第8話 首都ガイア
第12領域 首都ガイア
中央ステーション1番線ホーム、南部サース方面からの列車が到着する。
「首都ガイア! とーちゃーく!」
琉架が列車から飛び降りた。彼女のテンションが高い、昨日からずっとこんな感じだ。人前だから大人しくするよう注意しておく、制服姿の俺たちは唯でさえ目立つからな。
中央ステーションから一歩出ると思わず「おぉ」と声を漏らしてしまう。
街の大きさもさることながら、何よりも目を引くのは初めて見る他種族だ。
「あれは……金髪・長身・美形、そして横に伸びた長い耳『耳長族』だ」
「あ…あっちは褐色の肌、子供の背丈で立派な髭『炭鉱族』だよ!」
「ぐはっ…る…琉架、あそこを見ろ! 頭に猫耳、腰に長い尻尾『獣人族』だ!」
「わっわっカワイ~」
完全にお上りさんだ周囲の人が白い目で見てくる、しまったテンションを上げすぎた、クールキャラが売りなのに気をつけなければ。
そうそう俺の敵、妖精族もいた。あいつらは田舎に引きこもってればいいのに、都会にまで出てくるなよ。
ツーショット写真が撮りたいとつぶやく琉架を連れて被害者救済機関へ向かう、後でいくらでもチャンスはあるとなだめておいた。琉架も結構この世界を楽しんでたんだな。
首都ガイアの中心は駅と線路で東西南北4つの区画に分かれている。
東に移民区、西に政治区、南に商業区、北に軍区がある。
移民区…人族と妖精族以外の種族が居住する区画、色々な種族専用施設が寄り集まっている。
政治区…国の政を担う施設が集まる区画、被害者救済機関本部もここにある。
商業区…あらゆる商業施設が軒を連ねる区画、ギルドセンター本部がある。
軍区…魔王軍、魔物被害等の対処を行う国軍が駐留する区画、現在は半数以上が出払っている。
そしてその周りを囲むように広大な居住区が広がっている、中央に近いほど金持ちや地位の高い者が住んでいる。
被害者救済機関本部
このファンタジー世界では珍しい高層建築の建物だ。きっとトラベラーの中に建築士や土建屋がいてこの建物を造ったんだろう。他の建物と意匠が違う。
そこで被害者登録、その他手続きを行う。無駄に時間がかかる、これだからお役所ってのは……いや役所というよりボランティアか……
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ふ~結構時間かかったな……
「さてと琉架、これからどうする?」
「救済機関本部でちゃんと聞いておいたよ。なんでもシルバーストーン財団ってところの会長やってるんだって」
「…………は?……会長?」
「うん、会長」
「琉架のじーさんがこっちに来たのって3年前だよな? なんでその何とか財団の会長やってんの?」
「さぁ、それは本人に聞いてみないと分からないね」
そりゃそ~か、琉架に聞いても知っているわけがない。
「えーとね、財団の本部は商業区だけどギルドセンター本部とは大通りを挟んだ反対側だって」
「んじゃ行ってみるか、アポ取ってないけど大丈夫か?」
「孫がお爺様を訪ねるのにアポっているの?」
琉架が心底不思議そうな顔をしている。この子はこうゆう所が少しズレてるんだよな。まあ3年ぶりに可愛い孫が訪ねてきて、喜ばないじーさんはいないだろう。
シルバーストーン財団本部へと向かう。
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すぐに見つかった。デカい建物だった、たぶんこの街で一番デカいぞ。
ロビーに入るとテレビドラマで見たような光景が広がっている。ファンタジー世界らしくない、やはり入植者が多いんだろう。奥がレストランになっているみたいだ、色々な種族が歩いている。
「あの~すみません。有栖川十蔵様に会いたいんですけど……」
「あら? あなた達トラベラーね? 会長に挨拶に来るなんて感心だけどタイミングが悪かったわね」
「? 居ないんですか?」
「ええ、アレス壊滅の知らせを受けて、今朝向かったの。1ヵ月は戻らないわ」
ガ~~~~ン 琉架がよろめきもたれ掛ってきた。役得だ。
アレスに向かったのでは連絡の取りようがない、直接出向くにも金が無い、琉架がフラフラ歩き出した、挨拶も適当に済ませ財団本部を出る。かなりショックだったようだ。
「大丈夫か? 琉架……」
「うん……大丈夫、3年も会えなかったんだもの1ヵ月くらい延びたって……うぅ」
「何なら会いに行くか?」
「ダメだよ、アレスの現状見たでしょ? そんなわがまま言えないよ」
何ともイジらしい事を言う、思わず琉架の頭を撫でてしまう。
「さて……これからどうするか……」ナデナデ
「う……」
「手持ちも少ないし、ギルドセンター行ってみるか」ナデナデ
「~~~~」
「いやもう夕方だし宿を探すか」ナデナデ
「か、神那ぁ~」
「ん?」ナデナデ
「恥ずかしいよ///」
「おぉ、悪い、つい無意識にやってしまった」
「もぅ……///」
照れてる……琉架を可愛がるのは楽しいと気付いた今日此の頃だ。
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結局俺たちはその足でギルドセンター本部へ向かった。先に情報収集しておいた方が今後の予定も立てやすいからだ。
夕方のギルドセンターは大賑わいだ。大半がゴツイ筋肉を持つ戦士だ、魔法使い系が少ない気がする。クエストの依頼書を眺めるがほとんどギルドランク指定付きの依頼ばかりだ、日銭を稼ぐならお手伝い系の仕事で十分だろうが……どうしたものか……
「あ……見て見て神那、この依頼書……」
「ん?」
魔王討伐の依頼書だった。しかし紙が真新しい。昔から出されていたものとは違うのか?
「それは魔王討伐軍募集の依頼よ」
背後から声を掛けられた、振り返ると俺たちと同じ年頃の少女が腰に手を当て偉そうに立っていた。
何かワザとらしい登場だ、この子今みたいに声を掛けるのたぶん初めてじゃないな。
そこで彼女の服装に目がいく。上は胸部を覆う革鎧だが、下はスカート、琉架が履いているモノと同じだ。
「あの……あなた、もしかして……」
訪ねようとしたところ、こちらの言葉を制して……
「あ…あなた達……よかったら、その、お……お茶でもどう?」
……ナンパされた。
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ギルドセンター内にあるカフェ、夜には酒場になるらしい。中学生の俺には関係のない話だな。
奢ってくれるらしいので、遠慮なく夕飯分まで注文する。顔が少し引きつっていたが無視する。
「……では、改めて自己紹介をさせてもらうわ。私は佐倉桜、名前に関する質問・疑問は一切受け付けません」
先手を打たれた。超聞きたかったのに。きっと自己紹介をする度に名前の事を突っ込まれてきたのだろう、いったいご両親は何を思ってそんなサインコサインみたいな名前を付けたのだろう? 何か事情があるのかもしれない、夕飯奢ってもらえることだし、そこには触れないでおこう。
「私は有栖川琉架といいます。こちらは友達の霧島神那です」
琉架が俺の分も紹介してくれた。
「有栖川琉架、霧島神那……聞いたこと無い名前ね………あなた達って第3魔導学院の生徒よね?」
「はい。俺と琉架は中等部2年です。あなたも同じみたいですけど?」
「えぇ、中等部3年よ」
年上だったのか、背が低い割に胸が大きい気がする。これは是非ともお近づきになっておかねば。
「先輩でしたか、もしかして1万人神隠しの?」
「そうよ、あなた達もでしょ?」
「私たちは違いますよ。一月程前にユキト村の近くに転移してきたんです」
「一月前? ユキト村って何処だっけ?」
「ここです」
俺は携帯で写した地図を見せる。
「げっ……地の果てじゃない、よく一月で首都まで出てこられたわね」
あぁ、とんでもない僻地だったよ、雪男と邪悪妖精が住む村だからな。
「そうかぁ、私たちの次の被害者か……」
何かブツブツつぶやきだした、俺たちに何か話があるんじゃなかったのか?
「お待たせしました~♪」
俺の夕飯とコーヒーが二つ運ばれてくる。うおぉ! 獣耳メイドさんだ! 今度は犬耳&シッポだ! やはり獣耳は天然ものに限る、ピコピコ動いて非常に可愛い、このカフェは俺のベストプレイスになりそうな予感がする。
「君ら二人って、学院の成績優秀だった?」
サクラサクラ先輩が急に失礼な質問をしてきた。
「俺はそれ程……でも琉架は優秀ですよ」
俺がエビフライをかじりながら喋ると琉架が、食べながら喋るのはお行儀悪いよ、と言ってきた。もっともだ、俺の口はしばらく飲み食い専門に使わせてもらう。
「それで先輩、何かお話が有るんですよね?」
「あぁ、さっきの依頼書の事なんだが、あれは討伐軍編成の為のものなんだ」
それはさっきも聞いたな、しかし討伐軍ってのは?
「数千人規模の軍隊を作って魔王城に攻め込み占拠、あわよくば第11魔王を打ち取ろうって計画よ。これが成功すれば神隠し被害者を全員無事に送り返すことができる」
「たしかに成功すればこの先、神隠しが起こっても安全に帰れますね」
「今回1万人もの被害者が出たことがこの計画の発端だったの。被害者の中には高位魔導師もかなりの人数含まれていてね、まだ3ヶ月しか経っていないから皆のモチベーションも高いのよ」
モチベーションねぇ 相手は魔王だぞ? モチベだけでどうにかなるモノなのか?
「私もこの計画に参加しようと思ったの、こう見えても学年トップの成績だったからね」
ぐわ……エルリアみたいな人物だったのか? あそこまで視野狭窄じゃないといいんだが……
「ところがここで大問題が発生したの」
「大問題……ですか?」
「討伐軍の参加登録がギルド・クラン単位だったの」
「?……それが大問題?」
「ようするに5~10人のチームを組まなければいけないのよ」
「あ~」
言いたいことは分かった、俺と琉架も友達居ないからな。そういうことだろ?
「どこかのギルドに入ったりとかは、しないんですか?」
「もちろん真っ先に考えたよ。でも……何というか……私の仲間がいないのよ」
「?」
「つまり皆大人のガチムチばっかりで、私たちみたいのが全然いないのよ!」
そういえばこのギルドセンター、戦士系ばっかだったな。
「でも1万人被害者には高位魔導師が沢山いるって言ってたじゃないですか。その人たちのところは?」
「被害者は被害者で魔導師ギルド『アーク』ってのを作って殆どの魔導師をそこに招き入れたのよ」
「じゃあそこに……」
「……年齢制限があるのよ……」
しょーもない理由だ、ばかばかしい……
「つまり先輩は、私たちとチーム……ギルドを作りたいってことですか?」
「そうゆう訳じゃ……いやそうなんだけど……そんなにハッキリ言われると……」
「う~ん……神那はどう思う?」
そうだな……ハッキリ言って突っ込みどころが多い。というか情報が少なすぎる。
エビのシッポをかみ砕き飲み込む。
「先輩、答えを出す前に質問してもイイですか?」
「おぉとも、じゃんじゃんきなさい!」
「まずこの計画の発起人をご存知ですか?」
「直接は知らないけどトラベラーらしいよ?」
……それだけ?
「敵の規模はどれくらいですか?」
「どれくらいと言われても……」
「この国の国軍はその計画に協力してくれるんですか?」
「国軍? さぁ?」
「じゃあ計画の決行はいつ頃の予定ですか?」
「人数次第だろうけど……半年以内にはって言ってた」
だめだ不透明すぎる。特に敵の規模が分からないんじゃ話にならない。
「俺たちはここに来る前に『アリアの雨』に降られました」
「『アリアの雨』? え!? それって第3魔王の!?」
「そうです。ハッキリ言いますがあれは数千人の戦士や魔導師を集めたからって、どうにかなるような物じゃありません。もちろん第11魔王があれほどの戦力を持っているとは思ってません。アレはあくまで世界最悪の戦力だから」
サクラサクラ先輩がしょぼくれてる。
「しかし俺の予想通りなら、参加する価値は確かにある」
「参加するの? 神那?」
「前提条件は幾つかあるが、魔王討伐にはこれが最短ルートかもしれない」
「その条件って?」
「組織内での発言権を得ること、つまり俺たちの戦力としての有用性を他の連中に知らしめる必要がある」
「?? 君ら何の話してるの?」
「先輩、チームを組むには一つ条件があります」
「ん……何かな?」
「最終決戦、つまり魔王を討伐する瞬間その場に俺たちのチームがいることが条件です」
「…………つまり私たちで魔王を倒すってこと?」
「……そうです」
「いいねそれ! 少年は主人公願望があるのか? 魔王を倒す! カッコイイ!」
随分簡単に受け入れられた、この人、事の重大性が見えてないみたいだ。それともわかっていてコレなのか?
「しかし少年、魔王と戦うということは命を懸けるのと同義なのだよ? それを忘れちゃいけない」
計画の内容をなにも知らずに参加しようとしてた人に言われても説得力ゼロ。
「わかりました。取り敢えず2週間のお試し期間を設けましょう」
「お試し期間?」
その間に見極めよう、討伐軍が役に立ちそうか否かを、駄目そうだったら俺と琉架は二人で魔王討伐に向かおう。無駄な犠牲は避けられる。
「まあいいわ、その期間中に私の強さを思い知らせてあげる。それじゃチーム(仮)結成ってことでイイ?」
「あ……あの、その前にひとつだけいいですか?」
琉架が手を上げる。
「ん? なぁに?」
「えっと……私と神那は……その……編入生ですけど……いいですか?」
あぁ、エルリアの件があったからな、確かに先に言っておいた方が良い。
「編入生? そっかだから名前聞いたこと無かったのか、二人とも学校入ってきたばかりだったのね」
「…………」
「いいじゃない、編入生ってギフトって超特殊魔術使えるんでしょ? 心強いじゃない」
ギフトって厳密には魔術じゃ無いんだけどな……それにしても予想外の反応、これが年上の余裕なのか?
「じゃあヨロシク」
手を差し出してきた。俺と琉架は互いの顔を少し見合って小さく頷くと握手を返す。
「ヨロシク(仮)」
「よ……よろしくお願いします」
ここに第11魔王討伐チーム(仮)が結成した。
のも束の間、問題発生。最低あと二人はメンバーが必要だ。それに情報収集。まあそれはお試し後に考えるか。
「じゃあ早速だけどギルド作ろっか」
「ずいぶん性急ですね、それはお任せします。俺らよく判らないし」
「必要なのは書類記入とリーダーとギルドネーム。書類は各々で書かないといけないけど、リーダーとギルドネームはどうする?」
「ハイ。リーダーは神那がイイと思います」
は? 琉架さん何言ってんの? 俺が人の上に立てると思うか? 小学校の修学旅行の班決めで先生に無理やり人数の少ない班に押し付けられたんだぞ? 旅行中一回も声を出す機会がなかった人間だぞ? リーダーシップなんて小学5年生の時に暗黒に呑み込まれて永遠に消えたよ。
「そーだね、男の子だし。じゃリーダーは神那クンで決定」
男だから何? なんか関係あるの?
「ギルドネームはどうしよっか?」
……もうどうにでもなれ
「せっかくギフト持ちが二人もいるんだから『ギフトホルダー』とかカッコ良くない?」
「それだと先輩までギフト持ちだと思われますよ?」
「……やめよう、持ってないのに過剰な期待されたくないし」
それは俺たちも同じ気持ちなんだけどな……
「う~ん神那は何かない?」
振られた……当たり障りのない事を言っておこう。
「そういう時はまずテーマを決めるんだ」
「なるほど……テーマか……」
「決めた! 『ジャスティス』!」
「やめて」
「じゃあ……『魔王殺し隊』」
「先輩は黙っててください」
「神那クン……夕飯奢ってあげたのにヒドイ」
「ヒドイのは先輩のセンスです」
サクラサクラ先輩、意気消沈。しかたない何か考えるか……女神琉架崇拝者の会……とか?
「う~ん、考え出すとキリがないな~」
「べつに適当でいいんだよ、ピンクパンチとか」
「あ、それ可愛いね、それにしようピンクパンチ」
「え?」
ウソでしょ? 俺の中のどの部分から出てきたんだピンクパンチって? これ決定?
想像してみる自己紹介の時を……「俺はピンクパンチの霧島神那だ」…………
「ちょ……ちょっとまった!!」
「ん? なに神那?」
「それだけは……それだけは勘弁して下さい……」
「え~可愛いよ? ピンクパンチ」
「今想像してみたんだ、自己紹介する時の事を……」
「自己紹介……」
「………」「………」
「ぷっ」「ぶふっ!」
「お願いします……いやマジで……」
「じゃあ神那が決めて、神那がカッコいいって思うの」
俺がカッコいいと思うの?
考えろ! 考えるんだ! 俺の闇色の脳細胞よ、失敗は許されない。強大な敵を打ち倒すために、全てを犠牲にしても守りたいものの為に、そして自分自身の為に………
「機械仕掛けの神だ」
「でうすえくすまきな?」
…………はっ!? し…しまった! 自分を鼓舞するために思考が暗黒寄りになっていた! 超絶暗黒臭いのが出て来てしまった!
「じゃあこれで決定だね。機械仕掛けの神」
「なんか聞いたことあるけど……どんな意味だっけ? 機械仕掛けの神って」
「確か……オペラとかの演出方法のことじゃなかったでしたっけ?」
あなた達本当にそれでいいの? 俺の暗黒面から捻り出されたモノだよ? 俺のケツから出てきたと言っても過言じゃない、俺の黒歴史そのものだ。
「ねぇ神那、意味は?」
「………………どんでん返し」
「どんでん返し? 魔王を倒し今の状況をひっくり返す! うん! イイじゃない」
随分プラス方向へ受け取るなぁ……結局俺は自己紹介で身悶える羽目になるのか、自業自得……
「あの……そのままだと長いから、せめて登録はD.E.M.でお願いします」
「わかった。読み方はそっちにしておくよ。でもカッコいいじゃん機械仕掛けの神」
やめてくれぇぇぇーーー!!!
後に、数多くの魔王を打ち倒す、伝説のギルド「機械仕掛けの神」誕生の瞬間だった。
そしてある一人の男の苦難の道のりの始まりでもあった。