第87話 第5魔王・再び
現れたのは幼女。
ピンク色の髪に、白いフリフリの服、とても自重を支えられないであろう小さな翼。
第5魔王“風巫女”ウィンリー・ウィンリー・エアリアル、その人だ。
相変わらず可愛らしい姿だ…… いや、一般的な褒め言葉だ。俺はロリでもペドでも無い。
「ルカァ~~~♪ カミナァ~~~♪」
ウィンリーは全く減速する素振りも見せずに俺と琉架の間に突っ込んできた。ヤバいぞ…… まるで投身自殺の勢いだ……
二人で衝撃に備えて受け止める、しかし予想に反して衝撃は全くなかった。そういえばウィンリーは羽根の様に軽いんだった。
ウィンリーは俺と琉架の首に手をまわして抱き着いた。
「二人ともしばらく振りじゃのぅ! よう来たのぅ! 会いたかったぞぉ!」
ウィンリーは全く変わってない、成長して無いのはもちろん、この尊大な喋り方もあの時のままだ。何故か安心する。
「久しぶり、ウィンリー、相変わらずだな」
「あぁ! ウィンリーちゃん全然変わってない!」ナデナデ
琉架に撫でられてご満悦なウィンリー…… ホント全然変わってない。
「うむ、しかし二人は随分変わった様じゃのぅ…… 魔王になったのか。余と同じじゃな!」
一目で見抜かれた…… やはり分かる人には分かるのか…… まぁ、相手は同じ魔王だ。当然と言えば当然だな。
「なぁ、ウィンリー。再会してすぐに言うのは心苦しいんだが、実は一つお願いがあるんだ」
「うん? なんじゃ? 言うてみぃ言うてみぃ!」
「俺達、中央大陸へ行きたいんだ。何か方法ないかな?」
「なんじゃそんな事か。このままスカイキングダムに留まれば明日の昼前には中央大陸の上に着いておるぞ」
マジか!? スカイキングダムってそんなに速いの? そりゃ普通に探しても見つからない筈だよ……
本日は魔王様宅へご宿泊決定!
「魔王様、まだ確認が終わってなかったのに飛び出さないで下さい。偽物だったらどうするんですか?」
アイドル魔王・専属マネージャーのフューリーさんが文句を言いながら下りてきた。どうやらこちらの関係も変わって無いようだ。
「何を言う! 余がルカとカミナを見間違う筈なかろう! オーラもちゃんと覚えて居るしな!
もっともそのオーラはだいぶ変わっていたが」
それじゃダメじゃん。
もっとも仮に偽物の暗殺者だったとしてもウィンリーなら問題なく返り討ちに出来るだろ? この幼女魔王、メッチャ強いし。
俺がウィンリーとガチで戦っても勝てない…… 俺には幼女を攻撃することは出来ない…… ロリコンではなくフェミニストだからだ。
例えばジークがウィンリーの能力を持ってたらどうだろう?
…………
やはり勝てない気がする…… 攻略云々じゃなく、アイツ不死身だし…… 例えが悪かったな。
例えばバカ勇者がウィンリーの能力を持ってたらどうだろう?
…………
コレは楽勝だな、だってアイツバカだし…… そもそもアイツに負けるビジョンが浮かばない。
駄目だ、まともなシミュレーションが出来ない。まぁいいか……
にしても、魔王化に伴い俺たちのオーラも変質してたのか…… 人を超越した存在になってしまったんだ、元のまんまとはいかないよな。
「フューリーさんもお久しぶりです」
「はい、カミナさんルカさん、ご無沙汰しております。てっきり要塞龍でやってくると思っていましたが、まさか自力で飛んで来られるとは……」
「おぉ! そうじゃ! 要塞龍・ホープを手に入れたと聞いたぞ! 今日は居らんのか? う~ん見たかったのぉ!」
お! アルカーシャ王国で天空の騎士に頼んだ伝言はちゃんと届いてたのか。
「今は別の所で馬車馬のように働かされていて、呼んでも来なかったんだ。機会があれば見せに来るよ…… と、言いたいんだが……」
「ん?」
「スカイキングダム、見つけるの超大変! 俺達以前にも結構 捜したんだけど結局見つけられなかった。
浮遊大陸なら目撃証言を追うことも出来るが、雲の塊はあまり注目されない」
「む…… そうであったか…… 有翼族なら風の声を聴けばすぐに分かるのだが、人族に同じことは出来ないか……」
風の声? あぁ、種族特性か。耳長族が木々の声を聴いたり、炭鉱族が大地の声を聴くみたいな…… 確か人族にだけは無いんだよな、この種族特性……
「フューリー、アレを」
「宜しいのですか?」
「うむ! よろしいのじゃ!」
「? 何の話だ?」
「くふふ! 二人に良いモノを授けよう!」
良いモノ? 風の声が聞こえる様になる種族特性でもくれるのか?
しかし貰ってばかりでは悪いので、こちらも良いモノを授けよう。
魔王ウィンリーよ! コレでも喰らえ!
「それじゃ、ウィンリーには代わりにコレを……」
「ん? なんじゃ? !! こ…これは!! ケーキだぁ! うわぁ! キラキラしてるぅ~!」
あ、口調が素になった。どうやら喜んでくれたらしい。
「…………」
おっと、フューリーさんに「勝手にエサを与えないで下さい」って目をされた。
「フューリ~~~」
「はぁ…… 仕方ないですね、魔王様はお二人をお部屋へ案内してあげて下さい。お茶をお入れしましょう」
「やったぁ~~~♪」
ウィンリーはあまりこういうの食べさせて貰えないみたいだな。後でフューリーさんとウィンリーへのお土産について相談しておこう。あの氷点下の眼差しで睨まれたくは無いからな。
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ウィンリーの部屋……
つまり魔王の部屋だ。そこは家具から小物に至るまで全てがフワフワの雲で出来ていた。まるでぬいぐるみの部屋だ、えらいファンシーな空間に迷い込んでしまった…… 実にウィンリーらしい部屋だった。
「そうそう、ウィンリーには礼を言っておかないとな」
「礼? 何のじゃ?」
「コレ、ウィンリーがくれた羽根、スッゲー役に立った。コレが無かったらきっと魔王に勝てなかった」
「おぉ! 役に立ったか?」
「特に第8魔王の重力攻撃はヤバかった、コレが無ければ潰されてた、ありがとなウィンリー」
ウィンリーを高い高いしてあげる。冷静に考えると普段から高い所を飛んでいる有翼族には意味の無い行為の気がするが、ウィンリーは普通に喜んでるので良しとする。きっとスキンシップに喜んでいるのだろう。
「魔王様」
「おぉ、フューリー、持ってきたか? よしよし、コレをルカとカミナに授けよう!」
ウィンリーが差し出した物…… それは……
「これは…… もしかして『欲望磁石』か?」
ジークが魔宮攻略に使用した魔道具『欲望磁石』。設定したものを指し示す効果があったハズだ。
「さすがカミナ! 良く知っておったな! コレはスカイキングダムの“核”を指すよう設定されておる。つまり世界中どこに居てもスカイキングダムの場所が分かるというワケだ!」
おぉ! コレは有り難い! しかしイイのだろうか? コレって結構重要なモノだぞ? それを余所の魔王に与えるって…… いや、これもウィンリーの信頼の証、俺達が悪用しなければいいだけだ。
「これでいつでもウィンリーちゃんに会いに来れるんだね!」
「下のゴタゴタが片付いたらな」
本当は今すぐ聞きたい事が山ほどあるんだが、せっかくの再会に水を差すことも無いだろう。琉架の言う通りいつでも会いに来れるようになるんだから。
それでも必要最低限の事は話しておくか、中央大陸まで連れてってもらうんだから。
「そういえば、二人は何で中央大陸なんかに行きたいんじゃ? あそこは今、全域で戦争状態みたいじゃぞ?」
「実は私たち、デクス世界に帰ってたの。つい2日前に神隠しに遭ってシニス世界に戻ってきたんだ。
その間に私たちのギルドの仲間が戦争に巻き込まれて、今は最前線にいるらしいの」
「ほぅ! 里帰りしておったのか、それにルカとカミナの仲間…… 会ってみたいのぅ」
「魔王様、あまり下界の戦争に関与するべきではありません」
「むぅ…… 余は友達を中央大陸へ連れて行くだけじゃぞ?」
「それでもです」
フューリーさんの言いたい事は分かる、この第二次魔王大戦には引きこもりを含めて、すでに三人の魔王が絡んでる。俺と琉架が参戦すれば五人だ。どの陣営に付いても必ず敵の魔王ができてしまう。ウィンリーは俺達と違って民を守る立場にあるから安易な行動は取れないんだ。
「フューリーさんの仰りたい事はよく分かります。そこで交換条件という訳では無いんですが、個人的な『魔王同盟』を提案します」
「魔王……同盟?」
「国や民は関係なく、あくまでも「魔王個人」同士による同盟です。俺たちはどんな最悪な状況でもウィンリーと敵対関係にはなりたくないから」
琉架が激しく頷いてる、良し、俺と合わせて魔王2人の賛成が得られた。
「あの…… ちょっと待って下さい、魔王様と……誰が結ぶんですか? その同盟?」
あれ? もしかしてフューリーさん、さっきの会話聞こえてなかったのか?
「なんじゃフューリーよ、気付いて無かったのか? ルカとカミナは新しい魔王じゃ!
レイドとウォーリアスを倒して魔王の力を継承したんじゃ!」
「………… は?」
フューリーさんが呆然としている、当然だ。例えるなら東洋人の親戚の子供が、久しぶりに会ったら西洋人に変わっていたようなモノだ…… 愕然とするよな。
「そう言えばウィンリーは知ってたのか? 魔王を倒すとその人が魔王の力を継承する事を?」
「いや? 知らんかったのぉ、あ! いや、そう言えば昔誰かがそんな事を言ってた気がする…… 忘れておったのぉ、何せ2400年も魔王が倒された事は無かったのだから」
ごもっとも、そりゃ忘れるのも当然だ…… でも知ってたなら教えて欲しかった。もちろん俺と琉架が魔王を倒す事は変わらなかったと思うが……
「余はルカとカミナが新しい魔王になってくれて嬉しいぞ!
少なくともレイドやウォーリアスが別の魔王の力を継承しなくて良かった、してたらきっと大変な事になってた」
確かにウォーリアス辺りは、他の魔王に積極的に戦争を仕掛けてただろうな…… 血液変数と跳躍衣装と星の御力を持つ魔王とかヤバすぎる!
「何より魔王の友達が出来たから♪」
実にウィンリーらしい感想で〆た。
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現在、第5魔王の自室にて待機中。一歩も動けない……
このオモチャ箱をひっくり返した様なファンシーな部屋の隣りでは美少女達の裸の競演が繰り広げられてる!
即ち入浴だ!
有翼族の入浴はお湯に浸かるのではなく、温かいスチームに浸かるらしい。
最初、ウィンリーは俺にも一緒に入る様に促した、さすが幼女、俺もウィンリーとの混浴なら抵抗は無いが、琉架が一緒だと自分を押さえられる自信が無い…… 幼女魔王の目の前で性剣エクスカリバーを抜く訳にもいかないので泣く泣く諦める。
そしてフューリーさんと二人で部屋に残される事になった。
覗きをする隙が無い……
『おぉ~! ルカのオッパイ大きいのぅ! フューリーより大きいぞ!』
『ちょっ! ウィンリーちゃん! 声大きいよ!』
そうかぁ…… アレより大きいのか…… 確かに成長著しいからな…… いつかまた琉架の胸に顔を埋めてみたいモノだ……
ギロッ
フューリーさんに睨まれた。無意識に彼女の胸のサイズを確認してしまった。睨まれて当然だな。
「カミナ様、あなたは一体何を企んでおられるのですか?」
呼び方が「さん」から「様」に変わった。ウィンリーと同格のお客様だからだろうか?
しかし企むとは一体何の事だろう? 俺が今企んでるのは「どうやってこの人の監視を欺き隣の部屋を覗き見るか」とか…… 後は「絶対天国計画について」…… そんな所か?
「もし魔王様…… ウィンリー様を利用するつもりなら……」
あぁ、企むってそっちね、なるほど。
確かに上手い話には裏があるモノだ、相手にばかり有利な話を持ってくる奴は簡単には信用できないよな。
ウィンリーも琉架も簡単に信じちゃいそうだから、彼女や俺が警戒する役目なんだ。
「そんなつもりは無いよ、さっきも言ったけどコレはあくまで魔王個人同士の話だ。俺と琉架はウィンリーみたいに民を率いている訳じゃ無い、政治は一切関係ない」
「それでは同盟とは?」
「他に相応しい言葉が無かったから同盟と言ったけど…… 契約…… いや、仲間みたいなものかな?」
「仲間……? ですか?」
正直、魔王同士って仲が良くない印象だ。第6魔王は第7魔王がキライみたいだし、ウィンリーと第10魔王は絶対に仲が悪い。
「つまり、もしウィンリーが他の魔王…… 例えば第3魔王と敵対した時、俺と琉架はウィンリーの味方をする。そうすれば単純に魔王戦力が3対1になる、結果、向こうが引いてくれるかもしれない」
最凶の魔王が簡単に引き下がるとも思えないが……
「ただしウィンリーの味方であって、有翼族の味方じゃない。結果は一緒だけど……
そしてもし、ガイア政府が他領域へ戦争を仕掛けても、有翼族が味方する必要は無い。第12領域は俺たちの支配領域じゃないからな。
ウィンリーが個人的に俺たちを助けるというなら歓迎だけど、そこは自由だ。第12領域の為に何かをする必要は無い」
「なにか…… コチラにばかり都合のいい契約ですね……」
「そうでもないさ、今回、俺達を中央大陸まで連れて行ってもらうのも、かなり有難いんだ。他の手段が全く無かったから。それに思惑もある」
「思惑?」
「魔王に成りたての俺たちは知らない事が多すぎる、そこでベテラン魔王のウィンリーの知恵を借りたい事がたくさん有るんだ、他に魔王の知り合いとかいないし」
「なるほど…… 対価は情報と言う事ですか……」
色々言ったがこれらはあくまでも建前だ。ウィンリーがピンチなら無条件で助ける! ウィンリーは俺たちの数少ない友達で、さらに俺の第2夫人候補だからな!
「ふはーー! さっぱりじゃーー!」
「ぶっ!?」
裸のウィンリーが現れた! どうする?
たたかう…… 自分の中のロリコンと戦う、大丈夫ピクリとも来ないから戦う必要は無い。
じゅもん…… 邪念を払う、だからウィンリーを見ても邪念は沸かないって!
にげる…… 逃げるのは愚策だ! 裸のウィンリーは裸の琉架を呼ぶかもしれないからな!
ぼうぎょ…… 大丈夫、ウィンリーの戦闘力はたったの5、指で摘まめるレベルだ。
しかしまぁ、なんと起伏の無い身体、見事にペッタンコだ。性欲より保護欲が沸く。これで2400歳以上のロリババアだというのだから……
「ウィンリーちゃん! 服! 服着なきゃダメだよ!」
琉架がバスルームから顔を覗かせる! しかし何も見えない…… バスルームからは大量の湯気が溢れだしてるのだ…… くそぅ! スチーム風呂の弊害か! これじゃ覗いても何も見えなかっただろう。
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「フハハハハーーー!! 今日はルカとカミナと一緒に寝るのじゃー!!」
ウィンリーが今日初めて魔王っぽい仕草を見せた。
発言の内容は魔王というより娘っぽいが…… 幼女魔王の本領発揮だ。
一緒に寝るってのは親子三人、川の字で寝る……的な? 娘を持つってこんな気持ちなのだろうか?
俺が父親役、琉架が母親役、そして一番年上のウィンリーが娘役…… おかしいハズなのにしっくりくる。
脳内設定で血の繋がらない妹って事にしておこう。この年で親にはなりたくない……
そう言えば有翼族はどうやって寝るのか疑問に思った事があったな。背中の翼が邪魔で川の字スタイルでは寝れ無さそうだが……
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「フヘヘェ~~…… 余の歌を聴けぇ~~……」
「う~~~ん…… ウィンリーちゃん…… 小っちゃい……」
その寝言は如何かと思うぞ、ウィンリーよ……
ウィンリーは超やわらかいベッドに翼を埋めて寝ている。そしてそんなウィンリーを琉架が抱き締めてる。
そして俺はその様子を脇から見ている…… ウィンリー用の小さなベッドに三人で寝るなど端から不可能だったんだ。
混ざりたいのは山々だが、今日は我慢だ。何故ならフューリーさんが睨んでいるから…… てか、何でこの人ココに居るの?
マネージャーというよりアイドルママだな。ウィンリー主演のドラマではキスシーンはNGだろう。
いくらなんでも過剰すぎる気がするが、俺には前科があるからなぁ…… 婚約指輪を渡してほっぺにチューされた…… 異世界じゃなくても普通に要注意人物だ。寝ずの番をするのも納得だ。
フューリーさんに追い出されるように寝室を後にする、そのままベランダに出て空を眺める。しかし見えるのはスカイキングダムを取り囲む雲の結界だけだ。眺めはお世辞にも良くない。
地上100km以上にいるのに全く寒くない、気圧も普通だ。ここは一種の異次元空間、魔宮に近いのかも知れない。
昼間は視界全てが真っ白な雲に埋め尽くされて、ある意味絶景だが、夜は暗い雲が猛烈な勢いで周っている…… スカイキングダムから漏れ出した僅かな光に照らされた暗い雲は、生物の根源的な恐怖を喚起させる。
そんな暗い景色を眺めながら仲間たちの事を思い出すと、どうにも嫌な予感ばかりしてくる……
「大丈夫、きっと間に合う。主人公は一番おいしい所に駆けつけるモノだ」
そう自分に言い聞かせる……