第89話 D.E.M. 2 ~現在編~
古来街道大要塞・建設現場
2週間ほど前…… 古代人形により破壊された古来街道大要塞跡地では、現在、要塞建設が急ピッチで行なわれていた。
中央大山脈・ムックモック側の谷の入り口付近、左右は1000メートル級の断崖絶壁に挟まれた場所…… そこに現在5メートルほどの高さの要塞の基礎が築かれている。
完成すれば50メートルにもなる大要塞は、少数の兵力で敵大軍を撃退できる。
「完成までどれくらい掛かるんですかねぇ?」
まだ10分の1程しか完成していない…… いや、まだ基礎工事しか終わっていない要塞を見上げてサクラが溢す……
「邪魔さえ入らなければ2週間ほどだろう。なにせ毎年の恒例行事だ、事前に資材は準備できていたからな。こちら側の防御壁さえ出来てしまえば、裏でゆっくり工事を進める事が出来る」
ジークが獣衆王国での打ち合わせで聞いたスケジュールを話す。
「2週間…… 予想より全然早いけど…… 持ちますかね?」
「持たせねばならん」
もうじき日が暮れる…… 2週間前の新月はヤバかった…… 妖魔族の私兵、人狼と呼ばれる獣人族っぽいゾンビ軍団の攻撃で、一緒に配置されていたSランクギルドの一つが全滅してしまった。
増援は頼んであるが期待は出来ない。
更に今日は満月だ……
「今日は妖魔族本人が攻めてくる可能性がある。2週間前より厳しい戦いになるだろう」
昼間にも散発的に人狼が攻めてくることはあるが、大規模な戦力を投入してくるのは基本的に夜だ。
「昼間に来てくれればまだやり易いのに……」
「言っても仕方ない事だ、そろそろ時間だぞ? サクラよ、全体の指揮は任せる」
サクラは一本の丸められたスクロールを取り出し、それを地面に広げる。
「キャスティング・ボード…… 展開!」
魔導具『キャスティング・ボード』
特定エリア内にいる敵味方の位置を知る事の出来る、上級魔道具の一種。
味方は青いシルエットで、敵は赤いシルエットで映し出される。
「どうだ?」
「…… まずは空中戦力ですね。完全に暗くなる前に、全て撃ち落としてしまいましょう。
ミラちゃ~ん! お願いね~!」
サクラとジークの後方、5メートルの高さのある要塞基礎の上にいるミラに指示を出す。
「分かりました! す~~~、はーーー! いきます!」
ミラは懐から魔神器を取り出し……
「『対師団殲滅用補助魔導器』展開!!」
ミラの周囲に巨大な砲塔がいくつも展開されていく。
敵空中戦力の数は500、いつもよりはるかに多い…… やはり満月を待っていたのだ。
空中に味方はいないので敵の識別は魔器に任せる…… 後は魔法を放つのみ……
「深き場所よりいずる紅蓮の女王 高き場所よりいずる紫炎の女王 手を取り高め 己が肉体を消し去らん!
火炎魔法『双炎光撃王女』 チャージ30倍!!」
ミラが目の前に浮かぶオーブに火炎魔法を放つ!
直後、ミラの周りに浮かぶ多くの砲塔から強力な熱線がさらに増幅され、日が落ち暗くなり始めた空を突き抜けて飛んでいく。
コチラに向かい飛んできた空中戦力を残らず焼き尽くしていった。
僅か数秒で、敵の一群を殲滅した。
勝負を掛けてくるであろうこの日の為に温存しておいた『対師団殲滅用補助魔導器』だ、暗闇に包まれ敵の姿が目視できないと使えなくなってしまうので、出し惜しみすることなく先制攻撃で使用したのだ。
「はあっ はあっ サクラ様、どうですか?」
「うん、大丈夫。敵空中戦力は全部落とせた! ミラちゃんは少し休んで。サポートだけお願い」
「そ……そうさせてもらいます…… アルテナ様、サクラ様とジーク様にチャンネルを……」
『ふむ、任されよう』
「次は我々の出番だな、サクラよ、ギルド・ドラゴンロードとインヴェニウスの二人は?」
「ドラゴンロードは二隊に分かれて古来街道の両翼に展開中。インヴェニウスの二人は白ちゃんミカヅキ組と前方で待機中です」
「敵の地上戦力は?」
「既に古来街道の先からコチラの感知エリア内に侵入を開始してます」
「良し、では行ってくる。敵の情報は常に報告してくれ」
「はい、気を付けてくださいね」
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ピクッ
「ん…… 来たみたい…… けど……」
「白様? どうされました?」
既に周囲は暗くなっている、獣人族の中でも夜目が利く狐族の目を持ってしても街道の遥か先を見通す事は出来ないが、耳で敵の接近を捕えた。
「何か変…… 全員固まって街道を来る…… それに……聞いたことの無い大きな足音が……」
「確かに妙ね…… 周囲の木々が警戒を促してるけど、どうにも要領を得ない…… もしかしたら例の没落貴族ご本人様がお出ましなのかも」
周囲の森から警戒情報を得たインヴェニウスのリータ=レーナが告げる。
森の中にはこんな時間にも関わらず、足元に霧がかかっている。その為木々が怯えているのだ。
「没落貴族…… 要するに妖魔族の貴族級が直接出て来たと? いくら没落しててもそんな事あり得るのでしょうか?」
「今日は満月だからね、十分に有り得るわ。アイツ等は満月の下では完全な不死になるって噂があるから」
「完全な不死…… 今日はしんどい戦いになりそうですね」
「それは考え様ね、満月の日は人狼は獣に成り下がって制御が利かなくなる。つまり軍隊としては機能してないハズよ…… もっともそれを逆手にとって、暴走状態の人狼を大量投入してこちらを殲滅する……って可能性も高いけど」
暴走状態の人狼は死を恐れずに突っ込んでくる。普段は無意識に抑えている力を120%発揮し突撃されれば一気に蹂躙される恐れがある。
「ふむ、どうやら悪い方の予測が当たったようだな」
ジークがやって来て、戦場の状態を報告する。
「敵の一団が突出している様だ。解き放たれた野犬の様にバラバラに広がり近づいてくる、数はおよそ1000、接触まで約3分と言ったところか」
「バラバラに? これは面倒な事になりそうですね……」
「リクハルド! リータ=レーナ! 距離の有る内に出来るだけ数を削っておくぞ!」
「……承知!」
「了解! 付与お願いします!」
「精霊召喚術『金属精霊・メタリカ』
来たれ銀精!! 我らが糧となり血肉となれ!! シルヴァリウス!!!!」
ジークの精霊召喚術により、リクハルドとリータ=レーナの矢に銀の属性が附与される。人狼相手に最も有効な属性だ。
「魔弾『流星群撃』!!」
「付与魔法『超金剛力弾』!!」
リクハルドの放った魔弾は何百にも分かれ街道脇の森の中へ落ちていく、魔弾は敵に近付くとそこでもう一度弾け、細かい雨となって敵を貫く。
リータ=レーナの放った矢は巨大な真空を作り出しながら街道を真っ直ぐ飛んでいく、その進路にいた敵を真空の刃で切り裂き、銀色の粉を撒き散らしながら地平線の彼方まで飛んでいった。
「ちっ! こっちはだいぶ避けられたみたいだ、森の木々が不穏な気配に怯えて位置を掴みきれなかった」
「街道にいたのは全部始末で来たけど、そもそも街道にいた敵の数が少なかった」
遠距離からの攻撃では、これ以上敵に打撃を与える事は出来そうにない。
暴走状態の人狼たちは動きが速く、すぐにでも直接戦闘域に入るだろう…… ここからは近・中距離戦闘になる。
「白とミカヅキはそれぞれ左右の森を警戒しろ、インヴェニウスの二人もそれぞれ左右の森のサポートに!」
「ん……」
「了解いたしました」
ここからが本番になる、人狼はあくまで先発、すぐ後ろには妖魔族の本隊がいるハズ! 一体何人来ているのか? 遥か昔に没落した貴族に多くの妖魔族が居るとは思えない、それでも没落貴族とは言え上位種族だ。
油断できる相手では無い。
「来た……」
白のつぶやきとほぼ同時に左右の森から暴走状態の人狼が数人飛び出してきた。
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直接戦闘が始まって1時間程……
「う~~~ん、怖いほど順調ね……」
「サクラ様、前線の状況はどうですか?」
「見ての通り、今のトコロこちらに被害は出てない…… いつもより多少手こずっているけどね」
「私も出た方が宜しいのでは? 長期戦になると人数の少ないこちらが圧倒的に不利になりますし……」
確かに始まったばかりで手こずっていては最後まで持たない……
「うんん、ミラちゃんはウチの切り札だからまだ待機よ。デッカイ敵とか出てきたらミラちゃん以外に倒せる人いないでしょ?」
「しかし巨大な敵が必ず来るとは限りませんよね?」
もっともな話だ……
「どちらにしても妖魔族は来るハズ、余力は残しておかないと」
「あ……あまり期待されても困ります、私に上位種族の相手が務まるでしょうか?」
この半年余り、色んな敵と戦ったが上位種族と戦った事は無かった。
だから相手が務まるかなど分かる筈もない、正直、対上位種族で一番期待できるのはミカヅキの様な気がする…… しかし、ミカヅキの攻撃では巨大な敵を倒すのは難しい…… ならば回復役でもあるミラを温存するのは間違っていないハズだ!
……と思う。
神那クンならどうしただろう? 琉架ちゃんなら一気に敵を殲滅できたのだろうか?
さすがに上位種族が相手のこの条件では、あの二人が居ても簡単にはいかなかったと思う…… いや…… あの二人は魔王殺しだ、没落貴族如きに手こずりはしないか……?
「別にミラちゃん一人で相手にしろって言ってる訳じゃ無いから、あまり役には立たないだろうけど私も壁役なら出来るからね」
もっとも私にまで出番が回ってくる状況になったら、もうダメかもしれないね?
「ただ待つだけなのは…… 辛いです」
それは今の状況の事だろうか? それとも……
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暴走状態の人狼は敵を見つけると真っ直ぐ突っ込んでくる、しかし敵が間合いに入った瞬間、通常では理解できない動きに変わる。
全く合理的ではない動きをするのだ、自分に有利な位置取りをする者も居れば、自殺でもするかのように突っ込んでくる者も居る。
多くの者はこの意味不明な動きに対応できず振り回されている。
そんな中……
「ふっ!!」
白は敵と打ち合う事なく、通り過ぎる様に次々と敵を仕留めていく。
敵は何も考えていない訳では無い、頭の中がゴチャゴチャで瞬時に考えている事も変わるが、ただ個体ごとに常人では理解できない思考で考えて動いているのだ。
夜目の利く狐族の白は敵の目を見て動きを判断し対応している。
彼女の持つ神聖銀製の刀は、人狼に対して最も有効な武器の一つだ。
かすり傷を負わせるだけでも、患部から神聖な力が全身に毒の様に広がって人狼を灰にしていく。
「さすが白様、御強いです」
「そう言うミカヅキも…… もう終わってる……」
「私の『気』も、人狼に対しては特別に効果的ですから」
その様子を、一仕事終えた年長者組が見ている……
「まだ10代半ばであれだけの強さ…… さすがはD.E.M. って感じね」
「まぁ、相性の問題もあったんだろうが、世界最強ギルドも納得だな」
「うむ、俺の昔の仲間もあれくらい強ければ…… いや、昔の仲間と今の仲間を比べるのは失礼か」
白とミカヅキを見てジークが昔を懐かしむ……
「ジークさんの昔の仲間?」
「あぁ…… いや、今は昔を思い出している場合じゃ無かったな。
ドラゴンロードの方が苦戦している様だ、敵が出てこないなら援護に行った方が良さそうだ」
「そうですね、それじゃ私と……」
「待って!」
白が珍しく大きな声を上げる、その視線は真っ暗な古来街道の先を見据えている。
ズズン…… ズズン…… ズズン……
巨大な何かの足音が近づいてくる、すると突然10メートルほどの高さに火が灯った。
暗闇に巨大なドラゴンの顔が照らし出されていた。口には大量の炎が蓄えられている、ドラゴンは全長100メートルはあろうかという巨体、巨龍・アークドラゴンだ。
「誰かいる……」
白の言葉に反応するように、ドラゴンの頭の上に人影が現れた。
「まさかたったコレだけの戦力しか用意されていないとは…… 余も随分と舐められたものだ」
その男は真っ白な軍服に似た貴族風の身なりをしていた。
「どうやら大将自ら御出ましのようだな」
この男こそ、かつての妖魔族四大貴族の一角、ヴァルトシュタイン家当主、フリードリヒ・フォン・ヴァルトシュタイン。
落ちぶれてもその全身から高貴さが滲み出ているようだった。
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「なっ…… なにこれ!?」
「どうされました? サクラ様…… え?」
キャスティングボードの上にはあり得ないほど巨大なシルエットが映し出されていた。
「このシルエット…… ドラゴンかな?」
要塞龍程ではないが、それでも敵に回してはいけないサイズの特大龍だ!
「え……と、ミラちゃん?」
「無茶言わないで下さい、このサイズ…… きっとアークドラゴンです。対魔法の防御力が高い種です」
コレは幾らなんでも無理だ!
「撤退しましょう! ミラちゃんは撤退戦の用意…… え?」
キャスティングボード上の味方識別が次々と変わっていく、ドラゴンロードの青いシルエットが敵の赤色に変わっているのだ。
「な……なんなのコレ?」
『それは血を吸われたんだよ…… こんな風にな!』
「サクラ様!!」
暗闇から突然現れた男がサクラの首筋に噛みついた!
「ぐっ!?」
しかし男は直ぐにサクラから飛び退いた。
「え?」
「娘…… 味な真似を……!」
「ざ……残念でした、私は人一倍臆病なモノで、自分を取り巻く状況が変わると無意識のうちに『鉄筋骨』を使っちゃうクセがあるんだ」(危なかったぁーーー!! 臆病な自分に感謝!!)
「ミラちゃん!」
「は…はい!」
ミラが『聖女の涙』を取り出し戦闘体勢に入る。
しかしキャスティングボードから目を離していなかったにも拘らず、いきなり背後に現れるとは…… 上位種族ズルイ!!
その時、地面に広げられたキャスティングボードに異変が生じる……
敵を示す赤いシルエットが物凄い勢いで増えているのだ!
「な……何なの…… コレは……」
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ピクッ!ピクッ!
白の耳が周囲の異変を感じ取り激しく動いている。
「…… 囲まれてる……」
周囲の森の木々の間から人狼の大群が姿を覗かせている、暴走状態にあるにも拘らずその場から動こうとはしない。
「ば……ばかな!? これだけの大軍、一体何処から湧き出して来たというのだ!?」
ジークの疑問に妖魔族の男が答える。
「愚か成り下級種族よ、知らないのか? 上位種族は古代魔術を使える事を?」
「これが……古代魔術?」
「そう、1万の人狼に霧化魔術を掛けておいたのだ」
「い…1万……?」
勝機は完全に潰えた…… 後は何とか被害を出さずに撤退するしかない…… しかしどうやって?
先ほどからサクラとのチャンネルも切れてる…… 向こうでも何かあったらしいが、駆け付ける事すら出来ない……
「たかが数人の下級種族に我が眷属を使うのは、あまりにも勿体無い…… 余のペットの一撃で終わりにしてやろう」
フリードリヒがドラゴンの頭を蹴って中に浮かび上がると、それを合図にアークドラゴンが巨大な火球を吐き出した!
その瞬間、白が先頭に飛び出し……
『狐火・神楽舞』
白の右手が狐火で覆われ、それで巨大火球を受け止める。
火球は白を飲み込む大きな火柱に変化した。
「うっ!! ぐぅ!! し…白!!」
「白様!!」
「ほぅ? これは……」
巨大な火柱は見る間に小さくなり、白の目の前に浮かぶ純白の炎に吸いこまれていった。
「うっ…… く……」
白がその場に倒れると、純白の炎も消え去った。
「驚いたな…… まさか今の世に、神楽舞が踊れる者がいたとは……
しかし惜しかったな? もう少し成長していれば完璧に踊れただろうに……
いや、これは面白い、こんな所でこんな掘り出し物を見つけるとは……」
フリードリヒが倒れている白に手を伸ばした瞬間、ミカヅキの角気弾がその手の平を打ち抜いた。
「なにっ!?」
一瞬何が起きたのか分からなかったフリードリヒが顔を上げた瞬間、いつの間にか目の前に迫っていたミカヅキがその顔面に強烈な蹴りを叩き込んだ!
バキィッ!!!!
ミカヅキは『気』の力で強化された蹴りを放った、しかも殺すつもりのトゥーキックで、相手の顔面を突き破るほどの勢いだった。
しかし頭蓋骨を貫通した感触は無かった…… 流石は上位種族、仕留めきれなかった。
すぐさま白を抱き起して仲間の所へ戻る。
「大丈夫ですか? 白様」
「う…ん、ありがと…… ミカヅキ……」
「くっ…… くはははは! そうか! 鬼族もいたのか! 余はついている!」
貫通は出来なかったが確実に顔の中心の骨を砕いた。にも拘らず平気な顔で起き上がってきた。
ハンカチで顔を拭うと攻撃の痕跡は消え去っていた、手の平にあけた穴も同様、すでに塞がっている。
「まさか本当に満月で不死身になるのか?」
「ダメージが通る以上、不死身なんてあり得ないです!」
とは言え、不死身に近いのは間違いなさそうだ……
「決めたぞ。お前たち二人は余の所有物にすると!」
スッ…… フリードリヒが軽く手を上げると周囲の森から人狼の殺気が膨れ上がってくる。
「獣人族と鬼族の娘は生け捕り…… 他は好きにしてイイぞ」
主のお許しが降り、人狼たちが一斉に襲いかかる!




