるべきではなかった……。
「さっさとしろっ! クソガキがっ!」
「ぎぅっ!」
男の左腕に力が入り、身体が締め付けられる。
悔しい。
身体が小さい所為で、こんなにも簡単に捕まってしまうのが。
「ケダモノの癖に上等な兜被りやがって、クソ生意気な――」
「止めるっ!」
「座ってろ、ドヴェルグっ!」
背後の男が怒鳴る。
この男より立場が低いのか、ドワーフ族の彼はあまり強気になれない。
クソッ!
なんとか脱出しないと、いい様に扱われてしまうぞ。
喉のナイフをどうにかして離さないと――。
ガツッ!
「フギャッ!」
ナイフが喉から離れた瞬間。
目の前に火花が飛んだ。
ナイフの柄で鼻を殴られたのだ。
凄く痛い。
そして怖い。
「余計な動きをするんじゃねぇぞ、ケダモノ。……ブッ殺すぞ?」
「ウドっ! 止めるっ! 攻撃っ!」
「ふぎゅぅっ」
俺が痛みで怯んでいるうちに、男のナイフは喉元に戻っていた。
コイツ、こういう事に手馴れているのか?
どうしたらいいんだ?
動こうとすると、男の左腕に力が入るし、喉元にはナイフ。
下手に動くと危険だ。
落ち着け、俺。
こちらの右手は押さえ込まれてないのだ。
まだ、抜け出すチャンスはある筈。
「いいか、クソガキ? そこの役立たずにした治療を俺様にもしろ。……命が惜しいだろ? ん?」
「……」
誰が治療してやるもんか、この糞野郎が。
ん?
そうだ、良い事思いついた。
「ふにゃあ……わきゃっら」
「さっさとしろ。おかしな真似すんじゃねぇぞ」
「……ウド」
俺はスグ・ナオールを唱える事にした。
但し、発動を失敗させるため、態と噛んで、だ!
そして、それと同時にライトボールをナイフを握った男の腕に当てる。
タイミングを間違えるな。
癒しの光とライトボールの光を勘違いさせるんだ。
落ち着け、きっと上手くいく。
コイツらにはライトボールを見せていないから、きっと勘違いする。
体内の霊素を活性化させる。
緊張するけど、ここは上手にやらないといけない。
心臓が破裂しそうにドキドキ鼓動する。
落ち着くんだ、俺。
「スグ・ニャ――」
今だ!
トカッ!
チュンッ!
ライトボールが俺の手から放出されると同時に、何かが俺の頭上を疾風の如く駆けた。
頭上を駆けたものが何かは判らない。
なにせ、ライトボールが男の手首に直撃し、周囲に鮮血を撒き散らして俺の視界を赤く染めたからだ。
「はぅっ!!」
背後で間抜けな声がして、俺の身体を押さえ込んでいる腕がビクンッとなるが、籠められていた力がフッと抜けた。
今だ!
俺は尻尾と両足に力を籠め、男の身体を蹴るようにして右手側に飛び出した。
男の返り血を浴びた所為で視界が悪い。
それでも、素早く距離を取ろうと動いた。
そして、腰のリングに差し込んだ戦斧を引き抜き、急いで構える。
――ドサッ
人が倒れる音がした。
はて、そんなに強く蹴っただろうか?
左手で目元を急いで拭い、戦闘態勢を整えるんだ。
凄く緊張する……。
「……ウド」
ドワーフの悔やむような声がした。
視界が晴れ、その先に背の高い倒れた男と膝立ちのドワーフ族の彼が見えた。
何が起こった?
倒れた男の方を見る。
男の額にはナイフが突き刺さっていた。
おそらく、ドワーフ族の彼が投げたものだろう。
俺の喉に突きつけられていたナイフではない。
乱暴者のナイフは、男の手に握られたままであったから。
「……」
俺は助かった……いや、助けられたのか。
「……МСБρ」
ドワーフ族の彼が呟いていたが、ドワーフ語なので解らない。
解らないが、俺には彼が『馬鹿者』と言っていたように思えた。
「あ、あにょ……」
取りあえず礼を言おう。
投げナイフで援護してくれたのだから。
「ИИЪаξ」
「?」
「……だった、仲間。МСБρっ。МСБρっ!」
ドワーフ族の彼は泣いていた。
俺を助ける為に仲間を殺したからだろう、きっと。
2人の男達の関係はよく判らないが、兎に角俺は助かった。
しかし、これからどうすれば良いのだろうか?
先程聞いた街に行くべきだとは思う。
だが、俺が行っても大丈夫なんだろうか?
そこの住人達が、ウドと呼ばれた男みたいな連中ばかりだったら――。
「……」
「すまない」
街への不安を考えていた時、ドワーフ族の彼は俺の前に居た。
跪き、頭を垂れて。
治療の恩返しに助けてくれた彼は――。
彼は――。
果たして、敵か味方か?
ラフーさん。ドワーフの彼、ブライって名乗ってますよ。
気付いてあげなよ。