第90話 D.E.M. 3 ~集結編~
「森樹魔法『偽神樹拘束』!!」
「来たれ銀精!! 我らが糧となり血肉となれ!! シルヴァリウス!!」
銀色の粒子で覆われた樹の根が5人を覆う、しかし人狼達の勢いが落ちることはなかった。
自身の弱点など歯牙にも掛けず、猛烈な勢いで樹の根を剥ぎとっていく。
「くっ!? 怯みもしないとは!!」
「このペースじゃ1分も持たないわよ!!」
大した時間稼ぎにもならない、暴走状態の人狼は組織立った行動は取れないが死を恐れず戦い続ける。
1万もの大軍全てがこの状態では手の施しようがない……
「はぁ…… 仕方ないですね…… 本当はこんなことしたくないんですが、いよいよとなったら私を囮にして逃げてください。少なくとも私は殺されないみたいなので」
ミカヅキの提案…… 当然そんな手段は認められない。
確かに殺されはしないだろう、しかし死ぬより酷い目に遭うのは明白だ。
「それは…… ダメ」
白がミカヅキの袖をつまみながら訴える。
「う…… そ…そうですね、あくまでも最悪の事態を想定してです。
逃げるにしても、蹴散らすにしても、敵の数を減らさなければ始まりません」
「そうだな…… 360度 敵に囲まれた今の状況なら必殺の一撃をデタラメに連射しても敵に当たる。悲観するのは足掻いた後だ」
「人狼の死体は灰になって消える…… そのまま残っていてくれれば防壁になったモノを…… 邪魔にならないだけマシ、と考えるべきか……」
「とにかく、一気に押し切られないよう森樹魔法で壁を何度でも張り直すから、自分の正面だけ注意して」
現状…… 取れる行動はとにかく敵を倒すだけ、時間が経てば事態が好転するとは誰も思っていないが、それ以外には何も出来そうにない。
朝まで耐えれば獣衆王国から援軍が来るかもしれないが、その可能性はほぼゼロだ。
それでもそれに賭けるしかない。
(サクラとミラは無事だろうか? 上手く逃げ出して獣衆王国へ知らせてくれれば良いのだが……)
敵がそこまで無能とも思えない、向こうは向こうで大変な事になっているだろう……
もはや祈る事しか出来ない。
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「流水魔法『大水牢』 チャージ50倍!!」
突如背後に現れた人狼の大軍を止める為に、巨大な水の牢を作り出す。
本来は敵を拘束するためのものだが、周りを敵で囲まれていては意味が無い、仕方ないので自分たちが水牢に入る。
このまま少しずつ後退して要塞基礎まで引き、敵の進行を止め、そこで『対師団殲滅用補助魔導器』を展開し、反転攻勢に出る。
これが絶望的な現状で唯一、事態を好転させる可能性がある作戦だ。
しかし……
バシャッ!!
「大したモノだな、これほど巨大な水牢を一瞬で作り出すとは……」
妖魔族の男が水牢の中に簡単に侵入してきたのだ。
「ミラちゃんは魔法の維持を……」
「サクラ様……」
(敵は一人!敵は一人! 上位種族? そんなの知らん! アイツさえ何とか出来れば……)
「自己紹介がまだだったな、私は古くからヴァルトシュタイン家に仕えているクラウスという者だ。我が主の為にお前たちの命を貰い受ける」
(私たちの命がご主人様の役に立つとは思えないんだけどな…… 貴族の考える事は分からん!)
地面に広げられたままのキャスティングボードに視線を落とすと……
感知エリア内全てが『赤』で埋め尽くされていた。
(アイツさえ何とか出来ればミラちゃんの『対師団殲滅用補助魔導器』で、この絶望的な状況を覆せる!)
それしか手は無い…… しかし時間も無い! 時間が経てばたつほど全滅の可能性は高くなる。
キャスティングボードは赤で埋め尽くされている為、前衛メンバーがどうなっているのかも分からない…… もしかしたら既に……
いや! きっと無事だ! ギルドD.E.M. のメンバーはあの魔王殺しの英雄自らが集めた精鋭揃い!
しかしその精鋭の中から、よりにもよって自分が上位種族・妖魔族と一対一で戦わなければならないとは……
(神様のバカー!)
「第4階位級 属性付与魔術『太陽剣』デイライトナイフ」
サクラは眩しいほどの光を放つナイフを二本、逆手に構える。
「魔導魔術か…… 面白い、見せてみろ」
「すー…… は~……」
(とにかく臆病に立ち回れ、私がやられたら、もう次の作戦は無い)
自らに身体強化を掛け飛び出す! 自分に出来るのは接近戦だけだ!
一方、クラウスも腰に差していた豪華な装飾が施されている細剣を抜き構える。どうやら接近戦に付き合ってくれるらしい。
「はぁっ!!」
一気に懐に飛び込み二本のナイフで左右から乱れ討ちを放つ、相手は一刀流、こちらは二刀流、間合いの差はあれど単純に手数は倍だ、接近戦ならこちらに分がある!
ガギギギギギ!!
「むっ! ふん!」
しかし上手く捌く! さすがは上位種族、だがこちらが有利だ…… と、私が思っていると相手に思わせる。
もちろんこちらは最初から全開だ、手加減などしていない。
相手もだんだんこちらの手を読み始める。
「そこだ!!」
一瞬の隙を突かれた! クラウスが半歩下がり私の右の攻撃を避け、瞬時に反撃してきた。
ガキン!!
その一撃は見事に私の眉間を捕えた! もっとも私は『鉄筋骨』のおかげで無傷だったが……
相手の攻撃を無効化した隙に反撃を試みるが、やはり捉えきれなかった。クラウスも予測していたのだろう、攻撃が弾かれると同時に距離を取っていた。
「ふむ…… なかなか厄介だな…… それは魔道具か?」
「…… 秘密です」
正直、今の攻防もギリギリだ。『鉄筋骨』を使うと体が鉄のように重くなる、おかげで攻撃を受けても仰け反ったり体勢を崩すことも無いのだが、当然重いままでは接近戦は出来ない。
今のは敢て敵の攻撃を誘い、警戒していたからできた芸当だ。二度目は無いだろう。
「ならばこれならどうだ!」
今度はクラウスからの攻撃!
ガギギギギギ!!
さっきよりも速い! 相手は一刀流、こっちは二刀流なのに手数が追い付いていない!
「ほら、ギアを上げるぞ?」
言い終わるや否や、私の左手のナイフは弾かれ宙を舞っていた。
そして……
「死滅魔法『激痛波動』」
私の眼前に突き出された手から魔法攻撃! コレを待ってた!
キィン!!
「なっ!?」
『龍紅珠輪』で跳ね返された魔法がクラウス本人を襲う!
「ぎ…ぎゃあああぁぁぁぁぁぁーーーーーぁぁ!!!!」
大絶叫…… あんな状態になる魔法を他人に使いやがったのか!? 自業自得だ!
何かあまりにも上手くいきすぎな気もするが、迷ってるヒマは無い! 畳み掛けろ!!
相手が吸血鬼っぽい種族なら、心臓にデイライトナイフを突き刺すのが一番有効なはず!
「うわぁぁぁ!!」
ズド!!
手に嫌な感触が伝わる、人型種族を殺めるのは初めてだが躊躇してたらこっちが殺られる!
宙を舞っていたナイフを掴み、クラウスの額の第三の眼に突き立てる!
ブシュッ!!
そしてそのまま距離を取り警戒する。そんな簡単に終わるハズ無い! 相手は上位種族・妖魔族なのだから!
クラウスの身体からはジュージューと、肉の焼け焦げる音がする…… 普段なら食欲をそそられる音なんだけど、今は全くそんな気になれない。
予備のナイフを構え、もう一度付与魔術を掛ける……
ドス!
「え?」
「サ…サクラ様!!」
ミラに呼ばれるが振り返る事が出来ない…… 下を見ると腹から剣が飛び出してるのが見える。
え? え? なに? これ?
「クラウス…… 何やられてるのよ?」
背後にはクラウスと同じく軍士官が纏うような服装をした三つ目の女が立っていた。
その女の持つ剣が自分の腹を刺し貫いている……
あぁ…… 失念していた…… 敵が一人とは限らないじゃないか……
そのまま崩れ落ちるように倒れた…… ドーム状に広がっている水牢の天井を眺めている…… なぜか痛みは感じない、代わりに全身から力が抜け、凍えるように寒い…… まだ春になったばかり、夜に冷え込むのは当然だな。このままでは凍え死にしそうだ……
腹部からは大量に出血している、その溢れ出す血に乗り体温が奪われていくのが理解る……
「ロミルダか…… 無様な姿を見せてしまったな」
クラウスは自らの手で、心臓と額に刺さっていたナイフを抜き放り投げていた。
ふ……不死身かよ…… そんなの不公平だ……
あぁ、そうか…… 左右の森に分かれて布陣していたドラゴンロードを襲ったのがコイツ等か…… 敵は最初から二人いたんだ…… なんで気付かなかったのかな?
「まったく…… 最下級の人族相手に……油断にも程があるでしょ?」
「確かに油断していた、最下級種族の人族最大の武器『知略』を甘く見ていたよ。いや、小細工というべきか……
しかしソレもここまでだ、生まれ持った格の違いだ。所詮は下級種族、どんなに足掻いても上位種族には届かない」
背後からの不意打ちという援護を貰っておいて、何なんだ?この偉そうな物言いは? その小細工に出し抜かれて心臓と額に穴開けられた癖に!
どうせ死ぬのならそこを突っ込んで、指差して大笑いしてやりたい所だが、どうやらそんな余裕は無さそうだ……
「はっ… はっ… はっ…」
呼吸が安定しない…… 肺が上手く酸素を取り入れてないんだ、これは…… 死ぬのかな?
「さて…… 私に手傷を負わせた褒美に、せめて苦しまないよう殺してやろう」
褒美なら見逃してよ…… 放っておいても死にそうなんだから……
クラウスの手が伸びてくる、激痛波動とか使われないだけマシか…… 苦しむのは御免だ。
ヴゥゥゥゥゥン
「ッ!?」
今の音は…… 超振動?
クラウスは飛び退き、私に伸ばしていた手を見ている。何やら煙が上がっている。
「これは…… 血液が沸騰した?」
「その人から……離れて下さい!」
ミラちゃん? 助けてくれるのは有り難いけど、神那クンじゃ無いんだから、魔術と能力の同時使用は……
「両手で別々の魔法を使ったのか? ダブルスペルという奴か? それとも少し違うようだが器用な真似をするな、しかしあまりこちらに意識を向けていると水牢が維持できないぞ?」
ドーム状に形成されていた水牢の天井部分が開かれていく。
「うっ!」
「まぁ、我々に殺されるか、人狼に殺されるかの違いしかないがな。そんなに焦らなくとも次はお前の番だ」
「クラウスはさっさとその子を始末しなさい、私はこの子の血を頂くわ。これだけの魔力量を誇っているなら、眷属として役に立ちそう」
マズイ…… 私の所為でミラちゃんまでピンチになってる…… でも、どうする事も出来ない……
水牢の天井が開けて満月の光が差し込んでくる、何かスポットライトでも浴びてる気分だ。今にも全裸の子供みたいな天使がお迎えに来てくれそうだ。
そんな時に限って雲が月の光を遮る…… ちょっ! 雲邪魔! 最後の最後で邪魔が入る…… 私の人生ってそんなのばっかだったな……
? 大きな雲によって月の光は遮られてるのに…… あの雲の底の部分…… 何か光ってない?
次の瞬間、周辺一帯に光の雨が降り注いだ!
「な!? 何だこれは!?」
その光の雨はその場にいる全ての敵に降り注いだ。
二人の妖魔族だけでなく、水牢の外に大量に居る人狼たちにも全て等しく降り注いでいる。
この場にいる私とミラちゃんを除いた全てにだ。
こんな光景を以前にも見た事がある…… これは『エクリプスの神撃』だ!
そして私たちD.E.M. のメンバーだけが知っている、『エクリプスの神撃』の正体を……
つまりそういう事だ。ようやく帰って来てくれたらしい。
ゴメン。あの時は「タイミングが中途半端」とか「もっと大ピンチになってから現れろ」とか思ったが、いざそういう状況になってみると、やはり早く駆けつけてくれる方が有り難かった。
でも、もう大丈夫。
二人が帰って来てくれたなら、もう何も心配しなくていい。
私の生存ルートは確定したみたいだし、少し休もう…… てか、意識を保っているのもそろそろ限界だ。目を覚ます頃にはきっと私の治療も終わってるハズ……
なので、安心して眠りにつくことにする……
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---ミカヅキ 視点---
― 光の雨が降る直前 ―
かなりマズイ状況になってきた。
倒しても倒しても、敵は一向に減らない。アイツの言葉を信じるなら人狼はまだ9000人以上残っているはずだ。
僅か数分の戦闘時間の中、たった5人で良くこれだけの数を仕留めたと思う、しかしそれもそろそろ限界だ。ジーク…様だけピンピンしているのが気に入らないが、私を含め他のメンバーたちは手傷が増えてきた。
特に白様の消耗が激しい、まだ子供な上に、先ほどの神楽舞の影響からか疲労が蓄積されている。
後数分もすれば力尽きてしまうだろう。今の私たちにフォローする余裕は無い、そして一人欠ければその時点で詰みだ、このパーティーは一気に全滅する。
さっきは白様の上目使いのお願いで思い止まったが、自分を囮にしてみんなを逃がすには今を置いて他にない。
もちろん、それで上手くいく確率は殆んどゼロだ。しかしこのまま全滅するよりはマシだ。
人狼たちはたとえ暴走状態にあっても、主人の命令は聞く。先ほども殺気を撒き散らしながらも主の許可があるまでは襲い掛からなかった。
私があの妖魔族の男を攻撃すれば、一時的でも人狼たちの攻撃目標を私に集中させることが出来るはずだ!
これは『気』で、身体能力を極限まで強化出来て、人狼の群れを一気に飛び越えあの男を直接攻撃できる私にしかやれない事だ……
本当はこんな事したくないのだけれど……
そんな覚悟を決めた時だった、唐突に事態が動いたのは……
凄まじい圧力を感じ、戦闘中にも拘らず、思わず空を見上げてしまった。
その瞬間、上空に浮かぶ巨大な雲から光の線が放射状に放たれていた。
その光景は、まさに光の雨…… 一瞬、ミラ様の援護かとも思ったが、威力が段違いだ。なによりもこの光の雨はほぼ真上の雲から降り注いでいる。
「こ……これって…… ルカの?」
「お嬢様の…… 閃光……」
白様のつぶやきに無意識に答える、お嬢様が好んで使っていた閃光魔術だ。
「これは…… 間違いない! 『エクリプスの神撃』だ!」
この敵だけを討ち滅ぼす攻撃は、正しくエクリプスの神撃! 以前にも似た光景を見た事がある。
光の雨に打たれた人狼たちはまるで最初から存在しなかったかの様に、全て灰になり消え去っていった。
一匹の例外も無く全てがだ、こんな事が出来るのは一人しかいない。
それはつまり……
「おに~ちゃん達…… だよね?」
「えぇ、間違いありません……」
マスターとお嬢様がお戻りになられたのだ!
「貴様ら…… 一体何をした!?」
先ほどの光の雨を喰らい撃ち落とされていたハズのフリードリヒが、胸に大穴を開けながらも立ち上がってきた。
その穴も既に塞がりかかっている。
「本当に不死身……なの?」
「魔王軍に対抗するために用意した私の私兵が…… 一瞬の内に消滅しただと? そんな馬鹿なことがあってたまるか! 言え! 一体何をした!!?」
魔王に対抗するため? まさか本気でお家再興を考えていたの?
「『エクリプスの神撃』……ってご存知ですか? 1年半くらい前にガイアで起こった事件です」
「あの新しい神が人族を救ったという戯言か? それこそ有り得ない!」
新しい神? エクリプス教会の事を言ってるのだろうか?
しかし上位種族が人族の宗教なんかを知っているとも思えないが……?
「あの雲は…… そうか、魔王か! 貴様らは魔王と手を組んだんだな!」
「は?」
何か訳の分からない事を言い出した、なぜ今「魔王」という単語が出てくるのだろう?
「満月の夜に現れるとは、むしろ好都合だ! そしてお前達ももはや用済み! まとめて始末してやる!」
フリードリヒの言葉を合図にアークドラゴンが再び口に炎を蓄える。
「うっ!?」
マズイ!! 今の私たちにあの火炎を避ける事も、防ぐ事も不可能だ! だからと言って諦める訳にはいかない! ようやく…… やっと…… あの人に会えるのだから!
「第2階位級 氷雪魔術『神剣・聖天白氷』シンケン・セイテンハクヒョウ」
突如、頭上に30メートルはあろうかという巨大な宝剣が4本現れる。
宝剣は凄まじい速度で飛び、1本目はアークドラゴンの頭に…… 2本目は首筋に…… 3本目は胴体に…… 4本目はシッポの付け根付近に…… 次々と刺し貫いていった!
次の瞬間にはアークドラゴンの全身は凍り付き、口に蓄えられていた炎は消え、大量の水蒸気が立ち上っていた。
「危ねー! 間に合ってよかったぁ~!」
あぁ…… この緊張感の無い声…… ずっと聞きたかった……
私が永遠の忠誠を誓ったマスター……
霧島神那がそこにいた。