第91話 D.E.M. 4 ~再会編~
光の雨が止んだ後…… その場に立っている者は三人しか居なかった。
ミラ・オリヴィエと二人の妖魔族、クラウスとロミルダだ。
クラウスとロミルダは光の雨を浴び、胸に穴が開いていたにも拘らず立ち上がってきた。
「い……一体何が起こったのだ?」
先程まで地に溢れかえるほど周囲を埋め尽くしていた人狼の群れは全て消え去り、今は残った灰が風に消えていくだけだった。
「これは…… 『エクリプスの神撃』…… ルカ様とカミナ様の……ッ!?」
バキィィン!!
迂闊だった! ロミルダが突然攻撃してきた。当然だ、今はまだ戦闘中なのだから!
『こら!ミラ! 油断するでない!』
「す…すみません! アルテナ様、助かりました!」
アルテナが防いでくれなければ今の一撃でやられていただろう。
「チッ!! 自動防御の魔道具か!? 運の良い奴め! クラウス! 死に掛けなんか放っておいてこっちを手伝いな!」
マズイ…… サクラ様から意識を離せたのはいいが、私との距離が近すぎる…… 私には接近戦の技術は無い、かといって逃げるわけにもいかない、私が逃げたらサクラ様が……
でも大丈夫、希望はある! ほんの少しだけ時間を稼げば……
魔神器からループ状の魔器『無限円環』を取り出し、自分の周りに展開する。
これは一人用の攻防一体魔導器で、これを起動している間はどんな攻撃でも跳ね返せるという優れモノだ。ただし受ける攻撃によっては莫大な魔力を消費し、こちらから攻撃する事が出来ないという弱点が有る。
琉架専用魔器で現在のD.E.M. ではミラ以外は使えなかったモノだ。
「無限円環…… 起動」
ミラの周りに浮遊するリングがゆっくりと回転し始める。
「ふん! 何だソレは!」
「まてロミルダ! 迂闊に仕掛けるな!」
クラウスの警告を聞かず、ロミルダは細剣で攻撃を仕掛けてきた。
その剣先がリングの境界を越えた瞬間、まるで鏡で反射したかのように自分へ戻ってくる!
「なにっ!?」
ミラの心臓目掛けて放たれた突きは、ロミルダ自身の心臓へ跳ね返されたのだ。
ブシュッ!!
「ぐぅっ!?」
いま彼女の剣は自分自身を攻撃し心臓を貫いた。にも拘らず倒れない…… クラウスと同じだ……
確かに無限円環を発動させておけば自分は無事だ。警戒して攻撃してこなくなればこちらも無駄な魔力は消費しないで済む…… しかし持久戦をしている暇は無い! 直ぐにでもサクラの治療を行わなければ命に係わる!
更に言ってしまえば、もし敵のターゲットが彼女に移ったらどうする事も出来ない。
「まったく…… 揃いも揃って奇妙な戦い方をする」
「ぐっ……ぅぅ…… この下等種族が!!」
「やめろロミルダ、恐らく今はどんな攻撃をしても無駄だろう、しかし…… あっちの娘なら簡単に殺せる」
「!? だっ…駄目!!」
「フッ…… やはりそうか、顔に焦りが浮かんでいたぞ?」
表情を読まれた…… 時間稼ぎすら出来ないなんて……
「あの娘を目の前で殺されたくなかったら結界を解け、解かなければ……」
「ッ……!」
フッ…… ガラン!
「フン、素直だな」
無限円環が力を失い地面に落ちる。
本当は解くべきじゃない、自分が犠牲になってもサクラ様が助かる訳じゃ無いのだから…… だからと言って見過ごすこともできない……
ガシッ!
「ぐぅ!」
首を掴まれ吊し上げられる、見た目細いのにすごい力だ。
「こいつは私の眷属にして、永久に虐めてやる」
「……ッ……!!」
呼吸が……! とんでもない人に目を付けられたみたいだ。
でも…… どうやら間に合ったらしい……
頭上で何かが一瞬光った!
次の瞬間には私の首を掴んでいたロミルダの腕は切り落とされていた。
「なっ!?」
ロミルダの腕は地面に落ち、首を掴まれていた私は解放される。
そのまま倒れそうになった私の身体を、いつの間にか後ろにいた人物に支えられる。
「大丈夫ですか? ミラさん」
「ル……ルカ様?」
そこには一年前に行方不明になっていたD.E.M. の仲間、有栖川琉架がいた。
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氷漬けの巨大ドラゴンの前に着地する。
改めて見るとデカい…… こんな奴が炎のブレスを吐いていたら辺り一面焼け野原だ。間に合って良かった。本当に……
「おにぃ……ちゃん」
「マスター……」
振り向くとそこには俺の嫁、如月白とミカヅキの姿がある。
二人ともボロボロの格好をしているが、大きな外傷は無いようだ。良かった……
「白…… ミカヅキ…… 無事で良かった」
俺が安堵の表情で話し掛けると二人が抱き着いてきた! コレだよコレ! 俺が求めていたのはこのシチュエーションだよ!
「おにぃ……っ……ちゃん!」
「あぁ…… マスター!」
敵に思いっ切り背中を見せているが無視だ! 俺はコレがしたかったんだ!
白は相変わらず小っちゃい、たぶん3cmくらいしか背が伸びてないな。うむ、小っちゃくて可愛い!
ミカヅキは…… デカくなってる! 琉架の成長に匹敵するくらいデカくなってる! 実にイイ感触だ!
ミラがいない、恐らく琉架が向かったもう一つの戦闘現場にいるのだろう。再会の抱擁は後で改めて堪能させてもらおう。こういう時間差攻撃なら大歓迎だ!
おや? 見覚えのあるオッパイがいる…… インヴェニウスのリータ=レーナだ。
何でここに? あ! Aランクの助っ人2名か、よく見ればイケメンの弟と…… あ、ジークもいた。
「きさま…… 一体何者だ? 第5魔王の手の者か?」
背後から殺気を飛ばしながら話し掛けてくるヤツが一匹いる…… 折角の再会に水を差すなよ! 空気読めよ! 後一時間待て!
見当外れな事を言っている没落貴族を無視して、嫁達の無事を確認する。
「……ッ……ッ!!」
何か怒りのオーラが溢れ出し、こちらに流れてくるのが目の端に映る…… 実に鬱陶しい。
「お……おい、カミナよ……」
「あぁん!? 俺のお楽しみタイムを邪魔する奴は何人たりとも許さんぞ?」
今度はジークが話し掛けてきた、コイツには以前にも同じことを言った事が有るはずだ。次邪魔したら罰ゲームな?
「その物言い…… 全く変わって無くて安心したぞ。それだけでお前が本物だと確信できる。
しかしあまり敵を挑発するな? 相手は上位種族だぞ?」
ちっ! 五月蠅い奴め…… しかし確かに、後顧の憂いをなくして嫁達を愛でるのも悪くないな…… なにより、あの没落貴族は俺の嫁達をイジメたんだからな……
そうだった…… 何かムカついてきたぞ!
お返しに思いっ切り挑発してみるか……
「妖魔族の没落貴族、ヴァルトシュタイン家か…… 遥か昔に没落した“元”貴族が何の色気を出してこんな戦争じみた事を仕出かしたんだ? まさかかつての栄光を取り戻そうとか思って無いよな? きっと今頃他の妖魔族三大貴族は笑ってるぞ? 「プッ アイツ必死すぎ♪ ウケる!」って。
そもそも1200年も何もしてこなかったクセに、やっと動き出したと思ったら「下級種族の功績を横取りする」とか…… やる気無いなら出てくるなよ、ハッキリ言って迷惑だ! 没落貴族は巣穴に帰って泥水でも啜りながら没落生活をエンジョイしてろ!」
俺の嫁達をイジメてくれたお礼代わりに思いっ切り煽ってやった。案の定、纏っていたオーラが濁った。単純な奴…… そんなだから没落するんだ。
こっちはしっかり対妖魔族必勝法をウィンリーから聞いてきたんだからな。
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― スカイキングダム ―
「二人とももう行ってしまうのか?」
「今回ばかりはちょっと急ぎなんだ、でもまたすぐに会いに来るよ。魔王の先輩であるウィンリーには教えを乞いたい事が山ほどあるんだ」
「センパイ! 余はセンパイか!」
「はい、頼りにしてますセンパイ! ヒヨッこ魔王の後輩にご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いします」ナデナデ
「フハハー! 任せるがよい! 余はセンパイじゃからの!じゃからのぉ! 可愛い後輩の面倒を見るのもセンパイの務めじゃ!」
実に扱いやすくて素敵なセンパイだ。いや、マジで助かる。まだまだ知りたい事は沢山あるから。
「ならばセンパイとして妖魔族に対するアドバイスを授けよう!」
「妖魔族の?」
「そうじゃ、妖魔族とは満月の日に極端に死ににくくなる特性がある!」
満月って今日だよな? 死ににくくなる…… 種族特性の一種か? さすが上位種族、何も持たない人族とはワケが違う。
「普段から不老不死に近い種族だが、満月の日はその不死性が際立つのじゃ。なにせ体を縦に真っ二つにしても死なないらしいからのぅ」
マジか!? そんなことされたら魔王だって死ぬ……よな?
「つまり今日は戦わずに、逃げた方が良いと?」
「そうでは無い、奴等にもちゃんと弱点はある。普段は太陽の光を少々苦手にしている程度だが、満月の日は太陽光が致命傷になる。だからこう地球をぐるっと回って昼間の地域まで連れてってやれば……」
いや、無理だろそれ…… 先輩魔王は知識はあるが応用力が致命的に足りてない!
日の光を追いかけるくらいなら、動きを封じて朝が来るのを待つ方が手っ取り早い。あるいは、宇宙空間まで吹き飛ばすとか? 琉架なら出来そうだな。
「それだと俺に出来る事は少なそうだな…… また生き埋めにでもするか? でも妖魔族って霧化魔術が使えるんだよな」
「むふふ♪ 案ずるでないカミナよ、もう一つある!」
「もう一つ?」
「うむ、奴らの不死性の正体はその霧化にある! 満月の日、奴らの肉体は圧縮された霧の様な物になっておるのじゃ、故に切ろうが突こうがヘッチャラなのじゃ!」
なるほど…… 流体の身体に変化するから物理攻撃は一切通じないワケか、それゆえに日の光に弱い。ならば炎や氷なんかで攻撃すれば……
「ちなみにその霧の弱点は日の光のみじゃ!」
……ダメじゃん、結局日の光が必要じゃん。
「しかし奴らの身体には“核”が存在する。魂の在処、要するに本体じゃな」
「“核”? スカイキングダムみたいのか?」
「うむ、モノは全く違うが意味するところは同じじゃな。普段は心臓に宿っている妖魔族不変の弱点じゃ!」
なるほど…… つまりその“核”を破壊すれば満月の不死化も無視して殺せるわけか。
「ちなみに体のどこにあるか分からん、一説には流体の体の中を好き勝手に移動していると言われている」
……ダメじゃん、目の細かい網戸に押し付ければいいのか?
「しかし魔王なら見極める事が出来るかもしれん」
ウィンリーが自らの右目を指してる、緋色眼か…… 確かに上手くすれば体内を自由に動き回る“核”を見つけられるな。
「それ…… 私には無理そう、体の中の“核”だけを見つけるとか…… そんな魔力コントロール技術無いよ」
「フハハハハー! 余にも無理じゃ! ルカとお揃いじゃな!」
よくよく考えたら、魔王って膨大な能力値を誇ってるんだった。つまり魔力コントロールが苦手ってのは魔王のデフォルト設定なんだ。巨大な生物を見つける事は出来ても、小さな“核”を見つける事は難しいんだ。
つまり俺以外に緋色眼を使いこなせる魔王は存在しないのかもしれないな。
宝の持ち腐れか…… 勿体ない…… この眼、ホントに便利なんだけどな……
「それじゃ今回は神那に任せた方が良いかな? 私じゃ“核”なんて見つけられないし……」
「いや、琉架には他の攻撃手段があるだろ?」
「え? あ! そうか……」
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古来街道大要塞・建設現場前
「私の魔神器、ミラさんが使ってたんだね、でも良く無限円環使えたね? 私用に調整されてたのに」
「え…えぇ、これは再調整してもらって…… あ、ごめんなさい! 勝手に……」
「いいんだよ、役に立ってたなら。それよりミラさんはサクラ先輩をお願いします」
「は…はい! ルカ様、お気を付け下さい! 彼らは妖魔族です!」
「うん、分かってる」
ミラにサクラ先輩の治療を任せ、二人の妖魔族と向かい合う。
「待ちな! そいつは私の……!!」
「あの…… ご自分の心配をされた方が良いですよ?」
「なに? なっ!?」
先ほど切り落とされたロミルダの腕は、再生することなく傷口からどんどん胴体の方へ向かって消えていった。
「な…!! 何だこれは!! 貴様何をした!!」
「降伏してください、そうすれば助かる方法をお教えします」
ロミルダの左腕は既に消え去り、体の方まで侵食している。
「ふ…ふざけるな小娘がぁー!!」
ロミルダが全速力で斬りかかってくる、しかしどんなに速くても関係ない。
ピッ―――
一瞬なにかが光ると、ロミルダの腹には何かに刺されたよな跡が残っていた。
腕同様、その傷跡からじわじわと体が消えていく……
「降伏しないのなら容赦はしません。あなたがサクラ先輩を刺した事は知ってますから」
「ば……馬鹿な…… 下級種族に……あり得ない……」
ボフッ!
ロミルダは……まるで最初から存在しなかったかの如く消え去っていった……
「あなたはどうしますか? ちなみに逃げるという選択肢はありません」
もう一人の妖魔族に話し掛ける。
「ッ…… つまり降伏か死かの二択しかないワケか……」
「あなたも多くの人を殺して来たんですよね?」
「そうだな…… ならば主の為に出来る事は一つしかない!」
言い終わるや否やクラウスが飛び出した、狙われたのはサクラとミラだ。
しかしクラウスが二人の元へ辿り着くことは無かった……
ピッ―――
「なっ!?」
琉架はその場を動くこと無くクラウスの胴体を真っ二つにしていた。
ドシャァ!!
琉架の持つ刀を見てようやく何をされたのか悟る事が出来た。
「そ……その刀か…… それは……」
「神器『天照』です。この刀は太陽の力そのもの、妖魔族にとって最大の弱点です」
「くそっ! そんなモノが存在していたとは…… 主よ…… 申し訳ありません……」
ボフッ!!
クラウスもロミルダ同様、存在した証を残さず消えていった……
ミラはサクラの治療をしながらその様子を眺めていた……
(上位種族・妖魔族をあっという間に…… それにルカ様のあの眼はまさか……)
「神那は大丈夫かな?」
暗い古来街道の先を見つめていた。
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敵の体内に隠されてる“核”を見る…… 思ったより小さい、小ぶりのビー玉程度の大きさだ。それが体の中を自由気ままに動き回っている。
如何に位置が分かっても、ハッキリ見える訳じゃ無いからピンポイントで捉えるのは面倒臭そうだ。
巨大なハンマーでマンガみたいにペチャっと潰せばどうなるんだろう? 体が流体だから潰される前に範囲から流れ出てしまうか……
ならば範囲を絞った追い込み漁にしよう。
魔神器から『分断剣』と『愚か成り勇者よ』を取り出し攻撃に移る。
相手は防御すらせず反撃してくる。不死者の余裕か……
細剣による突きを『愚か成り勇者よ』で捌くと同時に武器破壊で刀身を切断する。
「なに!?」
一瞬怯んだ隙に右手の分断剣で袈裟斬りにする、しかし体が崩れ落ちる事は無い、瞬時にガワの再生が行われているのだ。コレは一気に決めないといけないな……
敵の“核”は右上半身にある!
「ふんっ!!」
愚か成り勇者よで、首・右腕・腹を外側から斬り“核”の逃げ場を少しずつ狭めていく。
その頃になってようやく俺の狙いに気付いたようだ。
「き…きさま! まさか!?」
「遅い!!」
わずかに残った胸の部分に切れ込みを入れ、そこから右腕を突っ込み“核”摘まみ引き抜く。
「ちっさ! これが妖魔族の本体か…… 上位種族の元貴族様がこんなにもちっぽけな存在だったとは……」
“核”を抜きだしたら身体の再生も止まったみたいだ。
バラバラに細切れにされた身体は、ガワだけが再生して何とか形を保っている。
「な……何故だ? 何故私の核の位置が正確に解ったのだ……? 最下級種族にこんな芸当が出来るハズが…… !! ま、まさか……!!」
「あ、気付いちゃった?」
「その紅い左眼…… まさか!!」
「悪いね、アンタが欲しかったモノは一年も前に俺に宿ってたんだ。コレは横取りで手に入るモノじゃない」
「馬鹿な…… そんな馬鹿なぁぁぁ!!」
「コレが欲しかったのなら魔王討伐軍に参加すべきだったな“元”貴族様」
右手の親指と人差し指で挟んだ小さな“核”を愚か成り勇者よで切り裂く……
「わ……私はヴァルトシュタイン家の……」
その言葉は最後まで紡がれる事なく、フリードリヒは煙の様に消えていった……
二人の魔王の介入により、この戦域での戦闘は僅か数分で集結した。




